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第42話 陰謀論にはご注意を

「敵艦隊前進中!横列陣形を保ったままです」

「そのまま敵の右翼を上方向に向かって駆け抜け、接近距離200光秒まで接近したら一斉射撃を敢行する。当初の予定通りだ。心してかかれ」


 本拠地点であるヴェンツェル=5から急行し、敵集団の正面にあってこれを迎え撃とうと意図するヴェンツェル防衛艦隊艦隊司令長官バルカ・フォン・デーネル小将の発言は、戦術的な観点から言っておおよそ独自性がないものであった。もっとも、その責任を彼に帰するのはなかなか酷な話である。防衛艦隊とは名がつくものの、ありあわせの護衛艦隊をかき集めて構成された編制は巡航艦が中心となっている。そのため、『防衛艦隊』には敵の撃破において最重要ともいえる砲打撃力に欠けていた。ゆえに、『防衛艦隊』はその重厚な名称に反して有している高機動性を生かしながら、出来るだけ敵が正面から放つ砲打撃力を受け流しつつ、細やかな攻撃を手数でカバーすることを目的としていた。


「航宙隊。全機発艦完了です。宙空待機に入ります」

「艦隊の攻撃とタイミングを合わせる。連絡は大丈夫か」

「つつがなく進んでおります提督」


 デーネル提督はこの時82歳。ヴェンツェル子爵家に連なる一門の出であるが、帝国軍の士官学校に入学し、長じて帝国軍基幹艦隊の戦隊司令官、方面駐留艦隊の分艦隊司令官といった地位を歴任してきた。帝国軍を退役した後はヴェンツェル子爵の軍務顧問官を務めていたが、艦隊運用の経験を買われ、今回人民連邦軍の矢面を任じられた。経歴それ自体は相当なものであるが、よく言えば古強者。悪く言えば単なるロートルである。高齢な司令官自体、珍しいことではないが、家柄よりも当人の実績を重視する帝国軍の基幹艦隊における司令官の平均年齢などはおおよそ50代であるし、この時点では帝国陣営にて明らかでなかったことではあるが、人民連邦軍の宙域野戦軍には20代の将官も少なくない。若ければよいとという話ではないものの、司令官自身がその点について不安を覚えているのは確かである。

 当の本人も、高齢を理由に防衛艦隊司令長官の職を断ろうとは考えはした。その際に、実際の戦闘を考慮した人事令ではなく、あくまで艦隊運用の習熟を目的とした登用であるとの説明を子爵本人から受けたために、戸惑いながらも受領したというのが実際のところである。

 このような人事上の不手際はなにもヴェンツェル星系の防衛に限った話ではない。ゲルプシュタインやヨーヘイムなど、同時刻において等しく人民連邦軍の侵攻下にあった星系防衛艦隊の司令長官も、たいていの場合退役直前か、もしくは既に一度退役した諸将がその任に当たっていた。帝国貴族の慣例として、新設の艦隊司令官には老練の宿将をあててその花道とするという、一種儀礼的な慣行がこの場合に仇になったのである。人民連邦軍が遅効よりも拙速と以て帝国への本土進攻を企図したのはそういった背景も関わっていた。

 とはいえ、当の本人達も武人としての一端のプライド程度なら持ち合わせていた。これで勝てさえすれば確かに文句はないのだが。





「現在の時刻は、統一歴497年10月15日10:00を迎えようとしています。これは、第一作戦集団麾下にあって第一陣を担う部隊が、帝国との砲火を初めて交えることが期待される時刻でもあります」

「フライングは、どうやらノーカウントのようだね」


 勇壮な曲をバックに流しながらも、国営放送局のアナウンサーによってもたらされるその放送内容は、映像の演出や文章の修飾といったあらゆる観点から見て、無個性と断じるのに有り余っていた。


