表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/61

第6話 異世界帝国の歴史

 かつて太陽系第3番惑星にのみ生存圏を形成し、おびただしい間違いと失敗を経験した人類は、その過ちを深く反省するとともに、重力制御や超光速航行をはじめとする隔絶した科学技術を遂に手に入れた。人類はこの全く新しい技術体系を駆使することで、プロキシマ、ティガーデン、グリーゼ、クラフスといった他の恒星系を開拓することにすら成功した。が、結局のところ、恒星系を単位とした国家同士が中心となって、再びおびただしい間違いと失敗が繰り返されることになる。後に「大開拓時代」と称されることになる破壊と混沌、そして再生の最中にあって、西暦2716年。銀河系のペルセウス腕に位置し、当時星系間諸国列強の雄であった星系国家「ペルセポリス」は、自由と民主主義に基づく対等な国家間関係の構築を提唱。対立関係にあった諸国間同士の首脳たちは同星系の第4番惑星「ジン・エルロイ」に集結し、「ペルセウス連邦」の成立と、そして宇宙歴の使用をここに宣言した。

 さて、長きにわたる戦乱の世を終結に導いた「ペルセウス連邦」に対して、次に求められたのは、戦後復興に必要とする資源物資の恒常的な生産であり、過去の遺恨を超えた汎人類的な経済ネットワークの構築であった。夢と希望の代名詞となりうるこの『戦後構想』に対して、自国を列強にまでのし上げた旧ペルセポリス系巨大企業群と、自由主義を自認する経済官僚が中心となり、恒星ペルセポリスそのものをエネルギー源とした、反物質製造工場の建造案が提出された。こうして産声を上げた「ペルセウス=システム」は、工場が恒星そのものを取り巻く完成予想図の形象から「ペルセウスの円環」とも呼称された。

 「ペルセウスの円環」は、インフラや科学技術の面から巨大な需要を生み出すきっかけとなった。反物質の製造によって、不定形の存在であった「エネルギー」は物流網に乗せることが可能になる。であれば、星系間における物流構造を整備するため、それまで無思慮かつ無計画に構築されてきた星系間の超光速航路も新たに再構築した方がよい。そして物と人の動きが活性化すれば、経済が活性化し、生活が豊かになる。まさしくこれこそが、人類が求める平和のあるべき姿ではないか。

 『円環計画』と命名された一連の大計画は、ある程度の範囲内においては熱狂的に支持され、同時に計画そのものを強力な指導力のもと推進したペルセウス連邦閣僚評議会もまた高い評価を得た。人類に対して文字通り無限の富をもたらすであろう『円環計画』の誇り高き理想は、紛争に傷ついた人々に対して新たな生きる希望を与えたのであった。

 とはいえ、実際に語られた気高い理想とは裏腹に、実際に与えられた現実は権力の生々しさに満ちたものであった。建造計画の中枢を担った連邦財界の巨大企業群は、『円環計画』それ自体をビジネスチャンスと捉え、利潤を一滴でも多く搾り取るためにも、戦後復興の途上にある辺境星系の資源と安価な労働力に熱視線を注いだ。はじめ、長きにわたる争いが終結し『円環計画』の一端に携われることに喜んだ辺境星系の彼ら彼女らであったが、やがてその内容が、これまでの生活とはなんら変化のない搾取と抑圧の日々であることに気づくまでそう時間はかからなかった。

 確かに、「1人1票」という民主主義の大原則は、まったくもって寸分の狂いもなく施された。しかし、その大原則が意図する先において、連邦議会議員の大多数は、人口密集地にして連邦の中枢とされた惑星『ジン・ヴィータ』に在住する市民の意向に基づいて選出された。また、経済政策を重視する連邦政府に対し、隠然ながらも決定的な発言力を有する巨大企業群に至っては、完全に民主的な統制から自由の立場であったから、連邦政府によって下される意思決定は、厳然たる「強者の論理」に基づいて執行されたのである。

 こういった背景のもと、連邦社会全体の規模からみればごくごく小さい規模ながら、当事者からするときわめて深刻な意味合いを帯びた労働運動や、産出される資源の供出拒否などが(場合によっては連邦加盟国であるはずの現地政府の主導で!)行われたが、新設された連邦宇宙軍は、平和を脅かすこれらの「テロ行為」に対して毅然かつ厳正なる対処を下した。軍隊の派遣については連邦議会内でもいくつかの反対意見が提出されたものの、「人類の発展と、経済再建の努力を脅かす分離主義的な行動、ならびにテロ行為は、断じて許されるものではない」という政府および議会多数派の『正論』を前に、反対意見の多くは無力化されていった。

