表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『逆ざまぁ』回避物語

逆ざまぁを回避したい前世のヒロインは自分を消してしまうことにした

作者: 紬緋織

完結した「男装することにした~」の序章部分にあたる、フィンリーの前世の話です。

あの断罪劇の裏に何があったのか。

ゆる~くお楽しみいただければ幸いです。


「ハリエット・ドブルーク公爵令嬢! 

今をもって貴女と私、すなわちエルランド王国王太子との婚約を破棄させていただく!

理由は貴女も分かっているだろう。貴女とその取り巻きたちがここにいるレイラ・アシュレイ男爵令嬢をよってたかって侮辱し、虐げたためである。

弱き者を虐げるような女性は未来の王妃には相応しくない」


 ピンクブロンドのふわふわの髪を頼りなげに揺らして王太子に縋り付く可憐な少女を、王太子は愛しげに抱き寄せる。


「そして私は、このレイラを新しい婚約者とする!」


 白けた空気がパーティー会場に流れていることに、弱きを助け強きを挫くヒーロー気取りの王太子は全く気付いていなかった。

 このような場で一方的に婚約破棄を言い渡す行為が、為政者として褒められたことではないことに。

 王太子の傲慢さを次代の臣下である貴族令息・令嬢たちに見せつけているだけにすぎないことを。

 同情的な視線は、婚約破棄を言い渡された令嬢へと集まっていた。美しく誇り高い彼女は瑕疵一つなく、次代の王妃に最も相応しい令嬢として周囲も認めていたからだ。

 たかが男爵令嬢が取って代われるものではない。

 貴族社会の序列とルールを、この国の頂点に立とうという王太子が無視しようとしているのだから、反感を買うことは必至。

 けれど『運命の愛』とやらに目覚めたという王太子は、そんな当然のことも分かってはいなかった。


 

 ハリエット・ドブルークがため息混じりに扇を閉じる音が響く。

 この断罪劇があっさりと逆転することに。

 高揚し有頂天になっている王太子はまだ、知る由もない。



*†*†*



 ああ。

 まただわ。

 今回も回避出来なかった。


 ドヤ顔で高らかに宣言する王太子殿下の横顔を見ながら私は、内心膝をついて泣き叫びたい気持ちでいっぱいになっていた。

 

「レイラ、震えているのかい? 大丈夫だよ、私が君を護るからね」


 優しく囁きながら私の腰を抱く王太子の手に力がこもる。

 ……が、私は今すぐここから逃げ出したいだけなのだ。

 護ってくれなどと一言も言っていない。

 そもそも、私を虐めたなどとされ婚約破棄を言い渡された令嬢たちからだって、私は何もされていない。

 王太子とその側近が勝手に勘違いして正義感を振りかざし、婚約当初から気の合わなかった令嬢との婚約破棄のいい口実にされただけだと思っている。


 いや、本当に何もされていません私。

 彼女たちはたかが男爵令嬢にすぎない私に関心はなかったし、わざわざ自分の手を汚して虐めるなんてことを考えるほど愚かでもない。

 何度王太子たちにそう訴えても、「虐めた相手を庇うなんて、なんて心の清らかな乙女なんだ!」と感動され、取り合ってもらえなかった。


『君と出会ったのは運命なんだ! 私の妃になるのは君しかいない! 運命なんだこれはもう!』


 感極まったように王太子は運命運命連呼していたけれど、いやいやいや、感じてませんし私、運命なんて。

 こうして断罪される運命を回避しようとして、王太子や高位貴族の令息には近付かないようにと、本当に気をつけて逃げていたのに。


 なぜか……本当になぜか、強制力のようなものが働いていつの間にか私は身分の高い男性を引き寄せてしまうのだ。

 

 私には分かっている。

 このお粗末な婚約破棄の断罪劇の後に待っているのが『逆ざまぁ』であることを。

 そして私は、王太子たちを誘惑し罪をでっち上げたとして社交界から追放、よくて修道院悪くて娼館に送られ、最悪の場合処刑される運命にあることを。


 だってもう、これ五回目ですからね!

 婚約破棄の断罪劇に巻き込まれて逆ざまぁされるの!

