第33話 蛮行と勇気は別物であるが相手からすればそんなの知ったこっちゃない
人民連邦軍大将であるタオ・シャウランの経歴には、不可解な点が複数存在する。
あの性格とあの態度で大将にまで上り詰めたことが最も不可解であるのは確かであるが、問題は彼の軍歴である。星間輸送組合で働く両親のもとに生まれた彼は、幼少の頃より卓越した知性を発揮して見せた。もっとも、彼の両親はそれを手放しで喜びえなかったのであるが。
社会における労働を何にもまして重視する人民連邦といえど、結局のところ家族が務めている職に自身も就くのがもっとも安定したコースであった。特に星間輸送組合の職員というのは、単調で退屈な仕事であるがその分比較的高給ということもあり、彼の両親も、彼が平凡な一労働者として生涯を終えることを願っていた。しかし、両親のささやかな願望は、幼少期独特とも言える彼自身のチャレンジ精神と、そして何より、適切な労働力配分を金科玉条のものとする人民連邦の社会機構によってものの見事に裏切られることとなる。
彼自身が平凡かつ一般的な知性を有し、またその身のほどを弁えた生涯に充足するのであれば、それはそれでよい。しかし、彼が持つ知性は社会的観点から尊重すべきしたものであるからして、貴重な労働資源を放置することは当然、許しがたき反社会行為であると言わざるをえない。
星間輸送組合に出向していた下級党員は、彼の両親に対してそのように告げ、タオの将来を狭い輸送船から解き放った。
親元を離れ、地上にて単身高等教育を受ける身になった彼であるが、そこの教育機関は方針として管理教育を旨とし、生徒の自主性というのを顧みない校風であった。タオ自身が後に振り返って「一生分の勤勉さを使い果たした」というのはこの時期をさす。
生徒からの怨嗟の声を背景としつつも、それまで興味のおもむくままに知の欲求を満たしていたタオが、この教育を受けることで人民連邦の社会制度に関する体系的な知識と深い理解を得たのは確かである。実際に、彼が17歳という年齢で社会科学方面に関する研究職を選択したのは、彼に施された思想教育による影響も大きい。
その後の彼の功績については、ごく限られた人物しか知りえない。研究職時代に彼が作成した論文などは全て非公開処理の対象となっている。能力を買われて研究対象を軍事方面にシフトしたのか、はたまた体制に関する批判的な言動を行ったのか。少なくとも、彼は20代で将官の地位にあった。これは人民連邦軍の人事における記録的な快挙であることは確かである。軍人として彼が作成した論文は一部を除いて公開の対象となっており、その内容は軍大学において教材としても用いられているほど高い評価を受けている、タオ自身は「先人が有していた軍事的常識にタダ乗りさせてもらっただけ」と、あくまで謙遜の姿勢を崩すことは無かったが。
「気になることはすべて試そうとする、閣下のやり方はそこが知れない」
デューイ上級大佐は、読んでいた分厚い資料を手元において、そうつぶやく。『帝国における星間流通機構に対する妨害行為の軍事的可能性』、『武力としての宇宙海賊およびその活用に関する省察』、『反革命としての円環機構およびその機械構造に関する物流の概略』などなど、これらの古典的名著は、タオの軍事的思考を読み解くうえで必要不可欠な文献であるが、当然その内容は非常に複雑かつ多岐にわたるため、多くの士官候補生や参謀見習いを泣かせてきた歴史を持つ。
「また司令部にそんなものを持ち込んで。かさばる私物は持ち帰ってくださいと言ったはずです」
副官のニカータ中尉の苦言をしかし、上級大佐は笑って受けとめる。
「タオ大将を見てしまうとやはりだめだね。引きずられて私生活がどうにもおろそかになってしまう」
「大将閣下もあれはあれで副官の方から相当詰められているそうですよ。『私は身の回りのお世話係じゃないんですから』って」
戦略偵察隊参謀長のカッター大佐がへらへらしながらそう返す。
「ま、今は時期が時期だからね。こうしてものがあふれてしまうのもしょうがない。…ところで」