 事実として、自由主義経済の美名のもと、銀河を舞台にビジネスをとり行う巨大企業群同士が苛烈な低コスト戦争を展開し、それによって「低コスト・高能率」な建造計画が実行されるという正のスパイラルがもたらされていたわけであるから、旧ペルセポリス系のジン・ヴィータ市民はこぞって自由と民主主義がもたらすメリットを享受することができた。ゆえに自由と民主主義を賛美してやまず、機会均等の原理を盾にして怠惰と無能と甘えという三大巨悪の根絶を願ってやまなかったのである。

 目に見えないながらも確実に存在したこれらの社会矛盾を背景に、一度、連邦加盟国の一部。それも特にジン・ヴィータから離れた辺境の星系国家政府らが合同して、連邦政府に対する要求書を提出したことがあった。それは自国における財政収入の悪化を報告する内容であり、これらを解決する方法として連邦政府による財政支援、資源拠出の停止、巨大企業群による財の不当廉売の規制と価格転嫁の促進などが提案されていた。

 それまで行われてきた暴動や一方的な拒否とは一線を画する穏便な手法であり、辺境の星系国家らが直面する諸問題の摘発を意図する先進的な内容であったが、連邦政府はあくまで自由主義経済の原理を尊重していたため、私企業の経済活動への規制に対してはあくまで消極的であった。それを踏まえたうえで、連邦閣僚評議会に所属する一人の閣僚の演説は、ジン・ヴィータ市民からは快哉を、それ以外の地方市民からは激昂を買った点でまさしく対照的であった。

「…自由と民主主義に基づく我が連邦の政治体制は、銀河の秩序を平定せしめるのにおいて大きく寄与したものであり、また現状においてもペルセウス=システムの建造計画に対して、連邦の多くの企業群は、賢明なる努力により、少ない費用でより多くの成果を上げていることを踏まえれば、自由と民主主義に対する非難については論理的にも経験則的にも不適切であるといえよう。また、そうである以上、連邦政府としては各構成国、並びに在住の市民に対して民主主義の原理に基づく自己の責任を全うしてもらう必要がある。諸君らは自らの自由と責任のもと、政治の代表者を選ぶ権利を有しているのであり、その結果としてもたらされた財政の悪化について、連邦政府としてはその救済に対し何ら責任を有さない、いや、『有するべきではない』というのが率直な意見である。また、私企業の行動に対しても同様であり、連邦政府が機会の均等について保障している以上、連邦内に在住するあらゆる市民は、その能力に応じた対価を得る権利があるのであり、その結果生まれた企業家たちの努力の結晶に対して、これ以上の是正と分配を求めるのは、正に自由と権利を侵害する、反自由主義な発想に過ぎないものと断言せざるを得ない。諸君らの権利は怠惰と無能からではなく、努力と勤勉によって初めてもたらされるのだということを、今一度思い出すべきである」




 …宇宙歴200年代のなかごろになると、社会の階層的断絶はもはや修復不可能なレベルにまで拡大した。連邦政府が所在する惑星ジン・ヴィータには多くの富と人口が集約される一方で、多くの連邦加盟国たる星系政府では財政が破綻し、教育や医療といった最低限の公共サービスまで提供が困難となった。連邦政府は、財政支援や企業活動への規制を求める地方からの求めに対して、自由主義によって発揮される克己心の峻厳さを説く一方、単一の地方星系国家内でのみ流通する独自通貨の発行権や、航行上の治安維持のための独自戦力の要求などに対しては民主主義の連帯による美しさを説いた。確かに、峻厳であることも、美しくあることも美徳であることには間違いない。しかしながら、連帯と克己という相反する要素を都合よく使い分けた時、そこにあるのは「独善」であり「偽善」でしかなかったのだが、当事者たる連邦政府がそのことに気づくことは無かった。問題の所在は悪意の有無よりもむしろ想像力の射程範囲にあったのである。

