七話 でもこれって普通に人間辞めてるよな?
それから、五時間程度眠っていたようだ。
意識が戻ったとき、脳内PCの時計は午前10時を少し回っていた。
目覚めと同時に眠る前にしていた嫌な予感が的中したと確信した。
はい、真っ暗です。
完全な闇の世界でした。
午前10時なら普通は【太陽サンサン熱血なんちゃら~~!】のはずが、眠る前と同じ状況である。
悪い方の予想通り、シャボン空間の外は太陽光の無い環境だった。
人間はある程度、太陽光が必要な生物である。
太陽光が無いと体内のビタミンDの生成に支障があるそうだ。
また、体内時計が狂いやすくなって、体調に変調をきたすらしい。
これは…… 半年後の餓死を待たずに病気になったりするかもな。
乾電池の備蓄は半年分以上あると思うが、電球は持つだろうか?
複数の懐中電灯や電池式のランタンなどもあるが、電球の替えはあまりない。
落としたりして壊さないように使わねば……。
光源の重要度も一気に高まった。
もはや、懐中電灯なしではシャボン空間での生活が成立しない。
今日はどうしようか。
保留にしていた俺自身の異変について、確認・検証をするべきかな。
まずは脳内PCから始めよう。
今わかっているのは、俺の中にPC本体とPCに物理的に繋がっていた機器が存在しているということだ。
じゃあ、体内のどこに存在しているかと問われれば、正直なところ分からない。
多分脳内なのだろうな? という感じだ。
常時電源が入っていて、考えるだけで操作できる。
キーボードやマウスの操作が不要なので、文字やコマンドの入力の速度が凄まじい。
あんまり気にしてなかったPCのシステム的な部分も感覚的に理解できる気がする。
これって、脳がPCと一体化しているせいなのか?
だとしたら、どこまでの事が出来るのだろうか?
蓄えられていたデータへのアクセスや動画の再生。
ソフトウェアの起動・操作は出来ている。
未来型アニメみたいに首筋やこめかみにコネクタなどは無い。
なので、外部デバイスとの物理接続は出来そうにない。
しかし、無線LANやBluetoothの電波は自在に出したり受信したりできるっぽい。
PCが操作に反応して、電波出したり受信しようとしたりしているので、そんな気がする。
無線デバイスを使うなら、外部機器とのアクセスもできそうだ。
あとは、凄いことに気がついた。
俺自身はPCのプログラムについては高いスキルを持っているわけではない。
中高生の頃にBASICやCOBOL、C++の基礎くらいは勉強した。
勉強はしたが、所詮はその程度できょうびのプログラム言語については深い造詣はない。
にもかかわらず、感覚でアプリ的なものを作成できてしまうことが判明した。
何コレ? すげー!
この辺はもうオタクお約束のご都合主義解釈でいいよな?
手足を動かしたり、息したりするのに肉体の制御とか意識してないのと同じ…… と、考えることにした。
もはやPCは俺と一体化しているから、こんなことができているのだろう。
あ、でもこれって普通に人間辞めてるよな?
こうなると気になるのは、どこまで脳内PCに入り込めるのかということだ。
謎の思考操作でソフトウェアの作成ができてしまってはいる。
しかし、別にソースコードを理解して記述しているわけではない。
試してみたのは画面上に●のカーソルを表示させて、ゲームコントローラの操作で自由に移動させるプログラムを生成して頂戴!
……って脳内PCに思考を飛ばしてみた。
それだけである。
そしたら、なんかそれっぽい【point_mv.exe】ってファイルがデスクトップに出来ていた。
これを実行したらその通りの結果が得られている。
(脳内に……だけど)
はてさて、一体どういうプロセスでこのアプリが生成されて動作しているのか……。
俄然気になってきた。
プログラムの動作自体をトレースとかできるのかな?
プログラムの内部処理を知覚してトレースしたい!
