四十七話 マジかぁ……
頼もしい限りである。
俺は別にこんな危険を冒してまで、観察したかったわけでもないのだが……。
「ハルト、もう少し上に登ろ。ここじゃちょっと危ないよ」
「え、そうなのか? 分かったよ」
ピリカがさらに高いところに登った方が良いと言うので、高さ15m位まで登ってきた。
ここまで登るとテイルアタックの振動で木も結構揺れる。
なので、落ちないようにリュックからロープを取り出して、木に命綱を巻き付ける。
「それじゃ、パッとやっつけちゃうね」
そう言うとピリカは指先に魔法陣を展開させて、バレーボール位の赤い光球を作り出す。
俺もかなり術式は勉強したので、術式を見てなんとなくピリカが使おうとしている魔法の内容は分かるようになってきた。
理解できる範囲では、ピリカが作っている赤い光球はプラズマ火球だ。
玉の内側の温度は下手な溶鉱炉内部より高いはずだ。
俺にはとても再現できない代物だ。
俺でもプラズマ自体は何とか作れそうだが、それをあの大きさに凝縮して閉じ込め、熱エネルギーが光球の外に漏れないようにすることが出来そうにない。
それを実現しているピリカの術式が異次元過ぎる。
今、あそこから熱エネルギーが外に漏れたら、俺は一瞬でこんがり焼きあがってしまうだろう。
もし、ピリカがあれをラライエワニに命中させて炸裂させるつもりだとしたら、15m程度離れたところで洒落にならないことになるんだが……。
それによって発生する爆風と熱線で俺の命は無いだろう。
ピリカが魔法を発動させると、光球はワニではなく全く的外れの…… 最初にワニがいたちょっとした沼みたいになっている場所の真ん中に向かって飛んで行った。
ここから200m以上は離れている。
術式に記述ミスでもあったのだろうか?
「ピリカさん、これはOBですか? 【ファァーッ!】 って言った方がいい?」
「ん? OBってなに?」
光球は力なく着水して水底に沈んでいったみたいだ。
200m以上向こうなので、直接は見えないけどね。
数秒後、沼を中心にした辺り一面の水面からジュワーッ! と凄まじい音がして、ものすごい水蒸気が立ち昇る。
下を見ると、水面がありえない勢いで沸騰しているのがわかる。
すぐに俺が今いる場所も水蒸気で覆いつくされた。
まるでサウナにいるような熱気に包まれる。
確かに一番下の枝にいたら、大やけどしているところだった。
きっとピリカは沼中心部の水底でプラズマ火球の熱エネルギーを開放したのだろう。
凄まじい熱エネルギーが瞬時に下にある水全てを沸騰させたわけだ。
「グウェェーッ!」
ラライエワニが樹の根元でのたうち回っている。
魔法は反射できても、熱湯風呂には耐えられないみたいだ。
全ての水が熱湯なのでラライエワニに逃げ場はない。
やがて暴れる力もなくなって大人しくなった。
30分程経過して、ようやく一面に立ち込めていた蒸気が晴れてきた。
ピリカは仰向けにひっくり返っているラライエワニの正面にふわりと降りると、そのまま右手で下顎を持ち上げて左手の人差し指の指先から【ピリカビーム】を口の中に発射する。
一瞬、ビクッとラライエワニがのけぞって動かなくなる。
確実に止めを刺しにかかったみたいだ。
「もう大丈夫だよ。まだお水がちょっと熱いから気を付けてね」
「ピリカありがとう、助かったよ」
「えへへ、ハルトのためならこのくらい楽勝だよ」
ピリカは屈託のない笑顔を俺に向ける。
「ところでさっきの魔法はなんていう魔法なんだ?」
「ん?名前なんて無いよ。精霊は名前には固執しないから……。でもね、ピリカの名前とこの服は大事。だってハルトがピリカにくれた物だもん」
ピリカはそう言って俺に抱き着いてくる。
そんなピリカを見て、ひょっとして俺は物質的な執着という概念を一切持たない精霊であるピリカに、物欲の片鱗を持たせてしまったのではないだろうか? という思いがよぎった。
完全無垢なピリカの心にポトリと一滴、墨汁を落としてしまったような…… そんな気がしてチクリと良心の端っこが痛んだ…… 錯覚かもしれないが。
さて、このとてつもなくデカいワニの死骸をどうしようか?
確かワニの肉って結構、美味だって話だったよな。
熱湯で良い感じで茹で上がっているだろうし出来る限り持って帰りたいところだが。
「ピリカ、出来る限りこれを持って帰りたいんだ。ちょっと家までリヤカーを取りに戻るからさ。他の魔物なんかに取られないように見張っていてくれるか?」
「ダメだよ! ハルト一人じゃ危ないよ。こんなの放っておいて一緒に帰ろ?」
「でもな、これだけの食料候補を放置するのは勿体ないかな。それに、ワニの皮って確か色々加工できたよな? やり方知らんけどさ」
「うーん、確かに人間って、強い魔物の皮とか角とか集めるの好きだったような気がするかな?」
「まだ家からそんなに離れてないし大丈夫だろ、頼むよ?」
「ハルトにお願いされちゃったら、ピリカ断れないよ。でもね、ピリカはハルトの安全が一番大事」
ピリカが心底困っているように見えた。
【俺の身の安全】と【俺のお願い】……心の天秤が揺らいでいるのだろう。
ここは俺が折れないとダメかな。
「仕方がない…… 一緒に戻ろうか。リヤカー取ってくるまでに横取りされなきゃいいけど……。どうせリヤカー使っても一回で全部は運べないしな」
これだけの大きさだ。
組み立て式の小型リヤカーではとても運びきれるものではない。
元々半分以上は諦める予定だったのだから。
「一回で運ぶ…… そうだ! ハルト! これ、一回で運べるよ!」
ピリカが何か思いついたようで、満面の笑みを俺に向ける。
「本当か? どうやって? これ、絶対10トン以上あるぞ」
ピリカはワニの真下の地面に魔法陣を書き上げる。
かなり緻密で難解だ。
俺の知らない記述方法であまり術式の意味が分からない。
空間に作用? 対の術式? かろうじて理解できるのはこんな断片的なものだけだ。
「じゃ、急いでお家に戻ろ? これが取られちゃう前にね」
「あぁ、わかった」
俺とピリカはラライエワニの死骸を残して急いで戻ることにする。
急げば20分くらいで戻れるはずだ。
戻ってきたピリカは家には入らず、隣のコインパーキングのアスファルトに魔法陣を展開する。
術式はさっきラライエワニの下に施したものに酷似しているが、所々細部が違うようだ。
「じゃあ、行くよ! それっ!」
ピリカが術式を発動させると、光の粒子が集まってくる。
やがて魔法陣が消失して、そこにラライエワニの死骸が丸ごと周囲の泥水と共に出現した。すぐにアスファルトは泥まみれになる。
ちょっと掃除が大変かもしれない。
「えっと…… ピリカさん、これは一体?」
「人間たちが転移魔法って呼んでいるやつだよ。転移元術式の上に乗っている物を、転移先の術式のところに送り込むやつだね」
「マジかぁ……」
次回、四十八話の投下は1時間後、23:30ぐらいを見込んでいます。
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