葛藤
魔素エリアはイエローとなっていた。
昨日のライガー戦を思い出す。
今のイエローは昨日と同じ濃さになっていた。つまり、強敵ライガーと同等の魔獣がいることを意味する。A組の力はここが限界だった。
「まずいやろ……」
「良くないですね。赤阪くん、ディテクターをお願いします」
「うん!」
赤阪くんはディテクターを唱えた。
「そ、そんな…」
行きのグリーンは魔獣に遭遇することはなかった。しかし、今から帰る道は魔獣がたくさんいた。行きと違う帰り道に戸惑っているときに日和ちゃんのスマホが鳴った。
「長田さんどうされましたか」
電話の向こうは長田さんだ。長田さんも緊急時の可能性も考えた。
『魔素エリアが急に迫ってきたんだ。ワシはその中で生きることは出来んから急いで遠のいている!来た道をそのまま戻る感じだ。この車の位置はスマホで確認できるはずだ。すまないが追ってきてくれ』
「分かりました」
電話越しに長田さんの大きな声が聞こえてきた。無事を確認できたのが幸いだった。
「聞こえていたと思います。ゆっくり戦闘している時ではありません。走りながらこの道を進みましょう。魔獣は足止めするダメージで結構です!」
「昨日みたいなことはごめんやからな。渚、行けるけ?」
「うん!大丈夫だよ!今日は調子がいいよ」
調子がいいのは本当だ。何事もなくエリア外に出れればいいのだけど、もし強敵と会敵したら――その時は覚悟をしよう。
林道を走る。できるだけ速く走る。遠くに。
何度も魔獣に出くわすが、目の前を通る魔獣を攻撃するだけで切り抜ける。それ以外は極力戦闘を避けた。
私達の方が動きは速いので追いつかれることはなかった。
林道を抜けて更地にたどり着いた。ここは長田さんに降ろしてもらった場所だ。ここも魔素エリア化していた。通常、人間の住むエリア、私たちはのぞみエリアと呼んでいる場所が魔素エリアに変わるのは、境界線に魔獣や魔族がいるときになりやすい。その理由は魔獣や魔族から放たれる瘴気である。瘴気がのぞみエリアを押し出す形で魔素エリアが広がる。それが魔素エリアが広がる理屈となっている。けれど、今回はおかしいよね。魔素エリアが急激に広がることは今までなかった。
「ヒヨリン。長田さんはどのへんや?渚、走りながら考え事してもロクなことあらへんで」
「あ、うん」
「長田さんはここから5キロ先にいます。動きが止まっていることから、魔素エリアはそこで止まった可能性があります」
「了解やで。渚、赤阪くん、マジックパウダーは足りるか?」
「残量に余裕はあるよ」
「僕も大丈夫だよ」
マジックパウダーは魔法の素となる不思議な粉。魔獣が死ぬとサラサラの粉になる。その粉を服用することで魔力を回復させるけど、味は美味しくないんだよね…
「色が濃くなっています。強敵が近くにいる可能性が高いです。念の為、今のうちに魔力を全回復させてください」
日和ちゃんの言う通りマジックパウダーを服用した。魔力切れは致命傷になる可能性が高いので、一口服用した。
美味しい。これは昨日頂いた江坂さん特性の緑茶の入ったマジックパウダーだったね!貴重な緑茶から作った美味しいパウダーに私は思わず微笑んだ。本当はお湯に溶かして味わいたいけど、さすがに無理かな。緑茶の香りが癒される。
落ち着いたところもつかの間だった。
突如地面が揺れた。
「地面が揺れてる!?」
「気持ち悪い揺れやな!渚、酔うてへんか?」
「もう、酔っちゃったかも」
「皆さん!この揺れは地震ではありません」
答えは分かっている。
地中から魔獣が迫っていること。
