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第32話 睡眠は7時間以上のものを定期的に取りましょう

「ユゼフも読んだかい、デューイ上級大佐が出した報告書!!実に素晴らしい発見と驚きに満ちていると言って良い!!ここのレプリケーション技術を活用した元素変換による希少資源製造の下りなんかは特に興味深いな、この報告書だけで今まで人民連邦が行ってきた帝国の社会制度研究の80年分の価値があると言って良い!!あ、待ってくれユゼフ。部屋に入るのは出来れば後にして…」


 人民連邦が組織する帝国解放総軍の第二作戦集団司令長官に抜擢されたタオ・シャウラン大将は、パジャマ姿のまま、自身が持つ学者的な知的好奇心を他の何よりも優先させていた。


「司令長官」

「いや、気になるのはわかるぞユゼフ。レプリケーション技術は莫大なエネルギーを必要とするから、我らが連邦において破棄された技術でなのは確かだ。しかしだね、例えばアンチモンやモリブデンといった希少元素を生産するのにこれ以上ないほど魅力的な技術であるのも、また一方で確かなんだ。帝国がレプリケーション技術を運用するのに、反物質燃料と大量の製鋼を利用しているのも既知の事実なんだが、それについては理解できているかねユゼフ君」

「えぇっ、と…」

「何?理解できていないのは問題だが、ここは私が説明しよう。レプリケーション技術は知っての通り既存元素を変換させて異なる元素に組み替える技術だ。反物質生成技術に伴う量子物理学上の発見から進展した技術であるわけだが、帝国はレプリケーションの素材物質として製鋼を用いているんだよ。考えてみれば当然だな。品質も生産量も安定的だし、化学的な物質量も多いから、レプリケーションの素材に用いられるのにこれ以上適した素材はまず思いつかないね」

「あのぉ…」

「そして見たまえ!!これはその元素変換に用いられる製鋼の成分詳細とその流通ルートだ!!これについては帝国も重大な機密情報として取り扱っていたことだし、おそらく収集するにはとんでもない苦労があったことだろうが、まさに宝の山と言って良い!!事前に提供されていた各星系の資源生産指数とかけ合わせれば帝国の工業生産解析に大きな進展が見込まれるぞ!!」

「そ、それは分かりましたので…」

「えーと、確かペルセウス=システムの構造に関する資料はここの棚に丸々おいているから…」

「明日は大事な会議ということなんですが…」


 タオが自室の棚一面においてある資料を引き出そうとする直前、ユゼフがそう告げる。


「………………欠席で」

「出来るわけないじゃないですか、人民党の方もいらっしゃるんですよ!?」

「知ってるよ。行政委員会の軍事部代表だろ?」


 タオは若干遠い目をしながら答える。


「苦手なんだよねぇ、あの人。規則に厳しいタイプというか、原理原則を守ることが大事だと思ってるタイプというか」

「ま、まぁ気持ちはわかりますけど」

「じゃ、私は資料の整理をしなきゃいけないから。また明日起こしてくれ」

「起こしますからせめて今寝てください」

「ちょ、ちょっと部屋に入るのは待ってくれユゼフ。床に散らばっているように見えるその書類は、私が独自に突き詰めた方法論に基づき設置した非常に繊細なもので…」

「せめて明日の準備だけはさせてもらいますよ。って、なんで参謀長の時の制服がまだ残っているんですか!普通交換で渡すはずじゃないですか」

「いや、交換しようと思ったら見つからなくて、そっちのは後で見つかったんだ。ちなみに大将の制服は事情を話したら普通に被服担当が渡してくれたよ」

「あぁ…また注意しとかないと、とにかく早く寝てください!!ラウティーノ参謀長に怒られるのは私なんですよ!!」

「あー!!まてまて散らかさないで!!そこにおいてある書類はきちんと並べてあるんだ!!私の精神構造を踏み荒らさないでくれ!!いったいなんということを!!」

 

 6時間後


『起こしなさい』


 副参謀長から、そのまま第二作戦集団タオ司令部の参謀長に抜擢されたエレナ・ラウティーノ人民中将は、ユゼフ大佐にこっそり話しかける。


『分かってますって』


 肝心の魔導士は、おそらくやる気はあったのだろう。右手にペンを握りながら、しかしその頭は深くうなだれ、周囲にはいびきの声が漏れ聞こえていた。


「さすがにここまで堂々と寝るのは初めてじゃないか…」

「司令長官職は激務というが…、まぁ事務作業自体はキチンとこなす人物だからな」


 すみません、すみません、と周囲に対して平身低頭を続ける二人をよそに、会議の代表者であり、プロキシマ人民党行政委員会軍事部代表であるクシュ・アタハナンは、険しそうな表情のまま周囲を見回す。


