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第19話 下々の者から見て雲の上のような人であっても、案外こういう板ばさみにあったりするもんなんです。

宙域航行重大インシデント 中間調査報告書


IA497ー9

 

 帝国運輸安全委員会は、帝国歴497年9月23日午前10時12分、トランスオリオン宙域におけるアウステルリッツ公国領内において発生した宙域航行重大インシデントについて、同日から原因を究明するための調査を進めてきたところであるが、事実情報に関する情報の入手、原因の分析及び再発防止策の検討のために、さらに一定の時間を要する状況である。このため、本件調査については、本事故が発生した日より『可能な限り速やかな段階』で調査を終えることが困難であると見込まれる状況にあることから、帝国運輸安全委員会設置法第25条第4項の規定に基づき、以下のとおり当該調査の中間経過を報告する。なお、本中間報告の内容については、新たな情報の入手等に伴って修正されることがあり得る。

 また、本中間報告の調査は、本件重大インシデントに関し、帝国運輸安全委員会設置法に基づき、帝国運輸安全委員会によって、運輸に関連する事故および運輸に関連する事故の原因を究明し、将来の事故防止および事故被害の軽減を目的として実施される。

 帝国運輸安全委員会は、帝国内のすべての宙域航行事故と、その他の交通機関(超光速航路、軌道往還、大気圏航行、海運)の重大事故調査を実施する独立した行政機関であり、本件調査は本事案の責任を問うために行われるものでは無い。




インシデント種類:

管制外超光速航行(宙域航行事故等報告規則第4条第1項第7号の「宙域航行航路、宙域航行保安設備等に船舶の航行の安全に支障を及ぼす故障、損傷、破壊等が生じた事態」に係る宙域航行重大インシデント)


発生日時:

帝国歴497年9月23日午前10時12分


発生場所:

トランスオリオン宙域アウステルリッツ公国領ワグナー辺境伯管区ユーライヒ星系第4惑星周回軌道沖 

ユーライヒ第4軌道配備14A38管制灯台より方位○○°に向けて4837光秒付近

(概位 星系絶対座標XX°XX,XXX YY°YY,YYY ZZ°ZZ,ZZZ)


インシデントの概要:

ユーライヒ第4軌道配備14A38管制灯台(以下、同管制灯台)の管制下にある無人灯台は、帝国歴497年9月23日午前10時12分時点での付近の宙域における重力波異常(以下、同重力波異常)の発生を認め、同管制灯台に向けて情報を送信。同管制灯台は同重力波異常を管制外超光速航行の兆候と判断し、ユーライヒ4宙域航行センター(以下、Ju4スペースレーダー)に連絡するとともに、同近接する航路で航行中の全ての艦船に対して航行の中止、ならびに同重力波異常発生源付近からの退避を指示。指示を受けた全ての艦船は航行の中止および周辺宙域からの退避を実施した。

 この事象による死傷者および行方不明者の発生は、本中間報告書作成時(帝国歴497年9月30日時点)の段階では確認されていない。


調査の概要:

帝国運輸安全委員会は、帝国歴497年9月24日、本インシデントの調査を担当する主管調査官ほか15人の 宙域航行事故調査官を指名した。現時点までに周辺宙域調査、関係者からの口述聴取、施設および航行船舶の被害状況に関する情報収集、分析等を実施した。



判明している主な事実情報:

【1】事故の経過

 事象発生から10時間後に実施された、公国政府航路安全保障省管轄による航路防衛隊所属の巡視艦分隊による観測の結果、同重力波異常が発生した宙域付近に4000m級の所属不明艦船(図1)(以下、同所属不明艦船)の所在が確認された。同所属不明艦船の航行情報はJu4スペースレーダーおよびユーライヒ星系に所在する超光速航路が記録する航行データベース上で確認できていない。以上の理由から、帝国運輸安全委員会は同所属不明艦船が同重力波異常を伴いつつ、当該宙域に超光速航行を行ったものと推測する。


【2】死傷者・行方不明者

 なし


【3】施設、艦船等の損傷

 同重力波異常が確認された宙域周辺の温度上昇(超光速航行実施時における星間浮遊物との対消滅反応に伴う現象と推測)


【4】その他

 同所属不明艦船の詳細については帝国運輸安全委員会および公国政府内においても正確な特定には至っていない。


今後の調査:

