表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/61

第11話 旅の途中に楽しむ風景は、やけに心に染みわたる

 絶対零度の真空中に浮かぶその巨体は、公国軍人にとって非常になじみ深いものであった。

 いや、この巨体に関係を持つ者は公国軍人に限らない。それどころか、宇宙そのものを生活圏とする現代文明そのものを、この巨大な人工の構築物は支えていた。

 ご想像の通り、宇宙空間はめまいがするほどに大きく、そして広い。その広さはちょっと常軌を逸しているといっても全く過言ではない。あまりにも広いものだから、もう少し狭く完結できるだけの空間が用意されれば、喜んでそこに移住したいと考える人も多いことだろう。…冗談に思えるような言いぐさであるが、実際問題として、光の速さで移動しても人類文明をもう一度初めからやり直せるだけの時間がかかるこの空間を充分に使いこなし満喫することなど、人類には到底不可能であった。

 しかしそうであっても、宇宙の広大さに気圧されることなくその活用方法を編み出そうと苦心する人々が消えることは無かった。どこまでも欲深いこれらの人々は、ひとまず宇宙空間を全く人為的な分類方法によって区別することで、解決の糸口を見出そうとした。つまるところ、「役に立つ空間」と「役に立たない空間」の二つにである。自然の偉大さがどれほどのものであろうと、傲慢な人類が関与したとき、いかにも散文的な現実感がそこにチラついた。

 そして現在。「役に立たない空間」を飛び越えて、「役に立つ空間」同士を接続するその巨体が、アウステルリッツ公爵の指揮下にある第2護衛艦隊として編制された200と数十隻余りの宇宙艦船を時空の彼方から吐き出そうとしていた。


[航路『ルフェール41』コントロールより各管制へ。事前に提供された航行情報No.840068475145117に基づき、航路『ヴィルグリス42』による超空間航行のアクセス受け入れを開始]

[燭子(エニオン)回路起動。重力制御プログラムに基づく、ワープドライブの受け入れ準備を開始します]

[微細粒子迎撃用プログラム起動。アクセス前最終センシング開始]

 

 ごくわずかな手違いから重大な事故につながりかねないからこそ、シークエンスの管理そのものはよくよく練り込まれたプログラムと、訓練された人間による連携によって実施されていた。


[『ヴィルグリス42』より通信。航行情報No.840068475145117に修正なし]

[『ルフェール42』に登録された事前の航行情報No.840068475145117および『ヴィルグリス42』より提供された実観測三次元データの照合実施。照合作業完了まで残り6分21秒]

[航路『ルフェール41』、全キャパシタ起動。主電源接続開始]


 巨体の中に埋め込まれた発電機が生み出す莫大な電力が、瞬時の開放に備えて蓄えられ始める。真に銀河を支配する存在である反物質は、ここでもエネルギー源としての価値を十二分に発揮していた。


[緊急停止プログラム、所定のスキャンを完了。異常なし]

[周辺重力波計測完了。すべて閾値内]

[1号キャパシタ充電開始。全充電行程の完了まで、残り25分42秒]

 

 万が一の事故にも備えて、大気圏外作業用のロボットもすべて格納されている。そして可視光はもとより、赤外線も重力波も元素の僅かな残り香さえも可能な限り排除されたその広大な空間は、200と数十隻のワープアウトを受け入れるために、ほとんど完全な真空状態に保たれていた。


[超光速通信系統、動作正常。システム異常なし]

[『ルフェール41』コントロール。『ヴィルグリス42』コントロールとの同期開始]


 数十、数百光年の距離を超えて重力を制御するコンピュータ同士が同期しあい、ワープそのものの前段階に備える。


[1~4号までの全キャパシタ、および予備キャパシタ充電完了。解放までのカウント開始します。残り30秒]

[11-3次元接続、開始]