「私が言うまでもないが、こたびの軍事的壮挙は我が人民連邦にとって500年の悲願を成就させんとするものである。第三反革命階梯たるグリーゼ星系の制圧について、我が軍は銀河の歴史に記すべき輝かしい勝利を手に入れたが、階級の打破、円環の破壊に基づいて党と評議会が得ることになる人民の最終的革命を実現するうえで、我々は団結し、より偉大な勝利をつかまねばならない。その上では慎重かつ臨機応変に、問題の対応と事態の対処に当たることが…」


 よく響くアルトの声が、会議室に響き渡る。帝国解放を担う将軍たちは、それぞれの思いを抱き、その言葉に耳を傾ける。


「…さて。私からの言葉が少々長くなってしまったな。以降は具体的な作戦の概要について、お互いに共有してもらうとしよう。元帥、よろしく頼む」

「承知いたしました。同志代表」


 バトンタッチを受けて、ルナ・マーシャル元帥が席を立ち挨拶を始める。壮年の女性である元帥は、対宇宙海賊戦を始めとした実戦経験も豊富でありながら、対帝国戦に向けた軍事研究に多大な影響を与えた理論派としても名高い。軍人として、というより一般社会人として数多の問題行動が見受けられるタオ大将が軍の出世コースに乗れたのも、タオによる軍事研究活動が彼女の目に留まったことも大きい。


「ただいま同志代表からもあった通り、我が人民連邦は500年の歴史に一つの区切りを打とうとしている。改めて、勝利をより確実なものとするよう、諸君らの助力を願おう」


 同志代表と比べてあっさりであった元帥の挨拶であったが、周囲の人物の手元に配布された資料は実に脅威的な分量であった。


「諸君らの手にかかれば、3週間ほどで全て把握できるだろうが、概略についてお話ししたい。まず各部隊の編成であるが…」


 人民連邦軍の編成は、各作戦段階ごとの運用を目的とした複数の「作戦集団」によって構成される。今回実施される帝国解放作戦の場合、投入される作戦集団の規模は5つ。人民連邦軍史上空前のものであり、当然これらを総括する司令部の陣容も大きいものになる。


「そして、重要になる各作戦集団ごとの編成については、以下のとおりである。既に皆も承知であると思うが、ここはあえて形式に沿って進めさせていただこう」


 マーシャル元帥は、束になった資料とは別に、タブレットを片手に持ちながらはっきりとその内容を読み上げる。


「偵察、宇宙戦力への打撃を担う第一作戦集団司令長官に、カスケット・オーウェンズ大将。短くて結構なので挨拶を」

「ご紹介にあずかりました、オーウェンズでございます。部隊運用についてお困りの件がございましたならぜひ私までご相談を。」

 がっちりとした筋骨が制服越しにも存在感を放つオーウェンズ大将が、周囲を見回しつつ挨拶をする。旧ペルセウス連邦宇宙軍の艦隊運用研究を振り出しに、史上空前の大部隊を率いて帝国の艦船への打撃を担う彼は、理論と実践を兼ね備えた名将としての評判が高い。


「星系攻略を担う第二作戦集団司令長官に、タオ・シャウラン大将」

「ごめん。今は寝かせて」

 魔導士と名高い彼は、ただ今は自身の睡魔に打ちひしがれていた。


「占領区域の掃討、行政運営を担う第三作戦集団司令長官に、シャプール・ラザン大将」

「ラザンです。進軍はスピードが命。皆さまが撃ち漏らした敵は私がお相手しますので、後顧の憂いなく行動をお願いします」

 治安戦経験が豊富であり「弾圧者」の異名を持ちながらも、行政手腕の評判も高いラザン大将が、内なる情熱を冷徹な表情で表現した。


「物資輸送・後方支援を担う第四作戦集団司令長官に、ライラ・パーシバル大将」

「パーシバルでございます。物資のご用命はぜひ私まで。可能な限り迅速にご対応いたします」

 物流論を専攻する元大学教授であった彼女は、自身のパートナーを宇宙海賊の攻撃によって亡くしたことをきっかけに、提示された人民党員の地位を辞退して軍に入隊した経歴を持つ。柔和な表情の奥には、あくまで事象を数字で換算する冷徹さを備えている。 


「後方かく乱や、宣伝戦などを担う第五作戦集団司令長官に、ハルバダ・バスカール大将」

「バスカールと申します。この作戦にご一緒出来て、誠に光栄でございます」

 思想面について模範的軍人と評され、捕虜となった宇宙海賊への『再教育』プログラムにも多大な貢献を果たしたと噂されるバスカール大将が、人好きのする笑みを浮かべて挨拶した。


