三十一話 これ、ホントに食べられるの?
何だこれ?
マンガやアニメでは、この手の敵の攻撃を防ぐフィールドや障壁はお約束だが……。
少なくとも俺が出したものではない。
こんな能力はそもそも持っていない。
「ハルト!! 大丈夫?」
なんだか、ずいぶんと久しぶりにこの声を聴いたような気がする。
ブロック塀の向こう側……。
コインパーキングからピリカがピューンと音を立てそうな勢いで飛んできた。
(実際に音はしてないが……)
この障壁はピリカが作り出したものだろう。
ギリギリのところで、またもやピリカに命を救われたみたいだ。
俺の横に立つピリカの色は白金色っぽい。
初めて見る色で光っている。
全身から魔力を放出していないのは、おそらくピリカの世界を維持する必要が無くなったからだろう。
「ピ、ピリカ……。起きたのか」
「うん。もう大丈夫だから」
ピリカは見慣れた緩い笑顔を俺に向ける。
「ちょっと待っててね」
「あぁ、この状況を何とか出来るのならぜひ頼む。超ピンチだ」
ピリカは光のワンピースをひらめかせながら。デカネズミの方に向き直る。
ピリカさん……。
デカネズミを見る目がなんか据わっていますよ。
光ってるのに目に光が無いです。
「お前……。ハルトに何してくれてるの? まさかと思うけど…… ハルトを食べようとしたの?」
日本語ではなく、ラライエ第一共通語でデカネズミにそう問いかける。
脳内PCサポート付きで半年もラライエ第一共通語を勉強すれば、さすがに多少は理解できるようになってきた。
多分、今じゃ英語よりラライエ第一共通語の方が堪能だろうな。
「お前、絶対に生きて帰れないからね。ハルトを食べようとしたんだから、お前がハルトに食べられちゃえばいいんだよ」
え? ピリカさん何言ってるの?
俺、こいつ食べなきゃいけないの?
ピリカが人差し指をデカネズミに向ける。
指先にCDくらいの大きさで、光の魔法陣のようなものがクルクル回っている。
デカネズミはピリカと目が合った途端、俺を襲うのを諦めて一目散に逃亡を開始する。
えっと…… デカネズミはなんで逃げる?
俺よりゆるふわ少女のピリカの方が怖いわけ?
「ピリカ、絶対に生きて帰れないって言ったよね?」
次の瞬間、ピッとピリカの指先から一瞬だけ光の線が走り、デカネズミを貫く。
光に貫かれたデカネズミは目鼻口から血を吹いてドサリと倒れて、そのまま動かなくなった。
「はい、終わったよ、ハルト!。すぐに傷を治すからね」
ピリカはいつもの優しいふわりとした表情に戻っている。
どうやら、治癒術的な何かを施すつもりなのだろう。
「ちょ、ちょっと待て、ピリカ。このまま傷口を塞ぐのはまずい……。家の押し入れに消毒液があるから…… それを持ってきてくれ」
「なんで? 大丈夫だよ。お薬使わなくてもピリカがすぐに治すから」
「ピリカが治してくれるのは良いんだけど……。この傷がデカネズミの爪で付いたのが問題なんだ。ネズミの爪や歯ってのは、質の悪い雑菌だらけだからさ。すぐに命に係わる病気を媒介するんだよ」
「なんだ、そんなことか。大丈夫だよ! 毒とか病気の元は全部浄化するから。ハルトの体に悪いものは入れないよ」
ピリカは俺に掌を向けると、俺の頭上に身長と同じくらいの光の魔法陣が現れる。
すぐにそこから光の玉が俺に降り注ぐ。
ものの10秒ほどで出血は止まり、胸の痛みも引いていく。
折れた肋骨も元通りになったのだろう。
あっという間に全回復だ。
本当に地球の医療技術は形無しだな……。
「ほんとに凄いな、こんな感じで俺が潰された時も直してくれたのか。ありがとうな」
「ハルト、気を付けてね? ラライエじゃあんな風に肉体壊れたら死んじゃうから」
「え、そうなのか? 前は死んでないって……」
