七人
俺は寮を出る。スマホを開きグループメッセージの確認をする。グループメッセージは昨日都島さんが作成してくれていた。最初のコメントは宜しくと適当に打っておいた。夏季も似たようなものだった。飛鳥と赤阪は可愛らしいスタンプを打っており、松原はノーコメントである。グループ名は【A組は世界の望み】と飛鳥が勝手に変換していた。今朝、グループメッセージを覗いてみると、やはり渚も追加されていた。
寮を出ると隣は校舎であり、徒歩ですぐに着く距離だ。
「ユウちゃん。おはよう」
「おはよう。調子は良さそうだな」
「調子は良いかな。でも寝不足だよ」
「目を瞑るとすぐ寝れる渚が寝不足とは……今日は何かが起こりそうだな」
「ふふ」
後ろから声をかけてきた渚は元気そうだ。控えめな欠伸をしていた。実は俺も寝不足である。俺は昨日渚の部屋であったことを思い出す。渚が俺に伝えたことは理解している。
「ユウちゃんも寝不足でしょ?またユウちゃんを困らせたね」
「そんなことはないさ。俺がいつまでも待たせているからだと思う」
「ふふ。いつまでも待っているからね」
渚は周囲を確認し俺の袖を摘み立ち止まる。俺を見つめる渚は、他のクラスメイトに見せない可愛い表情であった。
「渚……時間」
「あ……ごめんね」
俺は渚の顔を見れずごまかした。ごまかしになっていないが、俺が目をそらした。今日から本番だというのに朝から俺の体温が上がる。俺は気持ちを切り替えて、
なみはや学園の校舎の門をくぐる。校舎の中に入り階段を登ろうとすると、渚が呼び止める。理事長室は一階だったのを思い出す。渚のことを考えてたら2階にあるA組の教室に向かおうとしていた。やはり動揺が隠しきれないか……
理事長室に到着しノックをする。どうぞと理事長の声がしたので扉を開ける。
「守口ユウキ入ります」
「交野渚入ります」
理事長室に理事長は勿論、A組担任の狭山先生と副担任の柏原先生がいる。クラスメイトは、夏季·飛鳥·松原·赤阪·都島さんがいた。どうやら俺と渚は最後に到着したようだ。集合時間に遅れてはないし問題はないかな。
「揃ったようね。交野さん、朝は教員室で聞こうと思ってましたが、急な予定変更のため、メッセージで応えさせて申し訳ないわ。残ってくれてありがとう。あなたも今後に期待します」
「ありがとうございます。頼りないですが宜しくお願い致します」
渚は昨日早退したため、A組に残るか残らないかの答えを今日の朝に教員室で聞く予定だったが、急遽理事長室に集合がかかったので、スマホのメッセージに変更したとのこと。理事長室はお洒落な応接室のようで、お客様をもてなす広い空間。大理石のテーブルに高級な椅子。
「早速だけど理事長の説明を聞いて頂戴。理事長、宜しくお願い致します」
立派なデスクに座っていた男性の理事長が席を立つ。もうすぐ70歳になるというのに、服の上からでも分かる鍛えられた肉体は衰えを感じさせない。クラスメイトは緊張に包まれている。普段から講師に茶々をいれる松原も流石に口を開かないか。狭山先生と柏原先生も緊張の顔が隠せないようだ。
「ワシのことをあまり知らない人もいるじゃろうが、軽く自己紹介をさせてくれ。ワシは海老江清澄と申す。時間がないので名前だけの紹介で終了する。すまんが君たちの名前を教えてもらおうか」
海老江理事長の短い自己紹介の後、クラスメイトたちは名前だけ紹介して本題に移る。一瞬だが俺と目が合った。
「今日から変わったA組に期待しているぞ。早速で悪いが、君たちに任務がある。戦ってもらいたいんじゃ」
この一言、思ってたとおりだ。A組は今日から戦いに参加する。
「やっぱりすぐ戦闘かいな。ウチは覚悟を決めたんやからなんぼでもやるで」
「俺の力で吹き飛ばしてやるぜ」
この部屋にいるものは予想通りと言った様子だ。クラスメイトもやっと口を開いた。2年生になったら戦いに参加すること。俺と渚は入学前から伝えられていた。1年間力を溜めさせて貰ったので、この1年を無駄にしない。
「静かにしなさい」