地中から魔獣が地面に向かって上がっていること。
「来ます――」
目の前の大地が突き上がった。地面を揺らしていた魔獣が姿を現した。
「うわぁぁ、でか…」
「姫松さんの家よりでかいやないか!」
蝙蝠のように広げた両翼だけで姫松さんの家を包むことが出来そうだ。大きな口を開けると、全ての歯はギザギザであり、噛まれたら大ダメージは避けられない。垂れているよだれが気持ち悪い……胴体はヘビの形をしており、巻き付かれないように注意しないといけない。
「この魔獣は“スネークワイバーン”です!戦わずに魔素エリア外まで逃げてください!」
日和ちゃんは逃げる選択を入れた。魔素エリアは昨日と同じく濃いイエローになっていた。
昨日と事情は異なる。昨日は夏季くんと狭山先生がライガーを倒してくれた。私たちは実力の不甲斐なさを痛感させられた実践だった。今日は助けてくれる人はいない。逃げる選択肢は正解である。
魔素エリア外に向かって全力で疾走する。
私達のほうが足が速かった。このままいけば魔素エリア外に出られるだろうと思っていた。しかし、スネークワイバーンが羽を仰いで石を放り投げた。
「ぐぁぁぁぁあああ!」
高速に飛んだ石は赤阪くんの膝裏を直撃して転倒した。
赤阪くんの大きな悲鳴が上がり振り返ると、脚から大量出血をしていて動けない。膝は身を抉られてしまい、なんとか繋がっている。
スネークワイバーンは赤阪くんを無視して私たちをターゲットにして向かってくる。
「赤阪くん!ちょっと頑張ってくれ!ヒヨリン、そいつの弱点は水か!?」
「そうです!飛鳥さん、最強の水魔法をぶつけてください!」
「OK!」
飛鳥ちゃんは唸れ!荒ぶる高潮!!をぶつけた。荒々しい高潮がスネークワイバーンに直撃し溺れる。
A組で一番の攻撃魔力を持っている最強魔法。弱点は水属性で相性は抜群だ。この隙に赤阪くんの救出に向かう。すぐに回復魔法“ハイヒール”で赤阪くんの傷を治療した。
「はぁはぁ、ふう。交野さんありがとう!」
「早く行こうね」
「あんだけ水浴びさせてもやる気満々や。はよ逃げるで」
赤阪くんの傷を急いで全回復させて起き上がらせる。傷が回復しても顔色は良くない。今の攻撃で精神的に来ているかも。
スネークワイバーンは雄叫びを上げた。両翼を勢いよく動かし強風を発生させた。
「あかん!目が…」
強風によって発生した砂嵐は飛鳥ちゃんの目に入ってしまった。
「飛鳥ちゃん!」
スネークワイバーンはその隙を見逃さなかった。スネークワイバーンは動きだし、翼を繰り出した。飛鳥ちゃんは直撃を覚悟して身を構えた。翼の攻撃によって跳ね飛ばされて転がったがすぐに起き上がった。
「やるやんけ、蛇蝙蝠野郎」
防御態勢と吹き飛ばされたときに受け身を取っていた。アリーナでの訓練が活きている。
寸前のところで防御を固めたおかけで深い傷にならなかった。
敵から距離を取り冷や汗を流す。
「弱点属性でウチの最強魔法を食らったのに…嫌になるわ」
「飛鳥さん!もっと距離をとってください!」
「援護するね!」
「僕は弱体化で弱らせるよ!」
私と日和ちゃんは水属性の魔法を連発でぶつけた。足止めにはなる。スネークワイバーンを遅延させるだけでいい。一瞬の隙を生かし、全力で魔素エリア外を目指す。全員スピードアップの補助魔法“クイック”で駆け抜ける。主に素早さを上げる技だけど、逃げる技にも使える。
「だいぶ離れたね。もうすぐエリア外だよ!」
「ほんまにしつこいわ」
スネークワイバーンは翼を広げて飛んでいるが、弱体化魔法“スロウダウン”で行動を遅らせているおかげで、距離が空く。もうすぐのぞみエリアだ。スネークワイバーンはそこに入っては来れない。