 そういった状況でもなお、かつて地球時代に見られたような、社会全体を覆いかねない過激な反体制運動や、国家転覆を伴う社会変革の機運といったものが高まることはなかった。この事実は『利潤』という単一な目標それ自体を追求する組織としては人類史上もっとも洗練され、もっとも巨大であった『星間企業(ステラ・コーポ)』による実質的な経済植民地支配が、それほどまでに巧みであったことの証左でもある。同じ境遇にあるはずの星系国家同士が、星間企業(ステラ・コーポ)からより条件の良い受注内容を引きだすために醜い足の引っ張り合いをはじめ、互いに敵愾心を煽る自体となってしまっていたことからも明白であろう。星系国家間同士の利害をあえて対立させ、分断させることにより統治によるコントロールを容易にする手腕は、倫理的な価値観を無視すればいっそ芸術的ですらあった。

 もっとも、圧倒的に多くの人々が「生かさず殺さず」の境遇を受け入れた究極的な理由そのものは「円環計画」がその当時放っていた魅力に求められる。無窮の富と無限の祝福を追い求める人類史上もっとも偉大な営為によって、富める者と貧しき者との間が繋ぎ合わせられてきた。「円環計画」はもはやペルセウス連邦における『建国神話』そのものであった。

 

 なにはともあれ、神話の永遠と社会機構の不滅を信じた人々による低賃金労働力を土台として、宇宙歴312年の4月16日に、「ペルセウスの円環」は完成を迎えた。連邦政府はこれを記念して完成日の前後3週間の計6週間を全連邦市民の祝日とし、国を挙げて偉業の達成を祝福した。ジン・ヴィータの市民も、また辺境星系の市民たちも、過去の遺恨を押し流し、等しく平等に、人類が迎えるであろう新たな時代の到来を歓迎した。まさにこの時は、ペルセウス連邦と民主主義に対する帰属が、あまねく全ての人類の間で確信された瞬間でもあった。

 …いや、14年に及ぶ国家の最盛期を、「瞬間」という言葉で表すのはいささか不適切であるかもしれない。がしかし、いち連邦加盟国である地方星系国家の市民たちにとって、14年という期間は、これまで『円環計画』に従事してきた歳月と比べてあまりに短すぎるものであったし、表面上は隠され、抑圧されてきた怒りや怨嗟を慰めるのにも、まったくもって不十分であった。

 恒星ペルセポリスの重力偏移は、連邦の誇る頭脳たちによって完全に解析されていたため、その信頼性というのは、少なくとも連邦政府やジン・ヴィータの市民にとっては絶対のものであった。しかし14年の時間と、恒星1つをすっぽりと収めるだけのスケールは、人類史上最大の建造物に対して深刻な物理的影響を与えるのに十分なエネルギーを産み出した。星間企業(ステラ・コーポ)が安全設計に対して十分な投資をしなかったからであろうか。過酷な労働環境に苛まれた現場労働者による潜在的なサボタージュがあったからであろうか。あるいは、そもそもの計画自体がやはり無謀だったからであろうか。原因は不明ながら、「ペルセウスの円環」の一部に対して深刻な損傷が発生し、人類に無限の幸福をもたらすとされていたエネルギー供給計画に狂いが生じた。

 最大限公平に見て、「反物質の供給を、人口比別に平等に再分配する」という連邦政府の対応は、一応は建設的なものであった。しかし、「円環による連帯」の象徴として新たに地方星系から選出された連邦議会議員たちは、政府の対応に断固として抵抗し、国家そのものが機能不全に陥った。地方星系にて進行していた人口流失と少子高齢化は深刻なものであり、何しろ首都ジン・ヴィータには代替となる電力供給システムが完備されているではないか。もし人口比別に反物質の供給を行えば、たちまち自身らの故郷が不毛の土地に変貌するのが明らかであるが故の主張だったが、ジン・ヴィータの市民たちは、紛糾する議会に対して、その苛立ちを抑えることなく、「市民の責務」に基づいて限りなく「平等」かつ「公平」な政府の判断を支持した。

 言うまでもないことであるが、のちに「ペルセウス動乱」と称されるこの一連の混迷でもっとも割を食ったのは地方星系国家の住民たちであった。「円環計画」に対して人々は文字通りすべてを差し出した。時間と、資源と、情熱と、労働力を捧げたうえ、さらに未来までも搾取されるのを見過ごすほど、彼の者たちは無知でも、無力でも、善良でもなかった。市民社会の動揺は混乱を産み出し、略奪へ変化し、暴動へ昇華し、紛争に帰着した。星系間で発生したこれらを鎮圧するために、首都防衛にあたる精鋭部隊であった連邦宇宙軍正規艦隊の派兵が連邦政府の裁可により強行された。単なる紛争への派遣兵力としてはおおよそ過剰ともいえる連邦宇宙軍3個艦隊の司令長官を務める人物は、アラン・ノートン大将といった。