司令官席周りの資料たちを整理しながら、彼はこともなしに参謀長に視線を向けて尋ねる。
「キャトレット少佐はよくやってくれているかな。海賊ごとき、使い捨てで全く構わないとは思っていたが、どうやら彼の破壊工作は帝国侵攻への貴重な足掛かりになるようだ」
「第三戦隊司令につなげ!」
「ダメです!戦隊司令部は完全に沈黙中!」
「敵主砲きます!弾着まで推定15秒!」
「凸陣形を維持したまま部隊を後退させる!旗艦前進!」
アウステルリッツ公国軍第32航路護衛艦隊旗艦「トリエステ」は、敗退の一歩手前にまで追い詰められていた。
「司令、ここは輸送物資を放棄させましょう!!兵力の保全を図るべきです!!」
「ならん!!この緊急輸送は辺境伯より直接賜った指示によるものだ!!これを亡失せしめる時は我が艦隊が敗北するときと心得よ!!」
護衛艦隊司令であるソフィア・ディートリヒ大佐は参謀長にそう怒鳴り返すが、彼女自身、客観的に見て既に敗北間近であることを理解していた。公子が座上する第2護衛艦隊が、個艦装備のワープドライブを運用する宇宙海賊からの強襲によって敗北の一歩手前まで追い詰められたのは知ってはいたものの、組織としての公国軍が、変質しつつある宇宙海賊に対して窮地に追い込まれているのは確かであった。
「戦闘出力を防御に振り分ける!!艦隊の陣形整理を急ぐぞ!!」
公子であるアルバートが以前に遭遇した事態は、公国軍の誉れ高き伝統でもあった護衛艦隊編成を脅かすものであった。航宙機を含めた長距離索敵システム、およびそれに付随する長距離兵装の装備によって、公国軍は宇宙海賊に対して優位な立場をとることに長年成功していた。しかしその輝かしい功績は、彼女が指揮する護衛艦隊とともに宇宙の消し炭へと還元されかけていたのである。
「右舷方向下42度より接近中の艦が…!!少数部隊ですが突っ込んできます!!」
冷静沈着であるべきオペレーターの報告は、既に絶叫の体を示していた。
「攻撃出力に振り分ける魂胆であろうな。…はったりであろう、凸陣形を崩すな!!」
ディートリヒ大佐はしかし、オペレーターの報告を大事の前の小事とばかりに切り捨て、各艦ごとの陣形維持をあくまで重視する。この場合において、彼女が選択した凸陣形は各艦が装備する対レーザー用電磁装甲をもっとも効率的に機能させる陣形である。最大出力を持つ旗艦を陣形の先頭に置き、敵の主砲を受け流すのが最たる目的である。
しかしながら、既に彼女の艦隊は敵の術中にはまっていたのだった。
「前進だ!!前進!!これまでの対海賊戦とは訳が違うからな、突っ込むぞ!!」
鹵獲した宇宙海賊船の司令部にあって、キャトレット少佐らは既に接舷戦闘の準備に取り掛かっていた。重厚な装甲服は宇宙空間でも活動可能なよう設計されており、多少のレーザー攻撃にも耐えられるミラーコーティングが施されている。
「腕が鳴りますなぁ!!隊長殿!!」
狭いヘルメット内に一杯のひげを生やした兵士が今か今かと待ちわびる。派手なカラーリングが施された散弾銃を持つ彼は先鋒を担う大役だ。
「いいかよく聞け!!公国軍の船は対空兵装も確認されてる!!一回近づいたらまずは僚艦がそれをつぶすから突撃はそれまでお預けだ!!分かったら返事しろ!!」
おおーーー!!!!という獣の咆哮が艦内に響き渡る。キャトレット少佐が直接指揮する装甲猟兵達は、傍から見れば血に飢えた野蛮人そのものであった。
「射程内突入、ふとことに入った!!対空砲座を狙え!!」
艦長の号令の下、キャトレット少佐らが座上する仮装駆逐艦「マーベラス」の右側面に据えられた火砲が一瞬のきらめきを放つ。相手の行動に反応しきれていなかった「トリエステ」の対空砲は、沈黙したまま敵の餌食となり暗い穴を見せる。
「ブースター点火!!」
艦長が怒鳴った瞬間、艦前方に急ごしらえで取り付けられたブースターが点火し、慣性の法則に従って艦全体に急制動がかかった。
「ハッチ展開!!気合見せるぞ!!」
