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第35話 独裁者には相応の責任を負ってもらわないといけません

「半年が限度…、というように貴官は言っていたな」


 簡素で質素。それがゆえに機能美が感じられる執務室内で、レニーニャ上級大将は渋面を作りながら魔導士に問いかける。


「あいにく。締め切りが多い仕事ですので、いったい何のことか」


 一方で魔導士は椅子に腰かけながら悠然と応じていた。足も組んでいるが、あいにくこの人物に礼儀とかマナーとかそういうものを求めるだけ無駄である。例え相手が敬愛する上官であっても、彼はまず自分のペースを大事にする。


「しらばっくれるでない。帝国への侵攻に必要となる軍需物資の選定と調達、それに伴う産業構造の再編、輸送網の拡張、それらに必要な法改正などもろもろ。後方でのこれらの働きを全てグリーゼ王国の攻略完遂から半年以内に行うべきだと言うのが貴官の出した意見だ」

「確かに、申し上げましたね」


 あごに手を当て、思い出したような表情でタオは続ける。


「グリーゼ王国が公爵家にアクションを仕掛けるのは目に見えていましたから。帝国議会と国民の手前、公爵家は全精力をかけて防衛網を構築するはず。であれば、出来るだけ素早い行動を心掛ける必要があるといったむねでしたね」


 26か月前に自身が提出した分厚い資料を記憶の中でめくりながら、魔導士はそう答える。


「海賊船団を統率していたデューイ司令が『バートランド』の追撃に成功してくれれば、また話は違ったんですが。さすがにあれは不確定要素頼みの作戦でしたからね」

「はじめからその件には期待しておらんかった。そもそも個艦搭載のワープ機関による襲撃戦じたい、常軌を逸しておる…。まぁ、貴官相手に『常軌を逸する』などというのも変な話ではあるが」

「まったくです。現に、このまったく新しい戦法は公爵家の護衛艦隊を脅かしつつあります」


 タオ大将は誇らしげに胸を張った。


「…あくまでゲリラ戦向きですが」


 そして小さく付け加えた。


「それくらいはわかっとる。航路帯無しにワープが可能なのは、せいぜい500隻程度が限度であるからな。…まぁそれはいいとしてだ」


 レニーニャ上級大将は、机の引き出しからまた分厚い資料の束を出し、机の上に置く。


「…閣下。あいにくながら、私はもう貴方の直属の部下ではありません。参謀役なら他が」

「立案者に意見を聞くのは不思議なことではないだろう。それに貴官のことだ。この老いぼれにつかまって仕事が滞るようなタマではあるまい」

「…えぇ。それもそうですね」


 苦笑しながら、タオ大将はそう返した。まったく、この老人は人の自尊心を刺激することに妙に長けている。そんなことを内心では思ってもいた。


「しかし、私もうわさでは聞いてますよ。準備は順調であると。確かに仕事は多いはずです特に再編成などは…」

「逆だ」

「はい?」

「半年以上かかるかもしれないというのが貴官の心配事であろう。しかしその心配は『はずれ』だ。もろもろの準備は極めて順調に進んでおる。問題は、もろもろの準備が3か月で片が付きそうなことについてだ。…ここまで言えば、私の言いたいことはわかるな」

「党と国家がついに無能と怠惰という二大巨悪を打倒したことを皆で祝福しようと」

「…」

「冗談ですよ。デアドロフ書記長のことをおっしゃりたいんでしょう」

「貴官が有する美点は、貴官が有する悪い点を補って余りあるが、冗談のセンスだけはカバーに耐えないな」


 毒づくレニーニャ上級大将であったが、内心ではタオの察しスキルにホッとしている部分もあった。なにせ、相手は事実上の国家元首である。その話題を口に出すのは、腐りかけの乳製品を食べた後のようなものであり、あまり気分が良くなるようなものではない。 