本宙域航行インシデントの原因及び本宙域航行インシデントに伴い発生した被害の原因の究明並びに事故の再発防止策の検討のため、これまでの調査で得られた情報をもとに、同所属不明艦船の詳細に関する調査、周辺宙域及び施設への綿密な調査、当該管制外超光速航行が実施された経緯把握、並びに原因関係者からの意見聴取及び関係機関への意見照会を行う必要がある。 本委員会は、これまでの調査、分析等によって得られた結果を踏まえて、引き続き本宙域航行インシデントの原因等の調査を進める。



帝国歴497年9月30日


帝国運輸安全委員会(宙域航行部会)議決

委員長 ファリダ・アブドゥルカム

委 員 ニコライ・ペトロフ(宙域航行部会長)

委 員 カルラ・サンティアゴ

委 員 マイケル・バイロン

委 員 ジェシカ・ナカモト

委 員 ダニエル・ンドゥンビ





















「では改めてお伺いします。今回の件における実質的な被害はなかった、ということですか?」


 丁寧ながらも相手に有無を言わせない口調でそう問い詰めるのは、国土航路省の帝国運輸安全委員会が派遣した事故調査官の面々である。彼らは一分の隙も無い正装を身にまとい、一分の隙も無い正論を持ち出し、一分の隙も無い強権さを振りかざしていた。


「…すでに書面でお答えした通りです。我が星系に配属されている航路防衛隊による調査の結果、死傷者及び行方不明者は確認されておらず、また施設の被害なども…」


 謎の超巨大艦船がよりにもよって自身の統裁する星系に飛び込んでしまったがために、重厚な机を挟んだ反対側で縮こまる羽目になったペータル・フォン・ユーライヒ=アウステルリッツ城伯は、蒼白一歩手前の表情で、しかし、かたくなにそう主張する。


「そもそもですね城伯閣下。限定的とはいえ航行の封鎖をだらだらと続けられましても帝国政府としては困るんですよ。経済や流通に関する打撃も無視できません。恐れ多くも領邦貴族ともあろうお方が、よもや国民の移動および経済活動の自由を脅かすはずがありますまい」

「そ、それはもちろん当然でございます調査官。しかしですね、今回のような特殊なケースにおいては我々も慎重な対応を取らざるを得ない必要がありまして…」


 領邦貴族としては間違いなく高位に位置する伯爵家。しかもかつては武勲をトランスオリオン宙域に轟かせ、公国領ワグナー辺境伯管区内における交通の要衝たる城伯の地位を担うに至ったグスタフ・フィン・ユーライヒの末裔であるペータルは、平身低頭でもって国土航路省の役人をなだめることに必死であった。


「せめて再発防止策の立案に進展があれば話は別なんですが、どうなんですか」


 んなもんこっちが聞きたい…。という胸中の思いを飲み込み、城伯は額にハンカチを押し当てる。こうした両者の態度の違いは、皇帝と領邦貴族、あるいは帝国政府と公国政府の間における複雑な力関係を象徴していた。

 銀河におけるペルセウス腕とサジタリウス腕を繋ぐトランスオリオン宙域の開拓は、重要である一方で自分から進んでやろうとはあまり思えない類のものであった。それゆえに、その責務を担ってきたアウステルリッツ公爵家には、他の領邦貴族に認められた「貴族特権」をもしのぐ、様々な「総督大権」をふるうことが認められている。ユーライヒ城伯家や、ワグナー辺境伯家といった公爵家に連なる分家の擁立なども総督大権に付随して認められた特権である。そしてその一方、生まれながらの特権というのは周囲からの反感を集めやすい。特に帝国政府の官僚のような、能力と才能に秀で、自身こそ権限を有するにふさわしいと考えるエリート気質の人物からすれば、何一つとして努力せず、ただ世襲によって特権を享受する(ように少なくとも見える)貴族階級は目の敵ですらあった。

 もっとも、この()()な緊張感を伴う対立構造は、銀河帝国の統治体系を構築するうえで意図的に制度として組み込まれたものでもあった。そもそも、領邦貴族による統裁はあくまで旧ペルセウス連邦期における連邦構成国領域に対して及ぶものであって、帝都ジン・ヴィータや領邦貴族領に所在する帝国直轄都市、あるいは自治領などは、基本的に帝国政府によって統治されている。見方によっては縦割り行政の見本のようにも映るこの統治手法は、安定した権力の承継が期待できる一方で、その権威の集中に伴う組織の腐敗が懸念される世襲制度と、効率的な統治が期待できる一方で、その統治をおこなう組織の制度疲労が懸念される官僚制度の2つを同時に併存させ、お互いの欠点を補い合うことを目的としていた。

