六十二話 全くもう! 油断も隙も無いんだから!
3月13日
【ピリカストレージ】が完成して半年ぐらいかな。
早ければ、俺の肉体はそろそろ年を取り始める頃合いだ。
ピリカがいうには±数ヶ月の誤差はあるらしいけど……。
ピリカさんは朝から元気に空を飛び回って【シャシャァ!】をやっている。
今になってふと思うことがある。
この家周辺に張り巡らされている結界って、認識阻害の効果も有るようなことを言ってたよな?
なのに、ピリカが頻繁にやってくると言っているデカい羽虫って、認識阻害を無効化してないか?
地味に凄い気がする。
俺自身がその羽虫に遭遇したことは無いけど……。
さてさて、お隣の家と離れの倉庫の中は、ほぼ完全に【ピリカストレージ】用のコンテナ扱いだ。
お隣と倉庫の中は【ピリカストレージ】の術式が敷き詰められ、その上に様々なアイテムが仕込まれている。
これで、俺も異世界基本チートであるアイテムボックスとか異空間収納に類するものを用意できたわけだ。
ラノベやアニメに登場するチート能力者に比べれば、【ピリカストレージ】はしょぼい仕様だけど贅沢は言えない。
まず、全然異空間収納とかではない。
普通に物資の保管に家一軒分+倉庫一棟の空間を犠牲にしている。
もちろん、時間停止なんて夢のような機能は一切ない。
暖かい食料は普通に冷めるし、生ものは腐るし、カビだって生える。
食料などは長期保存用に加工した物でなければ、すぐダメになる。
さらに、術式はコピー用紙に記述してあるから使い捨てだ。
つまり、この時点で【ピリカストレージ】は取り出し専用で、収納は不可能ということになる。
取り出した先で、持ち運びに支障のあるようなものを取り出せば現地で投棄するしかなくなる可能性が普通にあるということだ。
それでも、もうすぐ勝負に打って出ようとする俺にとってはまさに命綱だ。
この半年で充分にテストを重ねて安定運用が可能なことは立証済みだ。
勝負とはもちろん、ラライエの人類の都市に行ってみることだ。
大昔に精霊と人類が争っていたらしいから、精霊であるピリカにとって、人間は危険な存在だということはわかっている。
だが、折角やってきた異世界だ。
一度はこの世界の文明や文化に触れておきたい。
ピリカの事は百万パーセント信じているし、信頼もしている。
それでも、俺の目から見たラライエの人間の映り方というものには興味がある。
視線を上に向けると、ピリカがふわふわと結界の外周を飛びながら、見回りをしているようだ。
「全くもう! 油断も隙も無いんだから! ちょっと目を離すとすぐに集まってきて……」
なんか本人は怒っているのだろうが、そのぷりぷりとした挙動は普通にかわいいと思うぞ。
「ピリカ! もう【シャシャァ!】はいいからさ。もうちょっとしたら出かけるぞ」
いつもより大きいサイズのリュックを準備しながら、ピリカに声をかける。
ラライエに来てもうすぐ五年になる。
だけど、俺は異世界で一度もこの結界の外で夜を明かしたことが無い。
人類の文明圏を目指すのであれば、野営は絶対に避けては通れない。
そのため、今日から試験的に野営の練習的なものをやってみることにする。
まずは、この密林で一晩を過ごす。
ピリカが一緒とは言え、危険度は日中の密林探索の比ではないと予想している。
それがどのようなものか、体験しておくことは必要だろう。
ぶっつけ本番でこの広大な密林の踏破に挑む気はさらさらない。
ダメそうだったり、ピンチな状況に陥った時には【ポータル】ですぐに家に帰還できるという、無敵の緊急避難手段があるのはデカい。
とにかく、密林で過ごす一晩がどういったものになるのか。
この身をもって情報収集してみるしかない。
そのうえで、密林踏破の計画を立てていくことにしよう。
昼食を済ませてリュックを背負って出発する。
本日の野営候補地は、ミスリルを発見した洞窟付近だ。
生き残りがいるかもしれないけど、ワニも駆除済みだし、地形のデータもそろっている。
想定外の事態が起こったときは、洞窟に籠城という選択肢も取れそうだ。
最初はこの辺りから経験を積んでいくことにする。
食料は可能な限り現地調達だ。
もちろん【ピリカストレージ】には充分な量の保存食も仕込んである。
しかし、長丁場の可能性がある強行軍を想定している以上、備蓄を目減りさせずに済ませられることに越したことは無い。
完全に日が落ちるまでに、食料を調達する。
木の実や果実は自分で集められるが、タンパク源になる鳥の狩猟は完全にピリカ頼みだ。
雪原や砂漠とは違って、幸い密林での食糧確保のハードルは低い。
一晩を過ごすにしても、雨風さえ避けられれば凍死するリスクも低い。
ただし、野生動物や魔物なんかに襲われるリスクは極めて高いだろう。
このリスクがどのくらいの物になるのかを、推し量る必要があると思っている。
今日は普通に火を焚いて、野営を行ってみることにする。
寝袋に包まって眠ってしまうと、急な襲撃に対して対応できないかもしれない。
すぐに飛び起きられるように、ブルーシートの上に横たわってブランケットをかぶる程度で横になる。
危険だからと言って、一睡もせずに警戒していては本末転倒だ。
不眠不休ではすぐに参ってしまう。
野営時の見張りは睡眠を一切必要としないピリカがいるので、ピリカに丸投げである。
実際、最強のボディーガードだし、この戦力で安全の確保が不可能なら、この密林からの脱出は無理だろう。
その時は、このジャングルで生涯を閉じる覚悟をしなくてはならないかもしれない。
「それじゃ、俺はこのままここで寝てみるよ。段取り通り、火の管理と見張りを頼む。俺の命はピリカに預けた」
「大丈夫だよ! 任せて!」
まぁ、若い頃は終電逃して、会社の床にブランケット一枚敷いて一夜を明かしたことも50回や100回じゃ効かないんだ。
野宿も似たようなものだろ。
肉体的には今の方が圧倒的に若いんだけどな。
さすがに地面にブルーシート敷いただけでは、硬い地面の感触がはっきりと伝わってきて、寝付くまで少し時間がかかった。
それでも1時間も経過するころには、眠りの中に落ちていった。
次回、六十三話の投下は1時間後、4月21日の23:30頃を見込んでいます。
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