隣の芝生は青い
教室で行われていた反省会が終わると、みんなはすぐに帰路についた。疲労感が半端ない。
桃山台の戦闘終了後に気を失ってバスで目覚めた。昔体験した夢を見たので、気分は良くない。
倒れた私を運んでくれたのって誰なんだろう……もしかしてユウちゃんだったりして…そうだったら嬉しいような恥ずかしいような。
ライガーと決戦後、学園に戻るとすぐに教室内で反省会が始まった。倒れたこともあり休もうかなと考えたけど、昨日までのA組と今日からのA組の変化を知りたかったので頑張ってみた。反省会の感想を私個人が言うとしたら、昨日の狭山先生の言葉通りこのままだと死ぬ運命は避けられない。私とユウちゃんも例外ではない――
私達が戦う魔族は想像以上の強さになる。
体調は思いのほか良かったのが幸いかな。
「疲れた時はお風呂だね。今開いたから行こう」
私は部屋に帰ったあとリラックスがしたくて、お風呂に入ろうと準備をして部屋を出た。傷は回復したとはいえ、汗や泥の汚れも落としたい。
私の部屋は体調を考慮されて2階の階段付近にある。その利を活かして、学生寮の大浴場に1番乗りで入った。
脱衣場で制服と下着を脱いで、制服も洗濯可能の洗濯機の中に私の制服を入れた。お風呂の時間の間に、洗濯·乾燥·シワ伸ばしを全てやってくれる。
こんな凄い洗濯機はどうやって作ったんだろう……
この洗濯機を使う生徒はA組がほとんどなんだよね。A組専用じゃないけど、制服で戦うから必然と制服を洗濯機に入れちゃうよね。
「交野さん〜私の分もいけますか?」
「ウチも入れて欲しい〜」
「わぁ!びっくりした〜急に声をかけないでよ〜」
「ウチとヒヨリンが脱衣場に入ったら、渚が素っ裸で洗濯機を見つめてたから、気になったんや。メンゴメンゴ」
「驚かせるつもりはなかったんですが、私も気になったちゃいました」
「すごい機能の洗濯機だから感心してたんだ。じゃあ、3人分も入れちゃおう」
「やったで!メッチャ汚れてたから助かるわ〜」
「お願いします」
3人分の制服と下着を洗濯機に投入した。
大浴場は開いたばかりで、この時間はまだ明るくて他の生徒が入ることはあまりない。今の時間は部活動で活動している生徒がほとんどだからかも。もしくは、A組は他の生徒より早く帰路についたからかな。
風呂椅子に座り、3人並んで体を丁寧に洗う。
さっきまで沢山の魔獣と戦っていた。傷ついた身体は完全に治っている。回復魔法のありがたみを感じた。
「相変わらず渚の肌はメッチャ綺麗やな」
「透き通るようなお肌ですね」
「2人もきれいなお肌だよ。それに2人はスタイル抜群だよ……」
身体が小さい私から見たら、2人の方が良いに決まってるよ。飛鳥ちゃんも大きいし、都島さんはもっと大きくて羨ましい……
私は自分のものを鏡で確認してから都島さんの方を向く。ドドン!という擬音が聞こえた気がする!
