第45話 前線での戦闘ばかりが戦争のすべてではないのは確か
アウステルリッツ公国軍をはじめとする帝国の宇宙軍に関する運用形態は、『艦隊』や『戦艦』『駆逐艦』など、古代地球時代における海軍に擬制したモノが多く採用されている。その歴史は振り返れば古い。本質的には歩兵戦闘に重点を置く陸軍や、少数精鋭による編成を旨とする空軍と異なり、大型兵器と大兵力を同時に運用する海軍の編成形式こそ、当時において未だ歴史の浅かった宇宙軍を束ねるのに有効であると信じられてきたのだ。この考え方は旧ペルセウス連邦や大開拓時代における星系間諸国列強、さらには太陽系情報政府の時代から連綿と続く一種の伝統でもあった。
しかし、人民連邦軍において事情は異なる。人民連邦軍の母体となった『プロキシマ星系警備隊』自体は地上軍編制を採用する準軍事組織であったのだ。ペルセウス連邦期において地方星系国家に認められた軍備権はささやかなものであり、星系間航宙戦力をはじめとしたさまざまな制約が課せられていいた。プロキシマ星系警備隊も、主に治安維持や緊急時における災害救助派遣、および宇宙海賊に対する最低限の艦内自衛戦闘といった任務への従事を目的としていたが、プロキシマ革命における動乱の際、デモ集団に対する実弾射撃命令や、惑星軌道上からの空爆命令への拒否をきっかけに、『革命勢力への合同』を行った歴史的背景が存在する。人民連邦において軍それ自体が人民・社会主義・国家・党のそれぞれを守る英雄として捉えられているのと同時に、その編制についても星系警備隊の伝統を引き継いだ地上軍編制が採用されているのだ。
ある意味で政治的な事情を基にした編制形態ではあったものの、これがかえって当時停滞気味であった宇宙空間における軍事研究について新しいショック療法的効果を与えた。
宇宙工業が未だ発達していなかった太陽系情報政府時代において、宇宙空間での戦闘は単一星系内を主な舞台としており、少数編制の部隊同士による小競り合いが主であった。しかし燭子工業の発達やそれに伴う重力操作技術の進展によって惑星軌道上における重工業生産が主流になると同時に、高度な航宙機能とレーザー主砲、および電磁バリアの機能を有する艦船の高性能化・巨大化が進むことで、大開拓時代においては強大な工業力を有する星系間諸国列強がお互いに競い合って『戦列艦隊制』を採用するに至った。戦列艦隊はいわば宇宙空間における絶対無比の支配者である。旋回や上下運動といった機動力を犠牲にしてまで大規模・大出力化した艦船をいかに大量生産し、いかにして自軍の『戦列』を強化するかが軍事力の物差しとなったのだ。
もっとも、大開拓時代を乗り越え、これを克服した後世におけるペルセウス連邦宇宙軍自身がなにより熱烈な『戦列艦隊制』の信奉者であった。というのが軍事史学上における一つの通説である。やがて、宇宙空間における人類の活動拠点が複数化し、流通ネットワークが複雑化するのに応じて発生した『宇宙海賊』という脅威に対して、『戦列艦隊制』を採用する連邦宇宙軍がこれを圧倒したものの、あくまでそれが戦術的な観点におけるものであって、戦略的な観点から全く無力であったのは一方で歴史の皮肉である。やたら図体がでかく鈍重で、戦略的機動にも劣る連邦宇宙軍は、マクロな視点から銀河を蚕食する宇宙海賊を殲滅することはついに不可能であった。また、戦闘部隊がやたらと肥大化し、最高司令部とそれらをつなぐ中級指揮官の不足などは軍隊の統制を行う上でも大きな問題もまたはらんでいた。『ペルセウス動乱』において、多くの連邦宇宙軍が軍閥化し、宇宙海賊化した遠因に『戦列艦隊制』を求める研究も存在する。しかしながら、後の公国軍が採用することになる『護衛艦隊制』はある意味で連邦宇宙軍のアンチ・テーゼではあったものの、帝国軍が統率する宇宙軍それ自体はいまだ『戦列艦隊制』の気風を今に伝えるものであったのだ。
そして、今現在公国軍ヴェンツェル防衛艦隊は、連綿と保持し続けたその伝統によって、今現在においてその命運をたたれようとしていた。
「予定通りだ。各部隊はそれぞれ分散進撃を実施せよ。ジェミニエフ中佐の第1連隊は司令部防衛のため引き続き待機。以降、同連隊の指揮は私が直轄する」
『承知しました中督。御用がありましたら何なりとご指示を』
