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第27話 魔導士は二度寝る

「参謀長。起きてください」


 整頓された部屋の中。よく通る声が、鼓膜を通り抜け、脳の中心部に響き渡る。参謀長と呼ばれた男は、シーツを手繰り寄せ、安眠への侵略者に対して徹底抗戦の姿勢をあらわにした。


「起こせと頼んだのは貴方ですよ参謀長。私だって眠いんですから、さぁ一緒に頑張りましょう」

「ユゼフ。もう私は一生分頑張った。なんなら一生分以上頑張った」

「それはここにいる全員が同じことです」


 侵略者は、自身が尊敬する上官を包み込んでいたシーツを容赦なくはがしとった。室内の温度は人間が活動しやすい一定の気温に保たれていたものの、それまで享受してきたシーツのぬくもりと比べればあまりにも寒々しい空気に、参謀長は身を震わせた。


「う``ー、頭が痛い。毒を盛られた。悲劇の英雄には安らぎが必要だ」

「くだらないこと言ってないで、早く準備してくださいタオ参謀長」


 タオは、鳴り響く頭痛に顔をしかめながら、ベッドから足を下ろし、片手で頭を押さえる。


「水の用意もありますから、飲んでください」

「いや…。起きたばかりだから、歯を磨いてから飲む」


 軍人らしからぬ細身な体格が、いかにも頼りなさそうにふらふらと部屋の中をさまよう。通路から差し込む光がまぶしすぎたのか、タオは緩慢な動作で顔を覆った。


「まだ時間はありますが、いちいちそんなことしてたら遅刻確実です」

「これは遅刻じゃない。予定の時間に対して、寝る時間が遅すぎたんだ。そしてなぜ寝る時間が遅くなったかというと、寝る前の用事が遅れに遅れたからだ。何一つ私は悪くない」

「寝る前に普段飲まないお酒を飲むからそうなるんです。この時間に会議することはあらかじめ知っていたはずですよね」

「わかった、わかった。準備する。着替えるから一回部屋から出てくれ」

「髪も整えてくださいよ」

「分かってるから。朝食を持ってきてくれ。昨日のアレで頼むよ」

「…分かりました。5分で持ってきますから、早く着替えてくださいね」


 やれやれ、といった表情で、ユゼフは持っていたカーキ色の制服をタオに押し付け、部屋から出る。しかし、圧縮空気の音とともに閉まるドアを背にした直後、思い出したような表情を浮かべたユゼフは再びドアを開けベッドに倒れこむ参謀長を目にすると、今度こそ大声をあげて魔導士タオ(タオ・ザ・ウィザード)の着替えに取り掛かった。



 30分後



 長い机の一角を占領したタオは、二本の棒切れを片手に悠然な態度で朝食を食べていた。


「タオ参謀長…。それは何かね?」


 机をはさんでちょうど反対側。タオよりも二回り以上年上のオルトリッチ少将が、不思議そうな表情でタオに尋ねる。


「これはコメという食べ物です。占領区域から珍しい産品が見つかれば持ってくるように言ってましたので。この食品は、イネという植物からとれる実の部分を、水と一緒に茹でたものですね。茹でるといっても、スープみたいにぐらぐらと煮るのではなく、実の部分に水を吸い取らせるようして蒸すのがおいしさのポイントです。この塩梅がなかなか難しくてですね。この一杯を作るのに10回は失敗しました」