 前世の記憶を持ったまま何度生まれ変わっても、結局私は王子やら公爵やら騎士団長の息子やらに愛されて、婚約者との婚約を破棄してでも私と結婚したいと言われ、最終的にはこうして逆ざまぁされるのだ。


 え、つらい。


 私は今世での自分の容姿を思い浮かべる。

 ふわふわのピンクブロンドの髪。

 少し垂れ目がちな翡翠色の瞳。

 全体的に細身ながら出るところはちゃんと出ている理想的な体型。

 聞く人を魅了せずにはいられない愛らしい声。


 いわゆる『ヒロイン』なんだと思う、私は。そう、生まれ変わるたびに同じような容姿に生まれつき、同じ運命を辿るヒロイン。

 決して幸せにはなれないのに、『ヒロイン』としての容姿と運命だけ与えられて。どれほど抗って回避しようとしてもここに行き着く。


 もううんざりだ。

 私は小さく首を振り、公爵令嬢から逆に数々の罪を告発されて青ざめ始めた王太子からそっと距離を取る。

 逃げるなら、今しかない。


 あらかじめ用意しておいた薬を私は懐から取り出すと、それを一気に呷った。


「レイラ⁉ レイラ、どうしたんだ、レイラ――っ!」


 私が倒れたことで取り乱す王太子の声を聴きながら。


 どうか来世こそふわふわピンク髪愛され逆ざまぁヒロインには生れつきませんようにとひたすらに祈って意識を手放した。




◇◆◇



 ふっと意識がゆっくりと浮上していく。

 私が目を開けると、心配そうにこちらを窺っている瞳と視線がぶつかる。


「レイラ様⁉ 大丈夫ですか、レイラ様!」


 名前を呼ばれ、私はツキンと痛む頭を押さえながら辺りを見回す。私の名を呼んで泣きそうな顔をしていたひと――見事な金の髪に、深い青の瞳を持った令嬢は、そんな私の様子を見てほっとしたように息をついた。


「良かった……あのまま目覚めなければどうしようかと思いましたのよ。ご安心なさって、ここはドブルーク公爵の邸ですわ。あなたはあのパーティーの場で亡くなったことになって……アシュレイ男爵邸に帰される途中で、密かにこちらに運んでいただきましたの」


 ドブルーク公爵令嬢――ハリエット様の言葉に、私は計画が上手く行ったことを知った。成功するかどうかは賭けだったが、私はその賭けに勝てたらしい。


「ありが……とう、ございます……ハリエット、さま……」


 まだ声はかすれている。

 ”聞く人を魅了せずにはいられない愛らしい声”が聞いてあきれる。これではまるで老婆のようだ。

 けれど、生きている。

 私は生きて、そして今世の『ヒロイン』の運命を自分で終わらせることが出来たんだ。

 

 ふふ、と笑った私を気味悪く感じたのか、それとも案じてくださったのか。

 ハリエット様は私の手を取り、ぎゅっと握りしめる。


「まさかあなたから、助けを求められるとは思いませんでしたわ。しかも、『パーティーの場で、私を殺して欲しい』なんて」


 私たちは互いに共犯者同士の笑みをかわしあう。


 そう。今回で『逆ざまぁ』の呪いに巻き込まれるのが五回目の私も、さすがに学んだのだ。

 このままでは、いつもと同じだと。

 私が何もしなくても、王太子は私を妃に望み、完璧な婚約者である公爵令嬢に婚約破棄をつきつける。

 何とかその運命を回避しようと、私も出来る限りのことはしたのだ。王太子や、その周りの貴族令息たちには絶対に近付かないでいようと避けまくったのに。

 なぜか、あえて王太子たちが通らない道を行けば偶然のように王太子に出くわし。

 王太子や上位貴族たちが参加するような夜会を避けて気軽な集まりに参加したはずが、なぜかそこにお忍びで王太子たちが現れる。

 そんなことが続けば、私も途中から


「あ、これ無理なやつだ。絶対に何が何でもいつもの運命に巻き込まれるやつだ」


 と悟らざるを得なかった。

 そして思ったのだ。

 『ヒロイン』の私はどうしてもあの断罪劇に引っ張り出され、そして逆ざまぁされるまでが『運命』なのだとしたら。

 その場をやり過ごして『ヒロイン』を降りてしまえば、後は何とかなるんじゃないかと。

 断罪され、処分が決まるその前に。『ヒロイン』を殺してしまえば――いいのでは、ないかと。


 けれど、今世初めて思いついたそのルートを実行するには、私一人では無理だった。

 だから私は、『ヒロイン』と対峙する立場である『悪役令嬢』(と言っても彼女は何一つ悪いことなどしていないのでこう呼ぶのには抵抗があったが)の、ハリエット・ドブルーク嬢に協力を仰ぐことにしたのだった。


