六十四話 偉大なる地球のオタ知識をなめんなよ!
長きにわたる魔族との戦いもついに佳境を迎える。
人類は魔族の戦士と対等に戦える勇者たちを前面に押し出し、魔族を追いつめていく。
魔族に残された最後の砦は魔界の首都、サップマを残すのみ。
もはや人類の勝利は疑いようも無かった。
しかし、人類はその勝利をつかむことができなかった。
サップマを目指し進む人類の勇者たちの行く手を阻むものが現れたのだ。
精霊である。
精霊たちを率いる五体の精霊王は勇者たちに告げる。
「魔族を滅ぼすことを許すわけにはいかない。勝敗はすでに決している…… 剣を収めよ。このまま魔族の都に進むというのなら、我らがお前たちを阻む」
精霊の言葉は人類側には到底、受け入れることはできない。
かつて、魔王を討つために共に戦った戦友であった精霊の大多数は、人類と袂を分かつことになる。
ラライエ創成記より一部抜粋
3月15日
【ポータル】で戻ってすぐ、デカい亀とラプトルもどきを転移してもらってある。
今日は朝からこのラプトルもどきとデカい亀の解体にかかる。
ラプトルもどきは比較的容易に解体できたが、亀はどうしようもなかった。
とにかく甲羅が丈夫すぎる。
どうやっても傷一つつかない。
この甲羅、絶対にカルシウムや角質などで出来ているものではないだろう。
金属でもなさそうだし…… まさに謎物質である。
仕方が無いのでピリカにこのまま氷漬けにしてもらって、ワニの隣に冷蔵してもらうことにした。
どうやってこんなのを倒したのかピリカに聞いてみた。
「ん? 頭をピッて撃ったら倒せたよ」
どんなにデカくても所詮、亀は亀だったか。
ピリカの攻撃を防ぐよりも俺を襲う方を優先するとは……。
今日のところは一日しっかり休養を取って、明日は違う場所・違うアプローチで野営に挑戦してみることにしよう。
3月16日
さて、今日は違うパターンで野営に挑戦してみようかな。
昼を過ぎてからピリカと密林に踏み入る。
今日は異世界ラノベや漫画で見かける方法を検証してみようと思っている。
その方法とは…… 『木の上で野営』だ。
よく漫画やラノベでデカい木の枝の上で一夜を過ごして、安全を確保するシチュエーションを見かけた。
これが上手くいくのなら、この密林突破も結構チョロいんじゃないかな?
何しろこの凄まじいジャングル。
デカい木には事欠かない。
全高200m越えなんてざらだ。
お休みタイムになったらデカい木の枝でゆっくり休めばオールOK!
偉大なる地球のオタ知識をなめんなよ!
……なんて、12時間前の俺は思ってました。
ホントにすいませんでした!
結論。
樹上の野営は論外だった。
マジで誰だよっ!
木の上で寝たら快適で安全なんてラノベや漫画作ったヤツは!
木に登ったら寝ているときに落ちないよう、木に身体を固定するわけだが、これがまず最悪。
寝返りも打てない。
身動きも殆ど取れなくて、寝苦しいなんてレベルではなく、そもそも寝付けない。
しかも、木に縛られて動けない人間なんて、魔物からしてみたら『どうぞ食べてください』と、差し出されているエサでしかない。
地上からヒョウや虎なんかの木に登ることのできる魔物が、頻繁に登ってくる。
ピリカがなんか冷めた目で、次々と登ってくる魔物たちに【ピリカビーム】をお見舞いしている。
そのうちそれだけでなく、周辺の木々からなんかゴブリンぐらいの大きさの多分コアラ? の魔物が飛び移ってくるようになってきた。
何なの? こいつら……。
この五年、昼間は頻繁にこの辺りも来ていたけど、こんな奴らに遭遇したことは全くなかったぞ。
素早い上に数が多く、周辺の木々から次々と飛び移ってくる。
こんなコアラやだ! デカいし目は血走ってるし、牙は生えてるし、めっちゃ数多いし……。
絶対動物園の人気者にはなれないぞ!
これは【ピリカビーム】の処理が追い付かなくなるのも時間の問題だな。
俺は身動きが取れない。
下手に動き回って落下すれば命は無い。
とにかく【プチピリカシールド】を起動して【フルメタルジャケット】の術式を準備する。
射程内に入ってきたコアラ? には俺も【フルメタルジャケット】を食らわせる。
弾丸を受けたコアラ? はそのまま地上に落下して、ヒョウや虎のエサになる。
気付いたら全周囲、魔物だらけだ。
こいつらどんだけ俺を食べたいんだ? 他にもエサはあるだろうに。
たとえ俺が食い散らかされる最悪の事態になったとしても、今ここに群がっている魔物全ての胃袋を満たすだけの量はどう考えても無いぞ。
意味不明である。
もはやこれまでかな?
