不確定要素
バスの中。私は1人で景色を眺めていた。
心の中がモヤモヤする。
福島美怜から宣戦布告を宣言された。
ほ、ほっぺにキス!?なかなかやるわね……
私だってやってやるんだから!
こ、こう…
「渚さん―」
「ひゃっ!?」
「あ、ごめんなさい。顔色がよくありませんでしたので…大丈夫ですか」
「だ、だだだ大丈夫だよ。少し緊張しちゃってて…」
「それなら良かったです。私も少し緊張しています。昨日あまり寝れなかったので、少し眠りますね」
「うん」
私、変な顔してたよね?日和ちゃんに見られちゃったよね?
ふみゅ〜………
窓に反射した私の顔は真っ赤だった。
バスが基地に入るとスムーズに通された。
金剛基地は広さ50ヘクタール。野球場が11個分入る広さ。
この辺りは、住宅街、集合住宅、学校などなど、当時の施設をそのままの状態でこの基地が出来上がった。世界が終わらなければ、こんな基地ができることも無く、平和な日常を過ごしたんだろうね。
バスは市役所前のロータリーに到着。そこに豊中元帥が待っていた。
「豊中くんが待ってるわ。先に降りて挨拶するわ。あなたたちは、いつでも降りる準備をしなさい」
今日のバス運転手は担任の狭山先生。いつもお世話になっている長田さんは魔素エリアに入ることができない。出発前、私たちを笑顔で見送ってくれた。長田さんに会えないのは寂しいかな。
狭山先生はバスから降りて元帥の元へ挨拶に行く。
窓から様子を伺ってみる。2人はなみはや学園出身で同級生。先生は普段見ることができない笑顔を元帥に見せている。立場は変わっても、級友だからこそ見せる表情なのだろう。
先生と一緒に暮らしている夏希くんも、2人だけのときは笑ったりするんだろか。夏希くんの笑顔見てみたいな。
狭山先生がバスに戻り降りるよう伝えられる。
ロータリーが軽くあいさつをしたあと、市長室に案内された。
ここは金剛市役所と呼ばれる場所であった。
「今日から宜しくね。ここには居ないけど、訓練担当は平野さん。彼女は君たちの上官になるからね。彼女には逆らわないように。怒らせると大変なんだ」
「豊中くんが手懐ければ良いんじゃない?」
「やめてくれよ。平野さんは僕の手に余るよ。狭山先生の方が得意だろ?」
「左様だけど、このあと帰るわよ」
「そうか。久々に手合わせ願いたかったよ」
「ごめんなさいね。学園の仕事も放置できないのよ」
「冬姉、帰っちゃうの?」
「ええ。あなたたちは立派になりなさい。ここの訓練は厳しいけど、乗り越えた先に強さが待っているわ」
「うん。ウチ頑張るわ!」
ここから先は学園と異なる生活を強いる。学生の私たちも甘くないだろう。
余計な雑談はなく、市長室で元帥の挨拶を終えて部屋を出る。そのまま新たな自室へ帰る。
中はもちろん空室。これから各部屋の荷降ろし作業が始まる。
空室で待っていると、部屋の荷物が届いた。
軍服を着た女性隊員が2名運んでくれた。
「荷物を運んでいただきありがとうございます」
「どういたしまして。これから大変だけど頑張ってね。あなたたちは優秀だと聞いたわ。訓練で見せてもらうわ」
「そんなことはないですよ。恐縮です」
女性隊員2人は荷降ろしを手伝ってくれた。
女子の部屋なので、この気遣いもありがたい。2人とも力持ちで、重い家具などを苦にせず配置してくれる。
「あなたから高い魔力を感じるわ」
「え?そうですか」
「私たちは敵の情報を知る訓練を受けているの。たとえ味方であってもね。抽象的だけど、あなたの魔力はこの世界を救えると思うの」
「ありがとうございます」
