第50話 万が一に備えて遺書だけは常に用意して携帯しておいてください
「空が落ちてくるところを見たことはあるか?…見てて飽きるもんじゃないぜ。派手好きな人ならなおさらだ」
客観的に言って穏やかな表情を浮かべたその男は、ぽつりとつぶやいた。
惑星揚陸を目前に控えた準備段階において、宇宙空間から、ヴェンツェル=5に向けて数千万本を超えるミサイルを打ち込むよう計画したのはタオ・シャウラン大将その人であった。彼が立案する作戦の多くは、投入したコストに応じてより高いパフォーマンスを実現することを前提としているのだが、だからと言って、作戦の実現に必要とされる戦略・戦術上の資源を省くことを、彼は必要以上に厭った。必要とあらば、彼は殲滅を教義とし荒野を理想とする火力戦の忠実なる教徒として振舞うのである。
レーザー砲によって支配され、宇宙空間における艦隊同士の対決においてはその居場所を追放された兵器としてのミサイルは、惑星揚陸においてはしかし絶大な効果を期待された。そして、各種レーザーを妨害する意図で発射されたフレア搭載のミサイル発射を皮切に、衛星軌道上に展開する人工衛星、急遽設置された野戦対宙施設、各種レーダー施設、地上に露出した野砲陣地、航空機の地上滑走路、目標揚陸地点から都市部へと伸びる交通インフラなどの多くがその餌食となった。
君は、第453軍所属に所属する、臨時編成部隊所属の兵士で間違いはないな?
「あいにく、細かい数字を覚えるのは苦手でね…。まぁ、でも『ヴェンツェ=5防衛軍』に所属していたのは確かだよ。部隊の編成も、入隊したころに叩き込む割にはしょっちゅう変更になるんだからな。いちいち覚えている方がどうかしてるとは思うがね」
君自身の軍歴について、自身の口から説明してくれ。
「入隊したのは5年前だよ。俺の母親が、地元じゃちょっとばかし有名のアスリートでね。臣民の位と年金をもらって、代わりに俺が軍務につくことになった。…あぁ、軍歴についてだったな。つっても、別にそんな珍しいもんじゃねぇさ。別に資格なんかもってなかったから、とりあえず歩兵科に入れられてそっから訓練さ。かったるくはあったが、給料と年金の代わりと思えば悪い気はそれ程しなかったさ。一日が終わったら親元を離れた宿舎で一人暮らし。それが5年間ずっとだ」
『ピンポンパンポ~ン!!塹壕にお住いの紳士淑女兵士諸君のみなさなご機嫌よう~!!この放送を持ちまして~、我らが愛しき人民連邦様によるミサイル爆撃が開始されてから6時間経過したことをお知らせいたしま~す!!死にたくねぇ奴はクソでもゲロでも吐いてスッキリさわやかな状態でくたばりやがれゴミカスども!!』
普段から粗野な言い回しで兵士たちの多くから賛否の双方をほしいままにしていた営内放送は、普段のそれがまだ節度を持った態度に則ったものであることをその時になって初めて周囲に知らしめた。しかし、それを耳にする兵士たちの多くはその放送に対して下卑た笑いで歓迎した。
「す、すまねぇどいてくれ!!」
地下50mに位置し、分厚い複合強化コンクリートで覆われている野戦シェルターの内部はおおよそ6時間にわたって常に震度2以上の揺れを断続的にマークし続けていた。揺さぶられる地盤の影響からシェルターを守るために、設計の必要上そうなるらしい。こういった手の込んだ設計作業を突貫でこなし、わずかな期間で数十個師団分の兵員を収容できるまでの野戦シェルターを構築した公国の土木関係企業並びに公国軍工兵部隊の活躍は英雄的といっても充分差し支えなかったが、いざそこに押し込められた兵士たちに感想を聞けば返ってくる答えは明白であろう。
「まずい、俺も気持ち悪くなってきた…。人酔いだなこりゃ」
「だねー、換気ファンが効いてないないって話だし。一回部屋に戻る?どうせまだ時間あるでしょ」
「クソッ。このテンションで戦えってのか」
…作戦の当日、君はどういう思いで軍務に臨んていた?
