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第12話 仕事をせずに食べていけるのなんてなんとも結構なご身分ですこと(皮肉交じり)

「商人…、ですか」

「さよう。ごくまれに生き残った宇宙海賊らの証言では、そう呼ばれています」


 一通り艦内の見学を済ませた我々は、第2護衛艦隊そのものを司る『アルマンカーン』の艦橋部にて艦隊指揮の視察を行っていた。もっとも、艦隊指揮の内容自体は航路や艦隊の状態に関する定期的な報連相に終始しているため、ホスト役をつとめるエルヴィンが、私に向けて近年の艦隊護衛に関する講釈を延々と続ける時間でもあった。


「ご存じの通り、交戦を経た後に宇宙海賊の捕虜をとらえるケースというのは500年の歴史を振り返ってみても極めて稀な出来事ですし、情報の精度としては大いに疑問の余地があることも確かです。しかしながら、数少ない証言を合理的に走査・集約した結果として、そのような存在が浮かび上がってきたのは確かです」


 隕石群や恒星からのフレアに紛れたり、あるいは人畜無害な商用船団の振りをしてこちらに戦闘を挑むヒットアンドアウェイな宇宙海賊の脅威に直面するにあたって、我らが護衛艦隊は周囲からの応援を期待することは出来ない。星系の、即ち公爵家の領地の中で襲われているんだから、すぐ公国軍の部隊なりが救援に駆けつけてくれるなんてことは、ない。帝国歴が500年に及ぼうとする現代にあっても、超光速での通信はいまだに恒星間の規模でしか実施できていないのが現状だ。光の速度で飛んでいく救援通信が仮にどこかに届いたとしても、応援が駆けつけるころには戦闘自体終わっている。


「確かに宇宙海賊は戦闘における様々な優位性を保持していますが、それでも我が公国の国力が圧倒しているのは疑いのない事実。…しかしそのうえでなお、我々は宇宙海賊の勢力を根絶するに至ってはいません。これは長きにわたって公国、あるいは帝国の軍事史家を大いに悩ませてきた謎ですが、『商人』の存在はこの問題を解決するうえで非常に有用で都合の良い答えを提供してくれるのです」


 にわかに信じがたいエルヴィンの説明ではあったが、興味を引く内容なのは確かである。


 いわく、それは帝政打倒を掲げる抵抗組織であり、宇宙海賊は今なお分離独立のために闘っている。


 いわく、それはかつてペルセウス連邦を陰で支えた軍産複合体の末裔であり、宇宙海賊は新兵器の実験を担っている。


 いわく、それは領邦貴族の伸張をよく思わない帝国の情報機関の代理人(エージェント)であり、宇宙海賊は単に操られているだけに過ぎない。


 単なる陰謀論的な与太話から、高名なる研究者達の間で主流となっている学説まで、『商人』の正体はあらゆる場所に形を変えて居座っているが、いまだにはっきりとした結論は出ていない。 


「もし、その『商人』とやらが宇宙海賊と結託しているとして、命の危険を冒してまで公国の宙域航行を脅かすほどの理由が本当に存在するのでしょうか」


 ソレリアによる疑問は、犯罪から縁遠い場所にいる人物特有の善良な感性に基づいたものであった。


「ソレリア殿の疑問もごもっともです。ですが」


 エルヴィンは苦笑しながらそう応じ、言葉を続ける。


「人間というのは合理性のみで行動するわけではありません。宇宙海賊の行動を見れば、合理的な行動というもの自体が、そもそも学者たちの頭の中にしか存在しないことが非常によく分かってきます」