キャトレット少佐の怒号はヘルメット内の通信機を通して各兵たちのヘルメット内に響き渡る。それに呼応するように「マーベラス」の右側面に据えられた動力式のハッチが開くことで「トリエステ」の艦影が兵士たちの瞳に映る。
「工兵展開!!」
小柄な兵士たちを集めた小集団が、スラスター付きのバックパックと重たそうな装備を背負いつつ、艦内の床を蹴り上げて漆黒の空間に躍り出る。お互いの艦同士の相対速度が保たれているからこそできる芸当であるが、もしお互いのスピードが狂えばたちまち宇宙の塵へと早変わりするのは目に見えていた。しかし工兵たちは嬉々とした表情のままスラスターを点火させて相手の艦の左側面にへばりつく。
「展開急げ!!」
「あいよぉ!!」
敵艦の側面にへばりついた工兵たちの行動は二分された。片方の工兵らは、それ自体が銃と見まがうかのような雰囲気の電動ドリルを持ち出して敵艦の装甲部分にジップラインの射出機構を取り付ると、超々グラファイトの繊維で編み込まれたジップラインを味方艦に打ち込んだ。もう一方の工兵らは、重たそうなプラズマ噴射機を足元に照らして、分厚い金属板を切り抜こうとやっきになる。重くてかさばる装備であるが、工兵にとってこれ以上信頼できる相棒はいない。工兵隊はきらめく光と熱をものともせず、プラズマを敵艦の装甲にひたすら押し当てる。
「いくぞ!!!!」
ジップラインにリングを括り付けた兵士たち十数名が、小出力の使い捨てスラスターを照射させながら敵艦に乗り込み始める。「マーベラス」の逆噴射ブースターが点火してからこの間までわずか2分の出来事であって、当然公国軍がこれに対応する余裕というのは無かった。
丁度装甲猟兵らの一群が敵艦の左側面にとりついたところで、分厚い金属によって形成された装甲が円形にくりぬかれた。
「押し込め!!」
切り抜かれた装甲板を屈強なガタイの兵士が押し込むと、奥の方で金属同士がぶつかる鈍い金属音が響いた。
「煙幕入れろ!!」
兵士の一人が真空中でも機能する発煙弾を投げ込み、同時に短機関銃とショットガンを装備した集団が中になだれ込む。
「行け行け行け行け!!!!」
キャトレット少佐の怒声を背にして短機関銃をぶちかましながら、装甲猟兵たちが艦内になだれ込む。通路内の左右には金属の隔壁が下ろされ、隔離状態にされていた。しかし、艦の装甲と比べれば強度自体は大したことがない。工兵隊が隔壁に爆薬を仕掛けこれを次々に破壊していく。当然隔壁の向こうにいた公国軍兵士は次々に射殺されていく。もはや装甲猟兵の一団は荒れ狂う災厄そのものであった。
「て、敵が艦内に侵入してきました!!」
『た、助けてくれ!!隔壁を開けッ』
『やめろ!!来るな!!来るなあああ!!』
司令部内に響く悲鳴の意味が、ディートリヒ大佐は最初理解できなかった。電磁防御をものともせず突破した艦は、はじめ自爆を企図しているものかと思い血の気を引かせた彼女であったが、現実は彼女の想像力を大いに上回っていた。宇宙世紀の時代に接舷攻撃を敢行する兵士が想像できただろうか?
「敵は隔壁を破壊しつつ、こちらに向かっています!!エアブロックはなんとか機能していますが、止める手段が…」
大画面のモニターには艦内の表示とカメラの映像が映し出されている。艦内空気の流出自体は抑えられているものの、艦内に設置された隔壁が次々と破壊されていく様がありありと映し出されていた。
「武器はあるか?」
ディートリヒ大佐は、とりあえず参謀長にそう尋ねる。
「艦内にですよね?あるわけないじゃないですか」
参謀長は憮然とした表情でそう返す。
そう。宇宙軍の軍人が、携行武器を持っているはずがなかった。本来であればむしろ持たせる方が危険なのだ。艦内にある銃器といえば、艦長や司令官といったごく一部の士官が持つ護身用のものしかない。
「旗艦機能を移しましょう。この艦はもうだめです」
動揺の中、参謀の一人が声を震わせながらそう進言する。既に、艦内の隔壁を爆破させる音が司令部内にも響いていた。当然、艦内の人員を射殺する銃声も、驚きと痛みに対して上げられる悲鳴も、よく聞こえ始めていた。
この艦がだめ?それは一体どういうことだ?