 しかし、『大帝』ノートンによって構築されたこの妙味のある帝国の統治構造じたい、長年の時を経ることによって変質を余儀なくされいるのもまた事実である。特に近年では、その星系を統治する領邦貴族が形式的・儀礼的な権限のみを有し、実際には国民より選出された代表者が政治の実権を握るケースも多い。「強く、正しい」貴族像というのは、500年の平和を経ることで、確実に過去のものとなっていた。

 「総督大権」を有する公爵家においても、程度の差はあれ例外はない。建前上は中立を保っているはずの帝国運輸安全委員会が、公爵家領内の事態に対し本腰を入れて介入を試みていることは、察しの良いものからすれば既に分かりきった事態であった。


「…城伯閣下。本来こんなこと聞くべきではないのは分かってますが、本当に公国政府はことの重大さを理解しておいでなのですか?ここだけの話、内国安全保障会議が陛下ご臨席の上で招集されたという情報もあります。慎重を期すのも大事なのはわかりますが、時間稼ぎと取られてしまっては心象が悪くなるというものですよ」

 

 決してお互いに交わることのない平行線の議論を続けることの不毛さを悟った事故調査官が、声のトーンを落としてユーライヒ城伯にそう語り掛ける。振舞いに嫌味や傲慢さが垣間見えはするが、少なくとも悪意がそこに含まれているわけではなかった。

 

「…少なくともこの事態が、単なる宙域航行インシデントで収まる程度の内容ではないことは、公国政府の方でも重々承知しています。だからこそですね、不用意に横から茶々を入れられたりしてしまうと、後々になってあんなことやこんなことを言われてしまいかねないのですよ…」


 公国と帝国との間で板挟みの状態に陥っているのは、ユーライヒ城伯も同じであった。


「「ハァ…」」


 貴族としての体面と官僚としての建前を背負う両者は、お互いに有する認識も、地位も、責任も異なってはいたが、同時に落胆のため息をつく程度には似通った立場ではあった。










「…で、わざわざ淑女たちのティータイムを切り上げた挙句、こんなとこまで引っ張り込まれた私に何かできることというのは?」


 険のある問いかけ方なのは自分でも分かっていた。しかし、本邸の庭園からピックアップされたと思いきや、そこからほぼ18時間に渡って狭苦しい亜高速連絡艇に押し込められたことを考えれば、文句の一つくらい言っても良いはずだろう。


「このような形でお呼びたてしてしまい、私としてもたいへん心苦しい限りです。しかし、公国は常に若様の存在を必要としています。今回お越しいただいたのも、まさにその理由からです」


 航路防衛隊によって運用され、現在は静寂によって支配されている広域情報収集艦「ラインバッハ」の艦内通路を私と二人きりの状態で闊歩しながら、マリウス・フォン・ハノーファー宮廷伯はいかにもな美辞麗句を簡単に言いのける。

ハノーファー宮廷伯家は公国に存在する23の伯爵家の中でも筆頭格を占め、帝都ジン・ヴィータにあって銀河帝国に対して公国政府を代表する立場にある。本来なら現当主であるマリウスも、帝都ジン・ヴィータに駐在しながら暗躍の限りを尽くしているはずだ。

 私自身、首都近郊にて療養生活を送っていたこともあり、幼いころから比較的頻繁に彼と顔を合わせていた。しかし、その極度に洗練された振る舞いからもはや「詐欺師らしい振る舞いの貴族」というよりは「貴族らしい振る舞いの詐欺師」という風なイメージが強烈に焼き付いてしまっている。


「まぁ、呼ばれれば来るくらいのことはするけどね。何かが出来るってわけじゃあないよ」

「ありがとうございます若様」


 外交官というのは言ってみれば公に活動できる諜報員とも言うべき存在である。貴族としての責務として、そんな役割を代々に渡って担ってきたのがハノーファー宮廷伯家だ。そして確かに、彼が見せるにこやかな表情は、私が前世で見てきたあらゆる名優のそれを上回るだけの魅力を持っていた。遠くから、あるいはテレビ越しに見てさえいれば、私も素直に好印象を抱いていたかもしれない。


「ですがたいへん恐れながら申し上げますと、実は私めも今回のお呼び出しにはいささか戸惑っているのです。若様のようなお立場の方ならいざ知らず、私めのようなものは、帝都にて微力を尽くさせていただいてる立場にすぎません。もし何かお手伝いできることがございましたら、喜んでお手伝い申し上げます」