 連邦の時代とは異なり、銀河帝国が多くの国民から幅広い支持を得たのは、富の公平な再分配に基づく経済体制の構築に成功したから、というのが究極的な理由である。ペルセウスの円環を掌握した皇帝は、莫大なエネルギーが生み出す富を、貴族と官僚システムによって管理しつつ、その多くを国民に供給した。その結果として国民の多くは生産と労働という「有史以来のくびき」から解放され、かつての有閑階級が送ったような自由気ままな暮らしを謳歌することに成功している。「衣食足りて礼節を知る」というのは古代アジアにおける哲人の言葉であったが、おおよそ500年にわたって帝国の国民はその金言の体現者として歴史に君臨し続けてきたのである。


「しかし、ひねくれ者というのはいつの時代、いつの場所にも存在するものなのですね」


 嘆息交じりにそう漏らすグリンドールのつぶやきは、同じく500年にわたって歴史に君臨し続けてきた領邦貴族の頭痛の原因を説明するものであった。そもそも航行船舶の襲撃など氷山の一角に過ぎないのだ。辺境の惑星で武力を背景とした独裁政権を作られたり、小惑星帯で惑星間弾道ミサイルの発射実験をされたり等々、人道に背くタイプの超々ド級な犯罪行為を繰り広げられればため息の1つや2つつきたくなるのも当然だろう。格差や貧困といった理由から発生する犯罪自体は、家祖ジークフリートやその他の領邦貴族たちによる好むと好まざるとによらない努力によって排除することがある程度まで可能ではあった。しかし、結果として格差や貧困を理由としない単純な支配欲、あるいは肥大化した虚栄心、無根拠な全能感といったそれ自体根絶しようのない理由から発生する犯罪が絶えることは決して無かったのだ。

 そうした行為そのものを制限するには、人間の精神そのものを社会秩序の名のもとにコントロールするのがある意味で最も効率的ともいえなくはないのだが、当然、歴史と人権に対するそのような反動行為が現代において許されるはずもなく。多くの領邦貴族たちが航路警備や軍備の拡充などといった対症療法の構築に心血を注いできたのであった。


「人類社会がまだ単一の惑星のみで存続していた時代においては、衛星軌道上からの監視で人道に反する犯罪行為の大半を摘発、抑止することが出来たそうです。そう考えるとこの現状は、広大な空間を手に入れた人類が受け入れねばならない代償なのかもしれませんね」


 いやぁ、そうはいっても地球時代のあんな国やこんな国もイロイロ好き放題やってたよ。…と心の中で苦笑しつつ、かつて高度な治安を誇った前世の日本について思いをはせようとふと油断したところ、つんざくような警報が耳を通り抜けた。


「て、敵襲ではない…?」


 私の体調を心配するあまり神経過敏気味になっていたソレリアが、まともに大音量に鳴り響く警報の衝撃を受け、一瞬たじろいだようにつぶやいた。


「どうやらそのようです。これは少々厄介になりましたね…」

「状況しらせ!」


 冷静を保ちながらも表情を曇らせたエルヴィンのセリフは、緊迫感を漂わせた艦隊司令官の命令にかき消された。


「重力波異常です!燭子機器による重力制御が付近の空間で実施されています!」

「附近の広域警戒艦(ピケット)より解析の報告です!…超空間航行だと?そんな、まさか」


 つんざくような警報音は、敵襲を知らせるものではない。いや、連邦期においては敵襲を知らせるものだったのだが、あまりに接敵する頻度が増えたため、うるさすぎるという理由から現在はより穏やかな警報音が導入されている。つんざくような警報音とはつまり艦船同士の極端な接近か、異常至近距離における重力波異常、すなわちワープドライブの発生を告げるものだった。


「航行参謀。この宙域付近にて、航路計画上この事態が予想されるものはあるか」

「超光速航路を使用しないワープドライブですか、全くもってありえません」


 第2護衛艦隊の司令官を務めるシューゲン上級大佐からの質問に対して、航行参謀は即座に断言したが、一瞬だけ考えたような表情を浮かべると、より正確なことばを繋げることで自身の発言を修正する。


