それぞれの変化
予鈴が鳴って今日の準備を終えて席で待っていた。
飛鳥と都島さんが二人で仲良く教室に入室してきた。
2人の雰囲気がいい。ここ数日何があったのか気になるが、距離がかなり縮まった。仲良きことは美しきかなという、授業で教えてもらった言葉を思い出す。
「あ、2人共私に合わせてくれたんだ!」
「ウチの美脚に酔いな〜」
「きゃ〜」
「うふふ。黒もいい味を出してます」
女子組3人ともタイツに合わせていた。都島さんはゴールデンポニーテールとヘアチェンジをしていた。
普段はおさげ髪を一本で結んでいて大人しめの印象だが、今日は出来るお姉さんを演出している。
ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
A組の教室内は全員が揃っており、これから午前の授業が始まる。狭山先生も入室し、教卓の前に立つ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
先生の挨拶に全員が返す。以前のA組と違い、ゆるい表情は見せなくなった。クラスメイトは着席し、先生の言葉を待つ。
「昨日の反省会はあまり意味がなかったようね」
この言葉は嫌味ではなく、昨日の疲労感が大きくて頭に入っていないという意味。
「昨日はヘトヘトやもん。全然頭に入ってこーへんもん」
「池田さん。これからもっともっとヘトヘトになります。今から音を上げててはこの先ついていけないわよ」
「了解。頑張るわ」
桃山台の任務でA組は現実を知らされた。クラスメイトは過信があったわけではない。単に実力不足が敗因だ。狭山先生がいなかったら全滅なのは間違いなかった。
いつも茶化している松原はやけに大人しい。
「松原くんはやけに大人しいわね。逆に不気味よ」
俺の考えを先読みして、先生は松原に声をかけた。
「言い訳はしねえぜ。俺は実力がなかった。ただそれだけだ。あんたを見て感じたさ。俺はあんたを越えてやるとな」
「ぜひそうしてほしいわ」
松原の口調はそのままだが、何かに取り憑かれたように変化した。この変化に飛鳥も困惑している。
ライガーを一撃で倒したことをこの目で見ている。先生の強さは、松原が想像する以上の強さであったと感じる。
「あんたはどれほどの鍛錬でここまで強くなったんだ?」
クラスメイト全員が感じたことだろう。夏季はどこまで知っているかはわからないが、俺達も気になるところである。
「時間がありませんので、今はノーコメントで」
間もなく授業が始まるので時間が惜しいからと信じたい。単にめんどうだからという理由は困るが。
「午前は予定通りの授業を受けてもらいます。午後はアリーナで猛特訓です。アリーナは毎日だと思って頂戴」
クラスメイトの反応は驚きもない。こうなることは分かっていたのだから。ホームルームが終わり、先生は退室した。
午前の授業が終わりクラスメイトは昼食の時間だ。飛鳥と渚は都島さんの席へ移動したので、俺は夏季の席へ向かい昼食を取る。
女性陣3人を見ると、机を移動させて1つにまとめて会話を楽しみながら食事をとっている。3人の距離が一気に縮まった印象だ。
いつも通り雑談をしながら食事を楽しみ、完食して片付けが終わったタイミングで、松原がこちらに近寄ってきた。
「ちょっといいか?」
「ん?あぁ、いいぜ」
夏季は間が開いて答えてしまった。珍しく松原が声をかけてきたからである。後ろには赤阪もいた。俺達は仲が悪いわけでは無いが、今まで一緒に昼休みを過ごしたことがなかった。
「急に声をかけたら驚くよな?」
「正直驚いたよ。何の風の吹き回しだと感じる」
俺は感じたことをそのまま答えた。
「あはは…ごめんね。僕と竜馬は昨日のことが頭に離れられなくて。お二人に戦闘の極意を教えてもらいたいんだ。いい機会だし」
赤阪がフォローに入る。赤阪と松原は学園に入る前から交流があるみたいで、松原の性格は良く知っている。松原の寛大な態度は慣れたもんだが、最初は嫌なイメージしかなかった。赤阪のフォローがなければ見方は違っていただろう。
「分かった。今後も宜しくと言いたいのだが、1つ守ってほしいことがある」
「いいぜ。何だ?」
俺は間をおいて真剣な眼差しで松原を見た。そしてこう応える。
「お前の態度がデカいのは全然構わないが、他人のことを悪く言うことだけはやめてくれ。特に渚のことを言うと俺は怒るぞ?」
女性陣に聞こえない程度で松原に約束を説いた。松原の目をそらさず見る。松原は俺の目で気負ってはいないが微笑んだ。
「ははは。分かった、約束は守るぜ。これでいいか?」
