七十三話 俺の中での最善手はこっちなんだ
そのまま引っ張ること30秒ぐらいだろうか?
なんとか彼女を集落の外側にある茂みの裏側まで、連れ出すことに成功した。
俺は獣人の娘をそのまま開放して声をかける。
「すぐにもう一人のお兄さんを運んでくる。そのまま静かにしててくれ」
「うっ、くぅっ、お、おねがい」
見たところ、かなり息が乱れている。
強引に引っ張ってきたからな。
相当に傷が痛むのだろう。
可哀想だとは思うが、すぐに死なないのならひとまずはOKとしないと……。
今はテゴ族に気取られる前に二人を集落の外まで連れ出すのが先決だ。
俺はすぐにもう一人を連れ出すために集落内に駆け戻る。
ピリカはまだ、テゴ族の注意を一身に引き付けてくれている。
そのおかげで人間の男の方もまだ無事だ。
「お待たせ、無事みたいだな。お兄さんもすぐに運び出すから」
「ああ。すまないが頼む」
こっちの男の方は獣人の娘よりは話が分かりそうだ。
よく見ると男の方が年齢も少しばかり上に見える。
獣人の方は種族が違うから実際のところは分からんけど。
さっきと同様に両脇の下から腕を通し、そのまま全力で男を引きずりながら後退していく。
獣人の娘とほぼ同じペースで集落の外側まで運び出すことに成功した。
テゴ族たちはエサとなる二人が居なくなったことに、まだ気付いていないようだ。
そのまま男を獣人の娘の横に並べて転がしておく。
「すまないけど、しばらくこのまま静かにしていてくれ」
「ひとまずは助かったよ。で、これからどうする気なんだ?」
「わかってると思うけどさ。身動き一つ取れない怪我人を二人も抱えて奴等から逃れるのは無理だ。だから、ちっと行ってくる」
「うっ ……まぁ、そうだよね」
獣人の娘のケモミミがしおしおと垂れ下がる。
どうやら、このままここに捨て置かれると思ったのだろう。
「今の状況で安全を確保するには奴らを全部倒すしかないでしょ。もうちょっと我慢してくれ」
「おい、ちょっと待て! 150体以上のテゴ族を一人で全部倒す気か? バカなことはよせ! それよりも助けを呼んできてくれ! もしかしたら、俺達を探して勇者セラス達が近くにいるかも知れない。俺達のことはここに置いて行ってくれていい」
「!! そう! そうだよ! セラスがあたしを見捨てていくわけがないよ! きっとあたしを探して近くまで来てるはず!」
さっきまで淀んでいた獣人の娘の瞳に光が戻り、耳も元通りピンと立ち上がる。
いや、わんこは分かり易いな。
どんだけそのセラスって勇者が好きなんだって話だ。
「あんた達にとっては、それが最善手かもしれないけどさ。俺の中での最善手はこっちなんだ。いつまでもピリカ一人に戦わせるわけにもいかないし」
俺は二人をその場に残して集落に戻る。
「【ピリカ】ってあの光の精霊の事だよね? ひょっとしてあの子……」
「ああ ……信じられないけどあの年で【精霊術師】だろうな。しかもあの【契約精霊】…… 相当強力だ」
なんか、後ろから俺の事についてあれこれと推測している会話が聞こえるが、構っていられない。
早くピリカのところに駆けつけないとな。
集落ではピリカ無双が繰り広げられている。
数十体のテゴ族の死体が転がっているが、まだ百数十体以上のテゴ族が健在だ。
……ってかテゴ族の数、むしろ増えてないか?
どっから湧いてきてるんだ?
俺は背中のG管を利き腕に持ち替えて、左手に【フルメタルジャケット】を握り込む。
「ピリカ! こっちだ!」
俺の声を聴いたピリカは、近接戦闘を中断して、俺の隣までピューンと滑空して戻ってくる。
ピリカを追いかけて、追従してくるテゴ族の先頭のやつから順番に【フルメタルジャケット】をお見舞いして眉間に風穴を開けてやる。
想定通り、奴らは鉛玉を防ぐ手段も知恵も持ち合わせていない。
「ハルト、もうあいつら引付けなくていいの?」
「ああ。あとはこいつらを全部片づけるぞ」
対物理に関してはほぼ無敵のピリカだが、魔力を帯びた魔法金属の武器と攻撃魔法は普通にダメージが通るらしい。
俺の魔法はピリカ自身の魔力で発動しているものだ。
だが攻撃魔法であることには変わりない。
もしかしたら、自分自身の魔力でもフレンドリーファイアがありうるかもしれない。
だから絶対にピリカに誤射しないと確信が持てないときには、攻撃魔法は使わないと決めている。
これから俺が使おうとしている新魔法は所謂、範囲魔法の側面がある。
そのため、ピリカを巻き込まないように俺の隣まで呼び戻したわけだ。
ピリカは隣で【ピリカビーム】を連射して迫りくるテゴ族を倒し続ける。
俺は新魔法の術式が記述された紙を取り出す。
今までの戦闘用術式の紙は全て名刺サイズだが、この新魔法の紙のサイズはB5サイズだ。
従来の魔法より起こす事象が大掛かりになってしまうため、これ以上の小型化は無理だった。
範囲魔法としての効果を期待するなら、先頭の奴に命中させても最大効果は期待できない。
先頭よりやや後列にいるテゴ族に命中するよう、脳内PCに射出する魔法の軌道計算を開始させる。
精密射撃ではないので、大きく目標を外れなければそれでいい。
なので、今回の弾道計算はあくまでも最低限の簡易的なものだ。
脳内PCが即座に弾道をはじき出す。
俺は脳内PCの示す軌道通りに魔法を発動させる。
術式が消失して魔法が打ち出される。
まぁ、この魔法、人間の肉眼で視認できないけどな。
俺の目には全く見えないが、魔法は放物線を描いて五秒ほどで敵集団のやや前方に命中するはず……。
数秒後、数人のテゴ族が全身から発火して火だるまになって倒れる。
「ぎゃわぁぅ!」
「ふぎゃぁ!」
急に同族が発火して、テゴ族は更に混乱に陥るが、状況はそれだけでは済まない。
発火したテゴ族の周囲にいた者たちも、パタパタと倒れ始める。
叫び声一つ上げることなく急に意識を刈り取られていく。
奴らが自分の身に何が起こったのか理解することは絶対にない。
これこそ、俺の新魔法【クリメイション】だ。
次回、七十四話の投下は1時間後、4月25日の22:30頃を見込んでいます。
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