四十九話 もはや、テンプレの名言だろ
「話が脱線した。ミスリルの話だったな。それでこいつがミスリルなら、これに書いた術式は消失しないから連続使用もOKってことか」
「それだけじゃないよ。これに書いた術式でないと発現できないような魔法だって使えるんだよ」
「ほう、それは興味深いな。例えばどんなのが使える?」
「そうだね……。ピリカは毎回術式を書けるからあんまり関係ないけど、人間たちが集団で使う『戦略級魔法』とか『儀式魔法』なんかは魔法金属に術式を書く必要があるよ」
「ほう、オタク的には浪漫魔法ってやつだな」
「まぁ、あれだよ。呪文にすると長すぎて、術式の効果を発現させるまでに詠唱が終わらないから、呪紋にせざるを得ない……ってだけなんだけどね」
「ああ、なんとなくわかる気がするな」
10人がかりで詠唱時間が4時間の攻撃呪文とか、存在しても戦闘時に使う機会はまず無いわな。
しかもその4時間の詠唱……10人の内、誰か一人が一回でも噛んだら魔法失敗するとか……。
そんな魔法に自分の命運を託したくはない。
呪文の詠唱がどの程度の物なのか、実物を見たことは無いけど【ピリカビーム】なんかもそういった部類に入りそうな気がする。
術式の記述が少し理解できるようになった今だから言えるが、あれはホントに凄い。
あの術式が発音可能な言語なら、その内容を全て声に出して読み上げるのに2時間以上掛かると思われる長大さだ。
それをCD並みの大きさの魔法陣に、米粒に字を書くような大きさで術式をびっしり書き込んである。
しかも、一秒にも満たない発動時間内のビーム波長や振幅の変動なんかもフェムト秒単位で設定されている異次元っぷりだ。
これが紙に術式を書く俺には【ピリカビーム】を再現できない理由の一つだ。
人間である俺には研究室にあるような最先端のスペアナ(電波などを測定する機材)でもなければその事象を観測・理解できない。
ミスリル等の魔法金属に術式を書く技術というのは、そういうトンデモ魔法を人間が発現させる手段の一つなんだろうと推測する。
「こいつが魔法を使う上での浪漫素材なのは分かったよ。問題はなんでワニの腹からこれが出てくるのかってことだな」
「それなんだけどね。このミスリル、ワニのおうちにいっぱいあるんじゃないかな? ちょっと探してみようよ」
「そのワニのおうちに心当たりは?」
「ん? ないよ」
「ですよね」
さすがはピリカさんである。
俺の予想を裏切らない回答だ。
しかし、ワニの巣にミスリルがまだあるかも、というのはあり得そうだ。
多分、ミスリルの持ち主がワニに襲われて、住処を乗っ取られた ……が正しそうだが。
「今はとにかくこれの解体だな。ワニのおうちは、おいおい地図を広げながら探そうな」
俺はワニの解体の意識を戻すことにする。
ピリカが作った廃棄用の穴も、底の土が見えなくなるくらいにはワニの不要部位がたまってきた。
黙々と続けてきたが、さすがに嫌になってきた。
リヤカーでここまで運んできた回数も10往復を超えたあたりから、数えるのをやめた。
時折、血の匂いに誘われてコボルトやデカネズミが現れるが、ピリカビームに打ち抜かれて穴の中で廃棄物の仲間入りをしている。
粗方、内臓を取り切ってピリカに穴を埋めてもらった頃には太陽がほぼ沈んでいた。
全く解体は進んでいない。
やばい。
全部処理できないのはわかっていたが、これほど捗らないとは……。
10トン以上あるワニ丸ごと一匹は明らかに欲張りすぎであったようだ。
すっかり暗くなってしまったので、投光器を一台持ち出して解体を続けているが、これはあかんパターンだととっくの昔に悟っている。
このままだと解体が終わる前に間違いなく腐敗が始まってしまう。
切り出す可食部位を選定して残りはすべて処分することを考えるべきだろうな。
とはいえ、冷蔵庫・冷凍庫はいっぱいになりつつある。
お隣さんの冷蔵庫を動員したとしてもこの肉の量に対して保存可能な量は微々たるものでしかない。
せめて皮や牙、骨くらいは放置状態で保存がきかないものだろうか?
……無理だろうな。
適切な処理を施さずに常温で放置すれば皮や骨だって普通は劣化してくるだろう。
年単位でタンパク源の心配が要らないくらいの肉や、これだけの素材を諦めないといけないとは……。
異世界に来てもう三年たつのにさ、こんなワニの死骸なんかに執着するなんて。
どこまで行っても結局、俺は地球の文明社会に染まった俗物なのだろう。
はぁ、せめて冷凍保存できる貯蔵庫でもあれば……って、そうだ!
異世界ラノベやアニメじゃもはや常識じゃないか!
【無いなら作れ!】
もはや、テンプレの名言だろ。
オタクの俺がこんなことを忘れるなんてどうかしていた。
こっちには無敵チートのピリカがいるんだ。
着想さえあれば何でもありだろ。
……ピリカに完全依存なのが情けないけど……。
「ピリカ、せっかく運んでもらってあれなんだけどさ。これを腐るまでに捌くのは絶対無理だ」
「仕方ないよ。これ大きすぎるもんね」
ピリカは特に機嫌を損ねることもなく、普通に返答する。
「でも捨てるのも勿体ないしさ。何とかこれを保存したいんだ……。ピリカは魔法でこのワニとか水なんかを凍らせたりできるか?」
「うん、出来るよ」
「そっか、じゃぁお願いしたいんだけどさ」
「このワニを凍らせればいいんだね?」
「そうなんだけど、ここじゃなくて結界の外に運び出してから頼むよ。さすがにこんなデカいもの、ここにあったら邪魔だし……」
「はーい!」
今日は解体を諦めて休むことにした。
家の業務用冷凍庫で保管可能な1ブロックだけワニ肉を切り出して、残りは全て氷結保存に回すことにしよう。
翌日、日の出とともにピリカの魔法で結界の外にワニがすっぽりと入る穴をあけてもらい、穴の底に転移魔法でワニを転移してもらう。
「悪いな。余計な手間かけさせてさ」
「ハルトのためならこのくらいお安い御用だよ」
ピリカはワニが収まった穴に魔法でドボドボと塩水を注ぎこむ。
塩水であるのは凍る温度を零度以下にするためである。
確か-21度だっけ? このくらいまで下げられたはずだ。
この方法が正しいのかどうかは分からないけど、とにかく空気に触れさせない。
低温で氷漬けにする。この二点を満たしていくスタイルでやってみることにした。
穴が塩水で満たされたところでピリカは魔法を凍結魔法に切り替える。
あっという間に水面が白くなり、完全に凍り付いてしまった。
色々不純物が混ざっているせいで、氷は透明にはならない。
底の方に沈んでいるワニの存在は全く見えなくなった。
「あとはこの氷の維持だけど、これを溶けないように保たせることはできるか?」
「ハルトにかかってる【MPタンク】と同じように、ピリカが魔力を供給し続ければ全然余裕だよ」
「魔力の供給がキツいならいつでも中断してくれていいからな?」
「溶けないようにするだけならピリカの魔力100万分の1も使わないよ。ハルトが使う【フルメタルジャケット】一発の半分以下だから」
「そ、そうか? じゃぁ、お願いするよ」
「はーい!」
どうやらワニの保存は問題なさそうだ。
ワニの対処はここまでにして先送りにしよう。
次回、五十話の投下は1時間後、4月17日の22:30ぐらいを見込んでいます。
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