「もっとも、何か問題らしい問題があったように私は思えませんがね。書記長閣下のご活躍で6か月かかるはずの準備が3か月ですんだ。喜ぶべきことではありませんか」


 タオの言うように、デアドロフ書記長の活躍ぶりは周囲の評判を呼んでいた。彼は重要であるが慎重に検討せねばならない物事を素早く見抜き、自身の権限でそれを即決断する技能に極めて長けていた。書記長の独裁的活躍無しには、戦略的なまでに煩雑であった対帝国の開戦準備がこれほど順調に整うことは無かったであろう。


「問題は、これに対してアーレイバーグ議長側がどう反応するかについてだ」


 その言葉を聞いて、それまでは飄々な態度を保っていたタオが表情をゆがめた。


「あぁ…。書記長閣下の独裁的な辣腕に、人民評議会議長閣下が不満を覚えるのではないかと。そう言いたいのですね」


 何やらめんどくさそうな話の流れを察知したのか、木で鼻をくくったような態度でタオ大将はそういう。


「そう。要するに派閥同士のいがみ合いだ。帝国との開戦を前に、参謀長としてはこの問題を看過できない」

「そういう派閥がどうこうっていうの苦手なんですよねぇ…。そもそも私あの人たち両方とも苦手ですし」


 社会機能論に基づく能力主義組織を標榜する人民連邦であっても、派閥のしがらみは存在する。プロキシマ人民党と連邦人民評議会との関係は、不可分ではあるものの潜在的な緊張関係にあった。

 評議会じたいは、工業・技術、食糧・農務、運輸・交通といった分野の各職業人によって形成された合議体であり、その構成員である『議員』は、各労働組織委員の推薦と職場組合の投票によって選出される。連邦人民評議会の議員であっても、「垂直的機能分権」という名目で実質的には下位組織に置かれている星系評議会や惑星評議会の各議員と同様、いわゆる「現場」側の人間である。

 一方、『プロキシマ人民党』は評議会内の小部会である「思想評議会」において主体的地位を占めつつ、社会におけるもっとも正統的な科学的分析手法である『ルーマン・プラウダ主義』に基づいて人民を指導する社会的機能が憲法上定められている。要するに、政策決定などの権限はプロキシマ人民党にあるのだ。


 人民党内には「行政委員会機構」としての組織が設置されている。評議会内の各小委員会に対応するよう構成された各行政委員会は、「水平的機能分権」という名目のもと、各評議会組織に対して『指導責任』を有している。

 プロキシマ人民党員としての資格を得るには6名以上の党員の推薦が必要であるが、思想への理解や知能テストなど、実際には厳しい選抜をくぐりぬけなければならない。そうして党員資格を得た人民党員は、それを自覚するかしていないかはともかくとて、相応のエリート意識を身に着けているのが常であった。古来より、立案者と実行者との間で完全な理解というのは存在しえなかったのと同様、人民党と連邦人民評議会との間にある緊張関係は、根深いものであったのだ。


「貴官はどこへ行っても通用する才覚があるからそう言えるんだ。だが、たいていの者はそうもいかん。力あるものについていくのが私のような凡人の定めだ」

「閣下が凡人などと…」

「おだてるな。ちなみに私はアーレイバーグ議長側の人間だ」

「げ、マジですか。あのオバサンの」

「マジだ。おばさんなどというな」


 タオの脳裏に、やたらと小うるさいイメージのアネッサ・アーレイバーグ議長の顔が浮かぶ。


「そして、お前はグリーゼ解放戦にて私が組織した幕僚チームのトップであり、個人的な親交もある。貴官自身がどう考えるかは別として、タオ・シャウラン人民大将はアーレイバーグ議長側の人間であると考えられている」

「私が知らないところでそうなっているんですか」

「有能で求心力のある人材はどちらの派閥も欲しがる。本人の意向はこの際関係ない」 

「やれやれ…」


 辟易するタオを尻目に、レニーニャ上級大将はタオ自身の行いによって派閥間の力関係がどのように変化しつつあるのかを説明し始めた。

 要するに、半年以上はかかるかもしれないというタオの(議長側の)意見に対し、デアドロフ書記長が3か月でこれを済ませた。確かに、早く終わるのは良いことである。そのような一般的感性からもたらされる高評価を、デアドロフ書記長側に与えてしまうのが問題なのだということである。


