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第3話 チートがなくてもすでに人生イージーモードなのが貴族なんですといえばそれまで

 いまだに頭の中で鈍痛が響いてはいるが、とりあえず今私が置かれている状況を述べさせてもらおう。日本人学生城崎佳紀の転生先として生を受けた『今』の私である青年貴族「アルバート・フォン・アウステルリッツ」は、「無辺公」とも称される帝国指折りの大貴族ベルンハルト・フォン・アウステルリッツ公爵とその妻アレキサンドラとの間に生まれた長男であるらしい。

 どうやら「城崎佳紀」としての私が覚醒した際に、貴族としての記憶がほとんど飛んで行ってしまったようなのだが、ひとまず周囲に怪しまれない程度には回復した断片的な記憶の中をたどっていくと、だいたい以下のような状態であることが分かった。

 まず私の住む場所であるが、どうやら帝国の首都付近にある公爵家の所領であるらしい。本家が持つ領地と比べたら比較にならないほど小さいらしいが、それでも見渡す限りに広がる空間、そのすべてが今の私に与えられた敷地とのことだ。また、住んでいる屋敷についても、幼少のころから病弱であった私のために作られた別邸らしく、領地の中心部にあって父と母が居を構える本邸はさらに広いらしい。

 時代背景は、恐らくは前世でよく想像されたであろう意味合いでの「中世」(ないしは近世)に準拠しているものと思われる。屋敷内で行われている炊事、清掃、洗濯、その他の雑用といった業務のほとんどは公爵家の雇っている使用人や奉公人によって行われている。また、雇っているとは言っても使用人や奉公人の大半は一族にわたって代々仕えている場合が殆どである。つまり一つの公爵家に対して多くの一族が総出となって出仕しているわけであるが、特に忠誠心が厚く、領地経営のサポートや家中の者の身辺警護といった重要な業務を担う一族にも、最低ランクではあるものの貴族としての地位が与えられているらしい。私の侍従を務めるソレリアも実際のところ、貴族の敬称である「フォン」の使用を許されたノイエクラーテ領邦騎士家の一員であり、立派な貴族の令嬢サマだという。


 正直に言おう。かなりの大当たりだ。


 アウステルリッツ家自体、帝国の草創期から続く名家らしい。領地は広大であり、産出する資源も豊富とのことだ。また私の父であり公爵家の現当主でもあるベルンハルトは、その勤勉ぶりから帝国のトップである皇帝からの信頼も篤く、民には常に公明正大な方針をとっているとのことなので、おそらくこういう転生モノでよくあるところの、腐敗した領地を内政チートで大活性化とかそういう展開は恐らくなさそうだ。

 また、私自身長男であり、兄弟といえば年の離れた妹が一人いるのみなので、実は妾の子だから冷遇されるとか、相続に際して骨肉の争いに巻き込まれるとかそういった心配も当面は不要。

 であればやはり、今後の展開としてありえるのは貴族としての血統や権威をフル活用した異能力系バトルであろうか?おそらくそれもないだろう。なによりもまず私自身、異能力の活用についてウンともスンとも音沙汰のない始末だ。ひょっとしたら特定の年齢まで成長することで発現するパターンかもしれないが、周りの者に対して「いったいいつになったら魔法を使えるようになるんだ?」と改まって聞くのもなんだか馬鹿らしく思えるし、そもそも私の周りで魔法的なハイファンタジー異能力を使っている人物自体を見かけない。もしかすると転生貴族である私にだけ、特別にその才能が発現するというのが最も考えやすいというではないだろうか。


「よし」


 現状、ファンタジー系異世界転生の舞台設定としては、おおよそ考えうる限りのものがそろっている。である以上、これで異能が使えないというのも画竜点睛を欠くというか、なんとも収まりが悪い。記憶が覚醒したその翌日には、私は豪奢と清潔感という二大連合軍に占拠された自室の中で、改めてブラックホーリーインフェルノ的な自分の中に封印されしハズの魔力を呼び戻すべく、ふかふかのベッドの上に座りながらとりあえず腕まくりをして、両の手のひらを合わせ、転生の時に出会った『神』を自称する存在に祈ってみることにした。


「現世において中断せざるをえなかった人生をリスタートさせ、これほどまでに裕福な一族の子供に転生していただいたことは感謝いたします。ただしかしやはり、転生といえば魔法やスキルでチートというのが定石であります以上、どうか何かしらのスキルを、ほんのささいなモノでもかまいませんので、どうかなにとぞ、わたしめに授けてはくださらぬでしょうか。どうか、ここはひとつ…」


 祈りというものは宗教的な儀式において最も小さいものであり、またすべての基礎となものであると、どこかの本で読んだような気がする…。『ここまで恵まれてるのにチートスキルまで望むのは厚かましい行為ではないか?』という声が心の中で上がってはいるのだが、やはり実際に『神様』という存在を目の当たりにし、またリアルに転生を成し遂げた以上はもう少し頼ってみてもいいんじゃないか?そういう邪な部分が目立つ私の祈りは、ノックをしても返事がなく、体調不良でぶっ倒れた昨日の今日ということもあって心配したソレリアが入室したことにより不本意な、いやしかし考えようによっては有意義な中断を迎えることとなった。