 十数人が詰める管制室の中に機械音が響き、遂に後戻りできないところまで行程が進んだことを知らせる。ここから先に起きる失敗は、よほどの物理法則上の例外に恵まれない限り、完全に死そのものとイコールになる。が、既に幾度となく同じような作業をこなしてきた管制要員らは、必要以上の緊張感を作業に持ち込まない術を既に手に入れていた。ゆえに、ほぼ完全な真空に保たれていた空間から、全長400mに及ぶほどの金属の塊がまるで神様の手品かのように飛び出してきても、それ自体に全く驚愕も驚喜も動揺もしない。今まで自身が行った作業に手違いが無い旨を認識し、引き続き自身が行う作業に手違いが起きない旨を確認することに集中する。あまりに順調で平穏で普段通りだからこそ、そこに刺激も感動もなにもないのは確かだった。ただいくらかの管制官は、今しがた『ルフェール41』が受け入れた第2護衛艦隊に公国の公子閣下が座上している事実を改めて思い出し、ほんの少しだけ自身の業務が果たす意義について思いを馳せた。

 だがいずれにせよ、アウステルリッツ公国が安全かつ平穏な秩序を保つために、このような単調で退屈な奉仕を常に必要としているのは間違いなかった。










 無限に広がる大宇宙。

 スクリーン越しに広がる星の大海原の光景は、たとえ銀河の皇帝でさえも独占することが許されない、全人類にとっての共有の財産であった。

 …まぁ正直なところ、転生するにあたってこういう展開を求めていたわけではなかったのだが、それでも目の前に広がる景色は、一種畏敬の念すら抱かせるのに十分なほどであった。


「こうやって若様とご一緒して任務に当たれることになろうとは。このエルヴィン、感無量でございます。昔の若様の宇宙酔いはそれはもう大変でございまして…」


 第2護衛艦隊の旗艦を務める「アルマンカーン」の艦橋デッキにて、アウステルリッツ八侯爵家が一つ、ブランデンブルク=アウステルリッツ家の次男であるエルヴィン少佐は感慨深げにそう言った。

 …おそらく今後会う親族らによって一生掘り返されるであろう宇宙酔いの話題は置いておくとして、一つの護衛艦隊を丸ごと用いた私の実地訓練は今のところ極めて順調かつ平和な状況にあった。

 アウステルリッツ八侯爵家が一つ、ブランデンブルク=アウステルリッツ侯爵家は、憎しみのあまり宇宙海賊絶対殺すマンに変貌したジークフリートが特に重用し、また対宇宙海賊戦において目覚ましい戦果を叩きだした5人の提督を開祖とする武門五侯爵家のうちの1つである。護衛艦隊の総元締めである護衛艦隊総監部から派遣され、総監部連絡将校を務めるエルヴィンであるが、その父であるブランデンブルク侯ゲオルグもアウステルリッツ公国宇宙軍の艦隊総司令長官としての地位を務め、宇宙軍の指揮下にある部隊を常に実践可能な状態に保つ責任を有している。当然、ブランデンブルク侯爵の宇宙海賊撃滅に対する熱い思いは非常に有名だ。


「エルヴィン様。アルバート様の宇宙酔いはすでにほぼ完治されている状態にございます。過去のことを蒸し返すのはお互いの品位を損いかねない行為ゆえ、どうか慎み頂ければと思います」


 自身の主にずけずけとモノを言うのは、エルヴィンの侍従であり、またお目付け役でもあるジュール・フォン・グリンドール大尉である。


「おぉっと、これは大変失礼いたしました若様。いやはや、どうもこの年にまでなってくると昔のことをよく懐かしんでしまうようでして…」


 すまなそうにそう弁解するエルヴィンであったが、そういう彼も私と7つしか年齢が変わらない。それでいて妙に振る舞いや言い回しに老成した趣があるのは、おそらく貴族としての務めがそれほど精神に対して負荷を与えることを意味するのだろう。


