六十話 あと十ヶ月くらいだよ。
魔族と人類の戦いは熾烈を極めた。
開戦からすでに、十世代以上の長きにわたり続いている。
数に劣る魔族ではあるが、魔族の領域である魔界は無数の魔獣が跋扈する魔境である。
数に勝るとはいえ、人類が攻め切るのは難しく、魔族を攻め滅ぼすには多くの犠牲を払うことを覚悟せねばならなかった。
一方、魔族は個々の能力が極めて高く、一人一人が勇者に匹敵する猛者である。
魔族は戦士単独で、人類の一隊と戦うことができる。
神出鬼没に人類の戦力を削り取っては、魔界に引き上げていく魔族の戦士たちを相手に、戦いは終わることなく永遠に続くかと思われた。
ラライエ創成記より一部抜粋
5月12日
ラライエに来て四年以上の時間が経過してしまった。
地球の人類は滅亡せずに踏ん張れているのだろうか?
魔物は相変わらず出現しているのだろうか?
まさか、もう滅亡したりしてないよな?
妹やダチのみんなはまだ無事だろうか?
地球に帰る手段がない以上、地球の事を考えても俺のやれることは何もないのだが……。
あと二ヶ月もすれば、また雨期っぽい季節がやってくる。
余裕を持って探索が出来るのも二か月以下ということだ。
今の探索範囲は家を中心に7kmを少し切ったぐらいだ。
今日は朝から裏庭の芝生でG管を構えて演舞で体を動かす。
大分、体も仕上がってきていて、格ゲードライバの効率も少しずつ上がってきている。
多分、【ブレイクスルー】未使用の格ゲードライバ単体で150%くらいの戦力上昇に耐えられると思う。
そして…… 実は3年以上前から気付いていた……。
俺の肉体に起きている現実とそろそろ向き合わねばならないだろう。
いくら俺が鈍くてもさすがに気が付くぞ……これは。
「ピリカ、知っていたら教えて欲しいことがあるんだけどさ」
「ん? どうしたの? 改まって」
「あのさ、俺たちがラライエに来てから4年以上が経つんだけどさ」
「そうだね」
「俺の体、全然年取ってないよな? どこでもない世界で12歳に巻き戻ったとして、4年経てば本当なら肉体年齢は16歳だよな?」
「!! あ、気付いちゃったんだね?」
「そりゃ気付くだろ。三年ぐらい前からもしかして…… とは思ってたけどな。ひょっとして、俺ってずっとこのままなのか?」
ピリカは少し悲しそうな表情を数秒見せて、俺の体の状況を少しずつ話し始める。
「黙っててごめんね……。ハルトの体が今のままなのは、ハルトの体を再構成したときに使った魔力が活性状態で循環しているだけで……。実はもう残された時間はあまりないの」
「……えっと、今更なんだけど意味不明だ。もう少し分かり易く説明できないか?」
残された時間があまりないって……。
なんか、知らない方が幸せだった的な不安な言葉が出てきたぞ。
大丈夫なのか? 俺……。
もう話を切り出してしまった以上、やっぱり教えてくれなくて良いです。
……なんて言えないよな。
覚悟を決めて最後まで聞き出そう。
「どこでもない世界でハルトの体を再構成したときに、注入した魔力の量はね、頭を潰されちゃったときの状態まで戻るのに必要な量なんだけど……。ハルトは今の体で再構成を止めちゃったでしょ?」
あっ、なんとなくわかってきた。
「つまりあれだ。本来、おっさんの肉体になるまで成長することで使い切るはずだった魔力が余剰分として俺の肉体に燻っているせいで、俺が歳を取るのを阻害しているという訳か」
「そういうことだね」
「……マジかぁ。俺が死んだのが54歳で、今の俺の肉体が大体12歳くらいだから……。差分は42年…… ラライエにきて4年経過してるから……。俺はあと38年このままってことか?」
ピリカは目に涙? ……を溜めて現実を俺に告げる。
「そんなに時間は無いの。ハルトの魂に魔力の受容体が無い以上、魔力は肉体に留まらないで、どんどん漏れていってるから……。魔力に対してハルトの魂と肉体は底に穴の開いたバケツと同じだよ。……あと、ハルトは死んでないからね」
「なるほどな ……で、俺の中で循環してるっていうその魔力が枯渇するまでどのくらいなんだ?」
ピリカも隠すのをやめて覚悟を決めたのだろう。
意思のこもった視線で俺に告げる。
「あと十ヶ月くらいだよ」
「……マジかぁ」
思ったより無かったな。
まぁ、こればっかりは仕方ないか。
こんな不毛な人生の俺でも色々と思い残すこともあるもんだな。
「それで魔力が無くなったらどんな最期になるんだ? 急激に干からびてしわしわになって死ぬとか? ……いや、全身塩になってサラサラぁって崩れるとか? ……せめてあんまり苦しくないと嬉しいな」
「ごめんね。【どこでもない世界】か【ピリカの世界】なら何とでもなるんだけど……。ここはラライエだから、ラライエの摂理が絶対なの。ピリカにはどうしようもなくて……」
「いいんだ」
こんなことで俺がピリカを恨む?
