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第10話 何も教えてない新人をとりあえず現場へ放り込むを研修とは言わない

 ペルセウス朝銀河帝国は、天の川銀河系におけるペルセウス腕をその名称の由来としている。ただペルセウス腕といっても広いので、具体的にはサジタリウス腕と接近しているところの、もう少し向こう側。そこに、帝国の首都であるジン・ヴィータは位置していた。ちなみに、人類の故郷であるところの地球はオリオン腕に位置している。イメージとしては、銀河系の外側にぺルセルス腕が、内側にサジタリウス腕が存在し、オリオン腕はだいたいその間に挟まれてるような感じだ。その地球、いわゆる太陽星系は、大開拓時代が始まる直接のきっかけとなった「ペルセウス航路(グランド・ゲート)」の発見以来、超光速航路の無秩序な造営と周辺宙域の乱開発による重力異常、さらには「ペルセウス動乱」がとどめとなって、今や銀河帝国の技術を以てしても踏破できない(踏破するだけの価値がない)暗礁宙域(サルガッソ・スペース)の向こう側に佇む存在となってしまったらしい。帝国の辺境たるアウステルリッツ公爵領のさらに遠くの完全な未開の地。人類の故郷は、いまでは暗黒に包まれている。

 一方で、我らがアウステルリッツ公爵領自体は、ペルセウス腕とサジタリウス腕の間に広がる宙域をすっぽり収めるほどの広さを誇るが、実際にはだだっ広いだけで開発されている星系ベースで見ると割とスカスカだ。

 そして、おおよそ公爵家の領地から、反物質燃料の生産元であるジン・ヴィータまで4万光年ほどの距離がある。

 …めちゃめちゃ遠い。人類の英知の結晶でもある超光速航行のための切り札である「超光速航路」を駆使したとしても、公爵家所有の反物質貯蔵拠点まで片道で1か月以上はかかってしまう。しかもこれは順調に航行できた場合のケースだ。当然、この銀河で最も貴重な戦略物資である反物質の輸送が順調にいくわけがない。

 『大帝』アランは、開拓者たちを中心とする新興の領邦貴族たちに対して、様々な特権を認めると同時に様々な義務を課した。そして、この裏表の関係が最も如実に表れているのが反物質に関する授受の取り決めである。

 そもそも、各々の領邦貴族に対して独自戦力の保有を認めるとともに、「国民」に対する統治権限の多くを委ねる銀河帝国は、その点だけでいえば連邦共和国であるペルセウス連邦とよりもいっそう政治的には緩やかな統合体に過ぎない。であったとしても、数多ある臣民としての領邦貴族、および領邦貴族たちによって統治される600億以上の「国民」を従えるだけの権威が帝国に存在するのは、ひとえに「ペルセウスの円環」がもたらす反物質の供与体制が構築されているからである。というか、帝国と領邦貴族の関係それじたいが、反物質による無限の富によって国家そのものを統治せんとする統治構造の結果に過ぎないといえる。「ペルセウス動乱」の発生とアラン・ノートンによる政治権力の集中という急進的な諸改革によって銀河帝国は誕生したが、仮にペルセウス連邦が存続したとしても、円環が産出する無尽蔵に近いだけの富の出現によって、多かれ少なかれ現在の銀河帝国のような政治体制に変化していただろう。

 つまりこういうことだ。まず、円環から産出される反物質は、帝国に在住する全国民からの投票によって選出された帝国議会国民院議員、および臣民院議員の決議に基づいて、各領邦貴族ごとに割り当てられる。そして割り当てに基づいて各々の領邦貴族は『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』である反物質を受け取る特権を有する。当然『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』を受け取る際に対価の類は発生しない。領邦貴族は『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』を無料(タダ)で受け取ることが出来るのだ。

 しかし「無料より高いものはない」という警句は、この『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』に対しても当てはまる。というかここからがミソの部分だ。

 連邦時代において、究極的には非常に強力な暴力装置である『軍隊』は、暴走を防ぐ必要から民主的な国家による監視と統制を受けねばならないとする考え方が徹底されていた。しかし、連邦が統治せねばならない天の川銀河系はあまりに広大過ぎた。治安の悪化が同時期に、広範に発生してしまえば、反物質を各地に送り込むことが出来なくなる。

 ではどうするか?中央と地方の連絡をより強固なものにするべきか?いや、同時性が高い通信ネットワークを銀河全体に構築するのは現代の技術を以てしても不可能に近い。この大変な難題に対し、しかしアラン大帝は比較的短い文言によって見事に解決した。


「反物質の『供給』は皇帝の責務として無償で提供することをここに誓う。しかし、反物質の『運搬』については各々の領邦貴族による責務として行ってもらう。必要な軍備の保有は領邦貴族の特権としてこれを認める」


