第4話 昔話には文化のエッセンスが詰まってる
歴史の授業は物語形式で学習すると覚えやすいですよ
上空からミリ単位で測量したんじゃないか。そういう思わせるほど整然と立ち並んだ木々と、何かしらの世界大会が開催できるくらい広い庭に囲まれた中に私の屋敷がある。さらにその周辺には、緩やかな起伏の地形とともに農地と果樹園と牧草地帯が広がっており、その中で点々と所在している村落にて人々の生活が営まれていた。全体としてはそれなりの人口を擁するこの領地では、農産物の全般から畜産、酒類などの食糧生産に関してほぼ完ぺきな自給自足体制が確立されており、領地の住民が消費する分と特に上等なものをのぞいた余剰生産物を、他の領地との交易の産品として充ててるとのことだ。ちなみにその「特に上等なもの」は公爵家への献上品として充当され、主に私の口に入ることで消費される。
…自分で言ってて何だけど、もはやバチ当たりレベルに恵まれてるな。この地位。
そして本日は、公爵家の長男である私が、数多の食糧を生産し集約し管理し、場合によっては加工する役割を持つ村落の一つへと出向き、視察を兼ねてそこの村長らと懇談を行う予定が入っていた。なんでまたわざわざ公爵家の嫡男である私が、と思うかもしれないが、いわばこれらの村々は公爵家が私有する「荘園」である。自身の財産がどのような状態にあるのかを自身の目で確認し、またそこで労働にいそしむ住民らを労うのが、支配する者として必要な行いらしい。うん、上から目線そのものだ。
「よぅこそおいでぃくださぃました公子様。村ァの者いぃ同、公子様をおぅ迎えできる光栄に大変よぅろこんでおりますぅー」
壮年の村長による訛りのあるしゃべり方から察するに、使用する言語からして貴族と平民では用いるものが異なるのだろうか。もっともこの場合、単なる加齢による口腔の運動機能の低下の可能性も無視できなかった。
「こ、公子さま。本日はおこしいただき、まことにありがとうございます。村のものをだいひょうしまして、あらためて、お礼もうしあげます」
舌足らずながら、若々しいやや甘えた声で私を歓迎してくれたのは、まだ幼い村長の孫娘である。
しかしながらやはり緊張が表に立つようで、おめかしをしたであろう綺麗にそろえられた髪先が小刻みに震えているのが見て取れた。
「うむ。皆の歓迎に心より感謝しよう」
実際の所、緊張していたのは私とて同様であった。荘園の中のいち村落とはいえ、貴族として公の場に立つのはこのタイミングが初めてであるし、それなりの人数があつまる前で儀礼的な行為を果たす経験というのも前世ではついぞなかった訳であるから、あらかじめソレリアやその他の家臣たちと打ち合わせしておいた内容をなぞっただけのトークで精一杯であった。ようやく一息つけたのは村の生産事情一般に関する紹介が終わったのち、村の代表者たちと親睦を深めるため、食事の席についたタイミングであった。
「ほう、そうか。マーガレタさんは学校の授業では歴史が得意なのか」
小麦をはじめとする穀物類の生育状況や、高付加価値が期待できる果実酒の仕上がり具合といった堅い話はおおよそ済ませたので、だいたいそののちに話すことといえば、村の住民たちによる世間話に近いものにあった。特に村長の孫娘であるマーガレタはそれなりに緊張もほぐれたようで、村長や両親の勧めるまま、幼女特有の一生懸命な態度で自身の日常についての紹介を始めた。
「はいさようです!せんせいが、お話がとてもお上手なので、れきしのじゅぎょうなどでは、色々なじだいのお話をしょうかいして下さいます」
「ほうそれは実にうらやましいね。どれ、ひとつ私にもなにか歴史のお話を紹介していただけないかな」
前世では苦手科目であった歴史ではあるが、状況が状況なこともあり、私は村の娘が話す歴史の小話について純粋に興味がわいた。特にこの異世界の歴史である。ひょっとしたらドワーフやエルフといったファンタジー路線のアレコレが聞けるかもしれない。
「は、はい!それでは、私がいちばんおきにいりのはなしをごしょうかいします!!」
やはり小さい子供などは、自分の好きな分野について話したがるようだ。目をキラキラさせながら、少女は多少もたつきながらも、一生懸命に歴史の話を紹介し始めた。
ちなみにその内容を要約するとこんな感じである。
「遥か遥かの、遠い遠い昔。ばらばらになったって戦っていた国と国同士は、悲しみの時代を終わらせるためお互いに盟約を結び、平等で仲良く暮らすことができるようになりました」
「人々は平和な時代が長く続くことを願い、そのための団結の象徴として、無限の富をもたらすとされる魔法の道具。『ペルセウスの円環』の作成を決意しました」
「しかし円環の作成は大変に難航し、やがて少しの豊かな国と、たくさんの貧しい国が現れるようにないました。そして、少しの豊かな国は、たくさんの貧しい国を助けることは決してありませんでした」
「数百年がたったのち、ようやく円環は完成しましたが、人々の団結の象徴であったはずの円環は、しばらくして、粉みじんとなってはじけ飛んでしまいました」
「怒りに燃えるたくさんの貧しい国の人々を助けるために、偉大なる『大帝』アラン・ノートンは立ち上がり、粉みじんとなった円環のかけらを集め、ふたたび円環をこの世にもたらしました」
「大帝陛下はこう仰りました。『人々がお互いを大事に思い、いつくしみの心を持ったとき、初めてペルセウスの円環は皆に富をもたらすであろう』。そう、円環はこのとき、本当の意味で団結の象徴となったのです」
「大帝陛下とそのお仲間の貴族さまたちは、一緒になって多くの人々を救いました。今でも偉大なる大帝のお言葉通り、円環は私たちに無限の富を授けてくださいます」
ところどころで周りの大人たちの補助をうけながら、少女は見事長い歴史の話を紹介しきることに成功した。
「とてもお上手なお話でした。若様、いかがでしたか」
人当たりの良い笑顔を浮かべながら、ソレリアが私に尋ねる。
「一生懸命話してくれたね、実にお上手だったよ。機会があればまた聞かせてほしいものだ」
周囲の大人たちの反応に合わせつつ、少女のスピーチを無難な言葉で称賛したが「無限の富をもたらす」とされる「ペルセウスの円環」について、やはり注目をせざるをえないだろう。
『無限の富を授ける「円環」ね…』
ファンタジーっぽい要素としても、なかなか豪快な話である。まぁ我らが極東の島国とて神様が列島を産み出したというレベルからスタートするから、そういう意味ではなかなかどっこいどっこいではある。
しかし、である。
「大帝へいかときぞくの皆さまがお守りになった『えんかん』は、私たちのくらしをささえて下さるいだいなそんざいです。『えんかんのごかご』が、こうしゃく家のみなさまにありますように…」
『ごかご』とはつまり『ご加護』と言いたいのだろう。「ペルセウスの円環」の伝承は、現代日本に生きた私の想像を超える勢いで、人々の生活に根付いているらしい。そして、未だ無垢であどけない少女が投げかける視線の先に私がいる。
その視線の中にいわば『崇拝』あるいは『信仰』の成分が存在していることは、私が自意識過剰している可能性を除けばほぼ確実なのだろう。
無限の富をもたらすとされる魔法の道具、「ペルセウスの円環」はこの世界に必ず存在する。
私は、少女の視線を見て取ったその瞬間だけは少なくとも、素直に自身のファンタジー的境遇を心から信じてみることにした。