絶対に無いな。
ピリカとの生活は十分に楽しかった。
地球の誰も体験できない異世界ライフだぞ?
決して優しい世界ではなかったが、感謝しかない。
「それで、魔力が無くなったら俺はどんな最期になるんだ? せめて心の準備くらいはしておきたい」
「循環している魔力が無くなったら、ハルトは……」
「? 無くなったら俺は?」
「循環している魔力が無くなったら、ハルトは人間と同じように年老いていくようになるんだよ! ごめん! ごめんねハルトぉ! ピリカの力が無いばっかりに……。 どうやってもハルトの命脈に繋がるラライエの摂理が変えられないのぉ!」
ピリカさん涙腺崩壊でギャン泣きである。
なんか、一気に力が抜けた。
身構えて損したって言ったらピリカに悪いのだろうか?
いや、そんなことは無いはずだ。
「つまり、あれだよな? あと十ヶ月経ったら、俺は普通の人間と同じように歳を取り始めるってことで良いんだよな?」
「そう、そうだよ! ごめんね! 『ずっといっしょ』って言ったのに……。 ハルトはもう、どんなに長くてもあと70年ぐらいしか生きられないんだよ」
ピリカは俺にしがみついて泣きながらそんなことを言っている。
「あのな、ピリカ。それは人間として当たり前のことだ。むしろ俺は54歳で死んでいたはずのオッサンからこの年に巻き戻ってさ……。異世界だけど人生再スタート出来てるんだ。今の俺はボーナスステージに入っている状態だって思っている。ピリカが謝る事なんて何にもないんだぞ」
「でも゛ぉ~っ、ピリカ……ハルトとずっといっじょ……」
「俺が人間である以上、それをやっちゃラライエでなくて地球でもルール違反だと思うぞ。俺がいる間は出来る限り一緒にいるからさ。そもそも、俺はピリカがいないとその70年さえ生きていられるか怪しいからな」
こいつ、俺とずっと一緒にいるために俺を不老不死にしようとしてたのか……。
今でさえ、脳内PCとか、俺の中で人間辞めてる疑惑があるのに……。
完全に人間辞めさせようと画策してたってことか。
永遠に年取らないとか……。
ある種浪漫かもしれないけど、数多のアニメや漫画のラスボスと変わらない人外のナニかになるのは勘弁してほしいかな。
悠久の時間を生きてきているっぽいピリカにとってみれば人間の一生はギャン泣きするくらい短い時間かもしれない。
だが、俺は満足するまで引きこもりオタライフが送れれば、ひとまずは満足して終われる気がする。
「とにかく、俺の体がどうなっているのかわかって安心した。俺の体はこのままでいいから、ヘンなことはしないでくれよ」
「ハルトぉ」
まだ少しぐずっているが、少しずつピリカは落ち着いてきたようだ。
「落ち着いたら転移魔法の続きを教えてくれ。もう少しでいけそうな気がする」
「うん」
俺は演舞で体を動かすのを切り上げて、家に戻り朝食の準備に取り掛かる。
本日の投稿はここまでです。
次回、六十一話の投下は明日4月22日の21:30ぐらいを見込んでいます。
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