二十六話 これが【ラライエ】なのか?
俺が察した通り、即席の反転帰還陣はとても命を預けられるようなものではない。
ピンポイントで【ラライエ】の狙った場所に転移するほどの精度は、どうやっても出ないそうだ。
なので、境界を抜けて【ラライエ】に突入する。
そのほんの一瞬の間に、転移場所を可能な範囲で微調整するしかないらしい。
「最初に言っておくぞ。どんな結果になっても、俺がピリカを恨むことは無い。安心して思い切ってやれ」
「心配ないよ! ピリカ、うまくやってみせるよ」
「まず大前提として、出現場所は絶対に地表である必要がある。上空数千メートルとか、海底数千メートルなんかだと、転移した瞬間に俺は即死だ」
「地面の上だね!」
「ああ、即死回避のボーダーラインは上空、水深ともに5m以内だ。これなら、転移後、即座に対策すれば助かるかもしれない。あと、上空・水深5m以内でも、出現場所が大海原なんかだと俺の生存は絶望だ。即死しないだけで死ぬのは確定すると思ってくれ」
「陸が見えないような海の上は絶対ダメなんだね」
「そうだ。ここまでが最低条件だ。次は、可能であれば避けてほしい転移場所だ」
色々と注文が多くなってしまうが、それは仕方がない。
一介の日本人に過ぎない俺が生存できる環境はどうしても限られるのだから……。
「えっと、お山の頂上なんかは良くないんだよね?」
「あまり標高が高すぎると、低酸素状態で危険な事態になるかもしれない。あと、砂漠のど真ん中とか、雪原のど真ん中みたいな極限環境下も勘弁してほしいな……。一週間以内に死ぬ自信がある。理想は温暖な場所で、近くに淡水の水場……川とか湖がある場所。人里が近いと更に望ましい」
「あのね、ハルト。人間は危険だよ? やめた方が良いと思うな」
「ピリカさん、俺も人間なんだけど……」
「ハルトはいいの! だって、ピリカ、ハルトのこと大好きだもん!」
「ピリカの謎理屈はまだまだ理解できないけど…… まぁ、【ラライエ】の人間が危険だっていうなら、ひとまずちょっと距離を取ってみるか。俺も元々コミュ障だし……」
「うん! それがいいよ」
ピリカは嬉しそうに微笑む。
ピリカとそんな確認事をしているうちに、30分が経過した。
「ハルト、もう十分だよ。そろそろ始めるからお家に入ってね。【ピリカの世界】を壊すから……」
「そうか、俺の命を預けるよ。自分の命を投げうつほどの無茶は絶対するんじゃないぞ」
「うん! わかってるよ!…… 大丈夫だから」
俺は家に入ると、自室の隣の空き部屋に入った。
ライフジャケットを着て、その上から毛布や羽毛布団で全身を覆う。
もちろん、地表面より高い場所に出現した場合に落下の衝撃を緩和するためだ。
そして、海面(水面)下に出現した場合は、布団から抜けたら即座に浮上できるようにするためだ。
俺自身の準備が完了したことを、コインパーキング内のピリカに合図する。
すると、外のシャボン空間が弾けた。
まさに、シャボン玉を針でつついた時のような弾け方で、一瞬のうちに我が家とその周囲を包んでいた被膜が消えた。
その瞬間、外の空気が変わった感じがする。
きっとこの場所も含め、【どこでもない世界】になってしまったのだろう。
ピリカが本当に【ピリカの世界】を作り出して、俺を護っていたのだと改めて実感する。
やがて、上空にオタク心をくすぐりそうな光の魔法陣的なものが、幾重にも重なって広がっていく。
ピリカが作り出している帰還陣というやつだろう。
すでに賽は投げられた。
今から、五分以内にすべてを成し遂げられないと俺は死ぬ。
あれが完成するまでに二分。
帰還陣が発動して、エーテルの流れが出来上がるのに一分。
流れに乗り、境界を抜けるのにさらに一分。
その間、俺に出来ることは何もない。
まな板の上の鯉だ。
黙って窓の外に青白い帰還陣が広がっていくのを見ている。
不意に家がゴゴゴゴ……と揺れている感覚にみまわれる。
地震の震度にすれば2も無いだろう。
だが、確かに揺れている。
二階の窓から見える感じだと、【ピリカの世界】の境目であったところから、少しずつ削り取られている……。
そんな感じがする。
端からそう、徐々に粒子になって崩れていってると言えばいいのだろうか……。
あれがエーテル化という現象なのだろうな。
不意に全身にGがかかる。
これは……落ちている?
落下しているのか?
