衰退
市長室の扉を開けた。
貫禄のある老人を想像したのだが、若い男性だった。年齢は先生と近そうだ。
ロングヘアーが特徴で、髪を後ろにくくっている。
髪を降ろすと腰まで届きそうだ。
服装は歴史の教科書で見たことがある。帝国の貴族が着るような立派な服装だ。元帥と呼ばれるだけあって似合う。
見た目は若いが、何か強いオーラを感じる。
「遠路はるばるありがとうございます。この度は私の身勝手な要求にお付き合いいただき感謝致します」
元帥は立ち上がり深々とお辞儀をした。A組は慌ててお辞儀を返す。立ち上がった元帥はスラリと大きかった。夏希の身長は180cmあるが、それより身長が高い。
胸元のポケットに白い薔薇を挿している。口に加えてカッコつける…はないよな。
「かしこまらなくて結構です。立ち話もなんですし、そちらにおかけください」
元帥は手をロングシートに向けて誘導する。
A組、狭山先生、柏原先生、平野さんは客室で使われる立派なコの字型ロングシートに座らしてもらう。
「まずは―」
元帥は一呼吸置いた。
「狭山先生、柏原先生。お久しぶりです」
「本当にお久しぶりね。じゃなくて、お久しぶりです」
「豊中先輩。立派な職務に全うされて僭越です」
「2人にかしこまられるとと、私も緊張します。いつも通りに接していただきたい」
「分かったわ」
先生と元帥は顔見知りという雰囲気だ。皆は周りをキョロキョロさせて目が合うが、何を発言したらいいのか迷う。
「豊中先輩。皆があっけにとられていますよ」
柏原先生の一言に、置いてけぼりにされたA組に視線を向ける。
「申し訳ない。懐かしさのあまり忘れていました。僕たち3人はなみはや学園出身でしてね。狭山先生は同級生になります。柏原先生は一つ下の後輩です」
元帥は、なみはや学園卒業生。狭山先生と柏原先生もなみはや学園出身と存じ上げていたが、元帥もそうであった。なみはや学園は優秀なクラスメイトが多いのかもしれない。
「自己紹介がまだだったね。僕は豊中学です。皆さん宜しくお願いします」
宜しくお願いします!と全員が挨拶で返した。俺たちは体育会系ではないが、無意識にこうなるのである。
残りのメンバーも自分の名前をお伝えした。竜馬は大人しく普通に名前を教えていた。そこは竜馬らしくしてほしいと、心の奥で感じるのであった。
「力を抜いてください…と言っても、難しいよね」
「あ、あの!」
勇気を出して都島さんが声をかけた。モジモジして、声が詰まっているようだ。
(都島のやつどうしたんだ?らしくないよな)
(おそらく緊張しているんだよ。竜馬だって大人しいじゃん)
(お、おう)
竜馬と千早はテレパシーのように会話をしているが、だいたいの想像はつく。
「あの…その…」
「都島さん。ゆっくり自分のペースで良いからね」
「は、はい。ふぅ。豊中元帥、私は貴方を目標にしてきました。貴方に救われたから今日に至ります」
「僕を目標にしてくれて嬉しいよ。都島さんとはどこかでお会いしたかな?ごめんね。僕はあまり人を覚えるのが苦手で」
「いえ、それは大丈夫です。7年前、豊中元帥に助けられました。これを機に私は魔法を覚えようと思いました」
都島さんは今にも泣きそうだ。豊中元帥に思い入れがあるのだろう。
「7年前…都島日和さん――思い出した。もしかして君は都島家令嬢の?」
「はい!思い出してくれて嬉しいです!」
「僕がなみはや学園2年生の頃、魔獣退治に出かけてたときに出会ったんだ。あの頃の少女が都島さんだったんだね。ご両親からものすごく感謝されたのを覚えているよ」
「はい。嬉しいです」
(渚。ヒヨリンの顔が乙女になってへんか?めっちゃ可愛いぞ)
(これはこれは。うふふ。応援しないといけないね)
都島さんの顔がリンゴのように赤くなっている。渚と飛鳥は楽しそうに見ている。
都島さんは、都島財閥の長女である。
都島財閥は世界が破壊される前から経営している大きな組織だ。世界中に都島財閥の経営する会社があり、莫大な資金力を得ていた。
世界が壊れたあと都島財閥は惜しみもなく、復興のために資金を繰り出した。残された人類が復興に向かったのは都島財閥がかなり大きい。多くの歴史書で、都島財閥は栄誉を称えている。
「ごほん!都島さん。再会を堪能しているところ悪いですけど、元帥もあまり時間がございませんので、手短にお願いします」
「失礼致しました。平野さんは元帥のことをよく知っているんでしょうか?」
「私はこの軍で、元帥の右肩として戦っています。都島さんはそれくらいお強くて?」
「む〜」
2人の間に火花が飛び散っている。平野さんも豊中元帥に思いがあるのだろうか。俺は都島さんを応援しよう。
(飛鳥ちゃん!平野さんもだよ!)
(ヒヨリン頑張れ!ウチラはヒヨリンを応援する!)
2人は本気で都島さんを応援しているようだ。声に出さなくても分かる。
(あの女は何で都島に絡んでやがるんだ?)
(竜馬…はぁぁ。そこだけは鈍感なんだね)
(ん??)