「ハイハイ」


 胡散臭さも極めてしまえばいっそ芸術的な価値が芽生えてくる。しかし、さりげない謙虚さの奥に見え隠れする彼の手回しの辣腕ぶりに気づかないほど、私は箱入りお坊ちゃんであるつもりはなかった。


「さて…。詳細につきましては、若様と私をお呼び下さった方々より直接伺うことにしましょう。こちらへどうぞ」


 通路の突き当り、艦船内らしい簡素な作りながら、金属の重厚性を漂わせる扉を前に、ハノーファー宮廷伯は優美なしぐさで自身の静脈情報を識別機に読み込ませる。


「おぉ。お待ちしておりましたぞ若様」


 扉が開くや否や、質量感のある声が私の耳に届く。


「これは、まぁ。………おそろいで」


 旗艦機能を持つ広域情報収集艦は、広範囲にわたる索敵機能や強力な通信設備、電算処理能力などの堅苦しい装備以外にも、お偉いさんを迎え入れて相談事をするのための会議室といった、より一層堅苦しい装備も設置されている。

 とはいえ、であった。


「聞けば宇宙海賊の集団を撃滅されたそうですな。せがれから伺いましたが、お見事としか言いようがありませんな」


 エルヴィンの父にして、アウステルリッツ公国宇宙軍宇宙艦隊司令長官のゲオルグ・フォン・ブランデンブルク=アウステルリッツ侯爵が、さすがと言いたくなる恰幅から重低音を響かせ、称賛の言葉を紡ぐ。


「何より御身の安全が確保されほっとしております。ぜひ、お詳しい話をお伺いしたいところですが…」


 アウステルリッツ公国軍統合参謀本部総長のフランシス・フォン・バイエルン=アウステルリッツ侯爵が、心底安心したような台詞をこぼす。


「ひとまず、人員はそろいましたな。いやはや、亜光速連絡艇をご利用になったとはいえ、お疲れのことでしょう。若様もどうぞお座りください」


 アウステルリッツ公国軍侍従武官府長官のフーベルト・フォン・プファルツ=アウステルリッツ侯爵が、落ち着いた声色で私と宮廷伯に着席をすすめる。


「緊急を要する事態でございましたため、急遽お呼びだし致しましたことをご容赦ください」


 アウステルリッツ公国地上軍参謀総長のクリスティナ・フォン・ヴィッテンブルク=アウステルリッツ侯爵が、いかにも堅苦しい口調で礼を示す。


「状況は相当厄介です」


 アウステルリッツ公国航路防衛総監のハインリッヒ・フォン・ベーメン=アウステルリッツ侯爵が、寡黙な雰囲気を醸し出しつつ、短くつぶやいた。


「戦争でも始めるつもりですか」

 

 公国軍、いや、公国そのものにおける重鎮たる五侯爵家の存在は、旗艦機能を持つとはいえ、広域情報収集艦の一室に押し込められて良いものではない。それこそ戦争でも発生しない限り、勢ぞろいで集合すること自体、なかなか考えづらい。

 そしてもっともこの場にいていいはずがない人物が、会議室の中央に設置された長テーブルの最奥にて鎮座していた。


「無理を言って卿らに集まってもらったのはほかでもない。クリスティナの言うように、ことが急を要する事態ゆえ、このような対応を取らせてもらった」


 私の実父であり、辺境総督にして公国軍元帥。ベルンハルト・フォン・アウステルリッツ公爵は、ひとかけらの疲労も感じさせない堂々な威風を放っていた。様々な対応に追われ、ここ数日は特に激務であったハズなのだが、肉親である私からしてもちょっと考えられない超人ぶりであった。


「ベルンハルト。勿体つけることはない。あの所属不明の艦船の対応を如何にするか、問題はそれに尽きるはずだ」


 しかしブランデンブルク侯は、父に対して気兼ねなくそう発言する。実際の立場や肩書は異なれど、年齢も近く、幼いころから一緒に教育を受けてきた間柄を感じさせる態度でもあった。父もその言葉を受けて、硬くなっていた表情を若干やわらげた。


「その通り。卿らもすでに小耳には挟んでいるであろうが、帝国はこの事態を非常に憂慮している。その一方で、事態が単なる宙域航行インシデントで片づけるべき事柄でないのは、我が公国とて承知の上だ」

