五十話 シャシャァ!
勇者と精霊は、相互を結びつけることで互いの力を極限にまで高める秘術を編み出した。
その力を持って、魔王の使役する魔物を次々となぎ倒していった。
もはや魔物たちは魔王の敵を屠る剣にも、魔王を護る盾にもなりうることは無く、彼らと対等以上に戦えるものは魔王自身のみとなっていた。
暴君ディランを討った四十八勇者の系譜を筆頭に、数百の勇士たちが精霊達と共に魔王に挑む。
熾烈を極めた戦いは七昼夜にも及び、魔王の首級を挙げた後も生き残っていた戦士の数は百五十二人までその数を減らしていた。
四十八勇者の系譜も、その三分の一がこの一戦で途切れることになった。
魔王との戦を最後まで戦い抜いた百五十二の戦士たちは、新たに勇者として称えられ、勇者連盟に名を連ね、太陽の紋章を抱くことになる。
大きな犠牲を払いながらも人類は生き延びた。
殆どの精霊達は戦いの後、自らの領域へと帰って行ったが、一部の精霊は人類との共存を選び、人類に寄り添うことになる。
この戦いを機に、勇者たちと精霊の結びつきによって生まれた新たなる魔法の系統こそが後の世に伝わる【精霊魔法】の始まりである。
ラライエ創成記より一部抜粋
7月9日
昨日と一昨日はワニとの遭遇で予想以上に濃い時間を過ごしてしまった。
さすがに疲れていて眠りが深かったようで昨夜は夢すら見なかった。
朝、目が覚めたのは六時を少し過ぎたくらいだ。
社会人の頃の慣習が残っているのか、目覚ましが無くても大体このくらいの時間に一度目が覚める。
会社辞めてからは二度寝することも増えたが、ぐっすり眠ったせいかスッキリしているので今朝はすっと起きられそうだ。
今日はどうしようか?
ピリカの言う『ワニのおうち』の存在を気にしつつ探索範囲を広げてみようかな。
そんなことを考えながら一階のダイニングに降りてきたが、そこにピリカの姿が見当たらない?
「あれ? ピリカはどこだ? 大体ゲームしてるかアニメ見てるのに……」
どうも家の中にはいないようなので、外に出てピリカを探してみことにする。
と、いうか家の門扉を開けたところですぐに見つかった。
「フウゥー…… う~っ、シャシャァーっ!」
コインパーキングを超えた結界の境界で、外側に向かって両手を振り上げながら意味不明のうなり声をあげている。
とりあえず訳が分からないので声をかけてみることにした。
「えっと、お前何してんの?」
「!! ……えっ! あ、ハルト……。ううん、別に何でもないんだよ。外にちょっと大きい虫がいたから追い払っただけ」
「虫? そういえばラライエは虫もデカいの多いからな。確かに、初めてカブトムシ見た時はちょっとビビった。またカブトムシでもいたのか?」
「カブトムシなら放っておくんだけどね。ピリカと同じくらいの大きさで、ちょっとタチの悪そうな羽虫だったから追い払ったの」
ピリカと同じくらいって…… それは俺と同じくらいの人間の子供並で全長130~140㎝くらいの羽虫……。
うん、ちょっと遭遇したくない。
「そっか、それはどうもありがとうかもしれない。そこまでデカいのにはあまり遭いたくないな」
「でしょう?」
「でも、そんなのが出たのに【ピリカビーム】で倒さなかったんだな?」
「えっ!? ……そ、そうだね。まぁ、別に魔物じゃなかったし、殺しちゃうのもどうかな?って思ったから……」
?? なんかちょっとピリカの目が泳いでいる。
どうやら、何か隠していることがありそうだけど、そこは突っ込まないでおいてやろう。
「俺には魔物と動物の区別はつかないからさ。そこはピリカの判断に任せるよ」
ゴブリン、コボルトなんかはさすがに見た瞬間に魔物判定だけど、熊とか猪とかは全くわからんので多分、虫も俺には魔物かどうかは区別付かないと思われる。
「そうそう、虫の話をしに来たんじゃない。朝ごはん食べたら探索に出かけるぞ」
「はーい」
その日はそんな感じで日常が始まる。
8月16日
そろそろ雨期っぽい季節が終わる頃だ。
気温・湿度は通年でかなり高いので、地球の状況や常識に当てはめれば、やはりここは赤道に近いんだろうとは思われる。
雨期が終息すれば探索は一気に進めやすくなる。
ここいらで何か進展が欲しいところだ。
そう言えば最近、ピリカが結界の境界であの【シャシャァ!】ってやってる奇行の頻度が増えてきた。
ピリカは一貫して羽虫を追い払っているの一点張りだが、俺はその羽虫を一度も見たことが無い。
ピリカ曰く、それなりにデカいらしいので見ずに済めばそれに越したことは無いのだが……。
初めて見た時から一週間くらいで次の【シャシャァ!】を見かけて、それ以降だんだん増えてきたと思っていたら、最近は一日おきくらいにやってる。
俺が見かけるだけでその頻度ということは、実数的に多い時は一日【3シャシャァ!】くらいやってそうな気がする。
さすがにちょっと気になってきた。
「シャーッ! フシャシャァ!」
「あの……ピリカさん?」
「ん? なぁに? どうしたの?」
「ここんとこ、やけにその【シャシャァ!】を見かけるわけだが……」
「そう? 虫が多い季節になってきたからじゃないかな?」
「いやいや、ここに来て3年半だけどさ。虫自体は年中いるでしょ。あり得んデカさのカブトムシとかさ。季節も雨期とそうじゃないのと二種類しかないよね?」
「そうだっけ? でも、最近は鬱陶しい羽虫がやたら多いんだよ。いくら追い払ってもきりが無いの」
「その割に、俺はその羽虫を一度も見てないけど……」
「ハルトの視界に入る前にピリカが全部追い払ってるからね」
「まじかぁ」
久しぶりにピリカさん【1まじかぁ】GETです。
「実害が無いなら、もうそこまで無理しなくてもいいぞ」
「大丈夫だから気にしないで。ピリカも羽虫をハルトの視界に入れたくなくて、好きでやってることだから」
なんだか見方によっては健気にも聞こえるけど、ピリカが何かを隠しているような……。
そんな印象も見え隠れするのは気のせいだろうか?
……とはいえ、特に何か困ったことになってるわけでもないのでピリカの好きにさせることにする。
「もう、虫はいないんだろ? じゃ、そろそろ探索に出かけるぞ」
「はーい!」
すでに集まった地形データも、家を中心に周囲4㎞に達しようとしている。
ドローンで空撮した画像を脳内PCにインストールされている有名地図ソフト【グルグルアース】を流用して作成したアプリに落とし込んでいっている。
さしずめ、俺専用異世界地図アプリ【グルグルラライエ】ってところだ。
道なき密林で遭難することなく活動範囲を広げていくには命綱となる情報の蓄積だ。
泥臭く、地味で気が遠くなるような作業だが手は抜けない。
ピリカにドローンの護衛をしてもらいながら、未踏地域の全方位空撮データを集める。
もちろん並行して狩りも行う。
俺とピリカの密林生活は、まだまだ続きそうだ。
次回、五一話の投下は1時間後、4月17日の23:30頃を見込んでいます。
ようやくなのか早くもなのか五十話を越えました。
意外とPCで見てくれている人の方が多いのですね……。
てっきりスマホの方が多いのかとばかり……。
ちなみに私は投稿はPC、なろうを見るのはスマホでしたが
自分がマイノリティだったとは思いませんでした。
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