「あぁ、いいぜ。松原よろしく。あと追加だ」
「やれやれ、今度は何だ?先生に敬語を使えってか?」
「違うな。俺のことはユウキと呼んでくれ」
俺は微笑み、松原に握りこぶしを向けた。
「ははは!おもしろ奴だなユウキ!俺のことは竜馬と呼んでくれや」
「分かった」
松原も握りこぶしをトンとあてて笑った。赤阪も続いて夏季に話しかける。
「僕も…その、夏季くんと呼んでもいいかな?」
「いいぜ。俺は千早と呼べば良いか?」
「うん。宜しく」
「宜しく」
夏季と赤阪は握手をした。赤阪は安堵した表情で夏季を見ていた。どちらも人見知りでお互いの会話がなかったが、お似合いだと感じるのは俺だけかな。
「松原、俺のことはなんて呼びたいんだ?」
「狭山弟は気に食わないか?」
「気に食わないな。お前がそんなスタンスであれば、お前のことをゴリラと呼ぶぞ?」
「悪かったよ。夏季と呼ばせてもらうぜ。俺のことは竜馬でいい」
「了解」
松原と夏季は会話が少ないが、今日を機にコミュニケーションをとっていただきたい。
「守口くん。僕は千早と呼んで欲しいな…」
「あ、ああ。俺のことはユウキと呼んでくれ」
「うん」
千早は良く分からんがモジモジしていた。なんか渚みたいで可愛く感じてしまった。あ、千早は男だ。いかんいかん。
男性陣は全員名前で呼び合うことになった。女性陣3人も名前で呼び合うほど親睦が深くなった。
残りの時間は雑談で楽しんだ。
予鈴が鳴る5分前。
「夏季。早速だが聞かせて欲しい」
「姉さんの剣術か?」
「そうだ。正確にはお前ら姉弟の剣術だな」
竜馬はいつか聞いてくるであろう質問がここで飛んできた。女性陣3人も竜馬の発言に会話を止めたことを俺は見逃さない。狭山姉弟の剣術は俺も気になるところだ。
「お前の知りたい情報になるか分からんが一応答えておく。狭山流剣術奥義は理事長の剣術の教えだ」
「理事長って、昨日の理事室にいた海老江理事長か?」
「そうだ。姉さんが学園の講師になる前に海老江理事長から剣術を教えてもらっていた。俺も理事長から剣術を教えてもらった」
「ということは、二人と理事長は師弟関係ってことだよね?」
「そうかもな。俺と姉さんは理事長から剣術を教えてもらったのは間違いないけれど、千早が思うように弟子になりたいとかそんな理由じゃなかった。まぁ懇願したことは間違いないが」
「経歴は分かった。俺が知りたいのは日頃の鍛錬だ」
「それはお前が普段からやってることと変わらないぞ?」
「ん?それはどういう意味だ?」
「竜馬の鍛え抜かれた体は日々の鍛錬だろ。俺も日々剣術に精を出している。考えても見ろよ。俺が竜馬みたい拳で敵を蹴散らせる事ができるか?ユウキみたいに精密射撃が出来るか?ということだ」
「ははは!要は適材適所というわけだな!俺もライガーを一撃で倒したいぜ」
「剣と刀、そして拳。それぞれ攻撃の種類が違う。硬い敵は切れても、岩は切れないさ――」
ピーンポーンパーンポーン。
放送音が鳴った。
『2年A組に通達。池田さん、交野さん、都島さん、赤阪くんの4名は予鈴のあと理事長室に来てください。他のA組のメンバーはアリーナで訓練を開始してください』
4人は理事長室に呼び出された。
男子は千早だけか。千早は俺達から離れ自分の席で荷物をまとめて女性陣のもとへ近寄る。
「嫌な予感しかせえへんやん」
「飛鳥さん、今後当たり前になりそうです」
「せやな。慣れるしかあれへんわ。男子は赤阪だけかいな。」
「そうみたいだね。僕で大丈夫かな」
「大丈夫だよ赤阪くん。早速回復魔法のレベルアップだね」
「そうだね!頑張るよ。昨日、交野さんのレクチャーは分かりやすかったよ」
「ふふ。今日は赤阪くんの得意魔法が活躍するかもね」
「その時は任せて!」
「頼もしいやん!美少女だらけで集中できないんは無しやで〜」
「あ、それは困ったな……」
「何照れてんねん!渚みたいに可愛いで!」
「赤阪くん、ファイトです。恐らくこのメンバーが選ばれたのは魔法関係だと思います。私も不安はありますが、自信を持ってやれば大丈夫です」
「そうだね。みんな今日はよろしく」
千早は美少女達と行動する。何かしらの任務がありそうだ。千早は渚と仲良くやっているようだ。昨日2人で何があったのか気になるが、今はそんなことを考えては駄目だ。無事を祈ろう。
間もなく予鈴が鳴り、A組は理事長室とアリーナに進路が分かれる。
狭山姉弟。俺はこの事実を初めて知った。狭山先生も理事長のお世話になっていたのか。理事長は本当に面倒見がいいなと感心する。