「ほう…。一回の食事に労力をかけるのだな」


 少将は毒牙を抜かれたような表情でそう返した。


「ところで、皆さん朝食は?」

「…ここにいる全員もう食べた」

「早いですね」

「というより、会議中に朝食を食べる君の方が遅いと思うのだが…」 


 言いかけたところで、タオの両隣に座る二人があまりに深刻な表情を浮かべていることにオルトリッチ少将は気付いた。


「いや、しかし。魔導士の手際は誠に見事なものであっりましたな。レニーニャ司令長官」


 せめて雰囲気を変えようと、少将が司令長官に話題を飛ばす。


「おっしゃる通りですオルトリッチ少将。…まさしく、悪辣でしたな。タオ中将」

「おほめいたらきこうえいですほうはんはっは」

『(口に物を入れて喋らない!!)』


 いよいよ隣に座るユゼフから直接指摘されたものの、タオは気にせず食事に熱中している。

 まず大前提として、人民連邦軍は無能に対し中将という地位を与えることは無い。ましてや、グリーゼ解放軍の参謀長たる地位にある人物であれば、なおのことである。

 そういう意味において、タオが参謀長という地位にあるのは、人民連邦にとっての幸運であり、グリーゼ王国にとっての不幸であった。


 惑星カイネーを謀略と工作によって陥落せしめた人民連邦軍は、そのままカイネーの軍事施設を接収し、我が物とした。惑星間ミサイルや戦闘用の艦船などは接収直前に無力化措置を取られていたため難を逃れたが、少なくない兵員が捕虜としてとらえられた。想定よりもはるかに早いカイネー陥落を重く見た王国政府は、首都惑星に厳戒体制を敷き、人民連邦の強襲に備えることになる。


 しかしこれに対して、タオの発案に基づく人民連邦の対応は、無慈悲を極めた。カイネーに展開した人民連邦軍は、同惑星に設置された荷電加速式対空砲台をそのまま転用し、イスタニアへの惑星間攻撃に用いたのである。


 第6番惑星から第2番惑星へ至る超長距離間接砲撃は、多くの人々の軍事的常識を裏切るものであり、王国軍の首都防衛隊は大胆なこの行動を前になすすべなく崩壊した。旗艦機能を持つ『バートラント』のみ唯一脱出させることには成功したものの、首都の惨劇を目の当たりにした各惑星が次々に降伏を選択することで、グリーゼ星系は完全に人民連邦の支配下へと移ることになる。


 半年も満たないうちに、数百万の王国軍人が死亡ないしは行方不明となった一方で、人民連邦軍の被害は多数の旧式艦艇などにとどまり、人的被害もわずか2桁人にとどまった。

 人類史上稀にみるパーフェクトゲームを演出した『魔導士タオ』であったが、両隣に座る二人にとって、そんなことはもはやどうでもよい問題であった。


『なんで時間通りに起こさなかったのですかイスマイル中佐!!』

『起こしましたとも副参謀長。時間ぴったりに』

「…食事中の方もいらっしゃいますが、始めさせていただきます。司会・進行を務めますダラバシです。お集まりいただき、ありがとうございます」

『ほら言われちゃったじゃないですか!?食事中って、食事中の方って!!昨日の夜ユゼフがちゃんと寝かしていればこうはならなかったんです』

『そうは言いますけどね、参謀長は昨日寝る前までに60時間はまともに寝てなかったんですよ!?副参謀長だって知ってたはずじゃないですか!?』

「そこのお二方。できればお静かに」


 進行役のタラバシ政治委員に指摘された二人は、穴があったら真っ先に飛び込むであろう表情で耳元を赤く染めた。タラバシは小さくため息をつくが、すぐに気を取り直すと、会議に集まった十数名を見回し、改めて会議の開催を宣言した。


「帝国侵攻作戦について、忌憚なき議論をお願いいたします」


 惑星イスタニア軌道上にて停泊中の、人民連邦軍中央司令部指揮艦「AR-B44」内にて、グリーゼ星系と、さらには帝国の命運を左右する重要な会議がスタートした。





「さて。会議は踊る。されど進まず。私は眠り、万事こともなし」


 会議にかかった3時間という時間は、会議で扱う議題の内容を考えれば決して長いものではなかったが、寝不足のタオの体力に対して着実なダメージを与えていた。


「お客に会うと、先ほどおっしゃったではないですか。タオ参謀長」

「会うには会う。しかし、私の中の体力ゲージの存在がその決定に反対している」

「決定が出されたなら従うしかないですよ」

「イスマイル中佐。君はひとつ勘違いをしているな。決定は常に『暫定的』なものだ。プロキシマ人民党を築き上げた偉大なる先人たちの考えを、改めて学ぶ必要があるよ」


 執務室のデスクにふんぞり返りながら足を乗せるタオ・シャウラン参謀長に対し、副官であるユゼフ・イスマイル中佐が苦言を呈する。


「およびいただいて参らせていただきましたが、お邪魔でしたでしょうか?」


 漫才を展開する参謀長とその副官を前に、取り残された感のあるリチャード・デューイ上級大佐は、遠慮がちにそういった。ユゼフは「お客」といったが、そもそも彼はタオからこの場に呼び出されたのだ。