 勿論、最初は警戒された。

 だって、私はハリエット様にしてみれば憎い恋敵。婚約者を奪おうとしている女なんだもの。それは当然だ。

 でも、こちらの事情を話して本当にどうにか王太子から逃げたいのだ、と切々と訴えた結果。ハリエット様は、私の言うことを信じてくれた。


「あなたは殿下とは本当に恋人同士ではないのね? 殿下が一方的にあなたと婚約したいと言っているだけだと?」


「そうです! 私みたいなしがない男爵令嬢が王太子妃になんて畏れ多いにもほどがありますし、不敬ではありますが私はこれっぽっちも! 殿下のことを好いておりません! むしろ迷惑なんです!」


 私はよっぽど必死な形相をしていたのだろう。ハリエット様は呆気に取られた後にくすくすと笑って、言った。


「あら、奇遇ね。わたくしもよ。本当はわたくしも、殿下と結婚なんてしたくないの。わたくしたちの婚約は王家と公爵家によって勝手に決められたものよ。わたくしも筆頭公爵家の娘として受け入れて、これまで必死に妃教育も受けてきたけれど……。肝心の殿下があのような方ではね。あの方は王太子としても一人の男性としてもあまりに不適格な方よ。お慕い出来る要素が一つもないわ」


 今度は逆に私が驚く番だった。

 ハリエット・ドブルーク様と言えばこの国一番の淑女として名高い。筆頭公爵家の長女で、幼い時から王太子殿下の婚約者に決まっていたという。未来の王妃として申し分のない女性と、誰もが認めていたのだ。


 それが。

 こんなにも……さばけた? シビアな? 方だったなんて。

 一気に彼女に対する好感度が上がった瞬間だった。


「ねえ、わたくしたち協力し合いましょう。多分殿下は、来月のパーティーでわたくしに婚約破棄を突き付けるおつもりだわ。わたくしにとっても婚約破棄は願ってもない話だけれど、わたくしの側に瑕疵が残るような形はごめんなのよ。

わたくしを断罪して婚約破棄を突き付けるつもりの殿下を、逆に断罪してやりましょう。そしてあなたは――」


 ハリエット様が私を気遣うように言葉を選んでくださっているようだが、私は逆に食い気味に言った。


「私なら、どのように貶めていただいてもかまいません! 王太子を誘惑した悪女とでも、ハリエット様たちに虐められたと嘘をでっち上げた嘘つき女とでも! とにかく、断罪が終わって処分が言い渡される前にこの私を『消して』しまいたいんです!」


 完全に王太子に私を諦めさせるには、私自身を消してしまうしかない。

 ハリエット様に婚約破棄を宣言して、後に引けなくなった状態で、私も消えてしまえば……私とハリエット様二人の願いは、叶うのだ。


「では、あなたに仮死状態になれる薬を用意するわ。ここだけの話、ドブルーク公爵家にはお抱えの薬師がいてね。そういう、表には出せない薬も作ってくれるの。

ただし、上手く行くかどうかは……確実な保証はないのだけれど……」


 それでもかまわない、と私は答えた。

 仮死ではなく、そのまま死んでしまうとしても。

 断罪されて牢獄やら娼館やら、処刑やらされてしまうよりはずっといい。

 とにかく私は、この理不尽な運命にそれこそ『ざまぁ』してやりたいだけなのだから。


「……あなたの覚悟は分かったわ。では、来月までに殿下の犯した数々の罪の裏付けと証拠を揃えることにしましょう。あの方は、あなたの件以外にもそれはそれは……やらかしていらっしゃるのよ。大丈夫、絶対に廃太子に持ち込んでやるわ。これまでわたくしを蔑ろにしてきた報いを受けるといいのよ。ふふ、何だかわたくしも楽しくなってきちゃった。ね、頑張って殿下に『ざまぁ』してやりましょうね!」


 お、おう。

 やたらと張り切り始めてしまったハリエット様に、やや押され気味になりながら私は頷いた。

 心強い協力者が出来てしまった。


「わ、私も何となくその、『虐められて可哀想な愛されヒロイン』って感じを醸し出します! すっごく嫌なんですがそういうの私得意らしいので……」


 『ふわふわピンク髪の愛されヒロイン』役が私の持って生まれた『運命』なのだから、得意も何もないのだが。

 