「確かにヒヨリンは贅沢な物を持ってる!ウチも分けろ!」
「ひゃっ!?何をするんですか〜」
飛鳥ちゃんは都島さんの贅沢な身体に両手でワチャワチャしていた。私は見るのが恥ずかしくなって、両手で顔を隠した。少し隙間から見ちゃうけど。
「そろそろお風呂に浸かりましょうよ〜。身体を温めたいです」
「あ、せやな」
お風呂に浸かりたい気持ちは一緒で、飛鳥ちゃんはすぐに切り替えた。
私達は浴槽に入る。
「ふい〜生き返るわ〜」
「温かいです〜」
「いいお湯だね」
飛鳥ちゃんと都島さんは、お湯の気持ちよさに顔がとろけている。私も同じ顔をしてるかも。
「今日の戦いで分かったことは、ウチらはもっと強くなあかん」
「そうですね。オレンジ色の魔素エリアで苦戦していました。今のままでは魔族に勝てません」
「うん」
とろけた顔をしていても、今日の出来事は忘れてはならない。
先ほどの反省会をまた思い出す。教室はお通夜のように静かで、みんながっくりしていたのが印象だった。私とユウちゃんを除いて―
「交野さん」
「あ!はい!」
不意に都島さんから声をかけられて驚いた。心の中を聞かれたのかと思った。
「私達A組は仲間です。その、ですね…名前で呼んでもよろしいでしょうか」
「え?うん、いいよ」
「2人共何を遠慮しとんねん。ウチなんてヒヨリンって呼んでるで」
「ふふふ。宜しくね日和ちゃん」
「っ!?渚さん!可愛いです〜」
「ひゃう!?」
「ヒヨリン!渚を抱きついて良いのはウチだけやで〜」
2人は私を挟む形で抱き合う。2人の柔らかくて贅沢な部分が私を包む。いいなぁ…私なんてちっぽけだよ。こういう時間って幸せだよ。2人は私のことを知った時、同じ顔をしてくれるかな。
ううん。今はそんなことを考えてはだめだよね。楽しいんだから。
私達は再びゆっくりとリラックスしてお湯の温かさを味わい、肩の力を抜く。
「髪を切ろうかしら」
「日和ちゃん、長い髪を切っちゃうの?」
「ええ。髪を乾かすのは大変ですし、戦闘中に支障が出そうです」
「そうなんだ」
「渚さんも長くてきれいな髪ですね。伸ばすつもりですか?」
「私は今の長さをずっと維持しようかなと思ってるよ」
「飛鳥さんは伸ばさないんですか」
「…ウチはこれで十分や。ウチに長い髪は合えへんわ。渚は今の髪でキープか。ユウキの好みに合わせてんの?」
「えぇ!?ち、違うよ〜」
少し間が空いて、飛鳥ちゃんは私をからかう理由で髪型の話題をそらした。飛鳥ちゃんに髪の話を聞くことはやめておこうと思った。日和ちゃんも何かを感じ取り、髪型の話から別の話題に変えた。
長風呂で流石に熱くなってきたので、そろそろあがることにした。
バスタオルで3人並んで身体を拭いて、不意に日和ちゃんの方を見ると、やっぱり負けた気がする……絶対ユウ――
「ユウちゃんは大きいほうが満足する〜か?」
「ちょ、ちょっと私の心の中を覗かないで〜!」
「渚を見てたらなんとなく分かってしまうんや」
「少しは成長してるもん!」
「渚さん、大きいと肩がこりますし、戦闘中は邪魔になることがあるんですよ。あまり良いことがありません」
肩がこる?こったことがないや。
邪魔になる?邪魔になったことがないや。
良いことがない?ない?ない……私は…大きくないのに良いこともない。
「渚……あ、そうや。渚、揉めば…ヒヨリンのを揉めば…大きくなるで」
飛鳥ちゃんの言葉を聞いて、私は即行動に出た。このとき何があったかは覚えていない。
脱衣場で私と日和ちゃんは髪を乾かしてる。私達は髪が長いので時間がかかる。すぐに乾けば良いのだけれど。
飛鳥ちゃんは私達より短い髪なのですぐに乾いてる。
「洗濯が終わってるから先に着替えてるわ~」
飛鳥ちゃんは洗濯機の方へ歩を進めた。
「渚さん、髪のお話をしてすみませんでした。飛鳥さんの中では地雷でしたね」
「それはしょうがないんじゃないかな…」
「髪のお話は誰もがよくするお話ではあるんですが、飛鳥さんはとても辛そうでした」
「うん。日和ちゃんはよく見てるね」
「ふふ。これでもリーダーですから」
日和ちゃんは周りがよく見えてる。もしかしたら、私とユウちゃんのことも、何か感じてるのかな――
「お待たせ〜。2人の分の制服を持ってきたで」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
飛鳥ちゃんは着替えるのも早かった。飛鳥ちゃんはA組で1番素早い。戦闘以外はゆっくりしてほしいかな。
「ウチもニーハイかタイツにしようかな」
「どうしてですか?」
「ヒヨリンのニーハイって、メッチャ似合うやん。ヒヨリンの太ももとニーハイで絶対領域が活きてる。渚のタイツもメッチャ似合うやん。渚はタイツと相性がええねん」