 民主主義の構造的矛盾が表面化された連邦末期においてなお、「民主主義の守護者」を自負する連邦宇宙軍は、連邦議会多数派与党「自由市民党」と並ぶ保守派の巨頭であった。実際に、星系間における物流網の安全保障に対し責任を有していた連邦宇宙軍の活躍は、「円環計画」において大きな比重を占めていたし、また連邦宇宙軍としての伝統でもあったリベラルな風潮が、将兵たちの政治思想に良い影響を与え続けていたのも確かである。しかし、連邦末期において、連邦宇宙軍が守るべき理念としての民主主義社会と、現実における民主主義社会との乖離が発生した時点から、連邦軍内における政治的思想空間が、暴走を産み出すきっかけとなったのも事実であろう。

 連邦末期の動乱のなか、連邦宇宙軍内部ではお互いに両極端な行動が展開された。自由経済と民主主義の矛盾に苦しむ地方市民と合流し、中央の統制から離れて軍閥化する地方駐留軍と、治安戦の名目のもと過激な弾圧を行う中央軍との対応関係がまさにそれである。ノートン大将はそんな中でなお、古き良き連邦宇宙軍のリベラル思想を抱きつつ、矛盾満ちた現実世界を直視できる強靭な精神力を持った数すくない良識派であった。彼は、軍閥化し、テロリスト共と手を結んだ分離主義の手先である地方駐留軍に対して徹底した膺懲と破壊を主張する参謀たちの意見を押しのけ、現地政府関係者らが戦闘の直前に申し込んできた会談の要求を受け入れた。現地政府関係者の中には、連邦政府に対して明確な敵意を示していた勢力のリーダーなども含まれたはいたが、24時間にわたる協議と話し合いを経た上で、ノートン大将は独自の判断でもって指揮下にある艦隊の即時作戦行動停止を決断。そして、首都ジン・ヴィータへの帰投を命じた。


「ノートン大将麾下3個艦隊。反転し首都への進軍を開始」


 その情報を得た連邦政府首脳陣はただちにノートン大将を反逆者と断定。その後、すぐさま首都にいて駐留中であった正規艦隊に対して再び動員をかけた。その数およそ1万4000隻であり、ノートン大将の指揮する3個艦隊6200隻と比較して倍以上に相当する兵力であったが、すでに第一線級の指揮官は周辺の星系への鎮圧に向かうか、ないしは醜い同士討ちを嫌い、命令に対する事実上の拒否権を行使したものがほとんどであった。そんな中、退役直前であった老将ジャワハル大将が、最後の奉公という意図から連合艦隊の司令長官としての人事命令を受領したは良いものの、連邦宇宙軍史上空前の大兵力の中核を担ったのは、血気にばかりはやり、肝心の軍事的才能が追い付いていない二線級以下の将校たちだった。

 首都星系の外縁部宙域をほぼ無抵抗の状態で突破したノートン大将らの「反乱兵力」は、公転軌道間浮遊物帯を最終防衛ラインとした連邦宇宙軍との交戦を回避できるはずであった。接近するノートン大将麾下の3個艦隊に対して、ジャワハル提督は全周波数帯の回線を用いて交戦の意図がないことを表明し、「反乱兵力」が首都に向けて通過するのを黙認した。

 しかしながらその直後、総数で2万を超える艦船のうちの一隻が発砲。そのまま両艦隊はなし崩しのうちに戦端を開いた。


「わしにもう少しツキがあれば…」


 ジャワハル提督の悲痛なつぶやきは、その数分後には反陽子砲の直撃を受けることで原子の跡形すらも残さず宇宙へと還元されていった。

 それは人類が史上初めて経験する惑星近傍での大規模な艦隊決戦であった訳だが、その結末は悲惨の一言を迎えた。指揮系統の中枢を早期に失ったことで統制を欠いた大兵力の戦闘は、激烈かつ無秩序のまま、当初ジャワハル艦隊が展開していた公転軌道間浮遊物質帯から大きく拡大し、やがて大破・漂流した艦船の多くが、惑星ジン・ヴィータの無慈悲なる重力圏にとらえられ、そのまま惑星の地表へと落下していった。また、操艦ごと誤ることで、数百万トンある質量を丸ごと重力の井戸の底にたたきつけ、そのまま爆破・炎上し、都市を丸ごと廃墟に変えたケースもまま存在した。幸いにも、惑星住民の大半は連邦政府の事前の指示により、地下施設や他の衛星都市に退避済みであったが、騒乱に駆られた敗残兵や終末的惨劇に絶望した悲観論者たちがそれらの人口密集地に流入し、目も当てられぬ蛮行に及んだ事例も少なくはなかった。