談笑している間に荷物は全て部屋に揃った。
「衣服と食器はそちらで整理しといてね」
「すみません、ありがとうございます」
「いいのいいの。次は方言丸出しの明るい女の子の部屋にお邪魔するね」
じゃ!と2人は手を振ってくれた。これから飛鳥ちゃんをお手伝いするんだね。助かります。ありがとうございます。
さてと、いつ呼び出されるか分からないので、急いで仕分け作業を開始しなきゃ。
昨日イメージした通り、順序よくテキパキと動けたので、作業は30分もかからなかった。最後の段ボールを開封すると出てきたもの。
「ティーポット」
思わずその単語を言葉にする。
ユウちゃんとキョリが近くなったきっかけのアイテム。
最初出会ったときのユウちゃんは、今の夏希くんより口数が少なかった印象がある。あの日を境にユウちゃんは明るくなった。
あの日、ユウちゃんはレモンティーを飲んでくれた。どこか懐かしい気持ちで飲んでいたのを思い出した。
……感情にひたっている場合じゃなかったね。
部屋にあるスピーカーからコール音が鳴る。
『なみはや学園の皆さんお疲れ様です。部屋に着いたばかりで申し訳ございませんが、30分後、訓練所にお越しください。訓練所の場所はA-3ブロックでお願い致します。繰り返します―』
スピーカーから、なみはや学園生徒へのメッセージが届いた。このスピーカーはなみはや学園同様、常に起動しているのかも。学園で緊急時の訓練で使われたことがある。突然深夜に鳴り響いて、慌てて起きた記憶がある。
この部屋でもあり得そうな気がするので、いつ鳴ってもいいように準備しよう。
訓練所A-3ブロック
部屋で軽く気を抜いていたら、部屋のスピーカーから呼び出された。
この部屋もなみはや学園と同じで、緊急時も使われそうだ。
訓練所にたどり着くと、俺が1番最後だった。
その前に歩いている夏希を見かけたので、ほぼ誤差だろう。
「全員揃ったね。そこで1列に並んでね」
言われた通り1列に並ぶ。ダラダラと動くと怒られそうなので、みな早々に1列に並ぶ。
「改めて自己紹介するね。私は平野凛。ピチピチの23歳!好きなことはイケメンを落とすことでーす」
リアクションに困るのだが…
一瞬夏希の方を見たが、夏希は目を逸らす。
「と言っても、私が好きなのは元帥なの〜。私以外に好きな人がいると困るよね〜」
平野少佐はチラッと都島さんの方を見る。俺も都島さんの方を見てみると、やばいかな…都島さんから黒い気配を感じる。
平野さんの階級は少佐。若くして最前線を指揮する責任者に抜擢。
平野少佐より年齢が高い隊員も多くいた。むしろ、年上の隊員が多い。竜馬に攻撃を仕掛ける速さは、通常の人間には視えない。軍隊に詳しくないが、彼女は間違いなく実力者であろう。
「そこのゴリラくんは大人しいね」
「ゴリラじゃねぇ。俺は松原竜馬だ。覚えておけヒョロ女」
「私のことは平野少佐と呼んでね。次ヒョロ女と言ったらかすり傷じゃすまないからね」
平野少佐は笑声で竜馬に忠告した。目は笑っていなかった。都島さんや飛鳥と見比べると、確かに華奢な体格だ。あまり出―
「守口くん。今、君が考えてることをここで言ってあげようか?」
「特に何も考えてないです」
ふう。この女は油断ならないな…周りが見えすぎている。
「訓練と言いたいところなんだけど、新たな任務を与えるね。訓練より、現場の経験のほうがレベルアップしやすいよ」
「そりゃそうやな」
「ただし、任務に失敗したら死ぬからね」
「ちょ、嫌なワード出さんといてくれや」
「あはは!君たちは可愛いんだから!あははは!」