 各作戦集団は、各々が有する任務目標に最適化された装備を有し、作戦集団司令長官の命令にしたがって運用されることになる。


「各作戦集団の指揮は、人民評議会軍事委員会軍令第327号の発令、および人民党行政委員会軍事部の承認に基づき設置された帝国解放総軍司令部に帰属することになる。総軍司令官は私、ルナ・マーシャルが拝命させていただく。そして総軍参謀長は、先のグリーゼ星系解放にて輝かしい戦果を上げられた、クシュセフ・レニーニャ上級大将に務めていただくことになる。既に皆も上級大将の軍功について聞き及んでいることであろうが、ここは改めてお言葉をいただかせてもらおう。では、上級大将」


 マーシャル元帥の申し出に、この場において最年長であるレニーニャ上級大将が応じる。本人自身既に高齢なこともあり、おそらくこの職位が彼の軍歴において最後のものとなることだろう。


「私も既に歳であるから、諸君らの軍功に比較してなかなかこうして説教じみたことをするのは気が引ける。しかしながら元帥閣下からの申し出とあらば、おいそれと断れないのは当然であるな」


 上級大将はその重厚な軍歴と華々しい功績からはなかなかに推察しずらい飄々しさで、そう述べた。






「ご立派でございました。参謀長閣下」

「ずっと寝ておった癖に、よう言うわ」

「とんでもない。閣下のお言葉を前に、私なんぞが頭を上げるのが憚られたまでです」


 自身よりはるかに年上の上官を前に、しかし魔導士は気負いのない態度で応じながら、手元のグラスをあおる。


「お前はいつもそうだった…。やたらまじめに講義を受けていると思えばいつも寝ておって。それで成績は良いものだから、周りの講師たちからはなはだしく嫌われていたものだわい」

「適正な能力に適正な地位を与えてくれる、労働者の祖国に感謝ですね」

「ふてぶてしさも相変わらずだな」


 基本的に、元帥だろうが工場の一労働者だろうが、人民連邦において利用されるパブにそれほどグレードの違いはない。どれだけ地位が高くとも、どれだけ不正蓄財に励もうとも、飲める酒の値段はすべからく等しいものであるべきであるなのが人民連邦における共通の道徳観念であった。それでも保安上の観点から、実際に党や軍のトップたちが用いるパブに極めて厳しい利用制限が適用されるのも、一方で仕方のないことではあった。二人の周囲には、それまで会議で集まっていた将軍たちがたむろしている。


「魔導士と一緒に仕事をさせていただくのは初めてですが、噂にたがわぬものでしたな」


 物事を直接的に言うことを好むバスカール上級大将が口元に笑みを浮かべつつ、自身の上官と同僚に向かってそういう。


「その『魔導士』というのは気恥ずかしくていけないな。まぁ、使うなとは言わないけど」

「オーウェンズ。見たか?こうやって謙虚な姿勢が信頼を得るコツなんだ。お前に見たいに名誉欲にあふれているのはあまり好ましいものじゃない」

「おいバスカール。俺は自分のやっていることを誇りに思っているだけだ。…たしかに、人と比べて行き過ぎているかもしれないがな」


 バスカール大将から急に話を振られたオーウェンズ大将が、グラスの中身を揺らめかせながらそういう。


「ま、どっちにしろその筋肉の主張が激しいのは確かだな。もし仕事にあぶれたらラザン大将のところで使ってもらえ。地上の方が使い勝手がありそうだ」

「ダメだ。威圧感のある軍人は占領区域での評判が悪い。地上で活躍するならそれこそタオ大将のところで使ってもらうといい」

「そりゃうれしい。人手はいくらあっても足りないからな」


 当たり障りのないジョークの応酬は、戦場を前にした緊張をほぐす作用に寄与する。もっとも、歴戦の猛者である将軍たちが、緊張などという殊勝な感傷を持つかは疑問であるが。


「ところで、たった今おっしゃっていた、タオ大将の学生時代というのはどういうものなんですか。ぜひ、当事者のお言葉を伺いたい」

 

 バスカール大将がふと気づいたように水を向ける。聞かれたレニーニャ上級大将は、これ見よがしに顔をしかめながら飲みかけのグラスを置く。


「おぉ、嫌なことを聞くなもんだ。この生徒の態度と言ったら…、そうだな。いま私が飲んでいるこの酒の味のようなものだ」

「閣下がたしなまれているのはミニエー酒ですね。さぞ苦み走った思い出のようだ」


 物資が枯渇する中、どうにかして廃燃料から酒を合成できないか苦心した祖先の歴史に振れながら、バスカール大将が答える。


「苦い?そんなものではない。一歩間違えれば急性中毒の危険があったミニエー酒そのもののような生徒だった」


 上級大将は、そういいながらも昔を思い懐かしむような表情で、滔滔と「魔導士」と呼ばれる男の記憶を掘り起こしていた。

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