そろそろ戦略的撤退を考えないといけなさそうだ。
ピリカの援護を中断して、俺の体を固定しているラッシングベルトとカラビナを外そうとしたその時である。
木の上の方から、カサカサと耳障りな嫌な音が聞こえてきた。
すぐに頭上を確認したら真上の視線の先…… 約20m付近から、あり得ないデカさの虫が木の幹を降りてくるのが視界に飛び込んできた。
半端なくキモい。
ピリカの発する光に照らされて、全身を覆う鶯色っぽい光沢の甲殻が反射している。
全長は3mくらいありそうだ。
正確な数は分からないが蜘蛛のような眼球? が10個程ついているが、足の数は六本なので地球の分類的には昆虫で良いのか?
繰り返すが、とにかくキモい。
こんなデカさの節足動物が身体を維持できるなんてあり得ないだろ。
俺は躊躇なくこのデカい虫に【フルメタルジャケット】を斉射する。
出し惜しみなんてしてられない。
弾丸は全弾命中して虫の甲殻を貫くが、虫は全く怯むことなく俺めがけて突撃してくる。
やはり虫だけに痛覚は無いのだろうな。
……となると、脳を打ち抜くしかないと思われるが、このデカさでありながら虫としての本能のみで活動しているとすれば、こいつの脳は米粒以下の大きさしかない可能性もありそうだ。
脳が頭部にあるのは間違いないだろうが、正確な場所も分からないのに脳を狙って破壊するのは無理そうだ。
そんなことを考えながら迎撃を続けるが、もうこのキモい虫は目前に迫ってきている。
俺を押さえつけようと、鉤爪のついた前足を俺に伸ばしてくる。
鉤爪が俺に届く寸前で【プチピリカシールド】が発動してデカい虫の攻撃を阻む。
攻撃を防がれても一切意に介さず、なんかギザギザのついた上あごで俺の頭を齧ろうとしてくる。
すかさず二枚目の【プチピリカシールド】が出現してデカい虫の噛みつきを防ごうとしてくれる。
【プチピリカシールド】越しにデカい虫の上あごからギチギチギチってなんか嫌な音が聞こえてくる。
ヤバい!
これはマジでヤバい!
ピリカはコアラ? の迎撃に専念していて、俺の絶体絶命に気付いていない。
なりふり構わずピリカに助けを求める。
「ピリカぁ! すまないっ! 超ピンチだ! ヘルプみぃ!」
「!! ハルト! いやあぁっ! 死んじゃやだぁ!」
半ば絶叫に近い声を上げて、ピリカが俺の救出に駆けつける。
そのスピードは俺の肉眼に捉えられないほどだ。
瞬間移動でもしたんじゃないかと思ってしまった。
多分、音速は超えていただろう。
実質、物質界に質量を持たない精霊のピリカでなければ、ソニックブームが発生していたと思う。
「こんの虫けらがぁ! ハルトに何してくれてんだぁ!」
ピリカさん、言葉……言葉がかつてないほど汚いよ。
非常事態なのに心中で突っ込んでしまった。
【プチピリカシールド】が何枚も同時に生成されているから、術式のリソースが凄い勢いで失われていってる。
状況に全然余裕はない。
あと5秒くらいで【プチピリカシールド】の効果は失われそうだ。
ピリカはそのまま問答無用で、デカい虫に光る手刀を連続で見舞う。
振るう手刀が光の軌跡を描き出す。
その光に沿って、デカい虫はバラバラの輪切りになって落下していく。
前にピリカがあみ出した【美利河 碑璃飛離拳】だ。
お遊び抜きで発動させたらこれほどまでに強力なのか。
これやっぱり、近接戦闘でも無敵じゃね?
とりあえず目前の死の危機は回避したが……。
俺はというとエライことになっている。
ほぼ密着に近いところまで接近していたデカい虫がいきなりバラバラになったから、その体液や臓器をまともにかぶる羽目になった。
もう全身キモいデロデロまみれだ。
しかし、それを嘆いている暇はなさそうだ。
今も次々とコアラ? やヒョウが下から群がってきている。
ラッシングベルトとカラビナを外して、体の自由を確保してピリカに声をかける。
「すまん、ピリカ。助かったよ。ここはもう無理だ。【ポータル】で脱出するぞ!」
「うん!」
俺はジャケットのポケットから【ポータル】のミスリル板を取り出す。
ピリカが俺にしがみついて【ポータル】の有効範囲内に入っていることを確認して、術式を発動させる。
次回、六十五話の投下は1時間後。4月22日の22:30ぐらいを見込んでいます。
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