【どこでもない世界】は全周囲漆黒の闇だ。
エーテルの流れに乗るとは言ったが、それが水平方向だとはピリカは一言も言ってなかった。
流れる方向が上や下である可能性を考えてなかったな。
Gがどんどん強くなってくる。
もはや、立っているのは危険だろう。
一分で最大加速に到達して、次の一分で境界を超えるはずだ。
俺は衝撃対策に準備した羽布団をかぶる。
床にうずくまり、アニメやドラマで見たような、墜落する旅客機の乗客が取る対ショック姿勢をまねて、丸くなってうずくまっておく。
対ショック姿勢もどきになってから、一分以上経過している。
布団の中にいるにも関わらず、やたらと明るい気がする。
少し、布団をめくって外の様子を伺う。
なんか、外が直視できないほどの光に覆われている。
この家大丈夫なのか?
なんかあれだ。
某有名宇宙戦艦の艦首砲の直撃を受けた侵略者の艦長みたいに
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」とか
「レスラー総統ばんざぁい!」とか言って光の中に消えていきそうな……。
そんな気配がしてるぞ。
そんなことを考えていると、不意に家が『ズガガガガッ!』と音を立てて激しく揺れる。
体感的には震度6くらいありそうだった。
「ぬわーっ! マジで、だ、大丈夫なのか? これ……」
【どこでもない世界】に飛ばされたときは、家が横転していたからな。
このくらいならまだ想定内なのか?
ピリカは大丈夫だろうか?
そんなことを考えていると、間もなく揺れは収まってきた。
目を開けていられないほどのまばゆい光も収まってきた。
無事に【ラライエ】にたどり着けているのだろうか?
いや、そんなことよりもピリカだ。
無茶なことをしたりしていないか?
俺はすぐにコインパーキングに向かう。
外に出ると、そこは漆黒の闇ではなかった。
今までの【どこでもない世界】ではないの明らかだ。
しかし、そんなことを気にしていられない。
今はとにかくピリカだ。
ピリカはパーキングの中心にうつぶせに横たわっていた。
「ピリカ! おい、ピリカ!」
ピリカは寝返りをうって、仰向けになり目を開ける。
ピリカの光の色は弱くて赤い。
消失寸前のノイズも出ている。
今までのパターンだと、休眠状態になる直前だ。
ただ、全身から出ていた光の玉は全く出ていない。
おそらく【ピリカの世界】を維持する必要がなくなったからだろう。
「あ、ハルト……。うまくいったよ」
「そんなことよりもお前、大丈夫なのか?」
「ほんとに…… ギリギリだけどね…… 何とか…… 死なないくらいの命は残ってるよ」
「そうか、ならいい……。ゆっくり休んで回復してくれ」
「うん、そうさせてもらうね」
軽く周囲を見回してみるが、上空も家の周囲も全て真っ白だ。
いったいどういう状況だろうか?
これが【ラライエ】なのか?
「ここが【ラライエ】なのか?」
「うん、もうラライエには着いているよ……。まだ、境界に穴が開いている状態で空間が安定していないだけ…… 穴が塞がったらそのうち、空間がラライエに統合されるから……。ラライエの摂理・法則に取り込まれて、ここもラライエという世界の一部になるよ」
「そうか、二人とも死なずに無事に着いたのならいい」
「あと、ごめんね。頑張ったけど……。全部、ハルトの思い通りの場所に転移出来なかったよ」
「そんなことは良いんだ。どんな結果でも、ピリカを恨んだりしないと言っただろ。こんな無理をさせてすまなかったな ……ありがとう」
「ピリカ…… ハルトのためだったらなんだってやるよ。……でも、もう限界みたい。ピリカねるね……。ピリカが起きるまで…… 無茶なことしちゃだめだよ」
「ああ、ピリカが起きるまではおとなしくしてるよ。何もわからない異世界だからな」
ピリカはそのまま消失してしまった。
今回は復活するまで結構かかるかもしれないな。
とりあえず、車のエンジンを全て切って発発も止める。
すべてのブレーカーを落として、電力・燃料の消費を止める。
さて、取っ散らかってるコインパーキング内を片付けるか。
配線や機材を片付けようと、動き出したその時だ。
周囲の真っ白な空間が『パリーン』と割れて砕け散った。
なんか、スーパーロボットアニメの基地にあるバリアみたいな割れ方だ。
割れた向こう側には、新しい世界が広がっていた。
見上げると降り注ぐ太陽の光、白い雲、周囲は緑豊かな木々、俺の家とその周辺だけが切り取られたように切り開かれている。
「ここが異世界【ラライエ】……」
どうやら本当に、地球のオタク同志たちが憧れてやまない……。
異世界というやつに来てしまったようだ。
俺の新しいオタクライフはこの異世界【ラライエ】で送ることになりそうだ。
序章(完)
今回で序章は終了です。
次回からようやくハルトとピリカの異世界ライフ?でございます。
その二十七話は今から1時間後、23:30ぐらいを見込んでいます。
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