 私たちは固い握手を交わして、来月のパーティーまでの綿密な計画を練ったのだった。



*†*†*



 ――そして、今日。パーティー当日。

 私はハリエット様が用意してくださった薬をあの場で飲み、見事に『死んだ』のだった。

 こちらのお邸に運ばれて私が目を覚ますまで、ハリエット様は生きた心地がしなかったという。

 

「本当に良かったわ、あなたが無事で。ああ、ちゃんと婚約破棄は全責任が殿下にある形で成立したし、ついでにあの後会場に駆け付けた国王陛下から殿下は廃太子になった上、辺境に行かされることになったから安心して。殿下の取り巻き立ちも一緒にね。

……この人以外は」


 そう言われて初めて、私はそこにもう一人の人物がいることに気づいた。その人は、いつも王太子殿下を護衛していた……騎士団長の息子の……レオナルド様、だったかしら。


「あなた、は」


 かすれた声の私に、その人は安堵したような泣きそうな顔で膝を折る。


「殿下の悪事に、こちらの方は加担していなかったのよ。むしろ、何度も止めようとしてくださっていて。今回の証拠集めにも協力してくれたのよ。それもこれも……あなたを、守りたかったから、ですって」


 ふふ、と意味ありげに笑ったハリエット様に、私は戸惑いの眼差しを向けてしまう。

 確かに彼……レオナルド様は、王太子や他の取り巻き立ちのように私に言い寄ったりいやらしい視線を向けることは一切なかった。けれども、それとは別の……熱の籠もった何かを、私も確かに感じることはあって。


「レイラ様、あなたはこの後国を出たいのよね? ここに、あなたたち二人の新しい戸籍を用意したわ。アリオット王国は知っている? そこに、うちの遠縁にあたる家があるの。あなたたちはそちらで預かってもらえることになったから」


 ハリエット様が、封筒をレオナルド様に渡す。レオナルド様はそれを押し頂いて深々と頭を下げた。


「行き届いたお心づかい、感謝いたします。ハリエット嬢」


「レイラ様のおかげで、わたくしも自由になれましたもの。それより、レオナルド。この先レイラ様をしっかりとお守りしてね」


「我が命を懸けて」


 騎士団長の息子は、そう言って戸惑ったままの私に熱いまなざしを注ぐ。


「レイラ嬢。お供をするのが私のようなものではご不満もありますでしょうが、どうか……アリオット王国まで、出来ればその先も――貴女を護る権利を私にいただきたい」


 私は眼を丸くするばかりで、確かな返事も出来ない。


「まあ、まだレイラ様も目が覚められたばかりですし。出立はすぐでなくてもいいでしょう。レオナルド、それまでにレイラ様の信頼を勝ち得ることね」


 くすくすと笑ったハリエット様が、私たちを二人だけにして部屋を出て行こうとする。


「は、ハリエット、さま!」


「あなたも、自由になったのよ、レイラ様。新しい人生を、楽しまないとね?」


 せっかく一度『死んだ』のだから、と。ハリエット様は楽しげに笑って、扉を閉めた。


「ずっと、貴女をお慕いしていました。殿下には、絶対に渡したくなかった……!」


 私の指先に口付けながら、熱に浮かされたようにレオナルド様が言う。

 

 ああ、私。

 幸せになってもいいのかしら?

 この理不尽な『運命』から逃げられれば、それだけでいいと思っていたのだけれど。

 私も、自分の幸せを考えても……いいのかしら?


「レオナルドさま……」


 私は彼の名前を呼ぶ。

 それは不思議としっくりと私の中に落ち着いた。

 顔を上げれば、彼と目が合う。

 その時私は初めて、彼と私の瞳の色がそっくり同じ翡翠色をしていることに気づいたのだった。



◇◆◇


 

 私、レイラ・アシュレイの『ヒロイン』としての人生の話はこれでおしまい。

 来世の私はどうなるのかしら?

 またあの呪いは、かかってしまうのかしら。

 

 願わくば。

 来世の私も、こんな『運命』に負けないように。

 どうか自分自身の幸せを、自分の手で掴めますように。


 私はただ、そう願わずにはいられなかった。



連載していた「男装することにした~」の序章部分を書いた時に、勢いで書いたこともあり、このまま終わるのもな……?と思っていました。本編を完結させた後に、ふと思い立って一気に書き上げたのがこちらになります。前世からもう、自分で運命を変えようとしていた、ということで。

番外編、補足的な感じでお楽しみいただけたら嬉しいです。


いいね・ブクマ等いただけますと励みになります!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