竜馬のそういうところ、嫌いじゃないぞ。ラノベに出てくる鈍感主人公はそうでないと面白くない。
俺の隣にいる夏希は豊中元帥のことを知っているのか。姉から聞かされてもおかしくなさそうだ。
「俺から質問いいですか?」
そう思っていると、夏希は質問のために珍しく手を挙げた。
「学生時代から元帥に上り詰めるまで、どのように鍛錬をしたのか教えてほしいです。それと、元帥の実力も知りたいです」
「質問に答えてあげたいけど、長くなるから今度でいいかな?」
「分かりました。今度手合わせを願いたい」
夏希の手合わせ要求に一同は息を呑んだ。豊中元帥はチラリと狭山先生を見る。狭山先生はクスリと笑い頷いた。
「やれやれ。君たち姉弟に敵わないよ。このあとお手並み拝見といきましょう」
豊中元帥はあっさりと了承した。夏希は勝つことは出来ない。それは本人も分かっていることだ。俺も豊中元帥の実力は知りたいところだ。手合わせということは、豊中元帥は剣の使い手なのだろう。
「そろそろ本題に入らせてもらおうかな」
俺たちが呼ばれた理由がこの次に判明するだろう。
「君たちにはここでしばらく暮らして貰う。断るのなら今がチャンスだよ」
やはりここで過ごすのか。ここにいる皆はおおよそ分かっていたので驚くものはいなかった。
「あ、あの。先に質問いいですか?」
「赤阪くん。どうぞ」
あまり前にでない千早が声を絞る。最近の千早が可愛く感じるのは俺だけか?そんなことを今は考える必要はないのだが。
「僕たちは卒業後、軍に所属すると思います。今まで、在学中に軍に入ることはなかったです。なぜ、僕たちは呼ばれたのか、教えてほしいです」
千早の質問は皆が知りたがっていたはずだ。
「そうだね。君たちは卒業したあとに入隊する流れだからね。じゃあなぜ君たちを呼んだのか。その答えはね、このままでは世界は魔素エリアに侵食される未来があるからだよ」
世界は魔素エリアに侵食される
衝撃な言葉だ。皆黙ってしまう。
「なぜ侵食されるのか?答えは簡単だよ。戦う人間が年々減少しているからなんだ」
元帥は説明を始めた。
そもそも魔素エリアに入れる人間は少数と限られていること。
魔素エリアに入れるからといって、戦闘に参加する人間がいるとは絶対とはいえない。
自ずと人手が足りないのである。
魔素エリア内の魔獣を倒すと、瘴気が薄くなる。倒す数が多ければ多いほど、のぞみエリアに近づく。近年は人手不足が深刻化しており、近い将来魔素耐性の人間がいなくなる日が来ると言われている。
「問題はもう一つあるんだ。これが最も厄介なんだ」
飛鳥は一瞬だけ顔を顰めた。飛鳥だけではない。狭山先生と夏希も眉が動いた。
「厄介な問題ってなんなんだ?じゃなくて、ですか?」
竜馬は元帥にタメ口をきいてしまい、慌てて敬語口調に直した。もう遅いと思うが。
「魔族側が人工的に魔素を操っていること。過去の事件と、魔族の拠点から運良く逃げてこられた人間の証言。この2つが組み合わさって分かったことなんだ」
魔素エリアを操ることは不可能ではない。理論上、魔素エリアに住む魔獣たちを倒せば、のぞみエリアに侵食される。逆も承知。
「なぁ、元帥さんよ。事件ってなんなんですか?」
「池田さん。もしかして君は西地区出身かな?」
「せやで」
先ほどから飛鳥の顔色が悪くなっている。元帥は飛鳥の顔色を見て、発言を躊躇する。
「池田さん、いや、失礼。今のは僕の口がよくなかった。今の話は忘れてほしい。魔族から逃げ込んだ隊員からの証言なんだが」
途中で歯切れが悪くならないよう周りに配慮する。
「魔族のアジトに拉致された隊員は死を覚悟していた。さらに驚愕したのは、そこに人間がいたんだ。人間は魔族側だったよ」
魔族に協力する人間がいた。大きな問題だ。
千早と竜馬は、まさかと思い目を合わせた。2人は心当たりがあるようだ。
「魔族に協力する人間がおるんかいな。めっちゃタチ悪いやん」
「残念ながら、その人間が協力者かどうか分からなかったよ。逃げた隊員は必死だったからね。時折会話で、人類を滅ぼすことを魔族側に吹聴していたのを目撃しただけだからね」
まだ確証は持てないか。魔族の拠点は、魔素が相当濃いはずだ。真偽は分からなくとも、その人間は相当な実力者であることは間違いない。
「あの、隊員さんから話って聞くことはできますか?」
「厳しいだろうね。精神的ストレスでまともに話せる状況ではないんだ」
「そうですか」
「申し訳ないね。ただ、隊員から、魔族側にいた人間の名前を聞いたよ」
「誰なんですか?」
「その人物は――」
元帥が名前を言う直前、室内にアラート音が響いた。
『侵入者です!味方が次々やられています!現在7-Cエリアを中央に向けて移動中!』
俺たちみたいに許可を得ていない何者かが金剛基地に侵入した。俺たちは慌てて部屋を出た。これから現れる敵に迎撃態勢に入る。
廊下を駆け足で移動しながら、元帥は片耳から聞こえる無線の情報を頼りに敵の位置を推測する。
「敵の目的はここだね」
ここというと、金剛基地中心部。
「あはっ。金剛基地に侵入して仲間を倒すなんて、腕は良いようね。元帥、さすがにやってもいいよね?」
「ほどほどにね。侵入者がここに来るということは何かしら重要なことがあると思うんだ。絶対に殺しちゃだめだよ」
「半殺しはOKてことね」
平野さんはこれから出くわす敵にワクワク感が隠せないようだ。
本棟から外に出た。銃撃が続いているようだが、攻撃が止むことはない。相当手こずっているようだ。侵入者は誰なのか?何人なのか?答えはまもなくやってくる。
100メートル先、人影が見えた。このままこっちに向かってくるようだ。
侵入者を向かい入れる。