第15話 「攻撃は最大の防御」とは言うけれど、むしろ攻撃を行うタイミングが一番無防備なんです
「いける、いけるぞ!!公国軍の奴らをぶっ潰せば反物質燃料が手に入る!!そうなりゃしばらくは遊んで暮らせるぞ!!」
『おいもう少しスピードは加減できないのか!?燃料消費だってバカにならないんだぞ!!』
「だああってろ!!目の前に獲物がいて加減するバカがどこにいるってんだよ!!」
『おめぇは目の前に獲物がいるってのにガス欠しかねないようなバカだって言ってんだよボケカス!!』
「んだとオラァ!?もっかい言ってみろやぁ!?!?」
熱狂と興奮のあまり、もはや喧嘩すら巻き起こりかねない戦闘指揮であるが、宇宙海賊側は確実に戦闘の優位性をもぎ取りつつあった。
『司令!公国軍の航宙機部隊が接近中だ!おいどうする!?』
「何!?」
まさに頭に血をのぼらせていた最中だった司令であったが、緊急事態にはすかさず反応するだけの分別を一応は残していた。
「航宙機部隊だと!?繰り出して来やがったか!!どうやって対処するつもりなんだ!?」
『だからぁ、それが分かんねぇからこーやってわざわざ聞いてんだろがよォ!!!』
「あー分かった分かったちょっと待て。今考える」
明らかにめんどくさそうな表情の司令は適当な返しをしながら、一切のためらいも見せず通信を切断した。
「おい、いいのか?分かってるだろうが、迎撃できる航宙機なんてウチにはないぞ」
「あー…、だから今考えてんだよ。一瞬まて」
どっしりと椅子に腰掛けながら眉間にしわを寄せた指令は、胡乱気に言い放つと目をつぶってきっかり5秒だけ黙り込んだ。しかし、再び通信チャンネルを接続すると、不平を鳴らす向こう側の意見を一切無視しながら、さっきと同じようなテンション感で再び怒鳴り散らし始める。
「気にすんな!航宙機部隊つってもほとんどは偵察機ばっかだからな!適当にあしらっとけ!」
『お、おい大丈夫かよそれで…』
圧倒的ともいえる発想の転換に見せかけた思考放棄を叩きつけられた側は、明らかに動揺した風に応じる。
「いらんいらん。どうせ航宙機側に注意を向けさせようっていう公軍の魂胆だろ。アイツらが焦ってる証拠だ。むしろビビって散開したら相手の思うつぼだからな。じゃいいか、切るぞ!!」
凄まじく一方通行の通信であったが、極めてキレのある決断力ではあるにはあった。
「バクチ好きすぎだろうがよ全く…」
決断に至った経緯はともかくとして、指示の内容そのものに対し異論を挟む余地のなかった船長は、そうボソリと呟いた。
言われた側の司令としては、船長のボヤキに何を返すということもなかった。聞こえなかったというのもあるかもしれないし、聞こえていたとしても、その発言内容に対して特に否定するつもりもなかったのは確かである。
「レギオン級戦列艦とエクイテス級装甲巡航艦が中心…。あとは名も知れぬジャンク船ってとこか」
先行するスカウト隊が長距離から撮影した敵艦船の画像を一瞥し、テルミナート准佐は低くつぶやいた。
『最近少なくなってきた骨董品ですね。状態さえよけれ博物館モノなんですけどねぇ。もったいない』
『どうせ中身は別モンだろ。融合路はさすがにそのままだろうが、タービン駆動かどうかすら怪しい』
『PeTe熱電素子駆動に換装された魔改造モデルならそれはそれでマニアも喜びそうなもんですが』
基本的に大気の影響を受けない宇宙航行用の艦船は劣化しにくい。旧ペルセウス連邦宇宙軍が考案したハイ&ローミックス構想のもとで500年以上前に建造されたレギオン級戦列艦とそれに付き従うエクイテス級装甲巡航艦が、今なお宇宙海賊の手によって運用されているのはそういった理由に基づいている。
