八十話 あれが異世界の呪文詠唱か!
「じゃぁ、俺はもう町に入れないどころか、近づくこともダメって事?」
「今のままじゃそういうことになるね」
「今のままってことは…… 入れるようになる方法はあるって事?」
「ああ、とてもシンプルな方法がな」
えっと、俺はその方法が分かっちゃいましたとも!
なんてったってオタクだからな……。
「あたしたちを【マーキング】している追躡竜を倒せば、当然【マーキング】も失われるからね」
ですよね……。
さてと…… どうするかな?
確かピリカは【本気出せば敵ではない】的なことを言ってたか……。
いざとなれば【先生! お願いします!】で、ピリカ先生に始末してもらうか……。
しかしこれはあくまでも最終手段だ。
いよいよとなったら、二人を見捨てて【ポータル】でピリカと二人でひとまず脱出、というサブプランもある。
これはさすがにやってしまうと寝覚めが悪すぎる。
実行してしまうと、しばらく悪夢にうなされそうだ。
可能な限り状況を見極めながら、最善の手を模索していくことにしよう。
「追躡竜相手にテゴ族がどこまで粘ってくれるかで、やれることはかなり変わってくるな」
「テゴ族があれに勝ってくれる可能性は考えてないんだな?」
「絶対にありえないからね。勇者パーティが討伐に駆り出されるほどの魔獣に、テゴ族程度が勝てるわけないでしょ?」
リコはさも当然のように返答する。
俺はリコの言葉こそ聞き逃せないと思うぞ。
「今の言葉だと、二人はあれを倒すためにここに来たって事なのか?」
「二人じゃなくて、俺達【勇者セラス】のパーティーは……だ」
「残念だけど、あたしとアルドだけじゃ、勝ち目はないよ」
だろうな……。
追躡竜よりはるか格下と言ってるテゴ族相手に、捕まった上、ひん剥かれて餌にされそうになっているようじゃな。
多分、俺も似たようなものだろう。
【プチピリカシールド】も、やつに一回蹴られたり、噛みつかれただけで、パリンといってしまうと思われる。
なんかゲームで言うところの【ハメ殺し】的な戦法が必要な気がするな。
不意に、先頭を歩くリコが足を止めて俺達に止まるように手で合図してきた。
「魔物だよ。30コルで遭遇する…… 【クルトファール】が二匹」
え? 何そいつ?
初見の魔物か?
「ハルト、【デカネズミ】のことだよ」
ピリカが俺の疑問を察知して補足してくれる。
【デカネズミ】は地球…… というか、日本での呼び名だもんな。
ラライエでは【クルトファール】なんて呼ばれているのか。
今更なんで、従来通り【デカネズミ】と脳内変換しておくか。
ちなみにコルはラライエの時間の単位だ。1コル=6秒ぐらい。
30コルで約3分。ややこしいので以降は地球時間単位に脳内変換する。
しかし、すごいなリコ。
獣人の種族的能力なんだろうな……。
徒歩30分離れたところにある自分たちの装備の場所を嗅ぎ分けたり、視界より遠くにいるデカネズミの接近をすでに察知している。
方法は違いそうだが、索敵能力はピリカ並みじゃないのか?
「あたしがやるから、気付かれないようにそこで静かにしていてね」
「じゃ、任せた」
アルドはそれだけ言うと身を低くして、敵から見つかりにくいように身を隠す。
俺もそれに倣って重心を低くする。
念のためサイを両手に装備しておく。
「結構気になっていたけど、なんだか変わった武器だな。初めて見る形状だ」
「俺の故郷でも結構マイナーであまり使ってる人はいないよ」
「別に武器は抜かなくても平気だ。デカネズミ如きなら、リコが仕損じることは絶対に無いさ」
そういえば、デカネズミ相手に負ける冒険者はいないってピリカも言ってたな。
なら、大丈夫か。
俺はサイをベルトに戻して両手をフリーにする。
視線をリコの方に戻すと、リコが何か意味不明な言葉を口走っている。
「ワノウヲキハキトハゴトヤムユリトジモシレゼサガバナ」
??
えっと、リコは一体何言ってんの?
…… ってアルドに訊いてはいけない感じがするな。
ここはピリカに教えてもらおう。
アルドとリコに気付かれないように日本語で……。
『なぁ、リコは何やってるんだ?』
『魔法を使ってるんだよ。あれは【呪文】の詠唱だね』
おお、あれが異世界の呪文詠唱か!