平野少佐は腹を抱えて笑い出す。おもしろいことはないのだが、笑いが収まるまで待つしかない。
夏希は苛ついている様子。我慢しているだけ偉いぞ。竜馬は拳をワナワナとさせている。
「いつまで笑ってんだよ!ひょ、少佐」
「危なかったねゴリラくん。じゃなかった松原くん」
「平野さん、あんまり竜馬を煽らないでください」
「おっと、今度は親友の赤阪くん。君ってかわいい顔してるよね~。あたしの部屋で大人のお遊びしない?」
「な!?」
「―少佐!いくらなんでも我慢が出来ません!私たちは真面目にやってきてるんですから」
都島さんも流石に我慢ならなかったか。
「ごめんごめん。少しからかいすぎたよ。私より若い人って久しぶりなんだもん」
「理由になってへんで」
「そろそろ本題に入ろうかな」
平野少佐の考えることは理解は難しいが、この人も相当やり手であることは間違いなさそうだ。一度対戦してみたい。
「そろそろ来る頃なんだけどな〜。暇つぶしに私のおもしろ会話に付き合ってほしいな」
「えぇぇ…」
「池田さん。バカ正直みたいなリアクションをしない。敵は相手の表情を読み取って攻撃することもあるんだから」
「それはそうなんやけど…」
「池田さんは挑発に弱いんじゃない?煽られたりするとすぐに怒っちゃう」
「あ…」
この間の鶴見と対峙したことを思い出す。似非な方言をペラペラ喋られただけで頭に血がのぼってしまった。飛鳥にとって許せないことだろう。しかし、戦闘は冷静に対処しなければならない。あのまま狭山先生が止めてくれなかった場合、返り討ちに遭っていた。最悪死んでた可能性もある。いつも竜馬の発言に毎回乗ってしまう。そこを改善しなければ進歩しないだろう。高い魔力なだけにもったいない。
「図星だね。池田さんは高い魔力を持っているから、冷静さを失った状態で高い魔力を発動したらどうなると思う?」
「魔力を想定以上に使いそうやな」
「その通り!魔力は無限にあるわけじゃないからね。もう1つは何だと思う?」
「う〜ん……」
冷静に思考力を働かす習慣がない飛鳥には難しい質問に思えるだろう。
「分からないかな〜。それじゃ赤阪くん、答えてくれる」
「必要以上の魔力を消費してしまうことですね」
「正解!理由も説明できるかしら?」
「え、えと…」
「赤阪くん。そこはハッキリ言ってあげた方が彼女のためだよ。同時に君のためでもある」
千早は相手を気にしすぎて発言を控えることがある。ここでも発言できないと学園と変わらないぞ。頑張れ。
「あの、その。必要以上に魔力を使ってしまうことだと思います。僕も魔法を使うからよく分かるのですが、感情に任せて魔力を使うと、平常心より消費してしまうことだと思う」
「大正解だよ。赤阪くんも平常心で魔法を使おうね。もしかして赤阪くんはネガティブかな?」
「あ、はい…」
「マイナス思考も敵へのダメージが減るからね。赤阪くんは明るくなろう。君は笑えばかわいいよ」
「あはは…」
平野さんは2人のタイプを瞬時に把握していることから、指導者向きなのであろう。性格はあれだけど。
「説明途中だけど、きたきた。こっちだよ~」
平野さんは俺たちの後ろの人物に手を振った。振り返ると、駅員の制服を着た男性がこちらに向かって歩いてきた。
駅員さんもこちらに手を振っている。
「姫松さんやん!元気〜」
「あの日はありがとう。今は落ち着いているよ」
飛鳥の知り合いと思ったが、千早と都島さんも手を振って迎えてくれていた。
渚も顔見知りの反応だ。
そう言えば渚から聞いていたよな?