「さてそれでは、改めまして我が第2護衛艦隊並びに艦隊旗艦『アルマンカーン』の説明に移りたいと思います。行きましょう若様」


 エルヴィンは快活な態度を取り戻して、私とソレリアの一行を再び艦の案内へ連れて行く。


「『アルマンカーン』は我が公国宇宙軍において運用されているベラルーシ級艦隊指揮艦の24番艦です。名称の通り、本艦は通信機能を始め、無人機や各種レーダーによる情報収集などの艦隊指揮機能に重点が置かれています。そして本艦が指揮する我が第2護衛艦隊は、現在光速の1.84%のスピードで、ルフェール星系内に設置された反物質の貯蔵拠点に向けて通常航行を行っております。基本的に、艦隊の速度は最も足が遅い集団、すなわち本艦隊に所属する第21輸送任務部隊の経済速度に準拠しますので、快速かつ軽武装を主体とする宇宙海賊に対して、護衛艦隊はこの部分において劣位の状態にあります」


 恒星が放つ巨大にして不定形な重力波は、超光速航行の天敵である。ゆえに、安全で管理された航行を実現するにあたって、星系宙域内においては古典的ともいえるロケット推進がいまだに用いられていた。

 宇宙開拓の初期。各艦ごとに装備されたワープドライブは、物理学上における大統一理論の発見に端を発する正真正銘の英知の結晶であったが、その英知の結晶を使いこなせるほど人類の知性は普遍的なものではなかった。技術開発の初期であればワープドライブの運用は当然厳重な管理のもと運用されていたが、民生向けに用いられるようになったワープドライブの場合、重力場の影響を無視したワープによって、艦船が丸ごと異空間に放り込まれれるか、周辺を巻き込む大爆発を発生させたりする事例が頻発した。道路も交通法規も存在しない状態でたくさんの自動車が走り回れば事故の数は一つや二つで済まないように、人類が安全安心な宇宙の旅を楽しむためには、大統一理論の発見に加えて更なる知見を加える必要があった。

 いわば固定式かつ外部式のワープドライブである『超光速航路』――人類史における普遍的な立ち位置から、銀河航路(ギャラクシーウェイ)宇宙航路(スペースストラーダ)無限速航路(インフィニティバーン)重力(グラヴィティ)航路(エクスプレス)などなど好き勝手に呼ばれている――の設置は、個艦ごとに実施されていた超光速航行を特定の航路ごとにおいて一元的に管理し、交通の利便性や安全性の向上を図る意味でも重要な役割を果たす。そして超光速航路は重力場の影響を受けず、かつ建設や整備の利便性を図るため、基本的に星系の外延部からわずかに離れた場所に設置されている。また、星系間の物流が特に発達した現代にあって、同時に複数の星系と同時にアクセスできるだけの大規模かつ複合的な超光速航路が設置されることもそれほど珍しいことではなかった。


「今現在われわれが通過した航路は、帝国歴387年にルフェール子爵家の手によって、106年の工期を経て完成されたものです。超光速航路としては比較的効率よく建造されたものですね」


 …そう。超光速航路の建造には途方もない時間がかかるのだ。不毛な星系に入植し、資源採掘し、都市を建造し、住民を管理し、経済を発展させ、予算を調達し、流通網を設置し、そして初めて航路建造の準備が整う。この場合における貴族の役割とは要するにインフラの維持役だ。多くの国民を統治しながら、航路の建造、運用、保守、防衛に対して永久的にその責任を負い、場合によっては拡張工事なども実施しなければならない。

 金属の冷気が漂う廊下を歩きながら、エルヴィン少佐は手元のホログラムスクリーンを用いつつ私に説明を行う。


「ご存じの通り、星系間に設置された超光速航路に用いられる11-3次元接続は、燭子回路による重力制御を必要とします。単純な統計的データから申し上げますと、出発地から目的地での航行は、距離ベースで換算した場合99%以上がワープによる移動でございますから、これだけ聞いてみますと、宇宙海賊による襲撃の隙がほとんどないように思われます。しかしながら、航行中の時間に換算すれば99%以上は通常航行を行っている時間でもあります。結局のところ、輸送護衛を行っている時間のほとんどにて、宇宙海賊に対する警戒が必要でもあるのです」


