大好きです
都島日和の朝は早い。
時刻は午前5時。
「…たくさん眠れたのにまだ寝たいですね…」
昨日のライガー戦のあと、いつもより早めに寝たのだが、それ以上の疲労が残っており、身体はまだ休みたいと申している。
それでも日和の起床時間は変わらず5時である。どれだけ疲れていても、身体の条件反射は染み込んでいる。
「早起きは三文の徳ですね。早速身支度を済ませましょう」
日和は部屋を出て大浴場へと足を運んだ。大浴場は開いていないが、シャワールームは24時間開いており、大浴場が開いてない時間帯を利用する人もいる。朝に体を洗いたい人はおすすめである。
日和は寝汗を落とすため、シャワーを浴びた。身体が温まり、交感神経が刺激され今日の活力になる。たまに狭山先生と鉢合わせすることがある。狭山先生も朝が早いとシャワーを浴びに来るが、今日は出会うことはなかった。
部屋に戻り、朝食とお弁当を作る。
慣れた手つきで卵焼きを作る。
「渚さんの玉子焼きは美味しかったです。今日聞いてみましょう」
昨日の残り物をお弁当箱につめて完成。弁当を冷ましてる間に朝食を作る。玉子が余っていたので、目玉焼きとウインナーを焼いたものがメインの朝食となった。
「結局、このような朝食が1番です。では、いただきます」
どの食材も貴重なので、味わいとありがたみを感じながらゆっくり噛んで召し上がる。
メイクを済ませ、制服を着る。今日の装備や教材の忘れ物が無いかをチェックする。
「いけませんね。本日はタイツでしたね」
昨日、日和と飛鳥と渚の3人でお風呂に入ったことを思い出した。ファッションを変えてみるのも面白いと言うことで、今日はタイツになった。いつも履いているニーハイからタイツに履き替えた。
「うーん、いつもと違う感じですね。渚さんはともかく飛鳥さんは覚えてますかね」
姿見で自分のスタイルを確認する。昨日の渚のことを思い出した。
「渚さん、ごめんなさいね……私は渚さんの方が羨ましいです。渚さんの方が可愛いです…飛鳥さんが抱きつきたくなる気持ちも分かります」
結局は無いものねだりなのである。
「渚さんはローポニーテールだったので、私はこれで行きます。うん!出来る女性に見えました!」
渚のローポニーテールを意識し、日和は高い位置で結ばれるゴールデンポニーテールに変えてみた。
お揃いだったら今日は楽しいと感じながら日和は部屋を出た。
学園は7時から開いており、この時間に来る生徒はほとんどいない。日和は毎日のように朝早くに学園に入り、図書室で調べる。
日和は図書室で調べ物をすることが日課である。
(知ることは楽しいですね。今日は何を調べようかしら)
その時の気分で物色をする。世界大戦前はインターネットやWi-Fiといった媒体があったが、世界大戦が全てを壊してしまった。生き残った文明でなんとかスマホは使えるが、情報量は昔よりかなり少ない。
図書室は、当時の記者やメディアが懸命に取り上げてくれた情報を残してくれている。図書室の情報が1番頼りになる。
(飛鳥さんの出身地である西地区の歴史を調べましょう)
日和は昨日の飛鳥のことを思い出す。髪型の話になると飛鳥の顔色は良くなかった。これ以降髪型の話はやめようと思った。あと、西地区の話も触れないほうが安全だと感じる。
(私はよくない考えですね…昨日のことなのに、私は髪型を変えました…)
飛鳥のことが気になったのは本当だ。どうしても気になって、西地区のことを調べることにした。
西地区の歴史本が見つかったので、早速読んでみた。
現在は西地区と呼ばれている地域。当時は私市地方と呼ばれていた。世界大戦前は“水の都”として、商業が盛んであった。大量破壊兵器により、私市地方はほとんど消えてしまった。破壊を唯一免れた街がある。その街は千里。現在は西地区の中心部となっている。千里から私市地方を奪還すべく、魔族との戦いが続いている。
(飛鳥さんはこの街の出身かしら?西地区も大変ですね…)
西地区の簡潔な説明をご覧になり次のページを読もうとしたところ、過去の新聞コーナーがあった。大きな見出が目に留まり、新聞を手に取り開いた。