『こちらマラード、イーグル1へ通達する。スカウト隊が収集した偵察情報を元に、観測航行に適切と思われる標識点を算出した。これに併せて、敵艦が発振した各種レーダーの情報も送信する。必要に応じて敵防宙網の制圧を実施せよ』
「あいよぉ」
堅苦しい言葉遣いに対してテルミナート准佐は適当な返事をするが、言い終わらないうちに左腕は操縦席前方の下半分を占領するパネルまで伸びていた。宇宙時代になっても絶滅することは無かった実体のスイッチを操作して、目の前のディスプレイに数字の羅列を映し出す。
「早期警戒レーダーは5L23に、対宙レーザーはQX-21か…。フン、安モノめ」
『イーグル1!どうしますか?』
ストライカー隊の編隊長を務めるヴィオラス大尉が尋ねる。良くも悪くも締まりのないペガサス軽騎兵の中で、比較的まともな軍人らしい雰囲気を語気の端から感じさせるものの、彼女がその実、敵中に飛び込みたくてウズウズしているアドレナリン中毒者であることをテルミナート准佐は理解していた。
「イーグル1より、ウィーゼル1。データリンクで共有された標識点上の対宙脅威を排除しろ。主な標的はQX-21対宙レーザーだ。ほら、あの捜索レーダーと発射機が一体化してるやつ」
『あぁ、あの安い奴ですね』
「そうだ。だけど油断すんなよ。発振レーダーと別に画像解析レーダーの危険もあるからな」
『ンなもん分かってますよ!!』
「…早期警戒レーダーが破壊され次第、俺たちも適宜支援に入る。必要ならすぐ呼べ。こちらからは以上だ」
こちらとの通信もそこそこに、ヴィオラス大尉はストライカー隊を率いて編隊を離脱する。FBCによって迅速かつ精密に制御される40m超えの巨体が、薄いイオンの筋を真っ暗な空間に曳きつつ敵艦へ向かっていく。
『ストライカー各機、防宙網制圧任務を実施する。目標はレーダーおよび対宙火器の無力化だから、艦ごと沈めようなんて不届きな考えはするんじゃないよ』
「お前だけだよ沈めようとか思ってんのは…」
思わず口から出たテルミナート准佐のつぶやきに、少なくない僚機の面々が失笑したのは言うまでも無かった。そもそも、レギオン級戦列艦が未だに多くのならず者たちに愛され続けているのは『ただそこにあるから』という理由だけにとどまらない。船体の大部分に徹底したモジュール構造が施されているため、機関や武装の整備・換装が容易であり、また多少の損害を受けても早急に戦線復帰が可能なレギオン級の評価は、旧連邦宇宙軍の前任たるコロセウム級戦列艦のそれを大いに上回っていた。もっとも、傑作という評価をほしいままにしつつ、500年たった今でも犯罪行為の道具としてこき使われ、場合によっては内装から武装、機関までいじくりまわされるような生涯が果たして幸福なのかは、レギオン級戦列艦自身の個人的な見解を待つ必要がおそらくあるだろう。
「とにかく長距離から撃ちまくり、敵の集中を強要しましょう。回頭の準備が整うまでは、それしか策はありません」
「戦務参謀の意見に賛成です。持久戦にはなりますが、敵の拡散を防ぎつつ、確実に兵力の漸減を狙うならこれ以外にないかと」
「…つまり、現状の維持ということだな。致し方あるまい」
シューゲン司令官は両人の意見を総合し、重々しくつぶやいた。そもそも、艦隊司令官の職位にある人物が現場のやることに対してこと細やかに口出しすることは無いし、またするべきではない。少なくとも公国宇宙軍の艦隊は、戦闘や反物質の輸送、あるいは後方支援といったそれぞれの役割ごとに『任務部隊』を編制し、その任務部隊の指揮官が現場のリーダーとしての役割を発揮する。艦隊そのもののトップたる艦隊司令官は、重要であるがざっくりとした決定に専念すべきであった。もっとも、打開の手を打ちかねている現況において、シューゲン司令官がもどかしさを感じるのもまた当然ではあった。
