五十九話 これは畏れ入った。
ピリカさん、その気になれば【美利河 碑璃飛離拳】だけで、ゲームみたいに無双できそうな気がする。
ピリカは目をキラキラと期待に満ちた目でこちらを見ている。
どうやら褒めて欲しいようだ。
この子の俺に対する思考原理は極めてシンプルで分かり易い。
そこがかわいいところでもあるが……。
本当に今や俺の妹や娘〈いないけど〉と変わらないかけがえのない家族だ。
「凄いな! 黄金の将軍みたいだったぞ! ミスリルの節約もできて助かったよ」
そう言って、ピリカの頭を撫でてやる。
もちろん、触れないので形だけだが。
それでもピリカは満足げな表情をしている。
ピリカが切断したミスリル板を一枚拾い上げて手渡す。
「それじゃ、頼むよ」
「任せて! こっちはすぐに終わるから」
ピリカは地べたに座り込んで、対の転移陣を刻み始めると、ものの十分ほどで術式を刻み終えた。
「はい、出来たよ! これでどこからでも一瞬でおうちまで戻ってこられるね」
「凄いな、これで俺たちの生活圏が格段に広くなる。ありがとうな」
「えへへへ、また褒められた。ハルトが喜んでくれるとピリカもうれしいな」
ピリカは俺の後ろからしがみついて、首に手を廻してぶら下がっている。
もちろん1gも重さは感じない。
「早速だけどこれ、試してみていいか?」
「いいよ! ラライエのどこからでもすぐにここに戻ってこられるから」
俺はピリカを伴って結界の外側へ200mほど離れた場所に移動する。
そして、術式が刻まれたミスリル板を取り出す。
「さて、それじゃ行くぞ」
術式を発動させたその瞬間に、景色は見慣れた俺の家の前に変わる。
……何が起きたのか認識できないほどの瞬間発動だ。
これは畏れ入った。
「いや、これは凄すぎるな。まさにチートだ」
「ハルト、どう? 凄い?」
「ああ、凄いな! オッたまげたよ」
「えへへ、やったぁ」
「ところで本当に魔力の消耗は平気なのか?」
あまりピリカの負担が大きいのだったら、ここぞという時の切り札だけに使い方を限定する必要がある。
「ん? そういえば、ちょっと魔力が減ってるね。でも、全然平気だよ。カンストしたルロイが【ファイアーボール】一回使ったくらい減った感じかな?」
「その例えはどうなんだ? いや、普通にわかるけどさ」
どうやら、大丈夫そうである。
歩いているうちに、自然回復してしまう範疇内ということだろう。
これで、日々の探索で帰り道の心配をする必要が無くなった。
その分、行動範囲を倍に広げることができる。
実際は単純に倍になったりはしないだろうけど。
これからは更に探索範囲を広げつつ、ミスリルを使った魔法の検証も進めていこう。
2月3日
ポータルの魔法陣が家の前についてから半年が過ぎた。
ピリカから転移魔法について色々教わったが、結論から言えば身に付かなかった。
ピリカが教えてくれる空間転移の理論があまりにも難解すぎて分からんかったのだ。
俺は大卒後に独学で無線工学・電機工学などを学んで、エンジニアとして生計を立てて来た。
しかし、大学は商学部卒業で根っこのところでは文系である。
ロマンに満ち溢れるこの物理法則を飛び越えて、空間を入れ替える理屈の解明と理解は俺には無理っぽい。
電子レンジでタイムマシンを作ってみせた、有名アニメの中二病大学生主人公は天才であったと実感した。
あのアニメでちらっと出てきた理論の数々が真に理解できないと、この転移陣は再現できそうにない。
ここはスパッと諦めて、ピリカ先生に依存することに決めた。
とはいえ、全く成果が無かったわけでは無い。
その前段階の物質転移はなんとなく手が届きそうな気がする。
こっちは諦めずに研究を継続する価値がありそうだ。
出来るなら物質転移は何とか俺自身の力で、ものにしたいと思っている。
うまくいけば脳内PCとの複合技? で新しいチートが作り出せるかもしれない。
……と思っている。
実現には気の遠くなりそうな、試行錯誤の日々が続きそうな予感もしているけど……。
あと、新たに攻撃魔法が一つ完成した。
色々と複合的な使い道もありそうだが、実際に使う局面が無ければそれに越したことが無ければいいと思う。
とっさに至近距離でつかうような性質のものではないから、使うには覚悟と状況のお膳立てが必要だ。
後はグルグルラライエのデータはかなり蓄積量が増えてきた。
【ポータル】のおかげで帰り道の心配が要らない恩恵はとても大きい。
どこからでも一瞬で帰還可能なのは反則級に便利だ。
何より、非常時の俺の生存率を飛躍的に引き上げてくるものだ。
おかげでMAPのデーは家を中心に6kmを超えてきた。
良いペースだ。
このまま探索範囲を広げていくことにしよう。
次回、六十話の投下は1時間後、4月20日の22:30ぐらいを見込んでいます。
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