「狭山先生、まぁよい。任務の内容じゃが、東地区最北端にある桃山台という町がある。その町はな、魔素エリアと我々の住む東地区のエリア……のぞみエリアだったかの。柏原先生のセンスは素晴らしい」
「ありがとうございます」
「桃山台は魔素エリアと境界線に近い町なんじゃ。しかし、魔素エリアが広がってしもうて、桃山台を飲み込むかもしれん。もう分かるな?」
理事長は鋭い目つきで俺達を見る。飛鳥と赤阪は耐えきれず目を逸らす。松原は目を逸らしてないが体が硬直している。夏季は姉の狭山先生を見つめるが姉もどうすることもできない。俺と渚は相変わらずだなと感じてしまう。
「理解しました。町の近くまで迫った魔素エリアにいる魔獣を倒して、のぞみエリアを広げるということですね?」
都島さんはおくびることなく、理事長の問いに問いで返す。
「その通りじゃ。都島さんだったかの。何事にも冷静に動じない姿勢は見事じゃ。後は狭山先生に引き継ぐ。教室で準備をしてくれるかの。わざわざ集めてすまんかった」
任務内容はシンプルであるが、A組の初陣と考えれば妥当かな。教室で準備する流れになったので、理事長室をあとにしようと考えてたら――
「守口くんと交野くん。君等にまだ用があるのじゃ。もう少しいてくれんかの」
「あ、はい。分かりました」
「了解です」
残りのクラスメイトと先生は2年A組の教室に戻る。
理事長と俺達だけの空間になった。さっき目が合った時そんな気がしたが、当たったようだ。
「君らも座ってくれ。ワシはここに座らせてもらう」
クッションが程よく柔らかいソファーに理事長が座り、俺達も向かいに座らせてもらう。
「ユウキくん、なみはや学園にきて1年ちょいか。生活には慣れたかの?」
「慣れましたね」
「渚くんもどうかね?」
「私も慣れました」
さっきまでの理事長の威厳さはなくなり、表情が柔らかくなる。理事長は俺と渚に会話をしたかったのだろう。任務を口実にわざわざ理事長室に呼び出したのだろう。
「今は誰もおらん。気を抜いて欲しいかの。おじいちゃんと呼んでくれてもいいんじゃぞ」
「分かったよ、おじいちゃん。なみはや学園は入学前とは比べられないくらい楽しいよ。……生きててよかったと思い感謝してる」
「私もです。私は当時……生きてて良いのかなと考えてました。おじいちゃんは私の命の恩人です」
「いやいや、そんなしみじみな話をしたいわけじゃないんだ。最近の学園生活のことを聞きたいんじゃ」
「最近の学園生活は俺達の表情が答えだと思う。今は楽しいんだ」
「うん」
俺は去年とは違う顔色だった。しかし、なみはや学園に入学して住む環境が変わり、人間らしい生活が出来た。おじいちゃんに感謝しかなく頭が下がる。渚も特殊な人間だったので苦労が耐えなかった。おじいちゃんが俺達を救ってくれた恩は絶対に絶対に忘れない。
「また戦いに参加させてすまない。君たちの気持ちが複雑なのは承知じゃ。しかし、魔族を倒す最後のチャンスかもしれん。君たちの力が必要なんじゃ。3年A組も残り2人になってもうた。彼らも戦地に向かうが、無事にここを卒業して欲しい」
おじいちゃんは沈んだ表情をしていた。この表情も俺達にしか見せない。他のクラスメイトたち、子供たちを戦場に送る辛さは毎度経験している。そのたびに、戦死したクラスメイトも大勢いた。立場上表に出せないが、俺達の前には心を許している。
俺達はおじいちゃんが大好きだ。悲しい思いをさせない。
「おじいちゃん。私達は絶対に死なないよ。約束する」
「渚の言うとおりだ。俺も約束する」
「ふふ。君らも立派になったようじゃ。もう一つの心配があるんじゃが」
「それも大丈夫だよ。私とユウちゃんは他の人と違う理由で魔族と戦います。けれど、人類が勝つことを目指すことに変わりはありません。」
「おじいちゃん、心配ご無用だよ。A組は絶対に勝つ」
「わかったよ。君たちを信じる。しんどくなったらこの部屋に遊びにきてくれや」
おじいちゃんは寂しがり屋だ。本当は戦ってほしくない。
おじいちゃんは俺達のことを知っている。本当は戦ってほしくない。
2つの意味が交わる。
おじいちゃんと会話を終え理事長室をあとにした。俺と渚は、足早に教室に向かう。