序章 兼 第1話 転生のあらまし
読者諸君にとってすればありふれた展開だろうが、ひとまず大事なことなので聞いておいてほしい。
日本の学生だった私、城崎佳紀はふとしたきっかけで事故に巻き込まれてしまい、哀れ現世からおさらばする身となった。事故の様子などはさすがに皆も興味がないだろうし、もうすでに先達らによってありとあらゆるバリエーションが紹介されているだろうから、ここでは省略させてもらう。まぁ簡単に言うとトラックであぼーんだった訳だが、大事なのはその後のシチュエーションだ。
「いらっしゃい」
薄暗い空間の中、緊張感に欠ける口調で『神様』とおぼしき存在が私に声をかけてきた。今思うと別に神様ソノモノではなかったのかもしれないが、男とも女とも判断のつかないその中性的な容姿は神秘的な雰囲気と絶妙な説得力を醸し出しており、私は一瞬で自分の置かれている状況を察した。
『異世界転生か』
一応は死んでいる身なのだから、あからさまな感動表現は控えた。が、私とて誰彼はばかることなく「平凡」を自称する身である。現世にまったく未練がないわけではないが、少なくとも今置かれている状況がうわさに聞く『異世界転生』の前段階であることは、ほぼ疑いようがなかった。
「…ぁーまぁ。そうだね。おそらく君が考えている通りだよ。残念ながら君の人生は『私たち』の不手際によって理不尽な結果を迎えることになってしまってね。お詫びとして、といったらなんだけど、君のために新しい人生を用意しておいた」
『神様』はもはや手慣れたと言わんばかりの様子で、そう私に説明した。どうやら聞くところによると、その時私が置かれていた空間というのがいわゆる形而上学的な精神空間というやつらしく(当然私にもよくわからん)、不条理な死に伴う精神の乱れ、およびそれが現世に及ぼす悪影響を最小化するための措置として、『転生』という手段がとられるらしい。
「君たちの世界の宗教などで一般的に用いられている『神』というモノは、私たちみたいな存在を指すものだと思ってくれて構わないよ。もっとも、未来を完璧に予言したりだとか、そういういかにも神様らしい能力は持っていないんだけどね」
要するにこの場で言う『神』とは、精神的な空間における人間同士の調停役とでもいうべき存在らしい。例えば私のような、放っておけば現世に悪霊として居座ってしまい、なにがしかの悪影響を与えてしまう存在を慰めて、新たな場所へと導く。そういった役割を持っているそうだ。
「今まではこういった説明がいろいろとややこしくてね。存在としての『神』が現世での宗教関係者にいろいろと間接的なコンタクトを取っておくのも、いざこういうことが起こった時のための予行演習みたいなものなんだ。ただ、現代の日本だと君たちが知っているような、より具体的な形で伝わるようになってきたから、僕らとしてはだいぶ助かっているんだけどね」
「それは、その、なによりだが。えーと、ところでだけど…」
ながながと前口上をする『神様』に対して、私はいの一番に気になっている部分を口にしようかするまいか迷っていた。しかし『神様』は、私のその浅ましい内心をとっくに理解していたようだ。
「あぁ大丈夫だよ気にしなくても。君だって気になっているんだろう。どういう世界に転生するかって」
さすがカミサマなだけあって、なかなか察しが良いようだ。どんぴしゃりな部分をズバリ口に出してくれた。
「そう!そうなんだよ!!」
あぁ…。その時の私の興奮のしようと言ったら、なかなか滑稽であったと今では自覚しているのだが、しょうがないだろう。
「いやね、別にぜいたくを言うつもりはないんだ。あー、でもそうだな、今まで通りというのもなかなか退屈だから、ある程度ラノベやアニメであるみたいな、そうそう、いわゆるファンタジーな世界観を希望したいんだけど、大丈夫かな。いや別に無理にという訳じゃあないんだけどね」
まったく。いま思い返すだけでも見苦しいったらありゃしない。けど、まぁ皆も気持ちは分かってくれると思いたい。あこがれる気持ちに嘘をつけるほど、私は器用な人間ではなかったのだ。それにここである程度情報を知っておきたかったというのもあるし、なによりも未知への期待というのが、私の胸を大きく膨らませていた。
「えーと、そこの部分なんだけどね、正直なところ僕たちでも完全に100%希望通りって訳にはいかないんだ。まぁでも、状況が状況だし、君が言うようなファンタジー的な希望というのもある程度はかなえられると思うよ。うん。多分」
おそらく、私が最も警戒すべき点はおそらくこの部分にあったはずだ。神様を自称する割にはやたらと歯切れが悪く、自分の言葉に自信を持っていないような雰囲気だ。しかし、もうすでに脳内だけ先にお花畑に転生していたような当時の私のテンションでは、そのことを気にするだけの余裕は当然なかった。
実際のところ、城崎佳紀としての私が鮮明に覚えている部分はそこで途切れてしまっている。そして城崎佳紀としての私の記憶が、帝国貴族アルバート・フォン・アウステルリッツのなかで呼び起こされるまで、実に17年の月日が必要とされたのであった。
主観的な意味における17年の眠りから目覚めた私は、まず自分の体が異常に疲れていることに気づいた。激しい運動でもしたのだろうか。ところで、今私は横になって寝転んでいるハズだが、側頭部にある柔らかい感触はいったい何だろう…?
確認のため重い腕を上げようとしたところで、上のほうから柔らかい女性の声が聞こえた。
「若様。お目覚めでございますか?」
「……ソレリアか…?」
城崎佳紀の時であれば1ミリも聞いたことがない名前がとっさに口をついた。ぼやけた視界の中、それでもくっきりわかる整った目鼻立ちと薄い青色の髪の毛が目に映った。と同時に、ふと自分がかなりまずい態勢にいることにも気づいた。
「あ、ありがとうソレリア。もう大丈夫だ。ちょっとおろしてくれないかな…」
どうやら私はうら若き少女に膝枕をしてもらっている状態のようだ。前世では異性と手もつないだこともなかった身の上にとって、さすがに刺激が大きすぎる。
「こちらこそ大丈夫でございます若様。大変お疲れのご様子でしたし、もう少しこのままでいらしゃっても…」
あーなんだそうか、じゃあよかったもう少しこのままでも…。という考えが一瞬頭をよぎったものの、さすがに目覚めた瞬間がこれでは少々健全さというか、紳士としての振る舞いに欠けるというか、いやそれよりもまず屈んで話しかけないでくれないかな洋服越しにも柔らかいものが押し付けられているというか…。
「だ、大丈夫だよソレリア…」
あまりに突然の出来事で、緊張のあまり声が裏返りそうになるのを必死で抑えつつ、私はできるだけ、この状態で取りうる最大限紳士的な態度でそう申し出る。
「若様。どうぞご安心ください。私めに遠慮する必要はございませんよ」
やさしい声とともに、色素の薄い青い髪がさらりと目の前にかかる。涼やかな透明感のあるその容姿は、どこか懐かしい印象を感じさせた。
どうやら、今の自分は相当な女たらしだったらしい。そう考えた瞬間、脳髄の奥から膨大な量の記憶が濁流となって流れ出てくる感覚に襲われた。
17年の眠りから一度目覚めた私は、猛烈な頭痛によって再び、暗い気絶の沼の中に落ちていったのであった。
第1話、ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし、ここまでの内容を気に入っていただければ、あるいは、今後の展開にご期待いただけましたら、ブクマや感想、ご評価などしていただければ幸いです。それが叶いましたら、空はきらめき、海はさざめき、山は轟き、筆者は喜びます。
割と長めに続く予定ですので、それまでお付き合いいただければと思います。