「ほら参謀長言われてますよ」

「君にも言ってると思うんだけどなユゼフ」


 そういうとタオは、机に乗せていた足をおろし、眠気に対して気合を入れるため自身の頬をひっぱたいた。


「まぁ、来てもらった以上はしょうがない。どうだったデューイ上級大佐。連中の様子は?」

「報告書にて提出していただいた通りではございますが、そうですね。やはり、宇宙海賊が潜在的に発揮しうる軍事力は侮れるものではありません」


 人民連邦軍の特殊任務として、人生の半分以上を宇宙海賊として過ごしてきたリチャード・デューイ上級大佐は、謹厳そのものといった態度でそう応じた。


「20年だったかな?潜入任務は。私の前任の前任の者が君を任命したと聞いているが。なんにせよ、ご苦労だった」


 そういうとタオは、さっきまでさらしていた怠惰な態度とは打って変わり、あくまで誠実な態度を保ちつつそういった。


魔導士タオ(タオ・ザ・ウィザード)から直々にお言葉をいただけるとは。20年間の苦労が報われる思いです」

「なんだいその小恥ずかしい呼び名は?」

「ご存じありませんでしたか?既に閣下のご活躍は銀河にとどろいています。鮮やかな手際でまたたくまにあのグリーゼ星系を攻略したその手腕。『魔導士』の名に恥じない壮挙です」

「私は提案しただけだ。実行し、実現させたのはレニーニャ司令長官のご活躍あってのことだよ。手柄はあの人のものさ」


 ややはにかみながらも、そういって謙遜したタオは、机にあった封筒を取り出した。


「君の活躍に対して党は大きく報いるべきだし、また報いなければならない。そういった存在の君にこういうことを言うのもはなはだ傲慢なことではあるが、君のその能力を見込んで、一つ仕事を頼まれてもらいたい」


 タオから封筒を渡されたユゼフが、デューイのそばにより、封筒を手渡す。彼は手先を使って器用に封筒を破り、中の文書を取り出した。


「前線偵察でございますね?閣下」

「ご不満かな」

「飛んでもございません」


 デューイはにこやかな表情ででそう答える。タオはまた余裕そうな表情で彼の表情を見返して言った。


「詳しいことは、中をよく読んでからまた質問してくれたまえ。人民連邦の栄光は、君の活躍にかかっている」

「もったいないお言葉でございます参謀長閣下」


 その時ユゼフは、あくまで慎ましい態度を示すデューイの表情の奥に、自信に燃える炎が見えたように思えた。


「ひとまず、君にはひとまず2週間の休暇を与えよう。明日から2週間、私を含めてあらゆる命令を聞く必要は一切ない。休息もまた、労働と同じく重要な義務であることを肝に銘じてほしい」

「ありがとうございます閣下。久しぶりに、地上で羽を広げさせていただきます」

「結構だ。話は以上。帰ってもよろしいよ。私も寝るから」


 用件を終えたデューイは、作法に則った一礼ののち、その場を立ち去った。そしてドアが閉まったのを確認したユゼフが、振り返ってタオに尋ねる。


「20年の潜入任務って…、本当ですか参謀長」

「本当だ。それに、確か彼に潜入任務を命じた人物はだいぶ前に汚職が発覚して銃殺刑になったはずだ。20年という月日は本当に長い」


 タオは懐から取り出した手帳をめくりつつ、こともなしにそういった。


「見上げた根性だ。それに才もある。彼は潜入ののち、身一つで海賊として成り上がり、船団をまるまる抱える司令官にまで上り詰めた。決して、やすやすと手放せない貴重な人材だな」