「司令官!!」
参謀長は大佐に向かって怒鳴り判断を迫る。
「…第二戦隊のレンネル少佐に指揮権限を委譲する。彼ならうまくやってくれるはずだ」
かすれそうな声で、彼女はそう判断した。視界の端では通信参謀が慌てはじめる。
「わ、私たちはどうすれば…」
艦橋要員の一人が、気まずそうにそう尋ねた。
どうすれば?むしろこっちが聞きたい。
「と、扉をバリケードで構築するとか…」
「無理だ。司令部内で動かせるものがバリケード代わりになるはずが…」
士官らがそう相談するさなか、ついに廊下から司令部へ続く扉が爆破された。
「…ぐッ!!」
突然の轟音と空気圧の変化に、身体ごと吹き飛ばされた大佐の意識が一瞬だけ飛ぶ。
「し、司令…」
こちらを心配してのことだろうか。上の方から参謀長の声が聞こえる。
「た、助け…ッ」
煙が立ち込める中、何かが砕かれる音とともに参謀長はかすかな断末魔を上げた。
「おい、殺したのか」
「いっけね。ちょっと力入れたらこれだ」
首の骨を砕かれた参謀長の死体を、敵は無造作に投げ捨てる。
「この!!」
背中がぶつかった激痛でひるんでいたディートリヒ大佐はしかし、とっさの事態を前にして脇のホルスターに手を伸ばそうとした瞬間、目の前が暗くなった。
「銃持ってるのはこいつだけだと思うか?」
ショットガンの銃床を容赦なく振るったキャトレット少佐は、そばにいた副隊長に尋ねる。
「さすがにそんなはずないでしょ。おい!!銃持ってる奴らはさっさと捨てろ!!言っとくが抵抗は無駄だからなぁ!!」
安っぽいセリフを吐く副隊長であったが、引き金に指をかけながら、平然とその銃口を生き残った艦橋要員らに向ける。
「ぶ、武器を持っているのは私だけだ…。どうか、手荒な真似は…」
持っていた銃を、艦長はゆっくりと床においた。
「よし、結構」
兵士の一人がそういい終えた瞬間、銃声が響いた。
「…隊長、どうしたんですか?別に指揮官以外は殺してもいいはずでしょう?」
発砲の直前、ショットガンの銃口をわしづかみにされ、つけていた狙いをそれされた兵士が、不服そうに尋ねる。
「いいかリッチェル、ここは貴族の国だ。だったら礼儀正しくいくのがいいってもんだろ」
「はぁ?貴族だかなんだかしらねぇですけど、いつもだったらぶっ殺してるじゃないですか!?いいんですか生かしておいて」
「まぁな、今回は生かしておく。貴重な捕虜だ。丁重に扱えよ」
キャトレット少佐は、そういいながら部隊員に艦橋要員を拘束するよう指示する。
『旗艦!?どうしましたか、応答願います!!』
ひょんな拍子にスイッチが入ったのか、通信機ががなり立てる。
「おい誰かぁ。この部隊の降伏を宣言できる奴はいるか」
「で、では私が…」
その場で艦長が名乗り出て、通信参謀とともに対応へ当たる。
「隊長。案外余裕でしたね」
「まったくだな。味方の死者無し、敵艦も丸々ゲット。早いとこ離脱しようぜ」
同時刻。複数の護衛艦隊が、ワープドライブを装備した敵の襲撃を受けていた。そのすべての護衛艦隊は戦術的に敗北したものの、輸送物資もその場で自爆されたため、敵による鹵獲を防ぐことはできた。しかしながらディートリヒ大佐が指揮する第32航路護衛艦隊は、旗艦である「トリエステ」が跡形もなく消失し、指揮官以下幕僚全員が行方不明となった。また、物資を満載した輸送船もすべて消失。公国軍が誇る護衛艦隊編制は、その方針転換を余儀なくされることとなる。