「我ら第2作戦集団の麾下にある砲兵部隊の活躍に期待しよう」


 そんなニュース映像を眺めながら、タオ大将はぶどうジュースの入ったグラスを掲げる。本当はキツいアルコール飲料にでもありつきたいところであったのだが、折り悪く飲酒に関する軍内の統制が敷かれたために、常勝の魔導士は代替品を以て自らの武勲を祈らざるを得なくなった。

 前線の将兵が戦闘中であるにも関わらず、後備を担う者たちが飲酒をするのは不謹慎であるが故とのことだそうだ。我らが人民党は、しばしばこうして人々の道徳観に対する干渉を行うものであった。


「砲兵部隊の攻撃は9時ちょうどです。対惑星強襲用に準備された部隊の攻撃もあったというのに。いいんですか?ニュースでこういう内容を流して」

「ユゼフ中佐。歴史は紡がれてる時点で既に人為の存在を排除できないものなんだよ。そして人為の牙城たる我らが人民党書記局は、人民連邦軍の戦端が開かれた時刻を10時ちょうどと定めた。何も問題はない」


 ちびちびとグラスの中身をなめながら、タオ大将はゆっくりとそう説明する。


「それでも、乾杯をするのはもう少し早くてもよかったんじゃないですか」


 人民党の公式発表に本人自身が納得してるのはよしとしても、わざわざグラスを掲げるタイミングまで几帳面に10時に合わせるタオ大将に対し、ユゼフ中佐はなお疑問を挟み込む。


「単純にこの時間を多くの人民達と共有したかっただけさ。それ以外に特に意味はないよ」


 椅子にゆったりと腰かけながら、タオ大将は何でもないようにそう返した。






『こちら、宙空指揮管制機『ルードオーニュ』。艦隊が攻撃態勢に入った。準備出来次第突入を実施する各機用意を』

「こちら、アーヘン・リーダー了解」


 普段の少数機編制とはことなる大部隊での作戦参加である。延べ850機におよぶ第一陣の航宙機集団を監投入するにあたって、指揮管制機が導入されるのも当然であった。


『壮観ですね』 


 ナイト・2ことユクレナ中尉が、史上稀に見る軍勢を整えた公国軍艦隊を眺めて言葉を漏らす。わずかしかな瞬間でしか網膜に焼きうつせなかったのが惜しいくらいに珍しい光景だったのは確かだろう。


「そのうち飽きるほど見る羽目になりそうだけどな」


 誰に聞かせるでもなく、テルミナート中佐はぼそりとつぶやいた。見るものが見れば、お互い相まみえる宇宙軍同士の対決を目前にして勇壮な感覚を胸に抱くかもしれない。ぜひとも自分と立場を交換してほしいものだ。

 







 ぐふ


 白くて小さい。しかしあきれるほどたくさんある塊が、私の身体を包んだ気がした。


 なにが起きたのか。自分でもはっきりしない。


 確か、そう、「ヒュルトゲン」だ。高度14,000mにまで到達したとことで敵の攻撃を受けて…。

 

 それから



「若様!!危ない!!」


 

 そう叫んだのは、ラスター軍曹だったはずだ。ミサイルの攻撃でぐずぐずになった艦載機の発着上で…。


 「ご無事ですか…?若様」


 よく覚えていない。何故だ?頭を急に打ったから?それとも既に死んでいるから?


 いや、そうであってもあの光景は覚えている。落ちてきた瓦礫をかばい、片腕が潰されたラスター軍曹の姿を。


 ごぽっ。


 記憶の回路がつながったと同時に、口元から小さな塊が漏れ出る。


 ぐしゃりという音とともに、赤黒い液体が飛び散っていた。


 それを見て、私は…、私は…。


『気味が悪い。そう思ったはずだ』


 いつも変なタイミングに出てくるな。


『茶化すんじゃない』


 『私』は、ぴしゃりと言い放つ。


『思ったはずだ。臣民からの献身を。ラスター軍曹は右腕を潰してまで『私』を守った。それに対して思ったのだろう』


 あぁ。気味が悪かった。だから、申し訳ないと思っているよ。


『別に、私は説教しにやってきたわけじゃない』


 …どういうことだ。


『『気味が悪い』。そう思った理由はいろいろある。肉体の損壊を見て単純に気分を悪くした。苦痛にゆがむラスター軍曹の表情を直視してしまった。しかし、重要なのはまた別の部分だ』


