生活
「このへんですか?」
「もうちょっと右にお願い」
俺が目覚めてから数日が経った。彼女の言っていた通り、この施設は彼女の活動を完璧にサポートできるようになっており、俺が彼女のためにできることは暇潰しの相手ぐらいだった。
今やっているのは彼女の部屋の模様替えだ。彼女の指示通りに家具の位置をずらしたり入れかえたり元に戻したりする。正直言って彼女の部屋は殺風景だ。部屋の中にあるのは簡素なデザインの家具と俺には理解できない機械類であり、位置を少々変えたぐらいでは部屋の様子に大きな変化は見られないように思える。
まあ俺の存在意義は彼女のためにある。どうやらこの施設に他の人間はいない。簡単に外に出ることもできないようだ。彼女の孤独をまぎらわせることに繋がるならどんなことでも付き合うべきだろう。
「次はこれを倉庫に戻してくれる?」
彼女の指さした先にあるのはかなり大きなチェストだった。中には何やらよくわからないパーツのようなものがぎっしり詰め込まれている。重さは数百キロはありそうだ。俺のボディは 200キロぐらいのものなら余裕を持って運べるが、流石にこれを持ち上げるのは難しい。そう、普段の俺ならば。
「これは…今の俺じゃ持ち上げられないですねぇ」
「何勿体ぶってんの。さっさと運びなさいよ」
「勿論運びますとも、ですが…」
俺は彼女に期待に満ちた視線を送る。彼女はため息をつくと、呆れながら俺に命令を出す。
「使用を許可するわ」
「命令を確認! モード「マハト」起動します!」
彼女の声を受けて俺は自分の機能を起動する。純白の俺の装甲がひび割れるように開き、内側から黒く弾力のある人工筋肉が盛り上がり隙間を埋める。人工筋肉の蜂起による体積の増加により、俺の体は上背、厚みともに、一回り大きくなる。騎士の鎧のようだった手足は人工筋肉の膨張によって一回り伸び、関節部があらわになる。手足の指も黒に覆われ、恐竜の鉤爪のようになっていた。
「いやー、我ながらほんとにかっこいい。モードチェンジって感じがします。3分しか戦えない形態とかそう言うの大好きなんですよ」
「3分ってただの欠陥品じゃない。これは別に人工筋肉の出力を上げた高負荷状態ってだけよ。残存電力が十分なら連続で数時間は稼働できるわ。早く運びなさい」
「はい、只今!」
白けた顔をしている彼女の促す通りに、俺はチェストをミカン入りの段ボール箱のように持ち上げた。彼女がデバイスを操作すると部屋の壁がパタリと倒れて床と一体化した。俺は大きくなった部屋の入り口からチェストを運び出す。
(しかしすごい技術力だよなぁ)
俺は倉庫に向かって歩きながら、改めてここ数日見たものに頭を巡らす。この施設にあるものは信じられないほど高水準の技術によって作られている。彼女はそれの運用のために定期的なメンテナンスを行っているようだ。あんな幼いのに大したものだ。いわゆる天才という奴なのだろうか。あんなの漫画でしか見たことが無い。
(見たことのないほどっていうのも変な話だな)
俺は自分の思考にあらためて首を捻る。俺の純然たるロボットであり、起動されたのも数日前が最初だ。なのに妙に過去の記憶のようなものが浮かぶ気がする。電子頭脳に問題があるのだろうか。
考え事をしている間に、いつの間にか倉庫にたどり着いていた。俺は荷物をしまうと、倉庫の隣の壁を見つめる。
(変と言うならここもそうだな)
そこには、妙な空白があった。そこを捉えたときだけ俺のセンサーの全ての感度は失われる。大きさは俺の背の高さ、それこそ扉ぐらいの空白。ここだけではない。この施設には俺には感知することの出来ないいくつかの空白があった。
(これはおそらく不具合じゃないし、もちろん空間の歪みとかではない。おそらく、俺にロックがかかっているんだ)
空白を見つめながら考える。この空白には何らかの意図によって俺に隠したいものがあるのだろう。俺の電子頭脳に手を入れられるものは一人しかいない。
彼女だ。この空白には彼女が俺に見せたく無いものがある。
(ならば、俺はこれに対して何もするべきではない)
俺の存在意義は彼女のためにある。彼女が俺に見せたく無いものがあるなら、俺はそれを知る必要はない。ただ、一つ心配なのは彼女が罪悪感を覚えることだ。罪悪感は人を追い詰める。彼女が無駄に苦しむことだけは避けなくてはならない。
(彼女が話しやすくするための環境づくりが必要だな…)
確かどこかに映画を見れる設備があったはずだ。誘ってみようか。そう思いながら俺は待ちくたびれた彼女の呼ぶ声に従い、足早に駆け出した。