八十八話 何フラグ建ててんだ!
結界からリコが飛び出し追躡竜の後を追って走り出していた。
物凄いスピードだ。
地球のどんな短距離アスリートも敵いそうにない。
明らかに世界新を大きく上回る速度で追躡竜に追走する。
いくら獣人の身体能力が高くても、ここまで超人的じゃないだろうから、身体強化魔法を発動しているのだろう。
突然背後に現れたもう一つの【マーキング】が繋がった存在に、追躡竜はその存在を確かめるために振り返ろうとする。
その瞬間をリコは見逃さなかった。
「いきなりとんでもない所から出てくるんじゃない! おかげでこっちの準備が台無しだろ!」
そう叫ぶと、俺が渡しておいたビール瓶を投擲する。
ビール瓶は凄まじいブーメラン軌道を描いて回転しながら追躡竜の鼻先の角に命中して割れた。
瓶から液体が飛び散って追躡竜の顔面全体を濡らす。
ナイスだ!
こちらの狙い通りに命中させてくれた。
しかし、追躡竜の位置は崖まで距離がある。
どうしたものか……。
何とかあともう少し崖に寄せないと……。
突然現れた新しい獲物を前に、どちらを先に狙うのか決めかねて追躡竜の足が止まってしまった。
それを見たアルドはすぐに行動を起こす。
「アタヤイナヨケハトテニコバリキド!」
!!
アルドが何か呪文を詠唱した。
前回の使ったものとは別物だ。
一体何の魔法だ?
「お前の相手は俺だ!」
アルドがそう叫ぶとアルドが剣を振るう。
訳がわからない。
アルドの位置から追躡竜まではまだ20m以上離れている。
にもかかわらず、追躡竜の足から鮮血が飛び出る。
傷自体は非常に軽度で、やつの薄皮一枚切ったに過ぎない。
構わずアルドは剣を振り続ける。
アルドが剣を振るたびに追躡竜の皮膚が切り裂かれる。
これはアレだ。
遠隔斬撃ってやつか……。
地味にアルド凄いな。剣が届く範囲外にも攻撃できるとは……。
こうしてはいられない。
アルドが追躡竜を引き付ける前提で、俺も手筈通りに術式の準備を始める。
追躡竜もアルドの方がリコよりもうっとおしいと判断したのだろう。
アルドを先に餌にしようとアルドに向けて突進を再開する。
構わずアルドは追躡竜に剣を振るい続けている。
このタイミングで俺も【プチピリカシールド】と【ブレイクスルー】を発動して、結界から飛び出し、同時に脳内PCに弾道計算を開始させる。
追躡竜も当然、新手の出現に気付いているがもはや止まれない。
アルドを先に食らうことを優先させる。
追躡竜の鋭い牙がその身に届く直前で、アルドは崖に身を躍らせた。
木に縛り付けている命綱がシュルシュルと伸びていきやがてピンと張りつめた。
日本製の耐荷重700kgfのクレモナロープだ。
鎧を着ているとはいえ、アルド一人分の重量で切れたりはしない。
ちなみにこの手の芸当をアニメやアクション映画でよくやっているが、絶対にやってはいけない。
これを地球でマジにやると落差2mで普通に死ねるから。
もし助かっても、一生回復できないような重篤な後遺症が残ってしまう。
ロープが伸びきって落下エネルギーがロープから体に伝わった瞬間に背骨と内臓が砕ける。
物理を超越した強化魔法というトンデモ理論が介在しているからアルドは死なずにこんなマネが出来ているということを補足しておく。
娯楽施設にあるバンジージャンプなんかは、ちゃんと衝撃を吸収出来るようにロープやハーネスが緻密に設計されているからな。
アルドを食べ損なった追躡竜は崖っぷちでうなり声をあげている。
いくら居場所を特定できても、さすがに崖でぶら下がっているアルドを簡単には追えない。
となれば、次の獲物は当然新たに現れた俺になるだろうな。
魔力の受容体がない俺にはわからないけど、ばっちり【マーキング】されているらしいから。
追躡竜が次のターゲットである俺の方に頭を向ける。
俺は当然、この瞬間を待っていた。
絶妙のタイミングで脳内PCが弾道計算を完了させる。
俺は脳内PCが弾き出した軌道通りに【クリメイション】を発動させる。
「……勝ったな」
どこかの特務機関の副司令官みたいなキメ顔で言っておいた。
次の瞬間、追躡竜の頭部がパッと花が咲いたように発火する。
なぜ、自分の頭が突然燃えることになったのか、恐竜ごときのおつむでは理解できまい。
リコが投げつけたビール瓶の中身はもちろん、【ガソリン】である。
普通にお約束だ。異世界ではもはや精製不可能と思っているので、車と携行缶に残っているだけが世界に現存する超希少物資だ。
だけど、こいつの発火性は折り紙付き。
1000度の【クリメイション】なら、たとえ命中しなくても掠めただけでも発火する。
もはや爆発といっても過言ではない。
「グギャアァァ!」
追躡竜はあまりにもの苦痛で暴れまわっているが、もはや状況は詰んでいるだろう。
まず炎が皮膚を焼き、さらに周囲の酸素を奪う。
吸い込む空気は毒性の高い火山ガスを含み、しかも気管や肺を容易く焼くほどの高温だ。
こいつが肺で呼吸をしている生物なら耐えられる道理はない。
これで勝ち確じゃなければ俺は【ポータル】で逃げるぞ。
あとはそのまま、その覚束ない足をもつれさせて崖から落ちてくれれば決まるだろう。
「すごい…… ハルト……これ、やったんじゃないの?」
リコが尻尾振りながらこっちに走ってくる。
駆け寄ってくるリコの姿が追躡竜の視界に入ったようだった。
最後の力を振り絞って追躡竜がリコに向けて爪を振り下ろそうとしてるのが見えた。
「あのバカわんこ……。何フラグ建ててんだ!」
すいません!やっちまいました。
つい、いつもの癖で脳が21:30投稿になってました。
次回、八十九話はこのまま連投します。十五分以内にあげられるように頑張ります!
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