突然強風が吹き荒れた。スカートがまくり上がり下着が見えるけれど、恥ずかしい気持ちを持つ余裕もなかった。
「ちょ!赤阪くん見るなや!じゃなくて、今度は何やねん!」
「僕は何も見てないからね!空が暗いよ!」
「何か来るよ!これは避けれないよ!」
「皆さん全力で防御をしてください!」
後ろを振り返るとスネークワイバーンの距離は遠くなっていたが、見上げた空は真っ黒な雲で稲光がゴロゴロと音を鳴り響いている。
「スネークワイバーンの最強技が来ます!少しは和らぐと思います。これで凌いでください」
私達は攻撃に備えて防御態勢に入る。日和ちゃんが魔法攻撃を守る補助魔法“ハイプロテクト”を全員に付与した。
スネークワイバーンの両翼が大きく広かなり、周囲はバチバチと電気音が聞こえる。喉の奥が見えるほど口が大きく開く。
これは来る。
3人は耐えれるのかな……
お願い、死なないで。
スネークワイバーンの全体魔法“渦雷”が飛翔。巨大なサンダーボルトが私たちに向かって飛んでくる。耳が壊れるような凄まじい音をたてて、私を含め全員に直撃する。
「ぐぅぅぅぅぅぅ!!」「ああぁぁぁぉぁ!!」「く、耐えれん!」
スネークワイバーンの攻撃は終わらない。
何発も何発も雷を食らってしまう。
「こ、この、ウチが、……」
「終わりだ…」
「皆さん、ぶ、無事……」
飛鳥ちゃん、日和ちゃん、赤阪くんの意識がなくなった。スネークワイバーンは今の攻撃魔法の反動で動かなくなった。
私は現実から遠のいた世界にいた感じがした。
もしかして、私は大きな過ちをした?
A組のみんなが、私のせいで死ぬかもしれない?
ふと、私の頭の中で言葉が聞こえた。
『はるか。はるかを大切にする人がいたら、必ず守ってくれ』
はっ!?
私は何を躊躇ってたんだろう。別に自分のことを知られてもいいじゃん!
冷静になれ私!
今は戦況を。
スネークワイバーンは攻撃の反動で動けない。今しかない。
今のうちに3人の様子を見る。
飛鳥ちゃんは重傷
日和ちゃんも重傷
赤阪くんも重傷
生きててよかった…
安堵を感じつつ3人を完全回復させた。しばらくは目を覚まさないだろう。他の魔獣もやってきたので、補助魔法“”バリア“”で守る。魔素エリアイエローなら簡単には破られない。
もう遠慮はすることはなくなったかな。誰も見ていないし。
スネークワイバーンが動いたね。残り1人の私と目が合う。
私と目が合うと、さっきまでの殺意の表情ではなく、目の前にいる私に畏怖の念を抱いていた。
ふふ。君は分かっているんだね。最強技“渦雷”の攻撃、私はノーダメージだもん。ふふ。怖いよね。
私は微笑んだ。
スネークワイバーンは悟る。口がガタガタ震えていた。
私から逃げられないと。
怯えているスネークワイバーンを見ていると楽しくなっちゃった。
ずっと見つめて動かないでいると、スネークワイバーンは、蛇のような胴体で私を巻き付いた。私は逃げることもせず、普通に巻き付かれる。これで絞め殺そうと考えているんだね。
巻き込む強さが大きくなる。どんどん強くなってくる。
本気の強さで私を絞めてくれるね。
でも、効かないかな。スネークワイバーンも気がついたんじゃないかな?力を入れていた表情から焦りの表情に変わっていた。
私は巻き付かれている状況で、ゆっくり深呼吸をして吐き出した――――遊んであげる。本当は少しだけ怒っているんだよ。私と飛鳥ちゃんと日和ちゃんのお揃いのタイツが破けちゃったんだから――