どこだったか……あ、思い出した。
彼の名前は姫松良太。
姫松良太さんは、先日、飛鳥たちの任務に関わった人である。残りの俺たちはアリーナで訓練していた。
渚から話を聞かせてもらっていた。4人は制服がボロボロになりながらも、目標のアルバムを手に入れた。和歌子さんは残念であったが、姫松さんは嬉しかったと。
「姫松良太と申します。以前会った方も今日初めましての方も、本日は宜しくお願い致します。」
姫松さんは改めて自己紹介をされた。
渚からの情報を元にすると、姫松さんは駅長を努めている。若くして立派だと思う。妻を亡くしたとは思えないほど、快活さを感じられる。話を聞く限り、無理をしている様子は感じられない。
鉄道か…
鉄道は大変貴重な乗り物で、本数も限られている。そのため、運賃が高く設定されている。先の任務のお礼に、鉄道の往復券を手に入れてくれていた。個人的に鉄道は好きなので乗ってみたいところである。
世界が終わる前の鉄道は多くの路線が走っていた。主要都市に各線が集まりハブの役割をしていた。郊外に住む人は鉄道に乗って、都市部で仕事をする。旅行で遠くに行くために使うこともある。
現在はほとんどの鉄道はなくなってしまったが、俺たちの足に欠かせない。
鉄道はこの国の大動脈である。
当時は高速鉄道もあり、今の東地区から西地区の主要都市を3時間もかからない速さで進んでいた。
車だと、どれだけ飛ばしても8時間はかかる。
「さてと、姫松さん。懐かしいお話はまたにして、本題を教えてほしいかな」
「そうだしたね。お願いしたいことがあるんだ。駅間に魔素エリアが広がってしまった。そこの魔獣を倒してほしいんだ」
姫松さんは詳しく話してくれた。
東地区の主要駅と隣駅の間に魔素エリアが広がったのこと。線路上に魔獣が進路を妨害するみたいだ。魔素エリア化しているみたいで、一般の人間は危険が伴う。
平野さんはモニターを開いてくれた。なみはや駅から赤井駅のちょうど中間地点に魔素エリアが広がっている。
魔素エリアのレベルはブルーのようだが、一般人は魔素エリアに入ることが出来ない。鉄道の運行に支障がありそうだ。
「おかしいですね」
都島さんはモニターに映る魔素エリアに違和感を感じたようだ。
「魔素エリアは人間の住むエリアに侵食するはずなんです。けれど、その魔素エリアの周辺は人間が住むエリアです。ポツンとあることが不自然です。まるで、突如魔素エリアが出来たような気がします」
「ほほう。都島さんは鋭いね〜。君が言わなかったら私が説明するつもりだったよ。姫松さんは気づいてましたか?」
「気づかなかったです。さすがなみはや学園は優秀な生徒たちですね」
都島さんの気づきで関心が集まるが―
「本当かよ」
「君は作戦前に死にたいのかな?」
「チッ」
「竜馬、静かにしとこうよ」
「ふん」
竜馬は空気を壊すコメントをわざと言い放つ。
竜馬が再び大人しくなったタイミングで作戦内容が進んだ。
「なんとなく分かったわ。そこで魔獣を倒したらええねんけど、魔素エリアが現れた原因を見つければさらにOKやな?」
「その通り!さてさて、そろそろ行ってもらいましょうかね」
平野少佐は長々しい会話を好まないのであろう。すぐに命令を出す。
「誰に行ってもらおうかな〜」
誰に?ということは全員ではないんだな。出来れば行きたくないというのが本音だ。
「皆行くんじゃないんですね…」
千早がおどおどしている。場合によっては個人で向かうこともあるのだろう。
「そうだよ。他にも行ってほしいところがあるしね。君たち7人が必要かって言われたら必要じゃないよ。2人で十分でしょ」
確かに2人で十分なレベルだ。なみはや学園でも、これくらいの魔素エリアはクリアしている。
「それならウチが行くで!平野さん、ウチを指名してほしいわ」
1番手に飛鳥が挙手する。どこへ行っても先頭に立つ姿勢は見習うところだな。
「池田さんは今回はパスね」
「なんでやねん…」
「今回の任務は誰に行かせるか決めてたから。池田さんはその中に入ってないんだよ」
「くぅ…」
「まあまあ飛鳥さん。次はあります。それまでに技術を磨きましょう」