「…つまり私は、知らないうちに入った知らない派閥の知らない人間から、反対勢力に対して名を上げさせてしまった人物として認識されてしまったと。そういうことですね」

「そういうことになる」

「まったく…」


 人から何を思われようとどうでもいいと考えるタイプのタオであるが、しかしなまぐさい権力の応酬に対して、がっくりと頭を下げざるをえなかった。


「そもそもなんですけど、派閥に入っていいことってあるんですか」

「貴官は社会科学を専攻していた割にはそういう部分に疎いな。いいか?議長側につけば現場での評判が高くなる。書記長側につけば、上の覚えがめでたくなる。なにか失敗したとき、どちら側の人間がとりなしてくれるかという問題なのだ。誰だって自分が完全無欠だとは思ってはおらんからな。いざというときに備えて守りを固めておきたくなるものだ。それに…」


 派閥の内部をくぐりぬけ、史上空前の大軍隊の参謀長にまで上り詰めた老獪な軍人は、手塩に育てた自身の部下に対してなお強弁する。


「私とて、若く才能がある貴官が、他人からみすみす足を引っ張られる様を見たくはない。よいか?既に侵攻作戦における後方の準備は整ったのだ。あとは、貴官が万全の働きを示せばそれでよい。派閥を好まない貴官の気持ちも分からんではないが、ひとまずここは好きに暴れて、周りの人間を見返してやれ」


 言われたタオ本人は、小さく笑いながらかぶりを振った。元より、勝手気ままにやってきた自覚があるからこそ、いまさらになって人気取りを行うのも、彼からしてみればなかなか滑稽な話であった。







「ゆえに…、派兵に対して疑義を挟み込みたいと」


 やや太めの体型であった彼は、砂糖をたっぷり入れた茶をすすりつつながらそういった。その表情はいかにも不機嫌そうであった

 プロキシマ人民党書記長。ニキータ・デアドロフその人である。権力志向が強いものの、その分才覚も優れた人物であると周囲からは評価されている。


「そ、そういう訳ではございません!!しかしながら、我が星系でも既に稼働できる限界が懸念される状態でして…」


 一方で、キフタ星系評議会議長であるシェーテ・クルストは、内心肝を冷やしながら相対していた。キフテの大権力者である彼も、人民党書記長を前にすれば取れる対応も限られてしまう。当初、非公式の会談という体で始まった二人の会話は、明らかにその雲行きを怪しくしていた。


「無いものはないというのがそちらの意見なのは分かりましたが、本職としてははいそうですかとは簡単に言いづらい立場でしてね」


 ざらざらとした声が、クルスト議長の耳に刺さる。


「し、しかし書記長!先月分来からの我が星系におけるGOP(グロス・オービット・プロダクツ:軌道内総生産)指標はご覧になっているはず!!であれば、このような生産目標は対応しきれないことはお分かりのはずです!!」

「えぇ拝見いたしましたとも。燭子(エニオン)機器量産に必要なグラフェンの製造が伸び悩んでいるのが主な原因ですね。確かにデータを見ればおっしゃりたいことはわかります」

「で、では…」

「ですが、うそつきは決まってデータを持ち出して相手を言いくるめようとするものです。貴方、議長にもなってその程度も分からないんですか」

「な、な…!!」


 あまりに人を食った言い分に対して、クルスト議長が言葉を失う。


「分からないなら私から申し上げます。まずは43年前の地質学調査に関する報告書から、この報告書では、キフテ星系の第7惑星の衛星軌道上に無機物由来の原油の存在が記されています。炭素資源がこんなにあれば、グラフェンの生産も追いついていたはずですよね」

「そ、そんな!!あり得ない!!」

「えぇ驚かれるのはもっともなことでしょう。この報告書、その2週間前に発表された報告書の内容を無断引用してますから。無機物由来の原油の存在に関して詳細な立地とともに記された元の報告書は既に破棄されていますね。破棄されのは時期的に貴方の3代くらい前の議長のタイミングでしょうね。貴方が知らなくて当然です」


