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秋めく料理の隠し味

作者: 童の簪

友人と突発三題噺

お題は『秋 料理 隠し味』

執筆時間約三時間

字数無制限


そんな感じで書いた突貫短編です。

軽く推敲して置いておきます。


「隠し味はなんだろう」


 何度も何度も作っては。

 何度も何度も考えて。

 何度も何度も試行錯誤。


 手を替え品を替え、思考に明け暮れ試行に明け暮れ途方に暮れる。

 何度やってもあの味になりはしない。

 一体何が足りないのだろう。


 僕の料理を食べにきたお客に聞いてみた。


「俺はこの味しか知らね」

「旨味がたりない」

「美味いならなんでもいい」


 びっくりするほど参考になどなりはしない。

 大体、あの味を知っているのは僕だけで、お客が知っているはずがないのだからよく考えなくても当たり前だった。


 とりあえず旨味を足してみた。

 味のバランスが崩れた。不採用。でも捨てるには勿体無い。

 僕の失敗のために死んでいった命が勿体無い。


 だからその辺りにいる貧乏なお客に上げた。


「不味いだろう?」


 返事はない。

 飢えた彼らは声を返す暇など惜しいとばかりにガツガツと食らいつく。下品に豪快に慌ただしく食い荒らす。

 あれでは味など分かるまい。


 けれど食った後の彼らは満足げだ。

 美味かったとは口にしないが、きっとまたここに来る。それは無言の良い報せ。

 まねかねざる常連はこうして今日もタダ飯を食っていく。

 僕も料理に使われた命が誰かの腹で命を繋ぐならば満足だ。付き合ってくれるなら食い逃げぐらい大目に見よう。


 さて、料理を再開しよう。

 裏の常連ばかりが僕の常連ではないのだから。





 木が紅くなる季節だ。

 この時期は食べるものが豊富にある。

 肉に果物そしてキノコ。風味も食感も味も十色。

 あの人の味も秋色の様に多種多様の味がした。

 この季節だけならば、僕はあの人に少しだけ近づけている気がする。

 錯覚かもしれないけれどね。


 昼食どきの仕事を捌き切り。

 夕食どきに向けての準備中。


 鰹から取った金色スープをかき混ぜて。

 米を白銀色になるまで炊いて。

 カスタード色の卵を溶いていると。

 裏手のドアに誰かの気配。


 カリカリ。

 カリカリ。


「はいはい。どちらさま?」


 開けてやると、裏の常連客がいた。

 この季節は僕の試作回数も多くなるから、一気にお客が増える。表も裏も繁忙期、というやつだった。


 ただし、今は準備中。

 表にも裏にも出してやれる料理は無い。

 だが、この今日の常連は一味違うらしい。


「おや。新鮮な秋刀魚じゃないか」


 サイズはやや小ぶりながら、鮮度は抜群。

 季節柄、秋刀魚は肉と油がたっぷり入った旨味の塊である。この町では、とある事情で生魚は極めて手に入りにくい貴重な食物だった。

 それを何匹かで10匹ほど運搬してきたようだ。


 聞いたところによると、いつも親切にしてくれる漁師から分けて貰うとのこと。

 貧乏は貧乏なりの食糧入手手段があるのだ。正直言うと、その点に関しては彼らが少しだけ羨ましい。

 いつもは生で食っているらしいが。


「なるほど。これだけ上質な秋刀魚は料理して食ったほうが旨いに決まってる。いいよ。食材持参に免じて美味いもん作ってやろうじゃないか」


 秋刀魚をきっちり受け取って厨房に戻る。

 まずは手早く一品。

 脂身の多い個体を数匹ばかり選んで網に敷き、炭の火でじっくりと熱を通す。

 油がぷくぷくと溢れ出し、潮と油の甘い香りが広がったら返し時。パリパリと鳴る香ばしい色の皮が表に現れ、少しだけ割れた皮目からはプリップリの身が顔を覗かせている。

