10話 パーティを組め
「ただいま帰りました」
アリスたち黒灰騎士は、この街を統治している貴族屋敷の一室を借りていた。
帰還したアリスを待っていたのは、上官が一名と同期が一名。
計三名で、【アウレリアヌスの娘】の捕縛に臨んでいた。
「ずいぶん遅かったな」
円卓に街の俯瞰図を広げ、それを眺めていた上官の一人が俯瞰図から顔を上げずにアリスに声をかける。
「収穫は?」
アリスは、胸を大きく張って答える。
「あります」
「「——!?」」
彼女にしては珍しい、自信に満ち溢れた姿にこの場にいる全員が驚愕する。
収穫があったと答えたのも相まって、上官は顔を上げる。
「……ふん」
アリスの同期である眼帯をした男が、鼻を鳴らす。
言葉にはしないが、どうせ嘘だろうと内心思っていた。
「む……。……先程、郊外に住む男から【アウレリアヌスの娘】を見たことがあるとの情報をいただきました」
アリスは同期の様子に何か言いたげであったが、それを我慢して上官へ報告をする。
「場所は南西部郊外に繋がる街道、そこで声をかけてきたそうです」
「……郊外か」
上官は再度俯瞰図を眺める。
羽ペンで南西部に丸を描く。
「確かに、潜伏先にはちょうどいいだろう。人目につきづらい」
それに、と上官の言葉を引き継いで同期の男が言う。
「あそこは【死神】が住んでいる場所に近い。この街の住民は誰もが近寄らないと聞く」
「【死神】……?」
アリスは首を傾げる。
何かの魔物の名だろうか。
同期はアリスを見下しながら答える。
「【死神】というのは、この街で活動している高位冒険者の《《蔑称》》だ。組んだパーティーがそいつを除いて悉く迷宮で全滅するため、殺人鬼としてこの街で忌み嫌われている」
そんなことも知らないのか、とでも言いたげだ。
上官はそんな同期の様子にため息を吐く。
「……アリスへの対抗意識を止めろ」
「そんなこと——いえ、何でもありません」
同期は上官の言葉を否定しようとして、止めた。
上官に逆らえば、昇進の道は途絶える。
実際には違うのだが、同期はその噂話を信じていた。
そして同期は上昇志向が強いため、上官のイエスマンとなっている。
「……高位冒険者」
「アリス、どうした?」
アリスの考え込んでいる様子に、上官が尋ねる。
「いえ、そういえば私が話を聞かせてもらった人も、高位冒険者だったな、と」
「本当か?」
「はい、認識票を首に提げていたので、本当かと」
アリスは不安気な表情をしている。
上官の鉄仮面と言っていい表情筋が動いたからだ。
「……ふむ」
上官は顎に手をやって、逆の手で俯瞰図に指を這わせる。
高位冒険者というものは数が少ない。
全冒険者の中で一割もいないだろう。
凡人が到達できる最高点が、中位冒険者と言われていることからもわかる。
王都や辺境を除くと、高位冒険者の数は著しく減る。
この街であれば、そう。
「この街に在籍している高位冒険者の数は?」
「確か……三人です」
上官は天井を見上げる。
「アリス」
「は、はい!」
アリスは肩を跳ねさせ目を固く瞑る。
平常時であれば、騎士たるものがどうたらこうたらと、小言を言われるだろう。
アリスは目端に涙を浮かべながら、その時を待った。
「お前が会ったという高位冒険者は、何をしていた?」
「……え?」
しかしアリスに帰ってきたのは、小言ではなく質問であった。
「おい」
同期がアリスを睨む。
訊かれた事を答えろと示しており、アリスは正気に戻る。
「た、確か帰宅の途中だったはずかと」
「…………」
上官はまたしても黙ってしまった。
そしてそのまま、時間が過ぎていく。
一人は震え、一人は腕を組んで待ち、一人は思索にふけっていた。
かち、かちと時計の音が空間を支配していた。
「——家、か」
上官が一言、つぶやく。
いつの間にか、上官が指し示していたのは郊外にて存在感を放っていた大きな屋敷。
「ここだ、ここに【アウレリアヌスの娘】はいる」
「——!?」
「【死神】の家は郊外に建てられていると情報がある。この屋敷がそうだろう。そしてアリスが出会った冒険者の正体もまた【死神】だ」
上官はそう断言する。
「し、しかしなぜこの屋敷に【アウレリアヌスの娘】がいると?」
アリスは疑問の声を上げる。
アリスが出会ったのは【死神】であり、また郊外に建てられている屋敷が彼のものであるということはわかった。
だが【アウレリアヌスの娘】が彼の屋敷に滞在していると断ずるに足る根拠がない。
「奴は指名手配犯だ。加えて貴族でもある。ひとたび街に出ればたとえ顔を隠していても注目を浴び、こちらに情報が洩れるだろう。だが郊外、それも街全体から忌み嫌われている【死神】の所有する屋敷であればどうだ?」
上官は俯瞰図を指でつつく。
小気味よい音が響く。
「誰にも露見されることなく、この街に滞在できる。奴がこの地に留まる目的は未だ分からんが、その目的が果たされる時までは誰にも——いや」
上官は俯瞰図を指でつつくのをやめ、アリスと同期を見回す。
「——【死神】以外には露見されない」
「……なるほど」
「【アウレリアヌスの娘】の裏には、【死神】がいる。奴が糸を引いているのだろう。そしてアウレリアヌスの娘を使って、何か大きな事件を引き起こそうとしている」
そうして上官は話を締めくくる。
「……これより、二手に分かれて行動する。情報収集は終了だ」
「はっ」
「りょ、了解しました……!?」
両の踵を合わせて、背筋を伸ばす。
「【死神】の屋敷に突入して、速やかに【アウレリアヌスの娘】を捕縛するのは、私と貴様らのどちらか一人。そしてもう一人は、【死神】を作戦終了まで屋敷から遠ざける者だ」
どちらを選ぶかは、二人に任せるといった風に視線を遣る。
「あ、あの——」
アリスは手を上げて意見を言おうとしたが、それは隣から聞こえてきた大きな声によってかき消される。
「私が上官殿と共に参りましょう!」
同期が、アリスに見せつけるように言って見せる。
王からの命令を直接の形でこなした方が、昇進に近づくことができると考えたのだろう。
「ではアリスは、【死神】と接触し屋敷から遠ざけろ」
「わ、わかりました。……しかしどのようにすれば」
アリスが縮こまりながら上官に尋ねると、同期はわざとらしく鼻を鳴らす。
「自分で考えろ」
「いや、そうだな……」
上官はアリスの目をしっかりととらえる。
「アリス」
「は、はい……」
「【死神】とパーティーを組め」
「は、はい。……はい?」