 そう。長々と説明したが、要するに「自力で取りに来い」ということだ。

 さて、突然であるが、未来の公爵である私ことアルバート・フォン・アウステルリッツには領邦貴族の神聖なる責務であるところの反物質…、失礼、『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも尊い恩寵』の『運搬』をいかにして行うか、これを知る義務と責任と必要があった。いつやるか?当然今のうちからである。

 領邦貴族たる公爵家によって統治されるアウステルリッツ公国にも、国軍たる「アウステルリッツ公国軍」が存在する。そしてこの公国軍は、公国が銀河帝国のうちに占める規模程度には強大にしてめちゃめちゃに大規模な兵力を有していた。私はこのうち、『国民および臣民の代表者による賢明なる決議のもと下賜される、皇帝陛下のもっとも恩寵』の『運搬』を実際に行う「公国宇宙軍護衛艦隊」の護衛任務の実態を体験する、大変に実践的(実戦的ともいう)なカリキュラムが実施されようとしていた。

 しかしながら私には宇宙酔いの傾向があった。さすがに現在では乗った瞬間ゲロゲロするわけではないが、それでも長期間に渡って宇宙船に缶詰めにされるのは、身体の健康を考えたうえで推奨できない。そういった事情から、私が受ける実地教育の期間は2週間に区切られる形になった。これは私が乗り込む予定である『第2護衛艦隊』が護衛任務に当たる期間と完全に一致している。せめて、実際に行われている護衛艦隊の運行そのものを経験させようという意図であることは明らかだった。また、第2護衛艦隊が護衛任務に当たる宙域は、おおよそ公爵家の領内に入ってからさらに目的地である反物質の貯蔵拠点に至るまでとなっている。当然領内の警備は公国軍が大手を振って行っているから、安全はおおよそ保障されたものと考えてよかった。

 

 考えてよかったはずだったんだけどなぁ…。 







「第2戦列艦(フィジリーエ)戦隊が敵前衛との交戦に入りました!」

広域警戒艦(ピケット)は引き続き監視!ビビってたら仕事できねぇぞ!」

「通信干渉の恐れがあります。直掩の装甲駆逐隊との距離がもう少しないと…」

「おい1戦隊残余の掌握まだか!?」

「しょうがない、第3戦隊の重装槍騎兵隊(ランツェンレイター)の隊旗艦を前衛に出す。あくまで偵察だからな?本隊は邪魔にならないとこに置いとけ!」


 火のついたような騒乱のさなか、私にできることは出来るだけ皆の邪魔にならないように艦隊司令部中枢の隅のほうでじっとしておくだけであった。


「うッ…」

「若様、どうかこちらのほうに」


 なるほどこれが宇宙酔いか…。くだらない感慨にふけりつつ、私はソレリアが差し出してくれた袋の中に嘔吐物を流しこむ。


「緊急事態ゆえ、このような状況となってしまいましたがどうかご理解のほどお願いします」


 アウステルリッツ八侯爵家がひとつ、ブランデンブルク=アウステルリッツ侯爵家当主の次男であるエルヴィンは、苦虫をダース単位で噛みつぶしたような表情で私に告げた。

 電力の使用が制限中のため、艦内に展開されているはずの重力制御装置はすべてオフになっている。ソレリアの適切なサポートがなければ、私は危うくアウステルリッツ500年の歴史に文字通りの汚名を記すところであった…。










 帝国貴族の子弟に対してどのような教育を施すべきか。血統による継承システムを有する帝国貴族にとって、非常に重要な問題である。やはり貴族である以上は、有り余る資産と人的資源にものを言わせ、最高品質の個人指導教育を行うのが確かに一般的である。だが一方でそれ以外にも、複数の貴族家が共同で教育機関を設立し、代々にわたって自身の子弟のみを通わせるケースや、独特の信念を有する貴族家の場合、自身の子弟を一般国民が通学するものと同様の公教育機関に通学させるケースなども存在する。


 私の場合、ちょうど記憶の覚醒した時期が長期の休養中だったこともあって、しばらくは勉強らしい勉強をして来なかった(私がこの世界を中世であると本気で信じていたのもこれが主な原因である)が、長期休暇明けになって施される教育の形態は、家庭教師付きの個人指導という、貴族としてはごくごくありふれたものであった。当然その内容は非常に多岐にわたり、人文科学、自然科学、社会科学といった学問分野を中心に、宮中でのマナーや領地経営、家臣や侍従との接し方といった、いかにも貴族らしい内容も含まれる。そしてまた、その中には当然、領邦貴族として必須となる軍事教育も求められていた。


「はじめ、この科目をお任せいただいたころの若様はそれはもう困難の連続でございまして」


 そう懐かしむのは、軍事教育に関する私の教官でもあるフレッド・フォン・ダンネマン中佐であった。


「なにしろ教科書にある宇宙の概略図をご覧になっただけで七転八倒の有様でございましたから。しかし生まれつきの体質を克服なさいまして以降は、大変に目覚ましい成長を発揮なさいました。そうして明後日には艦隊に座上しましての実地訓練でございます。いやはやなんともご立派になられました」


