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五話 わからんけど、なんかわかってきた

 その日はPCに向かい、十五年位前のアニメを鑑賞していた。


【W10】という二世代前のOSを搭載したPCで、当時のTV放映を録画したものだ。

アニメの録り溜めもかなり膨大なものになってしまっている。


 接続している複数のHDDの総容量は60TBを超えた。

もちろん、アニメだけではない。

ネットで手当たり次第にネタとして拾ってきた雑多なデータ。

仕事に必要だった専門知識的なもの等も含まれている。

まぁ、一番容量食っているのはアニメとゲームであるが……。


 俺の主観では、この時代のアニメは魂を揺さぶられるような名作が多いと思う。


 一昨日から俺は、多額の電子マネーをチャージされた携帯を渡された記憶喪失の青年が主人公のアニメを視聴していた。


「あああぁぁぁ、ふんどしぃ!」


 死ぬの? 死ぬのか? ふんどしニート……。


 もう、思い切りアニメに入り込んでいた。

主人公の仲間であるニートが敵対勢力の車に撥ねられたその時……。




 ゴゴゴゴゴ……。



 不意に部屋、いや、家中が振動している感覚に見舞われる。



「ん? なんだ?」




 ドゴオオォォォン!



 凄まじい衝撃に一瞬、座っている椅子ごと体が浮いた。


「うわ! 地震か?」


 過去に関西の大震災や九州の大地震を体験したことがある。

俺はすぐに地震だと思った。


 でも、揺れ方が今までの地震なんて目じゃないレベルだ。

PCの画面や照明が消えて、停電になったことがわかる。


 次の瞬間、急に重力の向きが変わった。


 部屋の中の物すべてが背面に向かって落下する。

これって…… 家が横転している?


 俺は背後の壁に向かって落下する。

そして、そのまま背中を激しく打ち付ける。


「ぐっ、は!」


 衝撃と痛みで息が詰まる。


 体が固まって動けない。


 視界にPCや机などが降ってくるのが飛び込んできた。


 やばいヤバいヤバイ!


 これは死ぬ。


 落ちてきた机が俺の両足を砕き、PCが頭を直撃したところで俺の意識は途絶えた。



……。


  ……。



     ……。



 唐突に意識が戻った。


 なんとなく、自室に倒れているのは分かる。

だが、目を開けても完全に闇の世界だ。

本当に目を開けているのかさえ、疑わしいほどの闇である。


 絶対に砕けたと思った両足の痛みはない。

それどころか、両足は問題なく動く。


 触った感覚ですぐ横にベッドがあるということは分かったが、何かおかしい。


 家が横転したはずなのに、ベッドの配置はいつも通りだ。

手探りの確認では何もかもが元通りの配置みたいだ。

本棚の中身もぶちまけたはずなのに……。


 今、何時だ?


 夜なのは分かるけど…… えっと…… PCの時計は11月25日23時15分か。


 丸二日以上が過ぎている。

やっぱり深夜だな。


 少しだけ目が慣れてきたけど、窓の外も漆黒の闇が広がっている。

 

 とにかく明かりだ。

照明スイッチを探して立ち上がろうとしたところ、バランスを崩して倒れてしまった。


「痛って」


 思わず口に出た声がなんか甲高い。

ジャージ姿で二日も倒れていたから、風邪で喉やられたかな?


上手く立てない理由は、すぐにわかった。


 なぜか、履いているジャージがブカブカになっている。

立ち上がるためにジャージのズボンをベッドの上に脱ぎ捨てる。

なんかパンツやジャージの上着もブカブカだが、歩く分には問題なさそうだ。

手探りで自室入り口横にある照明スイッチを入れる。


 案の定、照明は点かない。

ということは…… 電気は復旧していない。


 仕方がないので、再び手探りで枕の横に置いてあるスマホを探り当てる。

丸二日充電されていないため、バッテリーの容量は20%程しか残っていない。

まずはスマホのライトをつけて、部屋の様子と通話の可否を確認する。


 わかっていたがやはり圏外だ。


あれだけの地震だ。


 どこかの電柱が倒壊して、電線と通信線が破断しているのだろう。

魔物の跋扈する今の状況では、電力と通信インフラは当面復旧しないと思った方がよさそうだ。


 スマホのライトがわずかに照らす室内の状況は、やはり地震直前のままだ。

わが聖域のヲタ部屋は、ゲームやアニメ円盤が本棚に整然と収まっている。

本棚の上に並べてあったアニメキャラのフィギュアも無事みたいだ。


 少し訳がわからないが、スマホのライトは長く持たない。

スマホに代わる明かりが欲しいな。

えっと、確か机の引き出しに懐中電灯があったはずだ。

引き出しから懐中電灯を取り出してスイッチを入れる。

バッテリー節約の為にもスマホはOFFにする。


「まずは状況を確認するか」


 手の届くところからひとつずつ問題点を確認していくことにする。


「電気・携帯はダメでPCのネットも…… だめだ」


「インターネットも×印のアイコンが出ているって ……あれ? PC?」


 意識が戻ったとき、なんでPCの時計の時間が分かったんだ?

今もそうだけど……。


 だって、机の上にあるはずのPCがまるっと見当たらない。

なのに、PCが存在しているのがわかる。

普通に操作もできるし、停電しているのに電源も入っている。


 いよいよ訳が分からない。


 そもそも俺、PC手で操作していないぞ。


 どうなっている?


 これ、ひょっとして考えるだけでPC操作出来ているってことか?