【西地区 魔族に襲撃される】
西暦2597年9月22日
千里にある老舗旅館に魔族が襲撃。このエリアに濃い魔素エリアが出現し魔族が旅館を破壊した。魔族の襲撃により16歳の少女が死亡した。目撃者の証言によると、少女は魔法攻撃で魔族に抵抗していた。魔族のレベルは高くて少女に敵うわけがなかった。しかし、魔素エリア出現は僅か10分ほどだったため、彼女の抵抗がなければさらに被害が拡大したであろう。なぜ魔素エリアが現れたかは調査中である。
(こんな悲しいことがあっただなんてあんまりです…)
この事件は大きく一面に載っていた。詳細ページに死亡した少女の名前を確認する。死亡した少女の名前と老舗旅館を確認すると日和は驚愕した。
(これってまさか――)
「ヒヨリン。そのへんにしといて欲しいかな―」
「っ!?飛鳥さん!」
日和は後ろから突然声をかけられて驚いた。声をかけた相手は飛鳥だからだ。飛鳥は朝が弱いことは日和も知っている。しかも図書室にいることが何よりも驚きだ。何故ここに飛鳥がいるのか日和は確信している。
「昨日、ヒヨリンの様子から察したけど、ウチのことを調べてるんかなと思ったんや」
「違うんです…その…西地区のことは気になってたのは本当のことですが、飛鳥さんのことは全く関係ないんです。新聞はたまたま発見して読んだだけです」
「その記事は思い出したくもない内容やねん。あまり他の人には知られたくないかな」
「すみません」
「かめへんよ。けれど、ヒヨリンは気になってしょうがないやろ」
「……」
「中途半端に知ってるほうがウチは辛いわ。時間があるから全てを語るわ」
飛鳥の表情は曇っている。情緒が豊かな飛鳥でも、新聞の内容は好ましくない。このまま去ることが出来ない。飛鳥の話を聞くことにした。
全てを聞いた時、日和の目に大粒の涙がこぼれていた。言葉に出すのも苦しいほど涙が止まらない。
どれくらいの時間が経っただろうか。飛鳥は日和が落ち着くまで待っていた。
「すみません。私は落ち着きました」
「ウチこそゴメン。ヒヨリンを余計しんどくさせてもうたわ」
「いえ、良いんです。私の性格が良くないんです」
「性格て…それはヒヨリンの才能やん」
「才能ですか」
「そやで。後ろめたいことをしてるわけやないんやから前向きにいってや。こんな時に言うのもあれやけど、ヒヨリンはA組のリーダーやで。ウチはヒヨリンについていくで」
「飛鳥さん……」
「ちょっとカッコつけすぎたかな。ウチらしくはっきり言うわ。ヒヨリン、大好きやで」
「え……えええぇぇぇぇぇえええ!!」
図書室が日和の声で大きく響いた。他に誰もいなかったのが幸いだった。
「こ、声がデカいて…」
「あ、すみません。飛鳥さんがいけないんですよ!」
「ん?そんな変なことを言ったか?」
「え、だって…大好きなんて言うから…」
「仲良くさせてもらってるんやから好きなんは当然やん?渚とじゃれたくなるのと同じやけど?ヒヨリンどうしてん。顔がメッチャ赤いで」
「あ、飛鳥さんはそういうつもりなのですね…私はてっきり…」
「てっきり?」
「な、ななな何でもあらへんです!」
「ははは。言語が混乱してるやん。ウチも気が楽になったわ」
結果的に飛鳥の他意のない言葉が日和の気持ちを楽にさせた。
「朝からすまんな。ヒヨリン、今日は休んだほうがええんちゃうか」
「いえ、私は大丈夫です」
「分かった。ヒヨリンはいつものように接してほしい。そうじゃないとウチもキツイ」
「ええ。飛鳥さんは笑ってくれた方が私は幸せです。私も飛鳥さんのこと大好きですよ」
「え……えええぇぇぇぇぇえええ!!」
図書室がまた響き渡る。誰もいないのが幸いだ。
「ふふ。お返しです」
「ヒヨリンやるやん…確かに自分が言われるとメッチャ照れる」
「飛鳥さんもタイツに履き替えて着たんですね」
「あ、おう。なんか窮屈やな…」
「私もです。そのうち慣れると思いますよ」
互いのタイツを見せ合っていると予鈴のチャイムが鳴った。図書室の窓から外を眺めると、多くの生徒が学園に登校していた。2人の時間はあっという間に終わっていた。
新聞は飛鳥が無断で持ち帰った。