異世界転生したのでRTAするお嬢様
「このゲーム知ってる!」
どうやら異世界転生(?)していた。既知のゲームに転生したらしい。乙女要素もあるアクションRPGで、それなりに走ったこともあった。
「世界、救っちゃいますか!」
軽く準備運動をして現在地を把握。なんかゲームと初期位置が違うけど微々たる程度だ。このぐらいなら補正できる!
玄関扉に手をかけた。ここを開いてからタイマースタート。バグ技ありだゼ!
まずは最初の関門、わが家の門番君だ!門番君はチュートリアルで、強制的に加入してくる仲間なんだよね。後々に脱退させちゃう人のが多いんだけど。
このゲームでは連れていける仲間に限りがある。門番君はチュートリアルで手に入るだけあって、ビジュアルはパッとしないし、めちゃくちゃ弱い。普通にプレイするなら脱退が安牌ではある。
でも、これはRTA。仲間にするのは門番君だけ!他の子は仲間にするのに時間がかかるし、二人旅のが処理速度が上がるからだ。一人旅はできない仕様なのが憎たらしい…。乙女ゲームで独身を究めんなって?RTAをナメるな。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
「ちょっと魔王を倒してくる」
「はい?」
このゲーム、主人公には殆どセリフが無いから実際になにを言っていたのか解らない。なので適当言ったけど、原作と同じ反応してたからセーフだよね!顔がなんか違う気がするけど、実写化だしね!
ここで(会話の)スキップボタンを連打しながら、スティックをグリングリンすると、バグってチュートリアルをすっ飛ばせるから早ーい!
(お嬢様が突然にスキップしながらグルグル回り始める妙な挙動を始めた…。ストレスかな…。散歩でもして気分転換したほうが良いんじゃないか?)
「お嬢様、お出かけなら俺がついていきますよ」
「感謝永遠に。モドラス霊峰まで一緒だヨ!」
「はい。お供します」
門番ゲットだぜ!喜べ、最初で最後の男だぞ。
(モドラス霊峰って遠い国にある禁足地だよな。そんな冗談を仰るなんて、やっぱり疲れていらっしゃるんだ)
まずは攻撃手段が欲しいよね。近所の自然公園に行くぜ。公園とは言うけど、木々が生い茂ってちょっとした林のようになっている。
ここに生えている西のマグノリアから、右に5歩と下に3歩行ったところ…ここかな。ここの地面をじーっと見る。じぃーっと。
(お嬢様、急に地面を見てどうしたんだ?)
ここでカメラの角度を、現実にはカメラが無いので視線をずらすんだけど、這いつくばるようにして、この角度で見ると、あった!
「そのように地面に顔を近付けては」
「調べる!」
次の瞬間、私は一本の剣を持って立っていた。
「うわあああ!なんですかソレ!?」
「旧王家の墓に安置されてる剣、ブレイブソード。ここの地下に広大なダンジョンがあるんだけど、攻略が大変だからバグ技でゲットした」
「なんですかソレ!?窃盗じゃないですか!?王家の剣!?」
ノンノン、ちょっと借りただけですよ。そのうち返しますって。魔王倒した後だけどな。
ブレイブソードはキーラン王子っていうキャラの専用装備。王族しか鞘から剣を抜けない、という設定があるから。だが、RTAでそんな生温い設定が通用すると思うな。
「このAの枝を持って」
「はあ…」
門番君に木の枝を持たせる。困惑顔の彼からAの枝をぶんどり、Bの枝を持たせる。そしてBの枝をへし折ってからAの枝を持たせようとすると!なんと!
「“無”を取得できる!」
「ウワァー!何ですかコレ!気持ち悪い!枝持ってる感覚だけある!何も無いのに枝を持ってる!」
「すかさず此処にブレイブソードを持たせると」
「ギャー!鞘から抜けた!!!」
門番君にブレイブソードを持たせることができたし、次に行きます。公園にあるイチョウ並木のもとへ。右から三番目のイチョウにぴたりと張り付き、四番目のイチョウに向かってバックステップをしながらマップ画面を開いて閉じてすると?