ちょっと落ち着こう。


 ……

   ……


 えっと、言葉にしにくい。


 わからんけど、なんかわかってきた。


 PCがあるのは俺の中だ。

信じたくないが、机の上にあったはずのモニタ一体型デスクトップPCは【脳内PC】になってしまっている感じだ。


 PC本体とPCに接続されていた十数台のHDD総容量60TB。

あとキーボードとマウス、ゲーム用コントローラの存在が俺の内部に知覚できる。


 むぅ、これって命に関わったりしないのか?

今、気にしてもどうしようもないか。


 頭の中でゲームしたり、アニメ再生出来たりできる。

なんか面白いが、端から見たら絶対危ない人だよな。

色々と要検証だろうが、最優先は現状把握だ。


 懐中電灯を手に自室を出る。


 二階洗面台の水道の蛇口をひねるが、水は全く出ない。


「水が止まっているのは痛いな」


 一階に降りて台所のガスコンロを回す。

ガスも来ていない。


「電気・水道・ガス・通信…… インフラは全滅か」


 ここまでの展開は予想がついていた。


 次の行動はちょっと勇気が要る。


 実は、脳内PCの次に気になっていたことを確認するため、浴室に向かう。

気を強く持って、脱衣所の扉を開く。


 懐中電灯に照らされた脱衣所内の鏡に映っていた自分の姿……。

それは、間違いなく自分の姿ではあったが、二度と見ることがないはずの自分の姿であった。


 小学生高学年ぐらいの…… 子供の頃の自分である。


「はぁ、服がブカブカな時点でそうじゃないかとは思ったけどな」


 鏡に映っている自分の姿がため息をつく。


「どこの名探偵だよぅ」


 メタボでたるみ切ってしまっていた体は、かつて苛め抜いて作り上げた引き締まった状態である。

 このころから、高校卒業くらいまでの間が肉体的には最も充実していた。

地震によって家だけではなく、俺の身にもただ事ではない何かが起こっているのは確実となった。


 確か、和室に甥っ子が置いていった小学生時代の服があったはずだ。

体操競技の習い事をしていた甥っ子は、ジムが俺の家の方が近いからと、頻繁にうちに来ていた。

 もっとも、魔物が現れるようになってからはあまり来なくなったが。

押し入れに確か、何着か着替えがまだ……っと、あった。

着られないことはなさそうだ。

急場しのぎだが、この運動用ジャージを拝借しよう。


 次は魔物に遭遇する危険性を伴うが、少しだけでも外の様子を確認しておこう。

少々大きいサイズになってしまった靴に履き替えて、玄関から外に出てみる。

視認可能なのは、懐中電灯の光が届く範囲だけだ。


 いくら電気が止まっているとはいえ、なんか闇が深すぎるし静かすぎる。

人の気配がまるでしない。


 まずは、我が家の敷地内の様子を確認する。

屋根付きガレージに止めてある、少し使い古されてきた俺の車に異常は無さそうだ。

離れの倉庫も、親父(おとん)が最後まで手入れを欠かさなかった庭園も、いつもの様相だ。


 暗すぎてよくわからないので、絶対とは言えないが、家の外観的には破損は見られない。

家の門扉を開き片側一車線の市道に出てみる。

通行している車両は見られない。


 我が家の右隣はコインパーキングになっており、車が五台止まっている。

電気が止まっており、精算機が稼働していないため、出庫できる状態ではない。

車の持ち主はきっと困っているだろう。

コインパーキングの前を抜けてさらに隣の家に向かった時、異常に気付いた。


 景色がそこで終わっている。


 コインパーキングの向こう側は、ただ闇の空間がひろがっているだけだ。

正確には、闇の空間との境界に何か薄いシャボン玉の石鹸膜のようなものが介在している。

それでも、その向こう側には何もないと分かる。


 ひとまず引き返して、家の反対側の様子を確かめよう。

お隣の家に人の気配はなさそうだが、念のため、玄関のインターホンを押してみる。


 返事はない。


 仕方がないのでその先を確認する。

やはり、そこで景色は終了していた。


 二軒隣の家が、途中ですっぱりと切り取られているような感じで終了している。

またしても、その境界線はシャボン玉の石鹸膜っぽい何かが介在している。

境界ギリギリまで近づいて、向こう側の様子を見る。

やはり、完全な闇が広がっているとしか言いようのない状態だ。


 上も下も全く見えない。

いくら懐中電灯で照らしても、何も確認できるものが無い。

懐中電灯の光のラインすら見えない。


 もしかしたら、微細な塵すらも無い完全な真空状態の可能性も考えられる。

境界面の向こう側は、光が一切反射することさえなく進み続けているとすれば、宇宙空間以上の真空なのでは?


 すごくヤバい気がしてきた。


 今時点では、不用意にこの境界の膜を破壊して外側に出たりしない方がよさそうだ。


 次に境界に沿って移動してみた。

その結果わかったのは、ここには自宅を中心とした直径50m程度の球形の空間しか存在せず、あとは全て闇の空間であることだった。


 闇の世界に浮かぶシャボン玉の内部に我が家とその周囲だけが存在している。

このように表現したら正しいのだろうか?

正確には浮かんでいるのかさえ分からない。


 ただ、漂っているだけなのか。


 落下している可能性もある。


 自宅を中心にした直径50mの球体。

これが、行動可能範囲の全てであった。


 すいません。投稿直前に誤字発見で少し出遅れました。

六話の投下は今から1時間後。4月2日 23:30ぐらいを見込んでいます。

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