「恐らく敵の司令官は冷静かつ慎重な決断が可能な人物でしょう。注意すべき相手です」
クルームバッハ参謀長が出した結論は、当人らが聞けば嘲笑の渦を巻き起こしかねないレベルに的外れであったが、少なくとも公国軍による客観的な評価ではそうならざるを得なかった。
「航宙隊からの観測データおよび砲撃の諸元などから勘案するに、敵部隊の射撃精度および出力はそれほど高くありません。しかし数で以て接近戦を挑まれた場合の被害となると…」
情報参謀が作成したシミュレートを手元のタブレット端末で一瞥した戦務参謀は頭を抱え、クルームバッハ参謀長は口元をゆがめる。そしてシューゲン司令官は自分の中で内容を吟味しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「少なくとも敵は、個艦ごとに装備したワープドライブによって、効果的に奇襲攻撃を行うすべを心得ている。護衛艦隊の弱点を正確に見抜いていると言ってよいだろう」
元来、護衛艦隊が宇宙海賊艦隊に対して有する絶対的な戦術的優位性は、航宙機やレーダーを複合的に活用した広範な索敵システムと、長射程主砲を組み合わせた遠距離攻撃の部分にある。ゆえに宇宙海賊は、護衛艦隊に接近する小惑星の陰に隠れたり、恒星の磁力異常に便乗したり、あるいは人畜無害な民間船舶に擬態したりなど、何とか標的である護衛艦隊へ接近するためにあの手この手を使ってチャレンジを繰り返してきた。近距離にワープするという超絶技巧の行使は、そういった努力の果ての究極系とも言えるし、そうした場合による護衛艦隊の戦術的優位性は鉄壁ではなくなるが、このような根本的な技術的革新が行われるのはおそらくもっと先のことであろう、というのが公国、というか帝国一般における軍事的常識であった。
「しかし技術的な優位に立っているとはいえ、戦力的に同数相手の宇宙海賊相手にこれほど苦戦を強いられるとは想定外です」
「いや、そもそも護衛艦隊の戦闘要領自体、少数の宇宙海賊艦隊を想定して構築されたものだからな。…これはもはや非対称戦闘じゃない。小規模とはいえ、艦隊決戦そのものだ」
事象をフレームワークとして捉え、そこに分析を加えるスキルに長けた護衛艦隊の参謀たちはしかし、前提となる認識の部分から大きな誤謬を有していたために飛んでもない方向へ思考の翼を広げようとしていた。
「うぅ…」
せめてものプライドで涙を流したりはしなかったものの、周囲が懸命な働きを示す中でひたすらゲロゲロしてる自分という存在はなかなかに情けないものがあった。…ゲロゲロといっても胃の内容物は殆ど流し出してしまったため、既に断続的な胃痙攣に苦しめられている状況なのであるが。
「て、敵は今どうしてる?」
せめて状況だけでも把握したい…。このままでは死んでも死にきれないので、私はソレリアにそう尋ねる。
「…現在我がほうが押されています。ですがご安心ください。司令官は歴戦の猛者でございます。必ずや若様をお救いし、正義のありかがどちらにあるのか、お示しになることでしょう」
「正義…。正義ね」
正義とはゲロまみれになっている貴族のボンボン息子を救うことなのだろうか。痛みと疲労が私から思考の調和を奪い、無力感が体を支配していくように思えた。
「戦務参謀。敵部隊の状況は?正確な情報を知りたい」
「ハイ。現在敵部隊は左10、上3、距離24の位置より、方位170前後を維持したまま我が方に向けて接近中です。また、航宙部隊からの情報では増速を準備しつつあるとのこと」