「ファッションを変えてみるのもいいと思いますよ。私も渚さんのタイツを真似てみようかしら」
「私は肌をあまり見せたくないからタイツを履いてるだけだよ。でも、他の人のファッションを真似てみるのも面白いかも」
ソックスやタイツの話だけで10分以上盛り上がってしまった。明日私達3人はタイツを履くことが決定になった。
大浴場を出て、私は日課の牛乳を飲まないといけないので、食堂に行くことになる。飛鳥ちゃんと日和ちゃんはすぐに寝たいので部屋に帰ることになった。おやすみなさい。
私は食堂で牛乳を買った。
お風呂上がりに牛乳を飲むのは丈夫な身体を維持…できてないかな。健康のために飲んでいる。身長も高くなってほしい…
「ふぅ。落ち着く」
「交野さん、ちょっといいかな?」
声をかけられた方向を見ると、赤阪くんだった。彼も先程お風呂に入っていたのか、体が火照ってる。
「うん、いいよ。お隣どうぞ」
「ありがとう。回復魔法について聞きたかったんだけど、その前に体調は大丈夫かな?」
「私は大丈夫だよ。赤阪くんもお風呂上がりに牛乳を飲むんだね」
「そうだね。僕は他の男子より体が大きくないから、少しでも追い付きたいんだ―」
「分かるよ!私も同じ気持ちなの!」
私は赤阪くんに共感して、つい前のめりになってしまった。
「か、交野さん!ち、近いよ」
「あ、ごめんなさい」
少し恥ずかしくなった。だって、大きくなりたい気持ちが分かるもん。赤阪くんの顔が少し赤くなっている……赤阪くんも長風呂だったんだね。
「ユウちゃんは絶対に大きいほうが好みだと思うのだけど、赤阪くんも男子だから教えてほしいんだけど、男性目線ではどうなのかな?」
「ええぇぇぇ!そ、それは人それぞれじゃないかな!?交野さん、やっぱり体調は良くないんじゃない!?」
「あ……違うの!赤阪くん!私は別にユウちゃんとどうのこうのじゃなくて、今の話は忘れてくらしゃい……」
私は何を言ってるんだろう…赤阪くんが困ってる…絶対変な女子だと思われた…
「ふふ、交野さんは普段大人しい人だと思っていたけど、色んな表情があって面白いなと思った」
「そんなことはないよ。そういえば赤阪くんの笑った顔は初めて見たかな」
「え?確かに僕は笑わないかも。竜馬の前でも笑ったことはあまりないかな」
「笑うのは苦手?」
「苦手というわけではないけど、僕って引っ込み思案だから表情に出すのが苦手かも。あ、苦手って言ってるね」
「ふふ。笑うと良いことが起こるって言い伝えがあるから、楽しいと思ったら笑ってみればいいかな」
「そうだね」
あまり話したことがないけど赤阪くんって笑顔が可愛い。
「そうそう。回復魔法について聞きたかったんだ」
「ごめんね。さっきので忘れちゃってた」
私は赤阪くんに回復魔法について伝えた。回復魔法は攻撃魔法と同様に魔力を消費する。
「魔力は種類があるよね。入学から教えてもらったから覚えてると思うけど、赤阪くんに改めて回復魔法について説明するね」
「お願いします!」
「回復魔法は回復魔力が重要なの。回復魔力は文字通り回復系魔法の効果に比例するよ」
「うん」
「ダメージを回復する魔法“ヒール”は回復魔力が高いほど、回復値が高くなるよ。桃山台のことを思い出して欲しい。赤阪くんがライガーの炎をまともに受けて大ダメージだったよね」
「そうだね…交野さんか都島さんじゃなければやばかったよ」
「うん。回復魔法はA組全員使えるけど、回復魔力が低い松原くんだと、かすり傷を治すのに時間がかかるの」
「竜馬に向いてないよね」
「そうだね。けれど、松原くんみたいに岩を砕く物理攻撃力を持っている人はいないよね」
「確かに」
「みんなそれぞれ特化した武器を持っているよ。私は回復魔力が他のみんなより高いから、回復魔法系の魔法をよく使う。飛鳥ちゃんは攻撃魔力が他のみんなより高いから攻撃魔法をメインに使う。赤阪くんは回復魔力を高めて誰かを回復させたいのかな?」
「そうだよ。特に竜馬は無茶ばかりするから、見てるこっちがヒヤヒヤする。あと口が悪い」
「ふふ。誰かの役に立ちたいという気持ちは大事だね。回復魔力を上げるのはゆっくりで良いと思う。」
「うん。そうだね」
赤阪くんの表情が柔らかくなってきている。暗い印象だったけど、本当に可愛い笑顔だね。私もよく笑おう。
「私が伝えれることは以上かな。参考になったかな?」
「すごく参考になったよ!ありがとう!」
「役に立てて良かった。明日、赤阪くんの魔法を教えて欲しいかな」
「僕で良ければ何回でも教えるよ」
赤阪くんの魔法を聞きたかったけど、今日の疲労では限界かな。私達は食堂を後にして、それぞれの部屋に帰宅した。