 …やれやれ。結局お説教か。勘弁してくれないか。


『いいや。止めない。何故なら、思ったからだ。『自分じゃなくてよかった』とな。他の人物による献身を当然のごとく受け入れてしまった。気味が悪いと思ったのはまさにその部分においてだ』


 …詳しいな。


『当然だ。…私と『私』は同じだからだ』


 …冗談きついな。


『茶化すなと言っておるだろう。…人格とは要するに個々人の記憶と脳細胞のパターンから構成される。『私』と私はこの場合、記憶の確立に問題があったのだよ。だが、それも今日までだ』


 …おいおい。


 ごぽごぽ。という音が、また口から漏れ出る。


『貴族の立場は何たるか。おそらく『私』の人格のままであれば、一生その答えは出せなかっただろう。しかし、私なら違う。転生者としてこの世に生を受けた私ならな』


 …話が見えない。今から『私』は消えるのか?


『そんな深刻な話じゃない。あるべきモノがあるべき場所に帰りゆくだけの話だ。『私』も、転生ライフとやらを楽しませてもらうとするよ』


 …ちょっと待ってくれ。私はまだ貴族なんて…。


『言ったであろう?人格は記憶から形成される。『私』の記憶を使えばよい。私であれば、このような火急の事態にもう少し有効活用できるだろうからな』


「待っ」


 見えざるものを掴もうと伸ばした腕が、何者かに掴まれて引き上げられる。


「ゴホッ!!ゲフッ!!カハッ!!!!」


 ミネラル分が異なるせいなのか、地球の者と比較してやたらと苦みが強いヴェンツェル=2産の海水を、引き上げられた救命艇の甲板上にしこたま吐き出しながら、私の身体はなんとか新鮮な空気を取り込もうとする。

 私とソレリアを乗せた避難用の機体は、敵が繰り出す無人機の攻撃を食らう羽目になった。ソレリアの懸命な操縦によって海面に激突することは避けられたが、激突に限りなく近い事態にはなってしまっていた。


「はぁ。はぁ…。ソ、ソレリア…。いるか?いたら返事を…」


 ようやく多少落ち着いた私は、ソレリアを探すために周囲に視線を向けようとした。

 その瞬間である。


「ご同行願います」


 申し出のニュアンスを含むその言葉が、明らかな命令を意味していたのは、目の前に連なった複数の銃口がなによりも明確に示していた。


「あぁ…」


 貴族って、敵に降伏してよかったっけ?


 『私』の遺した記憶たちに、私はさっそく頼る羽目になった。















 あらゆる星系から離れ、かつては無限のごとく享受できていたであろう恒星の輝きもはるか昔に忘れたであろう流浪の惑星。そこに、宇宙海賊の生産や修理を行う本拠地が置かれていた。本拠地といっても、複数存在するうちの一つにしか過ぎないが。

 きままに生産拠点をこしらえながら、きままに集合離散を繰り返すのが宇宙海賊の生態である。そんな者たちにとって、星系から遠く離れたこの手の惑星というのは非常に都合が良かった。銀河をわがものとする帝国貴族であっても、星系間に広がる果てのない不毛な真空空間に漂う惑星を見つける労力は果てしない。航路帯の開発によって星系間の移動は大いに発達したものの、それがゆえにかつて人類が恋焦がれた『無辺の宇宙』というもの自体、退屈で無為なものの代名詞となり果てていたのだ。例え宇宙海賊を撲滅するためであっても、そこまで捜索の手を広げるには例え円環の恩寵を以てしても困難であったのだ。