「せやな」
都島さんから絶妙なフォローが入る。人を嗜めるのがうまい。
「駅間の魔獣退治には――」
この先2人の名前が発表される。誰なのが。
「交野さんと松原くん」
「え、お、おう」
「あ、はい」
意外な組み合わせで時間が停止したようだ。2人は思わず生返事で答えてしまった。
「にししししし。良い反応するね〜。ここ数日間、君たちのデータを把握させてもらったよ。何も適当に選んだわけじゃないからね。君たちの能力·相性を加味して、成功率を上げているの。2人なら任せられると思って」
「平野さん、それなら僕が―僕のほうが竜馬のことをよく知っています!」
「これは命令だよ」
「で、でも―」
「命令だよ」
「う、は、はい」
平野さんは真顔で命令を強調した。その表情を見た者全員は凍りついた。下手な発言はできないと。
「平野さん。あんまり脅かすと可哀想です」
「いけな〜い。ついクセで」
「はぁ」
姫松さんも何か思うことはあるのだろうが、任務に支障をきたすわけにもいかないので、これ以上発言することはなかった。
「さて、交野さんと松原くん。すぐに準備してね。他の人たちは、私に1ミリでも当てられたら合格という訓練にするね」
何か嫌な訓練だな…
問題の魔素エリア付近まで車で送ってもらった。ここからは徒歩で魔素エリアに侵入する。平野さんの意図は分からない。どうして、松原くんと2人で魔獣退治なのだろう。
2人で横一列。身長差がかなりあるため、松原くんを見あげる形になる。任務前から首が凝りそう…
「けっ!なんで2人だけなんだよな」
松原くんも同じことを考えていて、思ったことを口に出す。目的地まで黙って歩くのはお互いにしんどいと思うので、会話を続けてみる。
「どうしてだろうね。何か戦略があると思うんだけど」
「俺と交野。分かんねぇ。俺のパワーを上げるバフ技でも持っているんか?」
「私のバフ系は少ししか効果がないかも。回復魔法と攻撃魔法が専門かな。赤阪くんの方が相性が良かったのにね」
「あの女、気に食わねえ」
「平野さんのこと?」
「ああ。ここで言うのはアレなんだが、あのタイプは苦手なんだよな」
「そうなんだね。松原くんは何でも突っかかるイメージがあったから、苦手だなんて意外だよ」
「ふん。俺も似たようなことをしてるから、人のことは言えねえけどな。悪い、愚痴ってしまった」
「別にいいよ。それと―」
前から気になっていたことはたくさんある。ただ、松原くんの地雷を踏んでしまうと、私でも何されるか分からない。
「答えにくいことでも何でも聞いてみな。って、お前、首がしんどいだろ。少し離れてみたらどうだ。」
「あはは。ありがとう」
なんという気遣い。お言葉に甘えて少し離れてみると、首の角度が少し和らいだ。けれど―
「私は交野渚。お前と呼ばれるのは嬉しくないかな」
「すまねぇ…交野、首は楽になったか?」
「うん」
素直なんだね。
「あと、飛鳥ちゃんとは仲良くすること」
「そいつは無茶な要求だな…」
「いきなりとは言わないよ。けど、私は飛鳥ちゃんと仲が良いの。2人が争うところは見たくないだけ。日和ちゃんもいつもハラハラしている。赤阪くんも心配してるんじゃないかな?」
「千早にはいつも怒られてるよ。それでもな、アイツ、いや、池田と仲良くはできねぇ」
そこから松原くんは口を開かなかった。アイツと呼んだとき、つい睨んでしまったのか、池田さんと名前で言ってくれて良かった。
魔素エリアに侵入することに成功。予想通り魔素エリアはブルーと1番弱いエリアだった。
運行に支障をきたす魔獣を倒して、のぞみエリアに戻すのみ。
「魔獣の気配は感じられねぇ」
「うん。このまま先に進もう」
前に進むが会話が進まない。互いに話したことがないので、どこから切り出せばいいのやら。
地図を借りたので、このまま中心部に歩を進める。
「やっぱり俺には千早がいねえと何もできねえかもな」
「急にどうしたの?」
しびれを切らした松原くんが調子を悪そうにしている。
「悪いな。普段はあいつと共に行動しているからな。いざここにいないと、調子が狂う」
「いつものテンションでいいよ。私は気にしないよ」