そう言われてからみると、なんか感慨深いな。
なんせ、ラライエの人間が魔法使うところ見るのは初めてだからな。
『リコはどんな魔法を使ってるんだ?』
『見てればすぐにわかるよ』
効果はすぐにわかるような種類のものらしい。
ワクワクしながらリコの動向を見守ることにする。
呪文の詠唱が終わるとリコはその場からジャンプして木の枝に飛び乗る。
……えっと、今飛び乗った枝までの高さって10m以上あったよな。
獣人の身体能力が人間以上だとしても、そこまでは無いでしょ。
脳内PCの測量アプリで測定したら、リコが飛び乗った枝までの高さは11.5mだった。
なるほど…… 身体能力向上のバフ系魔法か。
俺の【ブレイクスルー】とは違った方向性の強化って事か。
多分、跳躍力のブーストだと思う。
素早さなんかも強化されてるかもな。
枝の上でリコはさらなる詠唱を開始している。
「ヒデハチレノコシサガベハシワトナシ」
詠唱を終えると、そのまま、二度枝を飛び移った。
おそらく、攻撃を開始するための位置取りをしたのだろうな。
樹上でリコはベルトのホルダーから、苦無によく似た投擲武器を取り出した。
ここからでは見えないけど、デカネズミを視認したか。
次の瞬間、リコは武器を二つとも真正面に投げつける。
デカネズミがいるのは地上だろ?
何で前に投げる?
何もない空中に投擲武器(もう俺的には苦無でいいや)が飛んでいく。
意味が分からん……と、思ったその時だ。
苦無があり得ないブーメラン軌道で地上に向かって飛んで行った。
もはや、曲射なんて生易しいものではなく、完全に力学的な法則を無視した軌道だった。
「マジかぁ……」
リコの二つ目の魔法は苦無の軌道操作またはホーミング的なものだと推測した。
しかし、ここまでぶっ飛んだ飛び方するのか……。
ラライエの魔法おそるべしだな。
攻撃の結果を見届けたのだろう。
少しして枝を飛び移って、リコが俺たちのところに戻ってきた。
「お待たせ、終わったよ。もう大丈夫だから」
「お疲れさん」
アルドがリコを労う。
「何言ってんの? あんなの戦った内に入らないよ。トレーニング以下の準備運動だっての」
「なら先を急ごう。テゴ族が全滅したら奴はすぐに俺達を追ってくる」
「……そう、だね」
俺たちはすぐに移動を再開する。
移動し始めると、すぐにデカネズミの死体が二つ転がっているのが見えた。
これがリコが倒したやつに違いない。
デカネズミの後頭部に一本ずつ、苦無が突き刺さっている。
リコは死体のところまで行くと、苦無を引き抜いて回収する。
さすがに使い捨てにしていたら、いくら武器があっても足りないよな。
こんな魔境では特に……。
回収できるものはやっておかないと……。
武器がなくなったら命とりだろう。
「ところで、テゴ族はあの怪物相手にどのくらい粘れそうなんだ? 予想はできたりしないか?」
「難しいな。テゴ族に勝算はないのは間違いない。あの集落に何匹のテゴ族がいるのかで、全滅までの時間が変わってくる」
「あいつが乱入してきたとき、100匹はいなかったぞ。おおよそだけど7、80匹ってところだった」
俺は二人を引っ張っりだしてからのテゴ族の状況を伝えた。
可能な限り、俺とピリカの手の内は隠しながら……。
「なるほど、集落の外側に出ていたのが次々と戻ってくるだろうからな。すぐに全滅はしないとは思う。それでも、夜までもってくれれば上出来だろう」
実質日没までは奴は足止めを食らってくれるか……。
そこから、追躡竜がまっすぐに俺達を追い上げてきたとして、どのくらいの時間で追いついてくるのか……。
どちらにしても、夜間の戦闘になるか?
まずいな。
この森の夜間は危険すぎる。
そんな状況で追躡竜と戦っていられない。
「ハルトハルト!」
ピリカが俺に何か言いたいようだ。
『ピリカの結界の中にいればあいつのリンクは働かないよ?』
日本語で言ってきているということは、二人にはすぐ知られないほうがいいかもしれないということか……。
でも、それは重要情報だ。
『マジで?』
『マジで』
『それって、結界に入れば奴の【マーキング】は解除されるって事か?』
『そこまで都合よくはないよ。あいつの【リンク】はお互いの魂に絡みついてるから、どちらかが死なないと切れないよ。それでも結界の中にいる間だけは、あいつはこっちを見失うはずだよ』
『そうか、夜にあれと戦う事態だけは回避できるな』
どうやら、明日の朝までは時間が稼げそうだ。
「ねぇ、ハルト! それどこの言葉よ? あたしたちにもわかるように話しなさいよね!」
さすがに二人にも俺達が日本語で堂々と内緒話をしているのがわかったらしい。
ここまで大っぴらにやってたら当然か。
今の会話は俺達がそろって生存するために重要なピースだから、少し教えてやろう。
「ああ、ピリカが明日の朝まで時間を稼ぐ手があるってさ」
「本当か?」
俺は二人に頷いて肯定しておく。
そして次の手を二人に提案する。
「一晩あれば何か作戦を立てられるかもしれない。今は、少しでも距離を稼ごう」
「わかった」
次回、八十一話の投下は1時間後、4月27日の23:30頃を見込んでいます。
緊急事態宣言のおかげで木曜日以外はテレワークになりました。
実際問題テレワークの方が社畜になってる時間が長かったりします。
これが吉と出るのか凶と出るのか……。
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