 まぁ、つまり宇宙海賊はいつ何時でも『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』を運搬する私たちを襲撃する可能性があるということだ。よどみないその説明の仕方は、彼が公国軍士官学校の次席卒業者であることの貫録をうかがわせるものであった。ちなみにその時の首席卒業者は従卒のグリンドールであり、自身の主人が首席をとれなかったことを当の主人以上に残念がったと言われている。


「護衛艦隊による護衛戦は一般的に単調でつまらない任務でありますが、それ故に宇宙海賊共に付け込まれる隙が発生しやすいのも事実です。歴戦の指揮官であっても、一瞬の隙を見せたばかりに壊滅状態まで追い込まれたというのは珍しい話ではありません」


 こちらを怖がらせるような言い方ではあるが、事実として、アウステルリッツ八侯爵家の開祖のうち、武勲いちじるしい5人の祖先たちは、その全員が宇宙海賊との戦いの中で散って行った。また、別に軍人でもなかった3人の祖先たちも、その全員が宇宙海賊との戦いの中で吹っ飛ばされた。その歴史を鑑みれば、エルヴィン少佐の言い方が決して大げさではないことがわかる。古代西暦時代における海上戦闘以上にその現実は過酷であり、宇宙空間での戦闘で敗北した側の生存率が極端に低い。当然それは実地訓練中の私が座上している第2護衛艦隊でも例外ではなかったことを、その時点では理解できていなかったのであるが。











 換気機能が満足に作動しないおんぼろ船を好んで用いる宇宙海賊にとって、機械油とタバコの煙、そして人体から漏れ出る体液が気化して混じりあうことで生まれる淀んだ空気は、不愉快かつ身近な産物であった。むき出しの艦内灯が照らす空間はいつもどこか無機質で、その中に詰め込まれ作業する人間にはお構いなしに不具合や故障を繰り返すのが常であった。


「へっ。ツキが回ったみてえだ。こりゃ次の『仕事』も上手くいくってもんよ」

「お前さんのツキなんか信用してりゃ、今頃俺は宇宙大統領だっての」

「おいお前、この前貸した船外作業用のスーツどうした」

「おいまたタバコの交換レート上がってんのかよ。どうにかしてくれって」


 仮装巡洋船「バレンシア」の艦内は普段通りの喧騒に包まれていた。事情を知らないものが急にこの空間に放り込まれれば、宇宙船の艦内といよりもむしろうらぶれた地下街と勘違いするかもしれない。地上からの定期的な補給を見込めない海賊たちにとって、自身が座上する艦こそが家であり、職場であり、市場であり、また死に場所でもあった。


「俺たちは自由犯罪経済の体現者なんだ」


 火薬の類とそう大して変わらない人造アルコールを片手にそううそぶく彼彼女らの多くは、遥か古代にペルセウス連邦の経済システムからはじき出された苦難の放浪者たちを祖先に持っていた。絶望に打ちひしがれながらも、自由と民主主義の矛盾に憤り立ち上がった分離主義者たちの末裔は、今現在においては円環と皇帝、そしてそれに連なる領邦貴族たちによって整えられた帝国の秩序から取りこぼされた存在でしかなかった。

 そんな歴史的背景から漂う退廃の中で、身なりを整えた人物が船内の通路を歩けば、周囲からの注目や関心を集めても当然であったはずだ。しかし、その人自身は周囲を全く気に留める様子もなかったし、また、目を見やった船員たちの多くも、その人物からほとばしる静電気のような雰囲気に気おされ、すぐに視線をそらしていった。


「船長。ちょっとエェですか」


 座上する船と同じくらいくたびれた年季を感じさせる風采の男が、その人物に声をかけた。


「機関長か。…例の備品に何かあったか」

「ハァ。ちょうどその用件でございまして…」


 少しの油断、少しの不注意が死に直結する環境にあって、役職名に「長」がつく者のほとんどは、その責務に見合うだけの能力や権限、それに加えて荒くれモノぞろいの部下たちを従わせるだけの指導力を身に着けているのが常であった。そのために、年下ながら才気のあふれる船長に相応の礼を示しつつ、機関長は相談の内容を長々と打ち明けた。


