目的
15:30 教員室
なみはや学園の生徒数はそれなりに多く、講師の人数も多い。教員室も広めに設計されており、人が通るスペースも余裕がある。講師1人につき1つのにデスクがあり、そこで生徒への授業内容や課題をまとめている。
2年A組担任の狭山冬美は、先程ホームルームを終えて教員室に入室し、デスクの椅子に腰を掛ける。隣の席には副担任の柏原優一先生が対応の疲れのためか眼をこすっていた。
「お疲れ様です。コーヒーを淹れてきたんですが、飲みますか?」
「ありがとうございます。せっかくなのでいただきますね」
狭山先生は明日から過酷になるので、A組に残る覚悟が無いものは放課後に報告するよう生徒たちに伝えた。授業は終了したが、放課後の前にホームルームがある。その日の振り返りや反省会みたいなものである。授業終了後とホームルームの間に休み時間があり、休み時間中に多くのA組の生徒が教員室に訪れてきた。教員室に訪れた理由はA組を降りるということである。狭山先生は対応はホームルームの時間までに間に合わないと判断し、柏原先生に対応を任せた。仕方がないとはいえ、柏原先生に全部丸投げしてしまったので、少しの罪悪感を消すために、柏原先生が普段飲んでいるコーヒーを用意した。
「柏原先生、ご対応ありがとうございます。A組を降りる生徒がいるのは分かっていたので、放課後と指定したのですが、ホームルーム前に来るとは思いませんでした」
「狭山先生がいっぱい脅かしたからではないでしょうか?」
「脅かしではありません。事実を言ったまでです」
「生半可な気持ちでは無駄死にするだけですからね。泣いてる生徒もいました。誰だって死ぬのは嫌です」
「降りていった元A組の生徒たちも能力はありました。けれど、自分が思っている以上に覚悟が足りなかった。ただそれだけです」
「厳しいですね」
「そうですか?私から見たら、柏原先生の方がよっぽど厳しく見えますが。さっきの松原くんは危なかったわね」
柏原先生は咳き込んでごまかす。狭山先生が淹れてくれたコーヒーを一口飲む。柏原先生はコーヒーを好み、合間に飲んでいる。隣で何回も見てきたので、味の好みも把握している。
「今日は苦みにしようと思ってんですが、酸味だった」
「あら、見事に外したわね」
「狭山先生ならわかってくれると思ってたんですがね」
「コーヒーはあまり飲まないので。私は今朝、交野さんから貰ったレモンティーを飲みますね。交野さんの答えは明日の朝になります」
狭山先生はついでにレモンティーも淹れていた。レモンティーとコーヒーを飲みながら他愛のない会話をしながら今日のデータをまとめる2人。明日からの、A組に残るクラスメイトを柏原先生に報告する。
2人のデスク周りは対極で、柏原先生のデスクは広くて整理されてるのに対し、狭山先生のデスク周りは乱雑で、狭く感じる。
「やはり、このメンバーが残りましたか」
「柏原先生から見て、残りのA組の生徒はどう見えますか?」
「うーん。結論から言わせてもらうと、まだまだです」
「そうでしょうね」
「でも、全員が期待できると思いますよ。私は間隔が空いた時に来るので、その度にクラスメイトの成長を感じますね。10日前より強くなっています。伸びしろはあります」
「あの子たちが、私達を超えてくれれば、やっと魔族と互角ね」
「松原くんにマウントをとられるのは嫌ですね」
「ふふ。私達も追い抜かれないようにしないといけませんね」
「あ、それと気になったデータがあるんですが」
「何でしょうか?」
柏原先生は、明日から参加するA組のプロフィールと、A組に残るのが未定の交野渚のプロフィールをまとめて、狭山先生に見せる。
「得意なことと弱点が分かりやすい。残りのクラスメイトで、お互いの良いところと悪いところを埋めていくチームプレーでならうまく戦えそうですね」
「今のA組にチームプレーがあるかは怪しいわね。また松原くんが乱しそうですね」
「その時は私が分からすしかないでしょうね」
「やはり柏原先生のほうが恐ろしいわね」
柏原先生は冷静に笑顔で怒るタイプで、逆にその方が1番こたえる。池田飛鳥は、氷のカッシーと呼んでいる。
クラスメイトのプロフィールを多く確認し、明日からの対応を考える。
「クラスメイトをまとめるのは都島さんね。彼女に苦労を強いることになりそうだわ」
「前衛は松原くんと池田さん、そして夏季くんかな。守口くんは中間かな?」
「ひとまずはそこでいいと思います。後衛は赤阪くん。交野さんがいれば後衛ね」
クラスメイトの戦力、明日からの布陣を考えてみる。当人のやり方もあるので、アジャストは必要である。
「柏原先生。私も気になることがありましたので、聞いてほしいのですが」
狭山先生は柏原先生に気になったことをそのまま伝えた。柏原先生も気づいていたらしく、話は早く進む。
「私が気になった点を狭山先生もお解りですか。偶然ではないですね」
「ええ。このデータは偶然にしては出来すぎてます。確実に必然です」
2人は何度もプロフィールを確認したが、否定する根拠は見つからなかった。本人に直接伝えても良かったのだが、この先の心証を悪くしてしまう。それでチームプレーの精度が下がるようでは元も子もない。
「現状では何とも言えないわね。明日から様子を見ながら考えたほうが良さそうです」
「同感です。彼らは魔素エリアのどのへんまで潜り込みましたか?」
「まだ浅いところです。もう少し深いところまで潜らせてみるつもりです。明日からスパルタね」
A組の戦いはこれからが本番。1年間蓄えた力を発揮していただけないと、この先の未来はない。狭山先生は魔族専用のファイルを開き魔族のデータを閲覧する。クラスメイトのデータと敵対する魔族のデータを見比べて、相性や作戦を考える。
「狭山先生。そのページはあまり見なくてもいいのでは?」
「私達人類の目的は……魔族を滅ぼすこと」
「そうです。魔族を滅ぼすことは出来ると思います。狭山先生……」
狭山先生は前戦で撮られていた魔族の写真とデータを持っている。その手が震えていた。
「ええ。魔族を滅ぼします。私と夏季が絶対に絶対にやりとげることですから」
「狭山先生。私は出来ると思います。あなたの覚悟は本物です。私はあなたと出会わなければ、今のような強さはありませんでした」
「……申し訳ありません。……少し感情的になりました」
「レモンティーを飲んで下さい」
狭山先生は震える手でレモンティーを飲む。一口飲んで、深呼吸をし、1分間沈黙したあと元に戻る。落ち着いたタイミングで柏原先生が声を掛ける。
「落ち着きましたか?」
「大丈夫です」
「狭山先生のことは理解できます。さっき言っていたチームプレーで魔族を倒しましょう」
「ええ」
気がつくと教員室は狭山先生と柏原先生のみになった。
2人は明日の準備をデスクにまとめた。コーヒーと紅茶のドリッパーの片付けを終えて、教員室を出ようとしたタイミングで、池田飛鳥と都島日和が教室の鍵を返しに来た。先生2人はすっかり忘れてしまい、笑みが溢れる。しかし、飛鳥の愚痴を延々と聞かされ、笑うどころではなかった。