 タオは目当てのページを指の先でたたきつつ、感慨深げにつぶやいた。一種の人材マニアである彼にとって、デューイのような人物はまさしく垂涎の的であった。





「うへっ。こりゃひどい。変な味がする」


 屋外のテラス席にて、顔をしかめた灰色髪の美少女が、ひと吸いしかしてないタバコの先端を灰皿に押し付ける。


「人気のフレーバーだっていうふれこみですけど、やっぱり大尉には好みじゃなかったですか」 

「私はさぁ。もっとこう、葉っぱの香りを楽しみたいんだよ。その点これはダメだね。使ってるフレーバーが薬臭すぎる。リューゼ。お前の意見は?」

「薬臭いって…。まぁ、言いたいことはわかりますけど」


 テーブルの上に山積みされたタバコの箱を前に、リューゼ・ラン軍曹が応じた。


「次。このドルチモ産の葉っぱを使ったタバコだ。これは期待できるぞ。香料不使用。葉っぱだけの香りで勝負してるタイプだ」


 日の光を鈍く反射する灰色の髪を耳にかけ、フラナガン大尉は慣れた手つきでタバコを口元に運ぶ。


「やっぱりな。こういうのが私の好みなんだ」

「吸えればいいって。言ってましたよね大尉」

「そりゃあんなクソ寒いところで吸えるんなら贅沢言ってらんないっつうの。でも、こんな天気がいい場所ぐらいなら好みで吸っても構わないっしょ」


 タバコ談義を続ける二人のところに、緊張した面持ちのウェイターが食事を運んでくる。


「お待たせしました。鮭の香草焼きと、鹿のグリル焼きです」

「待ってました」


 大尉はタバコの山をテーブルの隅に追いやり、食事のためのスペースを開ける。


「恐れ入ります」


 若干震えた声のウェイターが、慎重に料理をおいていく。


「あ、」


 テーブルがガタついていたのだろう。グリル焼きのプレート重みでテーブルが少し動き、タバコの山が地面に向かって崩れ落ちる。


「た、た、大変失礼いたしました!!あぁなんとお詫びしてよいものか!!こ、こちらのタバコは私が買いなおさせていただきます!申し訳ございません!!」


 あまりの動揺っぷりに、周囲の人間が振り向く。そしてテーブルに座ってる人物を見て、全員がそれまで楽しんでいた談笑をストップさせた。


「あぁいいよいいよ。別にそんな汚いわけじゃないし」

「い、いえ!そんなことは、」

「それより追加であと頼みたいんだけどいい?」

「しょ、承知しました。それではご注文を…」


 多少落ち着きを取り戻したウェイターであったが、周囲の人間の間では緊張感がいまだ走っていた。

気の弱いものなどは、まだカップの中に残っていたコーヒーをすぐさま飲み干し、足早にレジへと向かった。


「バレちゃいましたね」


 平身低頭のウェイターをあしらったあと、ラン軍曹が、小声でそうつぶやく。


「こちとら非番だっつの。時間外でわざわざ文句つけるみたいな暇なことするわけねぇってのに」

 フラナガン大尉はそう言い捨てると、鹿のモモ肉をナイフで丁寧に切り取り、口元に運ぶ。


「うん。結構いけるね。バターがよく合うわこりゃ」


「こっちも結構いけますよ。鮭の脂にハーブの香りが乗ってておいしいです」


 おそらく彼女たちはまたこの店に足を運ぶことになるであろうが、その分他からの客足は遠のくだろう。泣く子もだまる革命衛兵部隊。それも、本来は首都プロキシマにて活動しているはずの精鋭中の精鋭、フェドロフ・ヤノフスカヤ革命衛兵旅団の派遣兵力が、惑星イスタニアのこの地域で占領行政上の治安任務に就いていることはよく知られていることであったから、その部隊員が出没するであろう場所を出来る限り避けるのが人民連邦軍人にとって重要な処世術であった。

 

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