 長きにわたってペルセウス連邦の、そして人類全体の繁栄の中心地であったジン・ヴィータは、同時に自由と民主主義の体現者でもあった。である以上、それによってもたらされた矛盾と不均衡の清算が、その身を以てして強制的に執行されたのであった。


 辛うじて戦線を取りまとめたノートン大将は、凄惨な有様となった自身の故郷のなれの果てを見てもなお、全てをあきらめ、放棄することは決してなかった。彼は辛うじて無事であった連邦議会をクーデター同然に掌握し、すぐさま自身を臨時執政官として任命させることによって、行政のあらゆる権限の委任を得た。その後、いまだ混乱冷めやらぬ地方星系国家の各政府に対して、本当の意味で公平なエネルギー供給計画の立案を約束すると同時に、それまで形骸化していた自治の諸権限を、独自通貨の発行権付与・私企業保有の星系政府宛債権および現地生産財の即時放棄といった形で認めることとした。

 独裁を忌み、民主主義の精神を奉じる人物ですらしぶしぶ認めねばならないほどに、彼の働きぶりは目覚ましいものがあったが、それ故に、人々は彼そのものを危険視した。彼が極めて有能で、人々に対し公正であることは認めよう。しかし、明日になって、彼は今日と同じように振る舞うだろうか。明後日にはどうであろう?来月には?来年には?10年後には?

 一部の人々の心配をよそに、なけなしの良心でもって分離主義と無政府状態の暴風から故郷と人々を守り続けてきた地方星系国家の指導者らは、執政官の諸行為を手放し、かつ無批判で称え続けた。言ってしまえば民主主義の犠牲者である彼の者たちにとって、ジン=ヴィータ出身の軍人ながら、自身らに対し思ってもみなかった救済を与えてくれたという点だけでも、十分に素晴らしいことだったのである。

 そのような支持を背景に、あるいは、それまで連邦の民主主義に重要な役割を果たしてきた一部の知識層の意識とは裏腹に、彼は自身を終身執政官に任命し、またしばらくして、帝政へ移行することを表明した。

 急進的なこれらの施策は、少なくない人々にとっては予想だにしていなかった展開であったし、より少数の人々にとっては、到底許すことのできない方針転換でもあったが、少なくとも、アラン・ノートンによって多大なる救済と恩恵を受けていた地方星系国家の指導層にとっては歓迎すべき事柄であった。帝政だろうが共和制だろうが社会主義だろうが、自分たちはどこまででもついていく。政治制度の変更が自身たちの暮らしを変えるのであれば、それはきっと良い方向に対してである。なぜなら、偉大なる『大帝』アラン・ノートンには『ペルセウスの円環』がついているからだ。円環の継承者たる皇帝は、エネルギーという富を強力な権力に基づいて、公正に分配するであろう。皇帝万歳。偉大なる円環よ、その祝福永遠なれ。

 希望と鬱屈と動乱と革新をもたらした宇宙歴は352年にその役目を終え、その1年後に「帝国歴」が新た制定することが予定された。そして、『大帝』ノートンがその地位に就任するまでの一連の出来事に、大いなる祝福と快哉をささげた各星系国家の指導者たちと、常にその者たちを支え続けてきた星系国家の官吏らに対して、未来の皇帝は直々に「臣民」としての社会的地位を与え、後にはその特権と責務に関する法を制定することとなる。その一方で、一貫して、断固として、強硬に絶対に何としても皇帝と帝国の存在を否定し続けた連邦の議会主義者たちは、皇帝から政治・および思想に関する識見が称えられるとともに、あの民主主義の裏切者であった地方星系国家の代表者たちと同様「臣民」へと叙されることとなった。一見すると恐ろしく不可解なこの行動であったが、おそらく、皇帝自身が「帝国」への枠組みに対してはこだわったものの、その内実において、人々の権利と幸福を守り続けるために、権力への反抗勢力を政治システムの中に組み込む必要性を感じていたが為であった。

 連邦議会が、300年以上に及ぶ伝統を自らの決議で絶つと同時に、皇帝と国民によって任命された貴族議員たちによって、憲法的機能を有する「皇帝誓約」が採択された。ここにおいて、8月13日。ペルセウス朝銀河帝国が建国されたのである。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