 怒りで顔を赤らめていたクルスト議長の表情に、もはや血の気は感じられない。


「さらに悪いことに、この元となった報告書。別に悪意を持って破棄した訳ではなかったようですね。報告書の作成者本人がサボタージュ罪で拘禁されて、思想上の理由から著作物に対して事後の検閲が行われた結果破棄されたようです。ご存じなければお教えしましょう。思想上の理由で発禁処理になった資料はすべて人民党にてアーカイブ処理されているんですよ。例えそれがどんなくだらない文章でもね」

「し、しかし…」

「もっとも、発禁処理になったとはいえ原油の発見はなかなか侮れない手柄ですからね。後発の者たちがこぞってこの原油に関する利用方法を報告書にて提言していたことでしょう。しかし、なぜかキフテ星系評議会の対応は冷淡でございましたね。それどころか、原油利用に関する報告書をすべて破棄する始末だ」

「そ、そんなことがあるわけが」

「えぇ。証拠はございません。思想上の理由以外で破棄されたデータはこちらではサルベージ出来ませんから。でもね議長、破棄されたという記録自体は残るんですよ」 


 口元をいびつにゆがませながら、デアドロフ書記長はさらに畳みかける。


「クラフス議長。この許されがたき反社会的怠業行為をどうして黙ってらっしゃったんですか?前任者の前任者の罪を背負うよう要求するほど、我々人民党は熾烈な倫理観を持っておりません」

「は、反社会的など…、そんなことは」


 反社会的怠業。労働によって形成された人民連邦にとって、数ある反社会行為の中でもひと際忌避されてしかるべき行いである。


「えぇ。えぇ。えぇ。言えませんよねぇ。だって、第7惑星の衛星にて原油なんかが見つかってしまったら、貴方の反対勢力が属していた資源小評議会の手柄になりかねませんから!!それに、貴方の前任者とさらにその前任者。原子力関係の職場組合から結構な利益供与、受けてましたよねぇ。原油なんて見つかったら原子力の立場が弱くなってしまうから、原油の発見に関する報告書ぜんぶ処理して、そしてその現場に貴方もいた!!もしなんか突っかかれたら『引用元資料に確認された思想上の理由から、当該資料はすべてこちらの判断で破棄した』とかいう入れ知恵でもされたんでしょう」

「は…、は…、は…」


 蒼白になった表情に、焦点の合わない目線は、書記長の指摘がどこからどこまで正解であったのかを何よりも雄弁に語っていた。


「この場が会談であったとお思いですか?それとも内務調査ですか?いいえ。これは『人民裁判』でございますよ議長閣下。あとは、どのように証言されても結構。無罪を主張するのは、党も認めている重要な権利ですからね。じゃ、入ってこい」 


 デアドロフ書記長の軽い合図に対して、扉の奥から制服姿の3人の軍人が現れた。いやしかし、その格好は軍人であること以上に重要な意味合いが込められていた。


「か、革命衛兵隊…!!」


 すでに息を吐きつくしたと思われたクルスト議長の喉から、断末魔にも等しい言葉が漏れた。


「クラフス議長。職場組合からの利益供与収受、情報資源の不当な破棄、資源の未活用などから『反社会的怠業』の要素が構成されると判断されました。同行願います」


 3人の先頭にあった人物が、冷徹に罪状を告げた。抵抗など、もはや考えるだけでもバカバカしい。その気になれば完全武装で容赦なく体制の敵を殲滅する権限が与えられたその部隊に、一体だれが逆らえるというのだろう。


「42歳の若さで議長まで登り詰めたのは正解だったな。1番惑星での強制労働は歳をとっているほど身体には応えていただろうからな」


 満足した様子のデアドロフ書記長は、ぐったりとしたまま運び出されていくクルスト議長を尻目にしながら、まだ底の部分に砂糖のかたまりが残った茶を飲み干した。

 


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