艦橋の真正面に広がる3Dスクリーンに、我々と敵の位置や移動の方向などを示す模式図が示されてはいるが、これはあくまで戦闘の状況そのものをざっくりと把握するためのものだ。重大な意思決定は、参謀たちの責任のもとで集計された正確な情報に基づいて行わなければならない。
「潮時だな…。艦隊を左転進85度」
「了解しました。艦隊全部隊へ伝達!!左転進85度、回頭用意!!」
シューゲン司令官は、ここへ来て腹を決めたらしい。光速の2%弱で突き進む艦隊の進路を左に向けて85度回転させるとともに、こちらに向かう敵部隊と最接近する時間を最小限に抑えようと試みるようだ。
当然、亜光速で突き進む艦隊の進路を大幅に変えるのは一筋縄ではいかない。一歩間違えれば、数百メートルの巨体を誇る軍用艦船が、自らの重量が生み出す莫大な運動エネルギーを支えきれず圧壊する危険もある。それに加えて現在は戦闘中だ。回頭することで、一時的にではあるが敵部隊に向けた投影面積は大きくなる。推力の綿密な制御と中和磁場発生装置の精密な同時管制を一度に行わねばならないことを考えれば、ただ進路を変えるだけとはいえ、非常に高度な技術がそこに求められる。
「24光秒か…。どう思うグリンドール」
「…ギリギリですね。敵からの攻撃を充分に抑えるには遅すぎる可能性があります。しかし、これだけ大胆な艦隊機動を実施するには早すぎる可能性があります」
エルヴィンとグリンドールは、お互いに神妙な面持ちのまま言葉を交わしあう。
確かに、24光秒という距離は戦闘空間においてあまりに近い。私の生まれ故郷である懐かしの地球の感覚で言うとすれば、地球と月との距離がおおよそ1.3光秒。つまり、地球と月との18.4615倍の距離にまで、敵部隊が迫っているということだ。
…うん、自分で言っててアレだけどあんまりよく分かんない例えだった。ごめん、左回頭のおかげで一気に横向きの慣性が掛かって宇宙酔いのデバフが一層ひどくなってるんだ。
「エネルギー警報!!敵艦隊、一斉照射です!!」
「…来たか」
当然、わき腹をさらした我々は宇宙海賊からすれば撃ってくださいと言わんばかりの好餌だ。牽制のための部分照射ではなく、本気で仕留めようと狙う一斉照射がこちらに降りかかる。
「ダメです!!耐えきれない!!」
「出力が間に合わないだと…、なんてやつらだ!」
あまりに当然のことであるが、遠くの目標より近くの目標の方がより命中しやすい。たった一度の照準の狂いで明後日の方向に弾道が飛んで行ってしまう宇宙空間の砲撃戦闘において、それはより一層現実味を帯びた真実であった。
「212、および213戦列任務群、通信途絶!!」
「1戦隊、被害甚大です!中和磁場の出力にも影響が出てくるかと…」
「マズいな…、1戦隊の重装槍騎兵隊の旗艦はまだ平気か?」
護衛艦隊の中核戦力である戦列戦隊は、3つの戦列任務群から成り立っている。そのうちの2つが今の一斉砲撃によって深刻な打撃を受けたということは、少なくとも数百に相当するだけの人命が宇宙の消し炭にされたということを意味していた。
「隊列を乱すな。回頭そのまま」
しかし、人の命の尊さを知っていてなお、自身が果たすべき任務の遂行を優先するシューゲン司令官は、あくまで軍人であった。そして彼が果たすべき任務とは、100人以上の要救護者を見殺しにしてでも艦隊全体の秩序を保たせることであり、千人以上の死者を置き去りにしてでも反物質の輸送を成し遂げることであり、1万人以上の将兵を地獄に導いてでも公国の威厳を守ることであった。
「参謀長。臨界の危険性は?」
「ご安心ください。被害は許容の範囲内に収まっています」
「結構だ。後衛に位置する3戦隊の回頭が終了次第、一斉射撃を行う」