「秘技、異次元ムーンウォーク」
「おおおお嬢様!体が樹に!樹にめり込んでます!」
先程も言ったけれど、この公園の地下には広大なダンジョンがある。そしてこの場所はちょうどワープポイントの真上であり、この謎挙動がトリガーになってジャンプできるようになるんだな。
そんなわけで第三のダンジョン、水没神殿に飛びますよ。
「此処はどこですか!?」
門番君がパニックを起こしている。水中にいるのに視界も呼吸もクリアなんだから驚くよな。普通はマーメイドロップという飴を舐めないと来られないダンジョンだしね。実は解析によってあの飴が必要なのは一部のエリアだけって判明しちゃったんだけどさ。
「ポセドーナ皇国のアクララナ神殿だね。ここにいる海神様が邪悪なものに乗っ取られてるから、ぶっ飛ばす必要があって」
「何を仰るのですか!不可能ですよ!俺はただの門番ですし、お嬢様だって…」
こんなイベントあったっけ?RTAのし過ぎで本来のストーリー忘れたから解らないな?このままボイコットされても困るんだけど。
「私は貴方ができると知っている。だから、やる」
「ええっ?」
「できない人間なら最初から選んでない。私は貴方だから選んだの」
門番君以外の男はタイムロスだからね。門番君がただのお荷物なら他の男を攻略することも考えるんだけど、RTAする分には十分すぎる性能だからね門番君は。バグなしだと真っ先にクビにするけど。
こんな会話がそもそもナンセンスとばかりに先へ進む。ワープ地点が既にボス部屋の前なので、あとは先に進むだけ。部屋に入った途端、クラゲみたいなボスが現れて攻撃をしかけてくる。触手が私の頭をかすった。門番君の顔が真っ青になっている。
「お前の相手はこっちだ!」
門番君がそう言うも、クラゲは私ばかり狙ってくる。それはそうだ、このクラゲは攻撃力の一番低い人から狙ういやらしいルーチンが組まれているからね!でも、私ならば攻撃を全部避けられる!右右左上左…攻撃パターンが同じやぞ!
「今のうちにクラゲの宝石を全て砕いて!」
門番君がブレイブソードを振り回し、クラゲの体に点々とついている宝石を壊す。門番君は積まれているAIがそこそこ優秀だからギミック解除が得意なんだよね。賢者よりかはアホだけど、賢者はそのぶん仲間にするの大変だからRTAではまず採用されない。
宝石はそこそこに硬いから壊すの大変だけど、ブレイブソードの攻撃力なら問題なし。粉々に砕け散っていく様はお豆腐のように柔らかだ。そして宝石全てを砕かれて萎んだクラゲに総攻撃を仕掛ける門番君。いいぞ!やれ!そこだー!
「た、倒した…」
「お疲れ様っしたー」
でろでろと溶けていくクラゲ君。その亡骸から海神様が現れる。
『礼を言おう、導かれし乙女よ』
ムービースキップは勿論のことだけど、ついでに次の場所まで一気にワープしますからね。ここで(会話の)スキップボタンを連打しながらマップボタンを押し、ついでにスティックボタンを良いタイミングでグイッと上に入力しますとね…。
『地図を開きながらスキップをして移動しているが、乙女はどうしたのだ?』
「俺にも解んないんですけど、お嬢様が奇行に走るととんでもない事が起こるんです」
「飛びまーす!」
ワープが連続で発動することで、魔王城までスライドできるバグ技だ。ぱっと見は飛んでるように見えるんだよね。翼、授かっちまったな。
『おおお!?乙女よ、これを持っていくがいい!光の腕輪だ!』
「待ってくださいお嬢様!なんか俺の体も浮いてるんですけどー!?」
「あばよ。二度と来ねーぜ!」
というわけで魔王城につきました。門番君が呆然としててウケるね。
「ここに魔王ラグロフがいるわけ」
「はああ!?あのお伽噺の存在が!?」
青ざめる門番君を置いておき、私は扉の前で微調整をする。右に二歩、あと半歩、そして後ろに、このマークが目印だ。よしよし。位置はばっちりだ。
海神様のところにわざわざ寄ったのは、この光の腕輪が欲しかったからなんだよね。この腕輪があると最強技ライトニングランスが撃てるんですよ。本来ならレベル上げが必要なんだけど、魔王城にスライドする時にバグって撃てるようになっちゃうんだよね。
「サクッといきますよ。我が頭上に神々の国ぞ有り。御業により導かれし輝きは、聖なる裁きとなって常夜を打ち払わん。神の手を離れ、我が手に宿れ、全ての魔を貫け!ライトニングランス!」
途端に挟まるムービー。扉を開けてないのに、いつの間にか魔王の部屋にいるもんだから門番君が宇宙背負っちゃった。
魔王がゆっくりと玉座を降り、なんか長い口上を述べている。私はそれを聞き流しながらカウントしてるんですけどね。7、8、9、ここで(会話の)スキップボタンを押すぜ!