「だからこそ、多少ばかり変則的ではありますが、このような形で侍従武官会議の招集を決定なさったということですね」

「宮廷伯の言うとおりだ。既に事態対処のための専門委員会も別室にて参集させ、この状況下で取りうる最善の策を練ってもらっている。また、ことが帝国の内国安全保障政策に関わるとなると、卿の意見も必要になるからな。事前に仕入れてくれた情報は重宝している」

「おそれいります。公爵閣下」


 私の隣に着席したハノーファー宮廷伯が、さも当然のことと言わんばかりの態度で応じる。さっきまで『お呼び出しにいささか戸惑っているのです』とかほざいていたハズだが、この会話で嘘なことが一瞬で判明してしまった。すぐバレてしまうような適当なハッタリを悪びれずに言い放つその部分こそ、私が彼に胡散臭さを抱く大きな要因であった。


「現在は、ユーライヒ城伯が矢面に立って帝国や各取材からの集中を引き受けているところだ。彼にはいつも迷惑をかけてしまうな」


 申し訳なさそうに、父は小さく嘆息する。


「しかし、帝国がこのように素早い対応を取るのは意外でしたね。宮廷伯の情報によれば、インシデントの発生直後と言っても良いくらいの時点で、内国安全保障会議を招集しています。現状我々が後れを取ってしまっていますが、ユーライヒ城伯の努力を無駄にしないよう努力せねばなりますまい」


 バイエルン侯が苦々しげにそう言い放った。

 帝国における内国安全保障会議とは、その名の通り、国家レベルで取り扱うべき安全保障関連の問題を取り扱う帝国の最高意思決定機関の一つである。それこそ内乱やテロリズムなど、国家間の戦争を除いたあらゆる重大事に対応するための機関であるが、それを一般には公開しないように招集し、内々で検討を実施するというのは確かにのっぴきならない事態であるのだろう。

 ちなみに、内国安全保障会議が『国家間の戦争』に対応しない理由についてであるが、これは非常に単純。この人類社会には銀河帝国以外の国なんて存在しないからだ。…そう、今までの常識であれば。


「それにしても、グリーゼ王国とは驚きましたな。百歩、いや、一万歩譲って、旧ペルセウス連邦の国章ならまだしも…」


 会議の中で最高齢であり、帝国における内国安全保障会議のいわば公国版である侍従武官会議。その事務局部である侍従武官府の長官の地位にあるプファルツ侯が、戸惑いの言葉をつぶやき、さらに言葉を続ける。


「帝国運輸安全委員会による茶々入れに限って言えば、それなりにいなしようが(傍点)あります。しかし、ことが安全保障、あるいは国家間の外交などという問題に相当するとなれば、議会貴族らによる干渉を招きかねません。まぁ、帝国政府も大ごとになるのはゴメンなはずですし、付け込むとすればその部分でしょう」

「…こちらから例の所属不明艦船に対して行っているコンタクトの試みは、結局のところどうなったんですか」


 ヴィッテルブルク侯がやや遠慮がちに尋ねる。侍従武官会議の列席者の中では私に次ぐ最年少ということもあり、控えめな気持ちがそこにあるのだろう。


「先日から行っている全周波数帯での呼びかけにも反応なしだ。宇宙軍の広域警戒艦も作業に当たってはいるが、成果はないな」


 腕を組んでどっしりと背もたれに体重を預けながら、ブランデンブルク侯はそう返す。


「単純な問題として、航路の封鎖にも限度がある。本職としては電子的手段以上のアプローチを検討するべきと考える」


 それまで黙っていたベーメン侯が、あまり誰も言いだそうとしなかった部分に触れる。


「ベーメン侯の言い分ももっともだ。専門委員会の…」


 父が言葉を発しようとする寸前、それまで影のごとき構えで存在感を掻き消していた父の侍従が、極めてなりげない所作とともに自身の主君に対して耳打ちをする。


「そうか。なら、話は早いな」


 状況を素早く認識しながらも、結局は振り回されてしまっている自身の立場に対し、やや自嘲気味な笑みを一瞬だけ口元に浮かべた父であったが、それでも支配者たる者が下すべき判断力に迷いがないのは確かであった。


「諸君。例の艦船から、小型の連絡艇と思わしきシャトルの射出が確認されとの報告がたった今入った。当該シャトルは、付近の宙域にて展開している広域警戒艦部隊に向けて接近中とのことだ」


 帝国・公国がそれぞれ抱える思惑を無視し、事態は新たな展開を迎えようとしていた。

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