 感慨深げにそう述べる教官は、はたから見れば気のいいおじさんにしか見えないだろうが、実のところ歴戦に歴戦を重ねた武闘派貴族家に名を連ねる猛者でもあった。

 「宇宙海賊」という名称自体がいつどのようにして生まれたのかは定かではないが、この手の犯罪集団の存在が、人類史における宇宙開発の負の側面として長年認識されて来たことは間違いない。それでも宇宙開発の歴史がまだ浅い時代においては、厳重な搭乗前検査を乗り切ったうえで持ち込んだちんけな危険物によるジャック行為や、公転間軌道に浮遊する小惑星資源の乱掘などに終始していたが、航行中の宇宙艦船を小型宇宙艇等で襲撃し、積み荷や艦船そのものの略奪を行う手法が確立され始めると、「宇宙海賊」の存在は徐々に「人類共通の敵」とみなされるようになり、人類が宇宙空間での戦闘を本格的に行いだした大開拓時代に至っては廃棄、遺棄された雑多な兵器類を回収することで一層の集団化、多角化、大規模化が進んだ。こうした宇宙空間の治安悪化はペルセウス連邦という汎人類的な星間国家の枠組みが登場することよって一旦は下火になったものの、慢性的な経済的抑圧とペルセウス動乱の発生によって宇宙海賊の活動は再び活発化。さらにそこへ分離主義勢力が流入し各加盟国が各々で抱える紛争や対立問題へも飛び火するというもはや訳が分からない事態へと陥り、ただでさえ末期的症状を示していた連邦の統治能力に致命的な損傷を与えた。「連邦と星間企業ステラ・コーポの存在によって、円環の完成と宇宙海賊の進歩は500年早まった」と、当時の悲観主義者は言い残している。当然、円環を継承した銀河帝国がついでに宇宙海賊対策の仕事も継承する羽目になったのは言うまでもない。

 公爵家の開祖ジークフリートも、最も苦労したのが宇宙海賊への対応であったと後に述懐している。


『私は朝が来るのが憂鬱であった。朝になると計画中であった物資輸送がおじゃんになっているからである。ある日私は考え方を変え、一日中船団護衛の司令部に詰めることにした。襲撃の報告に応じて、随時物資輸送の航路計画を修正・変更し、宇宙海賊の目をくらまそうとしたのである。そして174回目の襲撃が報告される頃、私はむしろ宇宙海賊と一緒になって皇帝を襲撃したほうが何かと早く決着がつくのではないかと思うようになった』


 その後もジークフリートは宇宙海賊に対して攻勢・弾圧・抵抗・妨害・説得・交渉・懐柔・懇願といったあらゆる手段を尽くしてその鎮静化に努めたが、その努力をあざ笑うかの如く、領土の拡張とそれに伴う新星系の開拓に比例して盗難、密売、襲撃、拉致、爆破、侵攻、併呑、虐殺といったあらゆる被害が増加していった。結局のところ、宇宙海賊を構成する人的資源の供給源であるところの「貧困」や「腐敗した社会環境」そのものを撲滅するという地道かつ間接的な対応でもって宇宙海賊による悪行は確実に減りつつあったが、それでもアウステルリッツ公国軍は延々500年に渡って宇宙海賊との戦闘を現在進行形で未だに繰り広げている。

 私の教官であるダンネマン中佐も、長年にわたって宇宙海賊との死闘を繰り広げてきたダンネマン領邦騎士家の一員である。非常に強力な正面戦闘力を有することから対宇宙海賊戦闘にも多く投入され(それゆえに損耗率も大変高い)戦列艦(フュジリーエ)部隊の指揮・運用を長年務めたグレゴリア・フォン・ダンネマン予備役上級大佐を父に持ち、本人も教官としてのポストに就くまでは地上より宇宙にいた期間のほうが長かったという生粋の宇宙船乗りである。


「さて若様。私が幾度も申し上げてきました通り、宇宙海賊というは非常に卑劣で、臆病で、逃げ足が早い連中です。しかしながら一方で、非常に強靭で、機敏で、有能であるという特徴も備えています。今回若様が座上致しますのは、我がアウステルリッツ公国宇宙軍艦隊総軍に所属する第2護衛艦隊でございます。訓練といっても視察の要素が大きいものですので、航路は特に安全なものを選択いたしましたが、誠実に申し上げまして絶対に安全であるという保障は致しかねます。であるからこそ、家臣の働きを知り、より一層今後のお勤めの糧としていただくことを私としましては願ってやみません。どうか、お気をつけて」


 積極的に評価すれば、ダンネマン中佐による説明は極めて公平かつ客観的であり、武人としての誠実さを反映させたものであった。ただし、指導はあくまで指導であり、現実に対応できる即効性を持ったものではない。私は自身の無力さを噛みしめながら、半ば現実逃避の意味を込めて、再び回想を続けることにした…。




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