「若様。お体の調子は戻られたようですが、やはり心の部分がまだまだお疲れのご様子です。ご安心ください。ソレリアはいつも若様のすぐそばにございますよ」


 そういった経緯から、先日の無意識的なものを除いては初となる膝枕をしてもらうことで、私自身としては「あ、これでさらに魔法も欲しがるとかさすがに調子のってたわ」と気づくことに成功したのである。というか一般的に、貴族に対して無能だとか怠惰だとかゴクツブシであるとかそういう偏った認識をお持ちの方が読者諸君らにも多いように思えるが、実際にこうやって美人で気立ての良い幼馴染系の侍従少女にこうしておだてられれば、おそらく理解してくれることだろう。


「だってしょうがないじゃないか」ということを。











 さて、利己的な動機に基づいた魔法に関する探究をあきらめた私は、改めて純粋な興味から、この世界の実態に好奇心のベクトルを向けることにした。まずはただ中を歩くだけでもちょっとした冒険になりそうな屋敷の中を散策してみるのもよいな…。

 頭の中の記憶を手探りで確認しつつ、私は特にあてもなく、豪奢な意匠が左右の壁面にふんだんに用いられた長い廊下を下って行くことにした。


『しかしこれが私か…』


 日頃の手入れのおかげか、廊下というただの棒状の空間を可能な限り華やげようと努力している金属製の装飾品は表面に傷一つ汚れ一つ存在せず、そのデザインのセンスよりもむしろ、表面に反射した私自身の容姿に興味を向けさせた。

 血色の良い白い肌を土台にしつつも、それとは対照的な色彩を持つ赤い唇が優美に結ばれており、繊細な造形を感じさせる目鼻を引き立てている。…やや三白眼なのが気になるが、おおよそ坊ちゃん育ちと形容して不足のない上品な顔かたちのバランスは、自分で言うのもなんだが相当にハイスペックだ。またゆるいウェーブを描く髪の毛は目の覚めるような金髪であり、もし肩まで伸ばせば女性といっても通用するかもしれない。


「こりゃぁ…。また…」


 私の口からもれたのは、なんとも締まりのないため息まじりのセリフであった。





「これはこれは若様。先日お倒れになったそうですが、お加減は大丈夫でございますか?」


 当然といえば当然であるが、やはり私の近辺に関する事情は、この屋敷内において瞬時に共有される類のモノらしい。歩き続けながら屋敷中央の玄関ホールにまで来た私は、複数人で作業中と思われる使用人の、おそらくチームリーダーらしき一人からのそのような質問を受けた。


「あぁいや問題ない。ちょっと張り切りすぎてしまったみたいでね。次からは気を付けておくよ。それより、君のそれは…?」


 私は質問の返答もそこそこに、私は使用人たちが囲んでいる絵画について尋ねた。絵画です、と答えられたらそれまでなのだが、それでも大きさが大人一人の身長分はあるのだ。気になってしまうのが元日本人庶民の性というものだろう。


「公爵閣下の肖像画です。絵画本体の焼け抜きと、古くなった額装の打ち換えが先ほど終わったところですので、人を集めてこの広間に掛けなおすところでございます。若様、せっかくの機会ですので、お近くに来てご覧になってはいかがでしょう」

「そうか…」


 絵画に描かれたその人物は、やや線が細い私とは裏腹に、豪奢な服装の上からでもわかる筋骨隆々な体格が第一の印象として目立った。もっとも、整えられた黒髪の下からのぞく鳶色の視線の奥には理知的な光が放たれており、その人物が知力と体力の双方を併せ持つ偉丈夫であることが見て取れた。普段であれば、玄関の正面から堂々の威風を持って客人を迎えるであろう公爵家当主の肖像画は、見るものに頼もしげな印象を与えるとともに、大貴族にふさわしいであろう気品と自信に満ちあふれていた。


「ふむ…」


 記憶の中におぼろげに浮かぶ父と照らし合わせても、相当の完成度を持つ絵画である。やはり父は、部下である彼らの主君として相当に慕われているということであろうか。


「君は、」


 父を尊敬しているかい?と使用人に聞こうとした私はとっさに口をつむいだ。おそらく、この屋敷の中でもっとも父と近しい人物である私が聞いたところで、その答えはわかりきっているであろうし、そのような質問を行うこと自体ナンセンスであることに気づいたからだ。


「どうされましたか若様?」

「あー、いや、なんだ。あそこにある絵画の手入れは、どういう状態だい?」


 とっさに質問を向けた先にあるのは、本来は公爵の肖像画があるであろう場所のすぐ右に架けられている私の肖像画と、真ん中を挟んで反対側にかかっている老人の肖像画であった。


「あぁ。ご安心ください若様。若様と陛下の肖像画の手入れも、随時行う予定でございます。なにかございましたらすぐに係の者にもお伝えいたしますので…」

『陛下…、あれがこの世界の皇帝か』


 使用人の返答もそこそこに、私は意識の先を皇帝の肖像画に向けていた。老境に差し掛かりながらも、その視線は他を鋭く見つめる峻烈さを感じさせるが、それと同時に柔和な表情が君主としての懐の大きさを表すようでもあった。


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