「あれは【どこでもない世界】だから出来たことだよ。何の摂理も存在しないから、ピリカが定めた摂理を押し通すことができたの。ラライエじゃラライエの摂理が何よりも優先されるから……。もし、ハルトの魂が無事でも心臓潰されたり、頭齧られたりしたら死んじゃうからね」
「わかった。気を付けるよ」
どうやら、ラライエでは致命傷を受ければ、普通に死んだりするリスクが付きまとうということか……。
まぁ、普通はそうだよな。
ダメージが全回復して立ち上がる。
俺の視界に、裏庭の隅で倒れて動かなくなっているデカネズミが飛び込んできた。
近づいてデカネズミの状態を確認する。
特に外傷らしきものはない。
しかし、目鼻口から血を流して、デカネズミは間違いなく死んでいる。
「これは…… どうやってこいつを倒したんだ?」
「ん? ピリカの魔法だよ」
「どんな魔法なのか教えてもらってもいいかな?」
「えっと、光を一杯ギュッて集めて飛ばすの。当たったら血管破裂して死んじゃうんだよ」
ピリカはいつものふわっとした笑顔で答える。
はい、来ました。
それ、きっと高周波レーザービームです。
一応、仕事で必要なので独学で無線&電気工学は勉強しましたとも。
理論は確立していると聞くけど……。
地球では軍事実用化にまだ十年以上はかかると言われているやつだ。
ピリカ…… 恐ろしい子。
実際のビーム自体は、可視光線の波長を大きく超えているので、見えるはずがない。
一瞬見えた光の筋は恐らく、射線上に介在した微細な塵などが、ビームを受けて焼失する際に発生した閃光の残滓だろう。
「凄いなピリカは……。俺は不意打ちしてもこいつに勝てなかったのに」
「これからはピリカがハルトを護るから、もう大丈夫だよ! ところでハルト、これ食べないの? ご飯に出来るお肉だよ?」
「……ピリカさん…… これ、ホントに食べられるの?」
「わかんないけど…… 人間ってなんのお肉でも食べるって聞いたよ」
「誰に?」
「お友達の子」
そういえば、ラライエにはピリカの同族も結構いるようなこと言ってたな。
「確かに、地球でも食用ネズミなんかはいるにはいたけど……。これは……」
この大きさの生物をネズミと呼称するのはどうなんだ?
地球では、ゲームに出てきた奴にあまりにも似ているから、普通に【デカネズミ】って呼ばれてたけどさ。
確か、地球最大のネズミってカピバラじゃなかったっけ?
これは間違いなくヒグマサイズだぞ。
ピリカが期待に満ちた目でこっちを見ている。
これは、ピリカの好意と期待を汲んでやらないとだめなのかな?
ものすごく気は進まないが、脳内PCでジビエ解体関連の資料を参照する。
ナタ、のこぎり、電工ナイフを駆使して資料を参考に片足だけ解体してみる。
一匹で200kg以上ありそうな肉、どうせ全部は食べられそうにない。
倉庫からバーベキューセットを取り出してきて、木炭に火をつける。
肉を数切れ切り出して、網に乗せて焼いてみる。
もちろん、焼き加減は超ウェルダンだ。
牛ステーキなら少しレア気味くらいが好みだが……。
これは怖すぎて、完全に火を通さないと口にする気がしない。
デカネズミステーキが醸し出す臭いは…… 少々微妙だ。
ジビエなんてそもそも独特な臭みがあって当然だし、気にしても仕方ないだろう。
焼きあがったデカネズミステーキにしっかりと塩コショウを振りかける。
さて、記念すべき異世界食材による異世界料理だ。
今日は少しストックの上積みしようと思っていたのですが、おうちの用事が
割り込んできて無理でした。中々思うようにいかないものです。
さて、次回32話の投下は今から1時間後、4月11日の22:30ぐらいを見込んでいます。
次話待ちの隙間にぜひ、ブックマークと評価ポイントお願いします。
マジで私の魂の生命線だったりします。ぜひともよろしくお願いいたします。