通信モニターの向こうで、ジェミニエフ中佐は不適な笑みを浮かべながらそういった。本旅団における戦力の中核を占める彼の行動は戦闘の行く末を左右するうえで大きな意味を持つことになるであろう。
「閣下。敵の航宙機部隊への攻撃はいかがいたしましょう」
「変わりはない。ヌエン中佐の第3連隊から航宙隊を向かせよう。委細については彼女に任せる」
「承知しました」
他、複数の参謀たちからの進言を片づけたジェン中督は、再び正面のモニターを見やる。模式図であらわされた防衛艦隊は、陣形を取りつつ防戦の姿勢を崩さないが、それも今や時間の問題であるように彼女に思えた。
「思いのほか、安泰でしたな。4時間で片が付けば、後方に待機する別動隊の出番もないでしょう」
グオ参謀長は落ち着いた表情でそう切り出す。敵の防衛艦隊を前にして、自身が属する1個旅団だけを前面に押し出す宙域野戦軍司令部に当初憤りを隠さなかった彼女であるが、いざことが済んでしまえば特に問題を問題とも思ってもいないようであった。今現在グオ参謀長の脳内では、いかにこの旅団だけで戦果を挙げられるか、その戦績をはじき出そうと躍起になっていた。
「帝国の増援に備えるためもあるからな。ここで犠牲を出すわけにはいかない。航行参謀、ジェミニエフ連隊の位置情報、詳細を私の端末に送ってくれ」
「了解です閣下」
確かに、オーウェンズ大将が望む通り、星系の防衛は一部隊の攻勢をもって既に痛撃をこうむっていた。しかし、ジェン中督は緒戦を担う指揮官としてより一層の勝ち方にこだわる必要があった。それが公国軍にとってさらなる悪夢であることは確かであろう。
「陣形は気にするな!!速度を出来る限り一定に保ちさえすればそれでよい!!」
長年の経験、そして理論に裏打ちされた直感から、デーネル提督は小部隊によって散兵攻撃を実施する敵が未だに防衛艦隊側に対して包囲陣形を形成しようとしていること、そしてその包囲陣形が未だに形成されていないことを見抜いていた。この時点で提督は既に敵への攻撃を考慮の外に置いていたのである。
『こちら第2分艦隊。損害多数、そろそろ追いつけなくなりそうです』
オペレーターを介さない直通回線から、第2分艦隊を指揮するホルツデッペ中督の悲痛な声が響いた。丁度艦隊の正面にあって防御に当たっていたが故、第2分艦隊の損害は既に40%へ到達しようとしていた。
「こちら艦隊司令部、第2分艦隊聞こえるか?砲撃と推進のエネルギーを一旦すべて電磁バリアに回せ。そのまま等速直線運動を維持するのだ」
『な、大丈夫ですか!?それでは敵の的ではないですか!!』
「構わん。航行予定進路をそちらと共有する。それまではなんとか耐えしのぐように。いいか?不用意な発砲はそちらで何とか止めさせろ」
敵艦隊の中核を担う小型艦艇は恐るべき攻撃力を発揮していた。小型ゆえに高機動性を発揮していながら、はるかに高出力の機関を搭載していることが推測される。その砲撃からもたらされる熱線の威力は、公国軍重巡航艦が標準装備する主砲のそれに匹敵するといってよいだろう。そういった技術水準自体が、帝国のそれを上回っていることは明らかであった。
既に、公国軍は陣形を以て相対する敵そのものを自体を見失っていたのだ。四角形を保っていた敵の模式図は既に複数に散らりながら今にも防衛艦隊全体を包み込もうと追いすがっている。
「こちら艦隊司令部のデーネルだ。各分艦隊に通達する。ただ今より、各分艦隊に発生した損害艦の位置を、司令部直轄の第1分艦隊から抽出した艦のそれと入れ替える。良いか、一斉に入れ替わるのではないぞ?こちらから随時指示をするから各分艦隊はそれに従うように」
デーネル提督自身、未知の戦術に対してあらがう術を持っていなかったが、傷ついた味方を援護し、戦場から離脱する術は心得ていた。味方の位置と損害状況を常に把握し、柔軟にお互いを援護しながら艦隊全体に展開された電磁バリアを保ち続ける。それは彼だからこそ可能であった艦隊行動であった。
「旗艦『ザクソニア』の司令部より入電!!」
司令部直轄の第1分艦隊。それを攻勢する6つの戦隊のうち、筆頭である第1戦隊を率いるのがシューゲン准督であった。彼が指揮するのは巡航艦と駆逐艦をそれぞれ合わせて420隻から構成される小部隊であり、その程度の規模であれば護衛艦隊編成にて慣れたものであったものの、目下殆ど経験したことのない大艦隊編成の下で四苦八苦の状態にあった。