「………やけに堅い言い方で聞いてくるな。いや、…別に特別どうってことはなかったよ。訓練の中には、メンタルの自己制御に関するカリキュラムもあるからな。入隊して1年もたってい新兵は流石にビビってたが、そもそもそういう奴はあの場には回されてなかったよ」
だが、最初に君は叙事的な発言をしてくれたな。『空が落ちてくる』、か。言いえて妙な表現だ。
「褒めないでくれ。他の奴の受け売りだよ」
「撃て!!撃てぇ!!」
150年以上前に開発公社の先遣部隊が植林し、惑星開拓の先鞭をつけた由緒ある森林地帯は、今や根の深い部分から掘り返されてしまっていた。窒素と炭素からなる豊富な養分を土壌に与える微生物たちの住処としての土地には、無機質なコンクリートが点々と所在している。開拓途上に惑星において貴重な生物資源であるそれらに対してあまりにも不条理な行いであったのだが、地面を踏み固め、大量の血を流す兵士たちからしてみればそれらはあまりに些細な問題であった。掘り返された土壌は塹壕として姿を変え、人民連邦の将兵にとって忌々しい防衛拠点としてその姿を変えていたのだ。
「航空機は目視で確認できず!!ただ、後続の装甲車両が次々と…!!」
半地下に埋め込まれた強化コンクリート製のトーチカの奥で、モニターと向き合ってた偵察兵がこわばった声を上げる。
「上等だ、撃ち続けろ!!弾はいくらでもあるからなぁ!!」
叫ばずとも小隊指揮官の口元に装備されたマイクはその指令を拾うのだが、そんな細かいことは骨伝導越しに爆音を流す迫撃砲手からしても、もうどうでもよかった。砲撃の都合から上部分が開かれているトーチカの奥から、簡易的な光学迷彩とステルス塗装が施された120mm重迫撃砲弾が激しい破裂音とともに空へと飛び立っていく。対迫撃砲レーダー対策のため、描かれた曲線の頂点部分に到達した砲弾はガス圧を放つとともに射撃時の弾道とは異なった方向へと向かい、今度は重力にしたがって目標とする地点へと引き寄せられていく。
この時防衛に当たっていたB拠点は周辺の各陣地と比較して大きな戦果を挙げていたが、戦果をたたき出すという点においてはA~P まで区分された他のトーチカ拠点においても同様であった。それぞれが進撃する敵を自身の懐へと吸い込みながら、人民連邦にとっての誤算を生み出し続けていたのである。
君はその言葉を聞いて、なにを感じた?
「…別に。そいつは大学で文学部だったらしいから、たまにはそういうブンガクテキな表現もするんだ。そう思ったくらいさ」
その言葉を聞いたとき、君はどこにいた?
「シェルターの中だよ。宇宙軍が仕事してるうちは暇だったからな。そこでずっと待機してたよ。そのセリフを聞いたのが、丁度そのタイミングだった」
「軍曹、危ない!!」
そう叫ばれて我に返った彼女が目にしたのは、自分の元へ倒れこんでくる兵士の亡骸であった。
「畜生!!」
既に死んだ銃手の代わりとして、口汚く罵りながら7.5ミリ機関銃の装填を終えた彼女は、寄りかかってくるやけに重いその死体を蹴り上げて、引き続き迫撃砲の射撃に必要な空間を確保する。
「軍曹、白兵戦の用意は?」
「いつでも出来るようにはしとけ」
銃身加熱のことなど無視した乱射をかましつつ、彼女はそう返す。本当であれば叫びながら、怒鳴りながら言いたいことではあったが、もしその一線を踏み越えた時、自身の精神が再び安定な状態に戻れるかどうか自信を持てなかった。周囲には迫撃砲を撃った轟音が響き、迫撃砲が打ち込まれた爆音もまた響いていた。トーチカに据えられた大小さまざまな銃弾もまた非文明的な音を奏で、まるで手負いの獣かのように敵を威嚇している。頭を砕かれて手の施しようもなくなった死体はそこら辺に放置しておくしかなのだが、そこから漂う血の匂いが、やけに甘ったるい火薬の焼ける匂いと混ざり合って吸うものに対し吐き気を催しかねなかった。
シェルターには、どれだけの人がいた?
