起動
新作です。長編になると思います。
「起きなさい、ホワイト」
誰かが俺の名を呼ぶ声が聞こえた。ゆっくり目を開けるとそこには真っ白い光に照らされた研究所のような場所だった。壁も床も全てが白く無機質でホコリ一つ無く、壁際には様々な機械が並んでいた。
「何キョロキョロしてるの?私のことはわかる?」
声の方向に目を向けると、そこには黒縁の眼鏡をかけぶかぶかな白衣を着た少女がいた。背は小さく体も細い。歳はまだ小学生ぐらいだろうか?だが、その眼差しからは見た目には見合わない大人びた印象を受けた。茶色がかった黒髪を長く伸ばしており、肌の色は日光をあまり浴びてないのか不健康に白かった。
「勿論です、あなたは俺の存在理由です」
初めて見た彼女のことを俺は当然理解している。俺は彼女の所有物であり、俺の行動の全ては彼女の意思によって行われ、全リソースを彼女のために消費することが俺の存在理由だ。
「状況をちゃんと飲み込めて来たみたいね。じゃ、私について来なさい」
彼女の後について部屋を出る。あたりには他には人っ子一人いない。部屋の外も中と同じように無機質であり、白い電灯によって等間隔に照らされていた。俺は歩幅の狭い彼女にあわせて後をついていく。通路には俺の足音と何かを引きずるような音だけが響いていた。
「あなたの当面の仕事は私の身辺の世話よ」
彼女は歩きながら話を続ける。
「基本的に私の周りに待機して命令を聞きなさい。話し相手になったり、作業を手伝ったり…まぁ適当な雑事もやってもらうわ。異論はないわね?」
勿論あるわけない。彼女の命令を聞くことが俺の存在意義だ。ただ疑問はあった。
「それだけでいいんですか?なんかこう…調査とか整備とか…」
「別に必要ないわ、専門的なことに関しては十分手が足りてる。わかってるでしょ?」
そういえばそうだった。この施設には最新鋭の様々な設備が存在する。俺は聞いていないのに知っていたその情報を当たり前のように反芻する。
「着いたわ、ここが私の部屋。あなたはちょっとそこで待ってて。すぐ呼ぶから」
彼女は俺を静止すると、自分の部屋に入る。俺はその場に待機しながらも手持ち無沙汰を紛らわすためにあたりを見回した。
妙な気分だ。ここまで見てきたものは初めて見るものばかりのはずだ。だが俺はそれがなんなのか説明することができる。新鮮な気持ちがするのに周りのものが何なのかを理解している。
見れば彼女の部屋のドアには大きな姿見が備え付けてあった。俺は鏡に映っている自分の姿をしげしげと眺める。そこには異様なものが映っていた。
そこにいる俺は真っ白な姿をしていた。シルエットこそ人型だが頭から足の先まで光沢を持つ金属かプラスチックのような何かに覆われており、見るものに与える威圧感はまるで騎士や武者の全身甲冑にも思えた。
顔も同じように奇妙な形の白いヘルメットで覆われており、目のある位置には黒い液晶のようなものがある。おまけに振り向いて背中を鏡に写してみれば腰の所からは節に分かれた恐竜のような尻尾が生えていた。
俺は鏡の前でグルグルと回りながら全身を確認する。我ながらすごい格好だ。こんなの今まで見たことが無い。強いて言うなら昔見た特撮や漫画に似た感じのキャラがいた気がする。これじゃまるで…
「まるで、ロボットみたいだな」
「何馬鹿なこと言ってるの」
俺は驚いて後ろに飛び退く。彼女は呆れ顔をしながら部屋のドアを開けてこちらを見ていた。どうやらいつの間にか用事が終わっていたらしい。
「いや、申し訳ありません。変なこと言ってしまいました…」
俺はマスターに謝罪する。我ながらあまりにも馬鹿馬鹿しいことを言ってしまった…
「あなたは多機能環境適応高知能保持支援用人型デバイス「空木」の電子頭脳に私が…まあ色々な独自の改造を加えたものよ。まあロボットって言い方もそこまでマトを外してはいないわね」
「あっやっぱりロボットなんですね俺」
俺はその言葉を受け入れる。そういえばそれも知っていた。いわゆる俺の電子頭脳にインプットされている情報だ。
「それすら理解してなかったの!?やっぱり不具合が多すぎたかしら。初めてのことだとやっぱり不安ね…。起動し直そうかしら?」
彼女は呆れながら首を捻る。俺は照れて頭を掻きながら自分自身について考える。さっきから確かに妙な違和感を感じることが多い。確かにこれだけ変な思考の仕方をしているのなら俺はどこかに問題があるのかもしれない。
「確かにこれじゃちゃんとあなたの命令を聞けるかわかりませんね。誠に申し訳ありませんが修理をおねがいします…」
俺がそう言うと何故か彼女は微妙な表情をした。何か気を悪くさせてしまったのだろうか?彼女が口を開く。
「冗談よ、今は特に機能に致命的な齟齬は出て無さそうだし…多分今からあなたの頭脳に大きな変更を加えたらここまでの会話の記憶領域に問題が出るかもしれないわ」
「? それに何か問題でも? それよりあなたの命令を遂行できない可能性がある方がずっと重大な問題なのではないかと…」
そう答えると彼女の眉間の皺はますます深くなった。彼女は有無を言わせない様子で言葉を続ける。
「! ……と!に!か!く!あなたの電子頭脳に根本的に手を加えることはありません!何か問題があったら直したげるからすぐに私に言いなさい!以上!私から追加の命令があるまでケアルームで待機!」
彼女はそれだけ言うと私に背を向ける。どうやら怒らせてしまったようだ。俺はケアルームに向かおうとしたが一つ大切なことを思い出し、振り向いた。
「一つ、聞いてもよろしいですか?」
「何よ?」
彼女は不機嫌な顔をしながら振り向く。俺は体をかがめて彼女に視線を合わせた。
「あなたの名前を聞かせてください」
「知ってるでしょ?」
彼女は首を傾げた。俺は答える。
「もちろん。でも、あなたから直接聞いておきたかったんです」
そう言うと、彼女は目をパチクリさせながら俺の顔を見つめた後、下を向いてボソリとつぶやいた。
「イブ…。苗字はないわ。ただのイブよ」
「では、イブ博士、これからよろしくお願いします」
俺は彼女に深々と頭を下げながら、その響きを何度も自分の中で繰り返した。イブ。初めて聞く名前。イブ。最初から知っていた名前。イブ。これからの俺の存在意義である名前。
俺は今日生まれて、あなたのために生きるのだ。
用語説明
多機能環境適応高知能保持支援用人型デバイス「空木」
最高レベルの電子頭脳と多種多様な状況に対応できる人工筋肉を搭載した多機能人型デバイス。ありとあらゆる環境下での運用と、多種多様な作業への対応、複雑かつ柔軟な思考ができる。人型なのは人間のする作業への代替と人間とともに運用する際の心的負荷の軽減のため。
メイドインジャパン