魔王が勝負をしかけてきた!第二形態のドラゴンになった!
「なんですかコレ!?」
「ライトニングランスを撃った状態でスキップすると、何故か魔王の第一形態がすっ飛ばされるバグ技だね!そしてここからはグリッチだ!」
グリッチというのはバグ等を駆使して相手を攻撃することね。魔王はブレイブソード持ちを優先的に倒すルーチンが組まれているから、門番君に突進しようとする。でも、進めていませんねえ。まるでルームランナーの上を走っているみたい!
「扉を開いていないから壁の処理ができておらず、透明な壁にぶつかり続けてるんですよね!」
「お、お、お嬢様!これはどうすれば!?」
「そのままそこにいて。ライライライラララライトニンライトニンライトニングランス!」
「なんですかそれ!?」
本来なら詠唱が一回一回挟まるライトニングランスだけど、魔法コマンドとキャンセルを交互に押しまくりながらジャンプをすると、詠唱なしで連発できるんだぜ。タイミングが重要なので、ちょっとズレると失敗するから此処でガバるとRTAやり直しっすよ。
大量のライトニングランスを撃たれて仰け反る魔王。そしてこれがトドメだ!
「いけー!ブレイブソードでぶっ刺すんだ!」
「あ、は、はい!あれ、透明な壁は!?」
「横に一回大きく飛べば避けられるから!」
門番君は横に大きくジャンプした後で走り出す。そして魔王ラグロフをぶっ刺して。はい、ここでタイマーストップ。
魔王が朽ちていく。光を浴びて崩壊していく。
「長く苦しい戦いだった…」
「そ、そうかなあ?」
「完走した感想ですが、スタート位置が違うから戸惑いましたね。その後はなかなか良いタイムを狙えたと思うんですけど、ムービースキップのタイミングがちょっとガバったのが心残りです」
私は頷いて門番君に手を差し伸べた。
「世界、救っちゃったな」
「どうやって帰るんですか…?」
普通にワープしますよ。ポチッとな!
大冒険を終えて街に帰ってきたら、何やら一人の少女が喚いているところに遭遇した。
「なんで!?どうしてノリッジに会えないの!?」
門番君は「まさか?」という顔で私の顔をチラっと見たのでコソコソ話で教えてあげた。
「ノリッジは魔王に呪いをかけられていた賢者だよ。魔王が倒されたから解放されて、この国を出ていったの」
賢者の導きでヒロインは冒険に出かけるっていうストーリーだからね。いやー、ははは。もしかしてアレって正ヒロイン?私ってばただのモブだった?どうりでスタート位置がおかしいし、門番君の顔も違うなと思ったんだよ。
「お嬢様、もう帰りましょう」
「なんでアンタしか捕まらないのよ!どうせすぐクビにするんだからレベルも上げらんないし!」
私は門番君の手をとって別の道を行くことにした。見つかったら厄介そうだからね。ブレイブソード持ってるしさ。
「その剣を返しに行かなきゃね」
こそこそと王城に向かう途中、門番君がぎゅうと私の手を握ってきた。
「今日は何があったのかよく解らないけど、俺、これだけは解るんです。お嬢様で良かったって。だって、お嬢様は世界を救うのを優先したってことですよね?」
「物は言いようかな?かな?」
「それでも、俺はお嬢様で良かったって思うんです」
乙女ゲームの強制力怖いな。いくら二人旅だったとはいえ、これで好感度上がるのおかしいでしょ。
「言っておきますけど、俺はそのバグ?とか言うので好きになったワケじゃありませんから。俺ができると知っていたから、俺を選んだ貴方だから好きになりましたからね」
「いやー、でも、それは」
「俺しか選択肢がなかったと言うなら、それこそ運命だと言います」
こうして私はそのまま門番君の腕に収まってしまった。
どういうこっちゃと思ったけれど、これがゲームのエンディングだというのなら完走するべきかなと思ったので大人しくしていた。
というか、あれだけ奇行を繰り返していた私を好きになってくれる人とか、他にいないと思うので普通に嬉しかったりする。
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