「…分からないな。百人、いや千人以上はいたぜ。シェルターっつっても、地下街みたいなもんだ。武器はそこに保管されてたし、なんなら、食うもんを出す店も寝るとこもあった」
シェルターの規模はどれくらいか、見当はつくか?
「さぁね。急ごしらえで作った割には結構広いと思ったよ」
「小隊長!トーチカ通信が、繋がりません!」
「何ぃ!?有線はどうした」
「無理です。断線した模様で」
「修理は?」
「か、可能です。必要であれば私が向かいますが…」
「ふむ」
トーチカ拠点の指揮官である小隊長はひとまず自身のおかれた状況を顧みた。迫撃砲こそ装備していないものの、その代わり有線誘導の対装甲ミサイルを装備したF拠点にとって、通信の切断は致命的と言える。無線を用いた50m以上の通信は敵による強力な電波妨害のせいでほぼ不可能であるが、一方で友軍からの位置情報の共有なしに数km単位に及ぶ戦線にて展開する敵の装甲目標を狙い撃つことも全くもって不可能であった。
「ゼリア伍長、いるか!?」
「はい!こちらに」
ミサイル兵の護衛に当たっていたゼリア伍長が、黒く汚れた顔を急いでぬぐいながら駆け込んでくる。
「レイチェル、イーストン、ホアキンの3名を連れて通信線の修理に向かえ。出来るな?」
「りょ、了解しました!!故障箇所の詳しい位置につきましては…」
「詳しいことはホアキンに聞け。奴が修理役を買って出てくれた」
「了解しました!」
厳しい表情でそう命令を下した小隊長は直後、表情を緩めてゼリア伍長に向かいなおり、さらに言葉をつづけた。
「しかし…、その顔はどうした伍長。黒く汚れているぞ」
「あっ!す、スミマセン…。地中に埋まってた木炭の破片をもろに食らいまして…」
一瞬虚を突かれた表情で再び顔をぬぐい始める伍長であったが、服そのものが黒く汚れている状態では、ただ黒い汚れをこすりつけているに過ぎなかった。
そのしぐさを見て小さいながらも優しく笑った小隊長は、まだキレイな状態に保たれていたハンカチをポケットから差し出して言った。
「…持っていけ。今返さなくていい」
「そ、そんな!」
行ってしまえばただのハンカチ一つ…。ではあるが、伍長が恐縮の態度を示すのもまた当然であった。
「娘さんからいただいたものなのでしょう。さすがにそれは…」
「構わんよ。使わないまま後生大事に持っていたら逆に文句を言われてしまうからな。それに、今の伍長なら有効活用できるはずだ」
「…承知しました。行ってまいります!」
休日ではどのように過ごしているか教えてほしい。
「休日か。…そうだな。運動の類はやらないように心がけてるよ。そうでもしないと訓練の時に帰って動けないからな。買い物に出かけて、部屋の掃除をして、料理をして…。まぁ、そんなところだ。他の奴も大方そんな感じのはずだぜ」
軍人以外の知り合いと会うことは?
