三十八話 地球人ならだれでもOK
そういうことか……。
精霊の種族的耽美眼が分かってきたな。
「そうか。でも、俺の魂もこうしてラライエで暮らしている以上、少しずつ穢れてくるんじゃないのか?」
「それはないよ」
ピリカが即座に俺の推察を否定する。
「ハルトの魂は精霊じゃないのに、どんなことがあっても絶対に魔力で穢れることが無いって断言できるよ。こんな魂は、ラライエのどこにも存在しない。こうして一緒にいるだけで、どんな精霊だって魂が癒される。だから、ピリカはハルトが大好き!」
ピリカはそう言うと、光で出来たその体を預けて寄りかかってくる。
確かに…… 光で出来た体じゃ、触れることもできないよな。
ピリカに火の体でこれをされると…… ちょっと想像したくない。
「ところでさ。なんで、俺の魂は絶対に魔力で穢れることが無いって、言いきれるんだ?」
「ハルトの魂がそう出来ているからだよ。ハルトの魂にはね、魔力の受容体が無いの。ラライエに生きる魂にはみんな魔力の受容体があって、そこに魔力が流入することで、魔力の恩恵を受けるんだよ」
「魂のあり方そのものが、他とは違うっていうのか」
「魔力の受容体が無いから、魔力を使ったり、触れたりすることで穢れが蓄積することがない。だから、ハルトの魂は決して穢れない。そして、ラライエを決して穢すことが無い魂でもあるんだよ」
「ラライエを穢すことが無い……。それってどういうことだ? 他の魂はラライエを穢すのか?」
「そう…… ラライエに生きる魂はね、自分の魂を穢しながら世界の魔力も穢しているんだよ。お外にある自動車に例えれば伝わりやすいかな。自動車のエンジンがラライエに生きる生命体の魂……。ガソリンが魔力だよ」
この時点で、俺はピリカの言いたいことが8割以上分かってしまった。
が、答え合わせもかねて黙って話の続きを聞くことにする。
「自動車のエンジンをかけると、ガソリンを消費して自動車は動くよね? エンジンはアイドリングの状態でも、少しづつガソリンを燃やして排気ガスを出している。この排気ガスこそが穢れだよ。自動車を走らせるために、アクセルを踏んでエンジンの回転数を上げると、沢山の排気ガスが出るよね? これが、ラライエで精霊以外が魔法を使った状態だよ」
ピリカ…… マジですごすぎる。
俺の家にある書物や物だけでここまで地球の知識を身に付けているとは。
(車は外に現物が6台あるけどな……。それでも、一年やそこらで車の仕組みも理解しているとは…… 天才だな)
「確かに分かり易いたとえだよ。それで…… 自分の魂を穢すというのはどういうことだ?」
「エンジンを動かし続けると、エンジンオイルが排気ガスや燃えカスで汚れてくるよね?これが、魂が穢れる状態と思ってくれていいよ。自動車と違って魂のエンジンオイルは交換が利かないからね」
大方、俺の予想通りの回答だ。
ラライエの生命体が魔力を使うことで、魂と世界の魔力が穢れていく仕組みはなんとなく理解できた。
なら、この世界の魔力は穢れる一方なのだろうか?
あと、なんで精霊の魂は穢れないのか?
そんな疑問が出てくる。
ここまで聞いてしまったらついでだ。
もう少し聞いてみようか。
「今までの話だと、精霊は例外的に魔力で、魂が穢れないように聞こえたけど……。それで合っているのか?」
「それで合っているよ。精霊は存在の位相が少しずれているの。だから魔法を使って魔力を消費した時に、穢れをエーテルに変換してラライエの別位相……。地球で言うところの、霊界のようなところに排出しているの。だから、精霊は他の命と違って魂が穢れることが無いんだよ」
今、ピリカはしれっと重要なことを言ったよな?
確認しておこう。
「つまりあれか。精霊が魔力を使えば使うほど、世界の穢れの総量は少しずつ減るということか?」
「さすがはハルト、正解。精霊が穢れをエーテルに替えるのは、自然に行われる生理現象に近いものなの。だけど、それは精霊の魂にとっては負担でもあるから……。世界に存在する魔力は穢れていない方が、精霊にとっては生きやすい世界なんだよ」
ということは、ラライエでの精霊の立ち位置は魔力の穢れを緩和する者。
地球で言えば、温暖化ガスを吸収する森林のような、決して欠くことのできないバランサー的存在じゃないのか?
