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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黄昏カエル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あれ〜……あそこを、ああ曲がったら郵便局が見えるはずなんだけど。

 うーん、アナログな地図だとどうも駄目ね。ちっとも方向感覚がつかめないわ。まだ下見段階だから良かったけれど、本番だったら致命的だった。

 つぶらやくんは、地図を読むことに自信ある? 私、地図を曲がるたびにぐるぐる回しても、こうして場所を間違えること多いのよね。頭の中に浮かべた地図を、うまいこと回せていないんだ……とも聞くけれど、実際のところはどうなのかしら?


 地図は道に迷わないための発明品。けれども、それが作られるもっと前から道しるべというものが作られている。

 分かりやすい反面、心無いものによって壊されたり、変えられてしまったりする恐れを持っているわ。

 それでもみんながよく利用する場所で、その手の目印があるときには気を張って、言いつけられたことがあるなら、従うように心がけた方がいいかもしれないわ。

 私の友達から聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?


 黄昏カエルは黄色のカエル。黄金輝くその身体、黄泉の入り口指し示す。

 友達から聞いた、地元に伝わる小唄だかの一節らしいわ。

 いわく、友達の地元には人ゆくところに、「黄昏カエル」と呼ばれる黄色のカエルが姿を見せることがあるらしいの。

 ただし生きている姿ではない。お地蔵さんを思わせる像の格好でもって。

 これはどこに現れるのか、気づける人もいれば気づけない人もいる。そうと知らずに、「終えて」しまう人も多いみたいね。


 ――終える、とは何か? そりゃ分かりやすく、命が終わってしまうこととされている。黄泉の入り口だもの。


 先に話したように彼らが姿を見せるのは、どこかに固定されたお地蔵さんのごときもの。

 連なる台座を持ち、そこへたたずんで道しるべとなっている。もし早く気づけたのなら、ひとつだけ像が鎮座し、その脇に本来あるべき像を失った台座だけが延々連なっているのが分かるはず。

 もし気づけたのなら、像が見るその道を外れたり、引き返したりしないと、やがて取り返しのつかないとこにたどりつく……とされるわ。

 像の数が増えていくほど、黄泉の入り口は近づいていく。その道しるべに逆らわないといけない、と。


 友達は小さいころに、その黄昏カエルの話を聞かされたけれど、それから10数年が経過するうちに警戒する心は薄まってしまったみたいね。

 そのカエルによる具体的な被害を、耳にする機会が全然なかったから。それよりも学校などで耳に入ってくる、通り魔や交通事故などの方がよっぽど怖い。

 パトカー類のサイレンの色や音、事故の痕跡を生々しく残すガードレールの破損や、アスファルトの砕けた様子など、実際身近に感じられるから。

 シュールな言い伝えによる怖い話など、どこまでも聞き手の想像力に期待するハッタリのように思えていたみたいね。


 年々、増えていく用事に押され、隅へ追いやられていく警戒心。

 それをにわかに揺り起こしたのが、通学に使う自転車を停める駅の近辺でのこと。

 部活帰りで、時刻はそれなりに遅い。友達の家は電車でこの駅まで戻ってきて、そこからさらに自転車で20分程度の帰り道になる。

 とても小さい地元の駅は、改札向かいの交番との間にロータリーがあった。

けれど、タクシーが二台停まるスペースを確保したら、あとは自家用車が数台停まれるかどうかという、慎ましい面積。

 その隅をそっと通り抜けて、横たわる線路をまたいでいくのが友達のルートだったけれど、そのロータリー端まで来て気づいたの。


 駅舎に隣り合うように設置された、三台の電話ボックス。

 そのうち、踏切に一番近いボックスの足元にちょこんと、黄色いカエルが座っていたの。

 石でできた小さい台座の上に座ったそれは、微動だにしない。

その台座に連なるように、右へ2つ、左へ2つ、合計4つの台座が広げた扇のごとくくっついているが、そこには何も座っていなかった。


 ――妙なカエルもいたもんだな。それとも、あんな置物あったっけか?