「そりゃああるさ。社交的な奴は毎週末そうやって繰り出してた。俺はそれほどじゃなかったがな」
『4号車、降車を許可する!!急げ!!』
『ハッチの故障だ、クソ!!間に合』
ぶつ切りにされ、繋がらなくなったその通信が、4号車の迎えた運命を何よりも雄弁に語っていた。トーチカ群の右翼陣地に位置し、戦闘開始時点では16両を数えた戦車C中隊は既にその数を半減していた。そこへ4号車が新たに脱落者の群れに加わったという事実はこの場合、戦車中隊全体の生存を考慮するうえで重要な意味を与えることになる。
『中隊を後退させる!!7号車、指定の位置に移動し前衛を担え!!』
「7号車…ってウチかよ!!」
マイクに拾われないよう心掛けながら、7号車車長ドネツク軍曹は口の中で小さく叫んだ。
「ハインマン、場所を変えるぞ!」
「聞こえてますよ軍曹!!」
下の方からそうやって怒鳴り声が響くや否や、50トンを超す巨体がその重量を感じさせない機敏な動作で動き始める。
「対歩兵のままで大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!!対戦車は後ろの奴らに任せとけ!!」
いくらエンジンとキャタピラがうるさくとも、車内無線がある以上怒鳴る必要はない。が、まともに正面からの一撃を喰らえばただでは済まない砲撃戦のさなかにおいて、一般的な正論とはまた異なる独自の論理が働いていた。それでも、時速60キロの勢いで前方向に発生した慣性に抗いながら、ドネツク軍曹は慎重な面持ちで照準をながめつつ、指先に力を込める。
カチッ
一瞬だけ響いた金属音の直後、対歩兵用の燃焼子弾が詰め込まれた140mm砲が、音速を遥かに超えた勢いで発射された。牽制の意味合いで射撃されたものではあるものの、一発の砲弾に詰め込まれた5mm径の子弾はそれ単体でも兵士1人を燃やし尽くすのに充分なものであり、塹壕に展開する敵歩兵を掃射する目的においては適役そのものの装備であった。
「ペーター。今のはどうだ?」
砲撃によって燃え盛る眩いばかりの光景を照準越しに捉えながら、ドネツク軍曹がそう尋ねる。
「ダメですね、牽制にはなったでしょうけど!!」
通信手と偵察を兼ねるペーターが渋い顔でそのように評価した。
「ですが、おそらく展開している敵歩兵の殆どは既に無力化できている模様です!!引くのはちょっともったいないですね軍曹!!」
「ここで一人二人焼き殺したところで結局は多勢に無勢だ。立て直すだけの判断をした中隊長殿に敬意を払うように!!」
軍曹の軽口めいた言い方によって、それまで緊張を通り越して強張っていた車内の空気が若干軽やかになった。敵戦車による砲撃は依然恐怖であるが、それに対応するのは後ろに位置する戦車たちの仕事である。出来ないことは割り切るしかない。そうやって気持ちを新たにしたドネツク軍曹は、不意に発生した横方向への慣性に対してとっさに対応しきれなかった。
「危ない!!」
いや、慣性というレベルではない。絶大な爆発に伴う強烈な衝撃波が、撤退途中の戦車中隊の横っ面をしたたかに打ち付けたのだ。設計時に用いられている流体力学の功から、煽られての横転とはならなかったものの、それでも戦車そのものが保っていた姿勢は若干不安定となった。
「今のは一体…!?」
「分からん。ただ、爆発の方向は…」
『全車に通信。中隊長だ』
動揺が広がる車内にて、中隊長からの通信がドネツク軍曹の骨伝導越しに響いた。
『今の攻撃により、防衛陣地が大きく打撃を受けた。我々C中隊は旅団設営の野戦補給地区にまで撤退する』
「攻撃だと…、今のが」
「軍曹!危険です!」
操縦手であるハインマンの静止を無視し、ドネツクは上部のハッチから顔を出して衝撃波の発生元へと視線を向けた。
「…」
空からは大量の土が降り注いでいた。ヴェンツェル防衛軍の設けた地上陣地が被ったであろ損害を推定するには、おおよそ十分なだけの量であった。
結構だ。
「…なぁ。逆に、こっちから聞いていいか?」
残念だが、質問は受け付けられない。
「ッハ。聞いとくだけ聞いといてこっちからのはだんまりか。…じゃあいい。勝手に話す」
…
「お前ら、何しにここへ来たんだ」
…
「おい…。おいおいおい。だんまりとはつれないねぇ。俺は言われた通り椅子に座ってるだけだぜ。答えてもくれない質問をしちゃいるが、ソレのどこがそんなに気に入らねぇんだ」
…一つだけ。君からの質問を許可する。一つだけ、だから慎重に質問してほしい。
「…アイツは死んだか」
アイツとは?
「カーナ・リューデス軍曹だよ!!!!文学部出身のアイツだ!!アイツはどうなった!?死んだのか!?言え!!」
[被験者の精神異常を検知。質疑を終了します。危険ですので、担当官はすみやかにこの場から退避してください]
「答えろ!!おい!!聞いてるのか!!お…、ウ、ぐふッ!」
安心してほしい。ガスを吸い込んでも死んだりはしない。
「オエッ!ガハッ!!…ッ、そ、そんなの…!!」
我が人民連邦が、貴重な労働力を浪費することは無い。君も、立派ないち人民として社会で活躍できることを心から祈っているよ。では。