 程よく油を落として焦げ目をつければ、もうこれだけで一品の完成だ。素材が良いだけに調理は最低限で良いなどとは、料理人殺しの食材である。


 だが、その素材を活かしきるのも料理人だ。

 比較的油の少ない残った個体は、腹を切って内臓を取り出し、血を流す。

 頭と皮と骨も取り出して、身だけをフライパンに入れて火を通す。

 ホロホロになるまでしっかり炒めたら、半分取り出し、フライパンに残ったもう半分の秋刀魚に卵と鰹出汁を入れて折りたたむ。

 秋刀魚と鰹の香りを閉じ込めた出汁巻きの完成だ。

 口に入れた瞬間に旨味が鼻の先まで広がる寸法である。


 最後に、炊いた米に炒めた秋刀魚を多めに混ぜ、鰹出汁をかけたお茶漬けだ。

 これは僕が好きな食べ方。

 昔、あの人が僕用に作ってくれた料理だ。


 味見で一口。

 美味しい。

 うん。

 でもあの人の味には及ばない。

 やはり何かが足りないけれど、今の僕にはこれが精一杯。


 裏の常連達は喜んでくれるだろうか?


 裏手の扉を開けた時、それは自明であった。

 目を期待で爛々と輝かせた彼らはねだる様に僕の持つ皿を見上げていた。

 匂いで美味いと感じ取っている様だ。まるで僕の不安など気にしない体である。

 信頼されている、と受け取るべきか。


 持っている皿を下ろし、彼らに渡した。


 いつも通り、いやいつも以上にヒシヒシと必死に食らいつく。

 慌てなくても、料理は逃げやしない。

 僕はそんな彼らを遠目に見ながら、自分用に分けていた秋刀魚をチマチマと口に運ぶ。


 少し遅めのお昼ご飯だった。

 こんなにも穏やかで賑やかな時間は久しぶりだ。

 あまりののんびりさに、厨房で試作を作りながら仕込みをしつつ、慌ただしく賄いを掻っ込む僕も外から見たらあんな風に見えるのかな、なんて思ったり。


 そんな僕を脇目に、ワタの一片まで残さず、皿まで舐め削るばかりに食べ切った彼等は僕に一声かけた後、満足気な表情で去っていった。


 1匹、また1匹。そして最後の1匹を見送った後、僕用の皿にあったのは焼き秋刀魚のワタとゆっくり味わって食べていた、あと一口だけ残ったお茶漬けだった。

 余談だが秋刀魚のワタは抜く派だ。苦いから。


 僕はふと思って、焼き秋刀魚のワタをお茶漬けに溶かした。

 彼等があんなにも綺麗に食べた後で残すのが秋刀魚に失礼だと感じたからでもある。


 最後の一口を流し食べた。


 その時に、あの人の味だと、思った。


 隠し味の一つを見つけたり。

 僕は一歩。あの人に近づけたことを誇りに思い、まだまだ遠いと感じることに落胆する。


 けれど、僕の足は進んでいる。止まってしまったあの人までならば、必ずたどり着けるし追い越せる。


 さてさて、本日も店開き。

 猫の国の、猫による猫のための人間料理。

 亡き料理人に代わり、修行中のケットシーが振る舞います。


 どうぞ、本日もごゆるりと。

ご読了ありがとうございます。

あっさり童話なケットシーのお話でした。

秋ですねぇ。近年の秋刀魚は高いですが、今年はどうなりますやら? なんて、はらこ飯の気分な私は思うのでした。


一応、作中の料理は材料的に現実の猫も食べられるように考えてますが、実際どうかわかりません。特に秋刀魚の油は良いのか微妙なところです。

お話を考えてる時に猫用の御節を作ってる方の動画が頭に過ぎったので少しだけ参考にさせて頂きました。

気になる方はyoutubeで『猫用 おせち』と検索すれば出てきますので、料理だけでなく猫動画好きな貴方は是非に。


そして同じお題で友人が書いた短編もその内投稿されるハズですので、是非そちらもチェックして見てくださいませ。

友人:田中正義氏『https://mypage.syosetu.com/532575/』

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