四十二話 天才と言わざるを得ない。
6月1日。
日本にいたころと同じように、そろそろ雨が多くなる季節だ。
ここは日本どころか地球ですらないので、季節的な被りはただの偶然と思うけど……。
ジャングルの雨は凄まじい。
日本にいたころじゃ、年に一回あるか無いかのレベルの大雨が連日、普通に降る。
去年と同じならこれから二ヶ月くらいは、週三くらいの頻度で大雨になる。
雨の日は家に籠って魔法の勉強。
晴れた日は狩りや地図作成に勤しむ生活になる。
残念ながら、ラライエではスローライフとオタクライフは中々両立しない。
とにかく、生きるためには狩りと採取は絶対に必要だ。
かなりの時間をこれに費やさざるを得ない。
お隣さんも含めて家や庭の手入れだって手を抜けない。
何しろ、今住んでいる家は日本の都市での生活を前提に建てられたものだ。
こんな熱帯のジャングルでの生活は想定して建てられていない。
マメに手入れをしてやらないと、あっという間に劣化してしまうのは目に見えている。
全然オタクライフを満喫できない。
睡眠を必要としない分、俺よりピリカの方がオタクライフを満喫しているくらいだ。
地味にピリカが羨ましくなってきた。
今日は雨なので家で魔法の勉強だ。
だがこの魔法、とにかく難しい。
ラライエ第一共通語ともまた違う。
意味不明の象形文字の組み合わせに意味を持たせて、これをCOBOLチックに組み上げていく。
ピリカにお手本の魔法陣を描いてもらって、それを自分なりに魔法陣として組んでみる。
こうやって試行錯誤を繰り返して魔法を学んでいくと、思い知らされるのはピリカの凄さである。
ピリカは瞬時に光の魔法陣を出現させているが、ここに出現する魔法陣はピリカが都度、即興で組上げているものだ。
ピリカは一瞬でバグが全くない一つのプログラムを組上げているということだ。
凄まじい思考の速さだ。
計算の速さは俺の脳内PCに匹敵するだろう。
天才と言わざるを得ない。
俺にはとても無理なので、やはりあらかじめ紙に魔法陣を仕込んで、呪紋使い風に運用していくしかなさそうだ。
幸い紙の備蓄はコピー用紙で2万枚以上、ノートやルーズリーフなども数十冊あるので、これらを含めるとすぐになくなることは無い。
なんでこんなに紙があるかというと、それは大学生の時に同人サークルを運営していたからだ。
その時の紙類が未だに備蓄として残っていたわけだ。
とはいえ、今時点では有限資源である紙を無駄には出来ない。
魔法陣の勉強は脳内PCがメインになる。
それでも、俺が魔法を使えるようになるにはまだまだかかりそうだ。
結局のところ、魔法というのは世界の理を捻じ曲げる行為だ。
設定しなければならないこと、実行するプロセスが本当に多岐にわたる。
一つでも内容に破綻があれば発動しない。
もちろん書かれている魔法陣の精度が僅かでも悪くなると、それだけで発動しなくなったり、効果が目に見えて減退する。
俺の魔法を使い物になる水準に到達させるには、まだまだ息の長い修練が必要そうだ。
以降も魔法術式との悪戦苦闘の日々が続き、いくつかの魔法が使い物になるまでになんと一年の月日を要してしまった。
今、俺が独自に組み上げ、実用可能になった魔法は四つ。
敵からの攻撃を防ぐ劣化版ピリカシールド【プチピリカシールド】、中距離攻撃魔法【フルメタルジャケット】、強化系魔法【ブレイクスルー】、弱体化魔法【レント】だ。
【プチピリカシールド】はピリカが使っている【ピリカシールド】同様に、防御壁を展開して攻撃を防ぐものだ。
だが、似ているのは見た目だけで実際のところは本家【ピリカシールド】とは全く別の紛い物だ。
というのも【ピリカシールド】が凄まじすぎてとても再現できない。
あれは空間歪曲フィールドで、原理が俺の理解の外側過ぎる。
しかも発動中ずっと、魔法陣を回転させて変化を促す必要がある。
紙で描いた魔法陣では扱える代物ではない。
そこで俺のできる範囲で【ピリカシールド】を似せた紛い物の登場だ。
【プチピリカシールド】は謎フィールドではなくガチの物理防御だ。
エーテルと魔力で厚さ2㎝、一辺20㎝の正方形の水晶板を生成。