そうPCに思念を飛ばし、【point_mv.exe】をダブルクリックした。
その瞬間、体に異変が現れた。
「ぐっ ……が。はぁっ! うぐっ!」
なんだこれ?
息ができない?
体幹を保っていられない。
目が見えなくなった。
耳も聞こえない。
床に倒れ伏して、全身がビクンビクンと痙攣をおこしている。
間違いなく危機的状況に陥っている。
何とかしなくては……。
声も出せない。
全ての感覚が無くなっている。
とにかく呼吸だ。
最優先で呼吸を……。
……呼吸。
そこで意識は無くなった。
意識が戻ったのは、それから三日後。
11月29日の昼過ぎだった。
まだ体の自由は利かない。
まさに生まれたての小鹿状態である。
両膝をプルプルと震わせながら机に掴まって立ち上がる。
ズボンと足元に嫌なシミが広がっている。
どうやら、気絶中に失禁していたようだ。
ズボンと下着を洗って再利用するか、廃棄してしまうかの二択に悩む。
とにかく水は貴重なのだ。
ふらつく体で何とか甥っ子のズボンと下着を履き替えて一息つく。
一時間ほどソファーで休んだ。
やっと幾分体が動くようになってきた。
今回はマジで死んだと思った。
「危ねぇ…… 何とか生きてた」
11月23日以降、すでに二回死んでいてもおかしくない事態だ。
今、俺のサイズに合う服は少ない。
苦渋の決断だが、ズボンと下着は洗って使うことにした。
浴槽の溜め置きの水を使って、ジャージと下着を懐中電灯の明かりだけを頼りに、ごしごし洗う。
洗いながらこんな事態になった反省会だな。
原因はすでに仮説がある。
当然、脳内PCが原因だ。
脳内PCに深入りしすぎたせいだろう。
PCがプログラムを実行するにあたり、行われる内部の演算は膨大なものである。
カーソルを画面に表示する場合、端末からは【カーソルを表示せよ】という命令一つで出来てしまう。
しかし、内部ではこれを実現するために多数の演算処理を必要とする。
40年前の8ビットPCならいざ知らず、近年のマルチタスクが当然のPCが行っている演算量は凄まじい。
二世代前のOSとはいえ、一秒間に数千万回、高負荷時は数億回の演算を行っている場合も普通にある。
もちろん、人間の脳は一秒間に数千万回の演算を知覚できるように出来ていない。
脳のすべてのリソースをPCの演算トレースに使っても全然足りない。
呼吸をしたり、心臓を動かしたりするためのリソースさえも、一時的に持っていかれてしまったのだろう。
初めて臨死体験をしてしまった。
金輪際、勘弁してほしい。
脳内PCとの付き合い方は、慎重に行わないと危険であることが分かった。
原則、脳内PCへの介入はプログラミング&入力or命令を行い、結果の出力を受け取るだけに留めなければ命に係わると結論付けた。
俺の体に起きたもう一つの異変。
小学生化だがこれについてもさっぱりわからない。
変な黒ずくめのマフィア的な人物に、怪しい薬を飲まされた記憶はもちろん無い。
地震で意識を失ったときに、女神さま的な何かに夢の中で会った覚えもない。
考えてもわからないので、ひとまず現状を受け入れるしかなさそうだ。
肉体的には小学生高学年くらいで、これから更に充実していく感じの成長期の入口だろう。
このまま引きニートを続けていたら、せっかくの若い体は衰えていくだけだ。
仕方がない。
この年齢当時と同じように、鍛錬も交えながら過ごすとするか。
半年以内にシャボン空間からの脱出を成し遂げないといけないのだ。
身体能力で乗り切らないといけない局面があるかもしれない。
八話の投下は一時間後の22:30ぐらいを予定しています。
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認識できるだけでもモチベーション変わってくるっていう先達の言葉の意味が
投稿開始三日で実感できましたとも。