「確認できる書類上は、ですが」

「よろしい。艦隊を第2種戦闘態勢(デフコン2)へ移行する。広域警戒艦(ピケット)および各戦列艦(フュジリーエ)戦隊に交戦を準備させろ」

「司令官、よろしいのですか!?」


 劇的というにも素早すぎる展開に水を差すように、護衛艦隊司令部の参謀長を務めるクルームバッハ大佐が司令官の発言に食い掛る。


「かまわぬ参謀長。状況が状況だ。危険航行であることには少なくとも変わりはない。予定されないワープが、予定されないタイミングで、予定されない地点に敢行された。これを危機的状態と呼ばずして何というか」


 状況、というのはつまり公子である私が座上していることであろう。自分で言うのも何であるが、司令官は私を守るために普段以上に不確定要素を警戒する必要があった。司令官の発令で即座に緊張感漂う雰囲気を漂わせ始めた司令部要員たちは、各々が責任を有する場所に向けて指示を送り始めた。

 神経細胞のごとく体系化されたシステムの中に送り込まれたそれぞれの指示は、各部隊に配属された各艦の兵員たちを規律ある行動へと導き始めた。彼らはペルセウスの円環がその威光を以てしてもなお駆逐されなかった労働階級と言えたが、血統に基づく社会的責任と、なによりは生命の危機と自由とを引き換えに得られる、手厚い福利厚生を約束されていた。少なくともこのような危機的状況において、秩序と統制ある行動をとることに不満を持つものはいなかった。


「艦隊総旗艦アルマンカーンより、各部隊へ通達。附近の宙域にて重力波異常を探知、各部隊は現在作業中の船外作業をすべて中止し、随時第2種戦闘態勢(デフコン2)へ移行せよ」

「輸送任務部隊および支援任務部隊は直ちに防御陣形へ移行し、別命あるまで予定進路を保持」

「第210および第220装甲駆逐隊は担当する各部隊のエスコートを実施せよ」

「連絡船の発艦準備完了しました。いつでも行けます」


 指示し、質問し、返答し、報告する。口調そのものは淡々としていたが、内容そのものが示す深刻さとのアンバランスが、ことの重大性をより一層印象付けていた。


「…ッ通信妨害です!遠距離通信系に送受信障害発生、復旧作業入ります!」


 コンソールに設置されたモニターに鋭い視線を飛ばしていた通信参謀が、苦み走った表情で事態の急変を告げる。いわばポイントオブ(引っ込みが)ノーリターン(付かない状況)というやつだ。


「エルヴィン様」

「言いたいことはわかるぞグリンドール。かなり妙だが、腹をくくらねばな」


 宇宙での航行が高度に発展した現代においても、通信インフラに対する意図的な干渉はそれだけで重大な軍事的攻撃として認識される。全長数百メートルに達する巨大軍用艦船であっても、航路情報が確保できなければ簡単に「大宇宙ひとりぼっち」の状態に陥りかねないからだ。しかし、今回ばかりは少々事情が異なる。


「超光速航路を利用せず、個艦装備のワープドライブで襲撃を実施した宇宙海賊との遭遇例は殆ど皆無です。そもそも個艦装備のワープドライブを搭載した艦船自体、帝国軍ですらごく少数のみしか保有していません。この状況で考えられる可能性は恐らく二つ。謎の宇宙人がうっかりこの地点にワープアウトしてしまったか、あるいはワープドライブを装備した特級の宇宙海賊が我々に襲撃をかけてきたか」

「グリンドール。こういう場合に無理して冗談を言うな」

「私は本気ですエルヴィン様!」


 二人が演じるなれ合い漫才を眺めながら、私は知らず知らずのうちに心臓の鼓動が高まるのを感じていた。


「公子閣下」

「あ、あぁなんだ」


 さすがに裏返った返答をせずにはすんだが、それでもシューゲン司令官からの突然の問いかけに対して、顔がひきつるのを抑えられはしなかった。


「できうる限り安全な航路を選出いたしましたが、このような結果に至り、誠に申し訳ございません。つきましては、全力を持ちまして不遜なる仇敵をば掃滅いたしますことをお約束します」