「…とまぁそんな感じでしてね。『商人』どもが渡してきたあのシロモノ。アレのおかげでウチんとこの奴らも往生してるんですわ。どうかそこんとこの事情を、司令のほうにまで通していただければありがてぇんですが」

「………しょうがない分かった。話は通しておく。くれぐれも壊すことだけは無いようにしておいてくれよ」


 意図せずとも苦みばしってしまう表情を出来るだけ抑えつつ、船長はそのままの足で司令室の場所まで直行した。建艦能力が高度に発達した時代において、個々人が宇宙船内に個室を有するのはそう珍しいことではないが、それでも『司令』と称された人物の居室は来るものを威圧するような雰囲気を周囲に漂わせていた。

 もっとも、船長は目に見えないものに気圧されるほど肝が小さいわけでもなかった。1ミリとも礼儀の成分を含まない所作で、船長は司令室の中に足を踏み入れる。


「おぉ。どうしたってんだ船長、そのしけたツラは。ブラックホールだってもうちっと景気のいい話でも持ってきてくれるぜ」

「アンタがそこに吸い込まれでもすりゃあ、私の懐も多少は温まるってもんだよ」


 クソほどしょうもない軽口に取り合うことなく、船長は一層鋭い目線を、司令と呼ばれたその人に向けた。しかし、机に脚を乗せて常にどこかせせら笑ったような表情を浮かべつつ、200隻以上からなる私設武装船団「バレンシア・グループ」の最高戦闘責任者(CEEF FIGHTING OFFICER:CFO)を任じていた船団司令である彼にとって、それは意に介す事柄でもなかった。


「ったく。お前さんの博打好きにはほとほと懲りてるっつーの…、そんでもって今度の不景気は『商人』どもが突きつけてきたあの備品ときたもんだ。博打はともかく船で遊ぶなとはさんざん言ってるだろ」


 粗野な言い回しを好むわけではない船長であるが、こと自身の上司に向かってはその原則を崩す傾向にあった。そもそも、宇宙海賊は荒事だけを担うわけではない。人材を育成し、情報を収集し、資産を管理して初めて宇宙海賊は成立する。当然、船団の最高責任者である司令がこうした組織の運営に絶対的に必要となる金目の出来事に色気を見出すのも、多くの宇宙海賊組織にてよくあることではある。しかし、部下としてつき従う船長にしてみれば、目的のために手段を選ばない司令の奔放さが頭痛のタネ以外の何物でも無かった。


「まぁまぁ船長よ。俺も普段だったら伊達や酔狂でそういうことやってんだけどよ、今回の『組合(ギルド)』から仕入れたあれは別格だぜ。『組合』どもと接触すること自体はいっぱしの船乗りとしちゃあよくあることだけどよ、今度渡されたありゃあな。へへっ。船乗りの夢っつっても言い過ぎじゃねぇよ。お前さんだってちったぁ考えたこたねぇのかよ」

「私はもともと財務屋出身だ。ロマンティズムを感じること自体は否定しないが、どうせだったら堅実に稼いでいきたいもんだね。そっちの方がよっぽど夢の見がいがあるってもんだ」

「へっ。泣く子も黙る宇宙海賊サマが堅実とは笑わせるぜ」


 かつて滅びていった連邦加盟国の宙域警備隊員を祖先に持つと噂される指令こそ、一般的に想像される宇宙海賊「らしさ」を備えてはいるのだが、一方で船長のような小役人気質を持つ人物の存在もまた、宇宙海賊という存在を成立させるうえで欠かせない要素であった。弱肉強食、優勝劣敗を地で行く厳しい競争原理に常にさらされ続けている宇宙海賊は、時にお互いが協力し、時にお互いが対立しあう集合離散を常に繰り返し続けながら、今日に至るまでのうのうと生き延び続けている。そのこと自体、かつて己の祖先が属し、そして排斥されていった自由主義経済の強靭さを真に示す事実でもあったのだが、そういった歴史の皮肉をわざわざ口にするひねくれモノは、めったには存在するものではなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