「あともう一つ。俺がラライエで魔法を使うことはできないのか?」
「絶対に無理だね」
ピリカはいつものふわっとした表情で真実だけを告げる。
ピリカが絶対に無理というからには無理なんだろう。
理由は察しがついている。
「それは俺の魂に魔力の受容体が無いからか?」
「丁度今、ピリカがやってるテレビゲームでいえば、ハルトはMAX-MPがゼロなんだよ。レベルが30になっても99になってもMAX-MPはゼロから絶対に上がらない。そういうキャラ特性だからMPの消費が必要な魔法はどうやっても使えない。そういうことだね」
オタクにはこれ以上ないくらい分かり易い例えだった。
何とか使える方法を見つけたかったが……。
きっと、ラライエの冒険者が魔物と対等に戦えるのは、やはり魔力の恩恵によるものだと当たりは付いている。
実際に、ラライエの人間に会ったことは無いけどな。
【ピリカビーム】のような攻撃魔法か、バフ・デバフに類する強化・弱体化的なものではないだろうか?
無理なものは仕方がない。
「仕方がない。何とか魔法を使えないものかと思ったけど……。ところで、魂が穢れるとどうなるんだ?」
当然に浮かぶ疑問を投げかけてみた。
「別にどうもならないよ。ゲームみたいに狂暴性が増えたりとか、悪人に豹変したりとか……。こういうの【闇落ち】っていうんだっけ? そんなことが起ったりはしないよ。もちろん、病気になったりなんてこともないよ」
意外な回答だった。
つまり、魂が穢れるから人は悪人や病人になるわけではないのか。
魂がきれいな犯罪者や病人は普通にいる、心と魂の美しさは別ものということだろう。
ピリカが見たことがないほどにきれいな魂だと、お墨付きを出す俺もまた、普通に物欲にまみれた俗物だからな。
「それじゃぁ、魂が穢れても何もデメリットは無いのか?」
「何もなくはないけどね。例えば、一度穢れた魂は死ぬまで穢れを取り除けなくなるよ。煙草を吸って黒く汚れた肺はどうやっても元に戻らないのと同じだね。でも肺と違って、別に魂が穢れても、生きている間は特に不都合はないよ。 ……生きている間はね」
ピリカにしてはなんか含みのある言い方だな。
さて、ここまでの話で俺にはほぼ確信めいた仮説が一つある。
それは、ラライエの精霊が無条件に惹かれてやまない俺の魂だが……。
これは決して、俺だけが特別な魂を持っている…… ということではないだろうということだ。
地球人は全て魔力の受容体が無い魂だろう。
何せ、地球では魔力なんてものの存在が立証されたことは無いのだから。
つまり、ピリカはどんな地球人を見ても、きれいな魂の持ち主として惹かれてしまう。
【地球人ならだれでもOK】ってやつだ。
転移陣の影響で、たまたま俺がピリカと遭遇してしまった。
ただそれだけの事だろう。
何気にこれはヤバい。
ピリカは自分の事を最強の精霊と自称しているが、ピリカ以外の精霊も非常に強力な力を持っている可能性がある。
ラライエの精霊が地球人と接触するとたちまちチョロイン化するのであれば、実質ラライエの精霊は地球人の言いなりだ。
残念ながら、地球人は俺も含めて善人ばかりではない。
確実に精霊は悪用されてしまう。
軍事的な方向に精霊を利用しようとする国家も少なくないだろう。
犯罪・戦争・略奪やりたい放題だ。
幸い、地球からラライエに干渉する手段は今のところ無い。
精霊たち(ピリカ以外の精霊を見たことは無いけど)に悪事の片棒を担がせたくない。
特に日本には妹家族やダチもいるしな。
俺がラライエに渡った最初で最後の地球人でないとだめなのかもしれない。
残念だが、俺は生きて地球に帰るわけにはいかない気がする。
地球に戻ったら、どんなことをしてもラライエの情報を引き出そうとする勢力がでてくるだろう。
ラライエという異世界は、魔物の存在を抜きにしても、地球のパワーバランスを容易く崩す存在だ。
次回、三十九話の投下は今から1時間後、4月13日の23:30ぐらいを見込んでいます。
ほんと、ここまで文章書いたのって人生でもかなり少ないです。
多分、大学の卒論、同人サークル活動時の自作ゲーム資料作成。
そして今書いているこの駄文。
これが今のところ、人生三大長文なのは間違いないですね。
卒論以外、何とも自己満足のためでしかないところが自分らしいと思います。