そしてまた軍人であるからこそ、シューゲン司令官は敵に対する容赦を知らなかった。一撃を食らわせて逃げようとする宇宙海賊に対し、艦隊全体による反撃を命じる。
戦闘の行く先は消耗戦であった。死さえも恐れぬ護衛艦隊の戦列艦は、整然と、悠然と隊形を保ちつつ、回転砲塔の照準を宇宙海賊の方向へと定め、分厚い金属すらも宇宙に還元させる一斉射撃を放つ。直撃を受けた宇宙海賊は、公国軍の怒りに触れた代償を死によって支払うことになる。そうして両艦隊は光速の2%以上の速力でお互いに遠ざかりながら、砲撃とその反撃、そしてまたその反撃をお互いに乱打する。護衛艦隊が敵の1隻を打ち破れば、宇宙海賊がこちらの1隻を血祭りにあげる。宇宙海賊の兵員は身体全体を松明のように燃焼させながら最後の断末魔を叫び、護衛艦隊の兵士は酸素の尽きた艦内で隔壁を掻きむしりながらこと切れた。
そうしてお互いの距離が60光秒まで開いたタイミングで、特に見計らったわけでもなく、両者は砲撃を共に中断した。宇宙海賊は当たらない距離で砲撃を乱打することの無益さを悟ったからであり、護衛艦隊は受けた被害を少しでも回復するために限られた資源を振り分ける決心をしたからであった。しかし、いずれにせよ小回りなどの機動性能では宇宙海賊側に分があった。そもそも護衛艦隊に所属する艦船は、長距離での航行を重視した巡航性能に設計の主眼が置かれている。安全性を考慮しない機動力の面で優れている宇宙海賊に、この場合劣っていた。
そんな状況で、改めて宇宙海賊によるなりふり構わない突撃を受けた時、果たして無事でいられるだろうか。
「報告します。敵部隊、右170、下20、距離62。現在、方位210からに向けて右回頭中」
航宙隊が収集し、報告してきたデータは、宇宙海賊が依然として攻撃精神を保持していることを示していた。
「後方参謀。状況は?」
「ハイ。先ほど応急修理隊と補給隊から抽出、臨時編成した救援部隊を、被害が大きい1戦隊に振り分けて緊急の救援作業を実施中です。一方で、第2、第3戦隊残余は既に掌握済みであり、ギリギリですが対応は可能です」
「し、しかし司令官。今までのデータから推測される敵のエネルギー投射量は、瞬間的にこちらが展開しうる中和磁場の出力を…」
「声が高いぞ戦務参謀。司令官が言わんとしていることがわからないのか」
「…失礼しました参謀長」
当然意図したものではないのであろうが、喧騒の中でふと、参謀たちの会話が私の耳に届いた。
「エルヴィン…。私としては、敵の突撃に合わせて部隊を2手に分け、敵の攻撃を受け流すべきであると考えるが…。どうであろう。少なくともさっきみたいな被害を抑えることは出来るんじゃないか」
一応は軍事教育を受けて身である以上、最低限の戦術知識は備えているつもりだ。私は息も絶え絶えになりつつ、己の無力感を振り払うためにエルヴィンに提案する。
「若様。ご心配には及びません。シューゲン司令官を含めた司令部要員らが検討しているのは、敵の出血を強いる消耗戦です。できるだけ若様に危険が及ばないように配慮しておりますので、どうぞご安心ください」
「そうか…。なら任せよう」
専門職に言われたら引き下がらざるを得ない。役に立たないばかりか、余計な忠告を与えて現場の指揮をかき乱すのは無能を通り越して害悪でしかない。…しかし私にはそれでいてなお、気にすべき事柄があった。
「まさかだが…、艦隊中枢以外を犠牲にしようとか…。そういうことは考えてないか…?」
「……。戦術上の選択肢として、考えられている可能性はございます。しかし、どうか、ご懸念なさらず」
私の問いに対して発生した一瞬の沈黙は、エルヴィンのみならず、ソレリアやグリンドールも支配した。その事実こそが、司令部の行った判断の方向性を何よりも明確に示していた。