二十五話 さくせんめい:がんがんいこうぜ
この【光パワーメーター】の出力設定は0dBmだ。
電力換算だと1mW、わずか0.001Wに過ぎない。
最低でも三百万倍の光が必要ということは3kW。
だが、エネルギーの変換には当然ロスが発生する。
ピリカの変換エネルギー効率が抜群にいいと楽観的に考慮して見積もって66dBm。
つまり電力で言えば4kW相当くらいの光は必要そうだ。
これは、おおよそ家庭用ソーラーパネルが晴天時、一日に発電する電力に相当する。
中々に高いハードルだが、絶望的というほどでもなさそうだ。
火力発電所並みの電力で生み出す光が必要、とか言われたら普通に詰んでいたところだが。
「事ここに至って、なりふり構ったり省エネモードもないからな。【さくせんめい:がんがんいこうぜ】すべて大放出で光を作るとしますか」
さて、俺とピリカの【どこでもない世界】脱出計画の始まりだ。
倉庫から俺が仕事で使っていた発発二基と投光器を四台引っ張り出してくる。
そしてそのまま、隣のコインパーキングに運び入れた。
【ピリカの世界】でここが一番開けた場所だからだ。
まずはコインパーキングに駐車してある車五台のガラスを破って運転席に乗り込んだ。
次に、中の配線を直結させ、エンジンがかかるようにする。
コインパーキングのロック版を強引に乗り越えて、車の向きをコインパーキングの中心に向ける。
パーキング前の道路に俺のマイカーも持ってくる。
お隣さんのソーラーパネルの蓄電池から、電源線を延伸して自宅や周りの家から可能な限り、照明器具を持ち出してくる。
もちろん、照明によって必要になる電気の種類や電力が違ってくる。
そこはかつて仕事で使っていた整流器ユニットやコンバータなどを駆使する。
最も多くの照明機材を同時に使える最適解を図面に引きながら探すのだ。
図面の作成や電気の容量計算自体は脳内PCを使えば瞬殺だ。
限られた資材や工具で配線や装置の加工をする方にこそ、時間がかかった。
電気工事士免許持ちの俺でも、子供の体で一人作業はなかなかきつかった。
すべての準備が整うまで、丸三日を要することになってしまった。
仕上げに丸二日かけて自宅の家具に転倒防止の補強を施して回る。
エーテルの流れというやつがどれほどの激流なのかわからない。
これは必要な処置だろう。
何せ一回、PCと机に潰されて死んだ経験があるのだから……。
(ピリカは強硬に死んでないと主張するが……。)
残された食料は約二日分。
(実は非常手段を使えば、あと二週間分の食料を拠出可能だが、これはリスクを伴うので考慮していない。)
さて、これで俺に出来る準備は全てやり切ったはずだ。
ピリカは俺のやっていることをずっと興味津々に横で見ていただけだ。
まぁ、手伝ってもらうことも特にないので構わないが……。
個人的には休眠状態になって少しでも魔力とやらの節約に勤しんで欲しいとは思っていた。
きっと言っても無駄な気がするので、ピリカの好きにさせていた。
「さて、ピリカ……。これで俺にやれることはやり切った。あとはお前に全てを託す」
「じゃあ、光をピリカに集めて!」
「ああ、行くぞ」
まずは、マイカーを含める車六台のエンジンをかける。
全車のヘッドライトをハイビームにする。
「魔力も火も使わないで、こんなに光を出せるなんて! やっぱりハルトはすごいね」
「まだまだこんなんじゃ足りないだろ? 次々行くぞ」
シガーソケットやバッテリーから引っ張り出したケーブルに繋いである照明器具のブレーカーを立ち上げる。
バッテリーがすぐに上がらないように、負荷の大きさは計算済みだ。
車に続いて、ソーラーパネルの蓄電池に接続されている照明のブレーカーを入れる。
すでにコインパーキング内は昼間のような明るさだ。
「ハルト、もう少しで必要な光の強さになりそうだよ」
「これで最後だ! 頼むぞ!」
俺は二基の発発の紐を引く。
『バルンッ!』と駆動音を挙げて発電機は動き出す。
それぞれの発電機に繋がっている各2台の投光器がまばゆい光を放つ。
夜間の工事現場などで使われる業務用の投光器だ。
4台だけとはいえ自動車のハイビーム以上の光だ。
これでだめなら打つ手がない。
「どうだ? ピリカ? 行けそうか?」
「うん! 30分くらいこのまま光を集められたら、何とかいけそうだよ」
「そうか! ならそのまま頼む! 30分だったら余裕だ」
計算上、三時間は大丈夫なはずだ。
俺のノルマは達成できそうだ。
「それじゃ、30分待っている間に無事に境界の穴を抜けられた場合の【ラライエ】の着地点をおさらいしておこう」
「うん! ピリカ、ちゃんと覚えているよ! 頑張るから」
三日かけて、光を作る準備をしながら【ラライエ】の転移先について、ピリカに確認をしていたのだ。
実は、地味にヤバい。
転移陣を反転させると言っていたから、ピリカが飛ばされたという草原にそのまま戻るのかと思ったが……。
それは甘い考えだった。
【ラライエ】が地球と酷似した環境の惑星であると仮定した場合。
地球と同じように自転も公転もしているわけだ。
ピリカが飛ばされた転移陣の場所に草原があったのは半年近く前の事だ。
そのまま転移陣を反転させて、もともと転移陣があった座標を固定した場合……。
そこにはもはや【ラライエ】は存在せず、真空の宇宙空間という訳だ。
ピリカはどうかわからないが、俺は間違いなく死んでしまう。
ピリカに正確に異世界の惑星ラライエの場所を感知してもらう。
その上で大気圏内に座標固定してくれなければ俺の生存確率はゼロだ。
……が、ピリカが言うには【ラライエ】の大気圏内に転移すること自体は問題ない。
確実に感知できるので成功率は100%だと、無い胸を精一杯張って断言している。
大気圏内は問題なし……。
大気圏内は……と、いう訳だ。
もうね。
一秒で察してしまった。
この転移がとてつもなくハイリスクであることを……。
次で序章は最終回です。二十六話の投下は4月9日22:30ぐらいを見込んでいます。
何とかおおむね時間通りに投稿出来てよかったです。
実は、PS5の抽選が当たったからすぐに取りに来いってショップから連絡がありました。
大急ぎで引き取りに行ってたのでギリギリでした。
このタイミングは正直、痛い出費ですが正規品を正規ルートで購入出来て一安心です。