「そういうわけにはいかんだろ。おまえ―交野にそんなことはできねえかもな」
「私と飛鳥ちゃんでは何が違うの?」
再び飛鳥ちゃんの名前を口に出す。一瞬眉が動いたけど、松原くんは私に優しいみたいで、大きく動くことはなかった。
「物知りだな。そんなに気になるのかよ」
「友達だもん。仲良くなって欲しいよ」
「分かったよ。任務が終わったら話してやるよ!」
「ふふ。何か新鮮だね」
「ちっ!あんたも底が知れねえけどな――」
「ねえねえ。赤阪くんとどれくらい仲が良いの?気になるかな」
「千早…か?」
「それならいいでしょ?」
「まぁ、いいけど」
「やったね」
赤阪くんと松原くん。2人の関係を知るいい機会なので聞いてみた。
「千早とは腐れ縁だ。ガキの頃から一緒につるんでいるんだ」
「そんな昔から一緒なんだね。変な意味じゃないよ?2人の性格は似てないのにどうしてかな」
「あぁ。今思うと不思議だ。俺とは正反対の性格をしてやがる」
「どこで出会ったの?それと赤阪くんはどんな子だったの?」
「千早は今と変わんねえよ。アイツは身体が小せえから、よくいじめっ子のターゲットになってたよ。ムカついたからいじめっ子をボコボコにしてやった。そこから千早とつるむことになった」
2人の性格を鑑みると想像に容易い。
小さいころからの付き合いを経験したことがないから羨ましく思う。
「松原くん…カッコいいよ!私、そういうところ好きだよ」
「そうかいそうかい。それは良かった!」
「私のことも守ってくれるんだね」
「はん!見た目によらず食えねえ女だな!お前は俺に守られなくても勝てるだろ」
松原くんは立ち止まり、鋭い眼光を向けてきた。いつもの挑発や煽りではない。眼光は敵意と似て非なる。強敵に向ける目だ。
「そ、そんなことはないよ」
「それならよ。武器を見せてくれ」
「武器って、これ?」
「ああ、撃たねえから」
松原くんが私の魔導銃を貸してほしいみたいだけど、何をするんだろうか。もし、自分に向けてきたら容赦しないけど、信じるしかないかな。言われた通り魔導銃を貸してみた。
引き金、グリップ、マガジン等を隅々まで観察している。魔導銃は珍しいけど、乙女の装備品をマジマジと見られるのは気分が良くないかな。後で赤阪くんに報告しなくちゃ。
「思ったより重たい武器だな。お前の戦闘シーンは何回も拝見したが、良く使いこなしてやがる」
「最初は重くて嫌だったよ。けれど、鍛えられたから今は軽く感じるよ」
「はん!身体が弱いくせに鍛えるもクソもないだろう」
「返してくれる?」
「すまねぇ、言い過ぎた。やっぱり、、コイツを向こうに撃ってみていいか?」
「良いけど、松原くんに使いこなせるかな」
「甘く見やがって。魔獣が中々現れねえから銃声で引きつけてやるよ」
松原くんの言動は周囲を不快にさせることはあるけど、いつもと違和感がある。何回かペアを組んだことがあるけど、彼は私に優しかった。今に限っておかしいと感じる。わざと私を怒らせてるのでは?
ともなく、松原くんが何をしたいのかは分からない。大人しく従う方が無難と判断する。
適当の方角に銃口を向ける。そして、引き金を引いた。直後―
「うおっ!!」
魔導銃は大きな銃声を放ち、弾丸はあさっての方向に飛んでいった。魔導銃の反動があまりにも大きかったため、松原くんは大きな尻もちをつく結果になった。
「いてて…」
「大丈夫?」
「想像以上に魔力が溜まっているんだな…」
「私にしか扱えないよ。飛鳥ちゃんや日和ちゃんも使えない。魔力が高くない松原くんはもっと厳しいよ」
「…辛辣だな」
「事実だもん」
「見た目によらず容赦ねえな」
「見た目で判断していると痛い目にあうと思うけど」
「ははは!益々気に入ったぜ!」
何が気に入ったんだろう…
尻もちついた松原くんに手を差し伸べた。松原くんは少しほほ笑んで、私の手をつかんだ。
その瞬間―
「きゃっ!?」
松原くんも予想しなかった。
このまま起き上がることを想定していたけど、松原くんの重さと手を引っ張る強さで私の身体が持っていかれた。
結果、松原くんに抱かれる形になるなってしまった…