「巡航艦40隻、駆逐艦210隻を抽出か。なかなか往生するぞ」
オペレータから転送された召し上げの詳細を見て、シューゲン准督は表情をゆがめる。
「客員参謀殿。ここはどう考えますかな」
「ヴェローチェでいいよ。他人の目があるからね」
いきなり水を向けられた元宇宙海賊は不満気な表情でそう返した。本来であれば公爵家の情報部から未だ拘禁状態にあるはずの彼女は、目下の人手不足に乗じてまんまと防衛艦隊における戦隊参謀の地位に納まっていのだ。ちなみに、スパイなどの疑いはないというお墨付きは既に下されていた。
「まぁ、だいたいこんなもんかね」
それはともかくとして、彼女は手元のコンソールを弄りながら部隊間の移動に相当する艦船の詳細をシューゲン提督の端末に送信する。もともと損害上等、というか、半分壊れかけが常態化しており、また艦型も攻撃力も防御力もバラバラな宇宙海賊の部隊にて働いていた身であるである。部隊の中から戦力をいかに適切に移動させるか、そういったことを見極める能力は相当鍛えられていた。
「ふむ。参謀長、どうかね?」
「問題ないかと」
第2護衛艦隊から一緒の参謀長にシューゲン司令は確認を取る。形式的なものであるが、ただでさえ宇宙海賊という可燃性の火種を抱え込んでいるのだ。形式を重要視して周囲からの理解と納得を得ておくのに越したことは無い。
「…ったく。これなら普通に監禁されてる方がましだったかな」
次々と損害を被り続け、味方の反応が消えていく手元のモニターを眺めながら、ヴェローチェは重い息を吐いた。
「ご懸念のほどはごもっともでございます。しかしながらご安心ください。我々は味方です」
「あいにく、我が公国では味方に対し、出会い頭で銃を突きつけることはしませんので」
ぶすっとした表情を浮かべながら、私はそう返す。
私は今、『ヒュルトゲン』が哀れ海の藻屑となって沈んだ海域にて、何故か、偶然、たまたまその場にいたという帝国軍所属の潜水艦の中にいた。
「それに、無理やり椅子に座らせませんし手錠もつけませんし足かせもつけませんし銃を持った集団で囲ったりしませんし狭い部屋に閉じ込めることもしません!!領邦貴族は公明正大でなければならないのですよ。もし、私があなたの立場であれば、信頼の証として顔を見せる程度のことは行います」
「申し訳ございません。規則でございますので」
顔面全体を覆うむさくるしいマスクの向こう側から、女性の甘い声が響く。
「しかしご安心ください。機位を失って不時着された各機体内の生存者はすべてこちらにて安全を確保しております。万が一無人機がこちらを強襲したとしてもご安心を。本艦には十分な対空兵装をご用意しております」
私が不機嫌さを感じているのとは全く異なる部分から相手は弁明を行う。
やはり、直接言わなければだめか。
「我が臣下ともども、助けていただいたことは感謝します。ですが、アナタがどれほどの地位にいるのか私は知りませんし、また、我が公爵家の管理下にある惑星にて、無断でこのような兵力を持ち込み、無断で使用することは看過できません。これは由々しき政治問題でございますよ」
一句一句を区切りながら、私はそう強弁する。少なくとも私は強弁せねばならない立場にあった。
領邦貴族が有する軍権は、きっかけ自体が初代皇帝による無茶ぶりではあるものの、枢要かつ重要なものである。我が公爵家が帝国軍の動員をすんなり行えなかったのにもそこに原因がある。それなのに、である。確かに、大規模な宇宙艦隊や勇壮な地上軍と比べれば潜水艦一つ程度、取るに足らない武力であるかもしれない。しかし規模の問題ではないのだ。
「っていうかそもそも、顔が見せられないという時点で半分自己紹介してるようなもんじゃないですか。中央統帥会議事務局の第6部!そこの情報屋でしょう」
リベラルな政治的風潮を重んじる帝国にあって珍しい秘密主義な組織。それが、公国軍でいうところの統合参謀本部に相当し、中央統帥会議事務局において情報部門を担当する第6部である。
「こんなことしている場合ではないのですよ」
「重要なお話ですので」
女性はしかし、こちらの意に対して全く介さない姿勢をあらわにしていた。