 また、そういった都合とは別に、この惑星にはまた異なる事情が存在していた。


「して。公国による防衛戦力についての報告がこれということか」


 かつて、レグノス・パーシーとして公国に登録されていた人物の差し出した記憶素子を、グウェイン・ダッハルテは無造作に受け取った。


「下がってよい」


 頭を床にこすりつけて自身に平伏を乞うその人物に対し、怜悧な視線を向けながらダッハルテはそう言い放つ。瘦せこけた体つきは禁欲的な印象を他に対して与えた。宇宙海賊たちの自治組織である『商人』のトップに連なる人物として、その人格ははっきり言って異端そのものであった。

 そうして一人になった室内を、ダッハルテは見回す。

 感傷に浸ったわけではない。かつて自身が属していた人民連邦を後にして以来、そういった情緒が行動選択における不確定要素となることをダッハルテは知っていたし、そして嫌っていたのだ。部屋を見回すのはあくまで、盗聴や盗撮といった類が存在しないかを確認するための、神経質なルーチンの一環であった。彼の眼球の代替としているセンサー機器は、赤外線などの微細な電磁波を感知できるよう設計されていた。


「よし」


 最後に扉の鍵が閉まっていることを確認した彼は、机の奥にしまってあるボタンに手を伸ばし、そして押す。


『ダッハルテよ…』


 直後、自身の脳内に金属質な声が響く。ダッハルテにとって、それは何よりも代えがたい法悦の瞬間であった。


「あぁ…。猊下!偉大なる王の王!!人知の超越者にして、宇宙をしろしめす絶対君主!!」


 滂沱の涙を双眸から流し、椅子から降りて自身が絶対とあがめる対象に平伏するその姿を、他の者が見れば己が目を疑ったであろう。冷酷にして、非常な結果主義者。宇宙海賊の事実上の支配者であるグウェイン・ダッハルテが、感動のあまり涙を流すだと?


『状況を、報告せよ』


 ダッハルテの行動に対して全く無感動であった『猊下』は、全くもって無遠慮のままそう告げる。


「お耳汚しを、どうぞお許しください」


 法悦の絶頂から一時醒め、多少の冷静さを取り戻したダッハルテであったが、しかしその言葉の奥には依然として底堅い高揚と感動が潜まれていた。


「いやしき人の身でありながら、宇宙の真理を突き詰めんとする不届き者については、我々の完全な支配下にあります。もしひとたびご下命いただきましたらば、そのいと尊き御業をご披露いただかなくとも、我が手にて直接冥府へと送り届けて御覧に入れましょう」


 床に這いつくばり、両の手を握りしめながら、ダッハルテは全身全霊をもって『猊下』に対してそう申し出る。


『公子については、どうであるか』


「あぁ。親の威を借るしか能のないあの操り人形のことでございますか」


 それまで彼の言葉にこめられていた感情は、即座に侮蔑と嘲りのものへとなり替わった。己が研鑽を磨かずとも、権力の継承を実力によってではなく血統によって実施するその様は、彼に言わせてみれば『盗賊』と等しいものであった。むろん、『猊下』の命令とあらば命に代えてもその対象を調べ上げるが、彼自身の奥に潜むその感情を払しょくするのは、彼にとってすれば甚だ困難なものであった。 


『引き続き、監視を続けよ。何一つとして見逃すことは許さん』

「恐れ多くも人の身である私めにとって、はなはだ力不足ではございますが、以降も微力を以てお力添えに尽くす次第でございます。たとえそれが私のすべてを犠牲にしたとしても…」


 全霊を以てそう告げるダッハルテに対し、『猊下』はひどくひび割れた金属音に等しい音をがなり立てながらも高らかに声を上げる。


『人民連邦も、王国も、そして帝国も、ひとつ残らずその権威を踏みつぶし、跡形もなく掃滅するのだ。これは人類史の先端を歩む我々にとって犯すべからざる教義そのものである。邁進せよ…』


 



次回、新章入ります

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