空間固定の事象を発生させて敵の攻撃を防ぐ。
もちろん水晶が砕かれるほどの攻撃を受けるとパリンと割れてしまう。
水晶なら化学的な組成も分かるので生成もしやすかった。
というか、この辺りが今の俺じゃ技能的に限界だっただけだ。
とはいえ、【ピリカシールド】にはないメリットもある。
実はこれ、自動防御なのだ。
一度魔法を発動させると30分間経過するか、込めた魔力が尽きるまでオートで対象を守ってくれる。
逆に言えば30分間、一度も発動しなければ呪紋が一つ無駄になる。
決して無敵ではないので過信は禁物だが、超お世話になる事になる予感がする。
【フルメタルジャケット】は検索エンジンで叩けばすぐ出てくる。
ぶっちゃけ銃弾、ひねりも何もない。
強力な物理飛び道具で原理が理解できて、さらに魔法陣で再現可能なものと言えばこれになった。
だがこの魔法、火薬も銃身も何も必要としない。
この辺りは全てエーテルと魔力に代行させている。
実はこれも【ピリカビーム】がどうやっても再現できず、この辺りが限界だっただけだ。
メリットは火薬も銃身も無いのでほぼ無音で発射できること。
もちろん硝煙の匂いもない。
最大威力が出せる射程は20~35mくらいかな。
期せず暗殺向きの魔法になってしまった感もある。
また、有効射程距離である80m以内なら擬似的にロックオン可能だ。
弾丸より速い超反応でかわされない限りは、とりあえずほぼ命中する。
(鉄より硬い皮膚を持つ魔物や障壁の魔法が普通に存在する世界なので、こいつが効く保証は全くない。)
デメリットは弾丸一発につき呪紋1つ消費すること。
連射すると、もの凄い勢いで術式が失われていく。
殺傷のみを目的とした魔法ということもあって、正直あまり多用したくない。
【ブレイクスルー】は筋肉・骨格強化だ。
デカネズミと初めて戦った時、単純に力が足りず、初撃で倒しきれなくてひどい目に遭ったので、何としてもこれは作っておきたかった。
大型の肉食獣等、身体能力や耐久力でこちらを上回る相手と対等に戦うための身体強化魔法だ。
筋力だけでなく、骨格も含めてトータルに強化しないと、格ゲードライバの運用に耐えられないためこの形に落ち着いた。
格ゲードライバありきの魔法なので、併用することで抜群の効果が期待できる。
発動時間は【プチピリカシールド】と同じ30分だ。
デメリットは使用後に放置すると、魔法使用の翌日は筋肉痛が地獄であることだ。
魔法使用後にピリカの回復魔法のお世話になる事が必須になる。
【レント】はデバフ系の魔法だ。
魔法を受けた対象の反応速度を遅らせる。
生物の多くは、脳からの指令を微弱な電気信号を介して、身体に指令を送る。
同様に筋肉の収縮なんかも電気信号で制御されている。
この脳からの伝達信号に僅かだが、ノイズを混ぜ込むことで伝播を阻害し、反応速度を遅らせるわけだ。
なにかしらのスポーツ競技をやっていた人なら、感じたことがあるであろう『別に調子が悪いわけでもないのに、なんか今日はノってこないな』って感覚。
そんな感じのやつを魔法で狙って起こすわけだ。
実戦ではこういったちょっとした差が生死を分けることもあるはずだ。
敵が本調子で動けないことによるアドバンテージは決して無視できないし、この魔法の持続時間は長い。
決まれば半日は続く。
デメリットはこの魔法の効果ははっきり言ってショボい。
反応速度0.1秒が0.13秒になるくらい。
この魔法一つだけで勝敗が決まるようなことはあまり無いだろう。
さらに、魔法的な抵抗力の高い相手やデバフの魔法対策をしている敵には効果が無いと思った方が良い。
あとは、脳からの電気信号で行動してないかもしれない敵には、効果の程が甚だ疑問だ。
虫とかスライムとかアンデッドとかゴーレムとかかな?
以上、俺がこの密林で生きるための四種の魔法が完成した。
本日の投稿はここまでです。
次回、四十三話の投下は明日、4月15日の21:30ぐらいを見込んでいます。
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