 通りがかった友達は、この時点では少し小首をかしげただけ。構わずカエルの前を通り過ぎ、線路をまたいで一路、家へと向かったわ。


 けれども、そこから少し進んだ下り坂。

 その入り口で、また先ほどと同じようなカエルの像を見かけてしまったの。

 先ほどと違うのは、中央にいたカエルにくわえて、その右隣に同じポーズで座る別のカエルの姿があったということ。

 おかしい、とようやく友達は異常に気がつく。今朝、通ってきたときにあのようなものはなかった。そしてそのつくりは、電話ボックスの足元にあった像の意匠と酷似している。


 黄昏カエル、とすでに坂に沿って勢いに乗りつつある友達は、つい前方へ目を凝らす。

 学校などで測定できる限りの、2.0以上の視力を持つ友達は、長い坂の終わり。道の脇にうずくまるカエル像の姿を認めてしまったわ。

 ここにある2匹の像に対し、下った先にあるのは3匹。つまり、こちらは進むべきではないところと暗に示している。


 これからさらに勢いづこうとする矢先での急ブレーキに、自転車全体が抗議の悲鳴を喚き散らす。

 慣性による前進は、なお止まりきることを完全には許してくれず、無理やり両足を地面へ引っ付けることで強引にいうことを聞かせた。


 ――道を変えなくては。


 黄昏カエルをまゆつばに思っていた友達が、こうも従おうとしたのは、ほんの坂を下るまであった生き物の気配が、唐突に薄れたことにあったわ。

 行きかう人の姿や話し声はおろか、けたたましく響いていたセミたちの叫びが、はたと消え去ってしまっていたみたいなの。

皆がどこへ行ったのか、足を止めて見やっても遠くにその影さえ見られない。

 自分のいるべき場所じゃない。逃げなくてはいけないと、友達の背筋をつつっと鳥肌立たせるに十分な状況。


 そうして180度反転し、坂を上りかけた友達は、また目を見張ることになる。

 像が増えている。

 先ほど、坂を下る前は2つしか埋まっていなかった台座。

 それがいま、坂の下から見上げる位置にあるそれは4つに像を増やしていたのよ。


 残る空席は1つだけ。下った先に見えたものよりさらに事態は悪くなる。

 なにせ、いたずらで像を増やせるような存在は、変わらず、自分のそばにいないのだもの。

 このまま引き返すわけにはいかない。幸い、坂の途中に入り込めるわき道がいくつか。

 そのうちのひとつに、友達は自転車ごと滑り込む。けれども、勢いよく漕ぐわけにはいかない。

 話に聞いていた通りなら、黄泉の入り口はもうすぐそこまで来ているはず。台座の猶予はあとひとつしか残っていなかった。

 もし、すべてのカエルが揃っている像の並びを見過ごし、横切ってしまったならば一巻の終わり。

 両脇にブロック塀の立ち並ぶ小道に飛び込んでしまったことをなかば悔いながらも、友達は四方と背後に何度も目を向けながら、カエルたちを見逃すまいと気を張っていたみたいね。


 その耳に、久しくなかった音が飛び込んできた。

 電車の警笛、走行音。

 坂を下りきらないここは、まだ駅からそこまで離れていない線路沿い。もうじき終わるこの道を抜けたなら、そのまま隣駅まで線路と並走する形になる。

 見晴らしだって、ここよりずっといい。たとえ開けて標的が増えようとも、自分のこの視力を生かしたならば、離れていようと見逃すつもりはさらさらなかったとか。

 警戒を続けながら道を抜けた友達の脇の線路では、ちょうど先頭の車両が追い越していくところだったみたい。

 そこに運転する車掌さんの姿を確認して、友達は胸をなでおろしたわ。

 こうして生きている存在がいる。ひょっとしたら、黄昏カエルを振り払ったんじゃないか、とね。

 駅を出て間もないこともあり、電車の速さはまだまだ緩い。出会った命の無事をかみしめるように、友達は車掌さんの乗る車両をゆったりと見送った。

 見送ってしまった。それは友達の張りつめていた緊張の糸の緩む一瞬だったわ。


 ほんのわずかな間、離した目だった。

 その目を再び線路へ戻したときに、見てしまったの。

 車掌さんを含めた一両目。その半ばの下にあるわずかな空間。線路の枕木の一本を完全に押さえるようにして。

 黄昏カエルが現れていたの。空いた台座全てを埋め尽くした完全な状態でもってね。

 電車のタイヤの間隙を縫って鎮座する、それの真上を二両目以降の車両が通り越していく。乗客の乗った車両がね。


 友達の「止まれ!」という叫びは届かない。電車を止めようにも、ここは踏切などない線路沿いの道。緊急停止のボタンのたぐいはなかった。

 けれども、もうすべてが遅い。

 二両目以降に乗る人の数は、決して多くはなかった。けれども、この暗くなりかけの時間帯で利用者がゼロなわけはなかった。

 余裕のある座席に腰かけ、腕を組んで、すでに眠たげにうつむいた会社帰りと思しき男性たち。

 互いの顔を見やって、にぎやかにおしゃべりをしながら、窓の外を一瞥たりともしない学生服の少年少女たち。

 次の駅で降りる予定なのか、立ち上がって網棚から自分の荷物を下ろそうとしている年配の方々。


 その全員が、あの黄昏カエルの位置を境に、みんな消えていった。

 その先へ走っていく車両は、いくら友達が目が痛くなるくらいに見開いても、誰一人残っていなかった。

 いくつかの荷物は残っている。床に置いたりしていて、彼らがカエルを越す瞬間に触れていなかった、命なきものたちのみ。

 6両編成がゆるやかに通り過ぎ、再び隔たりなき景色が見えたとき、黄昏カエルたちもまたすっかり消えてしまっていたんですって。


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― 新着の感想 ―
[一言] 情景が浮かぶようで面白かったです。 こういった日常の断片を描いた描写が好きです。
[一言] 電車に乗っていたら避けようがないと思ったのですが、もしかしたら乗車する前から現れていたけど、それに気がつかなかったのかもですね。 話を聞くだけでは、なかなか実感しづらいですよね。かと言って、…
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