 気づけば、シューゲン司令官のみならず、艦長やクルームバッハ参謀長を始めとする艦隊の司令部要員達も、その全員が私に対して頭を下げ、自身の主君である私に向けてその忠信の在り様を示していた。領地や家中の者から頭を下げられることにふてぶてしくも慣れていた私であったが、そろいもそろって猛者ぞろいの軍人たちから一斉にその態度を向けられるのは、さすがに慣れた経験ではなかった。


「ぁー…」


 こういうときは何か言っておくべきだろう。気のきいたセリフが思い浮かばなかったので、ひとまず最も無難な(そしてひねりに欠ける)言葉を私は選んだ。


「諸君らの活躍を期待する」

「…承知いたしました。わが身に代えましても」


 簡潔かつ単調な、おそろしくつまらない一言であったように自分でも思うが、少なくとも余計なことを口走るよりは100倍マシだろう。…己が果たすべき義務を遂行せんとする者たちと、体面を気にするしか出来ることがない私という、いかにも自己肯定感が下がるその対比構造はいったん無視することにした。










「こいつはすげぇ…。大当たりなんてもんじゃねぇぞ。一生に一度の大博打だ…」


 古ぼけた単面ディスプレイを食い入るように見つめながら、司令はゆっくりとそうつぶやいた。


「公国宇宙軍、帝国航路護衛艦隊…」


 普段であれば皮肉の一つでもまぜ返すであろう船長はしかし、この時ばかりは司令同様、ゆっくりと言葉を噛みしめることしかできなかった。


『司令!!話がちげぇぞ!!目の前にいるのは公国軍の護衛艦隊じゃねぇか!!』


 がなり立てるように響くスピーカーに突き動かされたかのごとく、司令は目にもとまらぬ速さで通信用のマイクをふんだくり、叫んだ。


「商人どもの仕事はキャンセルだ!!こいつは一攫千金、一世一代の大仕事だ!!お前ら、海賊を名乗るんならビビってんじゃねぇぞ!!絶対に逃がすな!!!!」


 声量によってマイクを破壊しようとする意図すら感じられたその言葉は、周囲に展開する海賊船のすべてに余すところなく響き渡り、荒くれモノぞろいの海賊たちの血を多かれ少なかれ湧き立たせることに成功した。


「…これがお前さんのいうロマンってやつか」


 この状況でなお、唯一平静さを保っていた船長が司令に冷たい声をかける。


「当然だ。それもあのお上品な公国軍の奴らに一泡吹かすだけじゃねぇ!!こっちは野戦用のワープドライブも装備してんだ!!これをやってのけた奴なんてあの『ヤークト分艦隊』以来だぜ」

「そういやアイツら、最近になって貴族軍に本拠地ごとぶっ潰されたそうだな」

「…たまにはお前さんから景気のいい話題でも聞いてみたいもんだが、今にそのほえ面が欲にまみれるところを眺められると思うとイキリ立っちまいそうだね」


 皮肉気に、そして自信たっぷりにそう返した司令は、テーブルの隅に置いてあった人造アルコール入りのコップの中身を一瞬で飲み干し、高らかに、晴れやかに、宇宙海賊伝統の方法で、戦端が開かれたことを宣言した。


「仕事の時間だ!!命が惜しければ働け!!」

  

お分かりでしょうか。働かずに食べていけるのはむしろ国民(非貴族階級)の方であり、逆に貴族には労働によって社会を形成する責務が課せられているのです。


むしろ、労働によって社会を形成する尊い営みは、貴族階級に対して許された高貴なる行為であるともいえますね。えぇ、そうでも思わないとやってられませんから。あの皇帝いつか会ったらその機会に殴る。(初代アウステルリッツ公爵 ジークフリート・フォン・アウステルリッツ:談)


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