百三十六話 どんだけアルの事好きなんだい?
拠点から外に出てオルタンシアさんがやってくるのを待つ。
「ホントにシアさんが来るのかい? 一体何の用だろ?」
まだヴィノンの索敵範囲内には入って来ていないようだ。
「そこは本人に直接聞くしかないだろうな」
まぁ、アルドの言う通りだな。
「あ、来たんじゃない?」
街道に抜ける道の方に一頭立てのボル車が見える。
あれ?
この前の軍用馬車じゃないのか?
御者席には見慣れない男が二人座っている。
身なりだけで判断するなら冒険者かな?
知らない顔だ。
「そうか、これは精霊ちゃんの結界の影響だね ……ここまで接近しているのにまだ気配を感じないのは……」
ヴィノンは索敵の感覚が巧く働いていなかったようだな。
うん、多分ピリカの結界のせいだと思う。
そういえば、リコも緑の泥で魔物が結界に接触するまで全く気付かなかったことがあったな。
結界の内側から外側に索敵の網を正常に伸ばせるのは、結界を構築したピリカだけなのだろう。
もしかしたらピリカと同じ精霊なら皆、結界の影響を受けずに探知能力を使えるのかもしれないが、ピリカ以外の精霊を見たことがないからな。
そこは検証のしようが無い。
ボル車が俺達の前に止まると、中に乗っていた人間が次々と降りてきた。
オルタンシアさんと年配の男女、あとは冒険者の男が三人……。
オルタンシアさんの服装がいつもの連盟のメイド服ではない。
少し上品な落ち着いた感じの普段着に見える。
あずき色っぽい染色の社交用ドレスに見えなくもないが、スカートの拡がりがほぼ無いのでパニエは使って無さそうだ。
まぁ、ラライエではそんなものを使う文化がそもそもないのかもしれないが……。
「なんだこれ? こんなデカい屋敷が目の前にあるのに、全く気付かなかったなんて…… 訳が分からねぇ」
冒険権者たちと年配の男女は、なんか困惑している。
今、拠点周辺に施されている結界は魔物以外を素通りさせているが、認識阻害効果は普通に効力を発揮している。
ここに拠点が存在していることを初めから知っている者でなければ、外側から拠点の存在を知覚しにくくなってしまう。
今回の来訪者の中ではオルタンシアさんだけが、結界の影響を一切受けなかったということか。
「やぁ、シアさん。どうしてここに? ってまぁ、連盟の用事に決まっているよね。それにしてもその恰好は一体……」
ヴィノンがオルタンシアさんに声を掛けた。
しかし、当のオルタンシアさんは目を閉じ眉間にしわを寄せて小刻みに震えている。
あら? なんか怒ってないか?
「あの、シアさん? 一体どうしたの? こんな所にいてもなんだし、ひとまず中に……」
「これはどういうことなんですか! ガルバノ様がお亡くなりになった途端に掌を返してセントールの系譜への支援を取りやめるなんてっ!」
アルが少し遠慮がちに声を掛けた瞬間、オルタンシアさんの感情が爆発した。
とても落ち着いた物腰の印象しかなかったせいで、ちょっと…… いや、結構びっくりした。
「ああ、そのこと……」
「そのこと? 今の状況で私がここに来る理由なんて他に何があるというのですか! ガルバノ様が命を引き換えにシュルクを討って下さったからこそ、この国は今も存続しているというのに!」
「まぁ、ちょっと落ち着きなって」
「私、連盟がこんなに薄情な組織だなんて思いま…… むぐっ!」
ヴィノンがオルタンシアさんの口を塞いで言葉を遮った。
「ちょっ! 連盟への批判を軽はずみに口にするもんじゃないよ! それは勇者に対する不敬とみなされかねないよ」
ヴィノンは小声でオルタンシアさんにそう言って、チラリと少し後ろにいる年配の男女と三人の冒険者を見る。
五人共、特に気にしている様子はなかった。
おそらく、今の発言は聞かなかったことにしてくれるということだろう。
「もういいか? こんな所で立ち話するような内容じゃなさそうだ。とにかく拠点に入ってくれ」
アルドが話を締め括ってくれた。
……
……
拠点の客間でオルタンシアさんが依頼完了の書面にサインしている。
「では、これで依頼完了です。ここまでの護衛、ありがとうございました」
「……確かに。では、俺たちはこれで」
三人の冒険者はオルタンシアさん達、三人の護衛の依頼を受けた冒険者のようだった。
そんな気はしていたけどな。
三人の冒険者が乗ってきたボル車で引き返していった。
今、ここに残っているのはオルタンシアさんと年配の男女だ。
「……それで? 護衛の冒険者までつけて、君はどうしてわざわざこんな所へ? 連盟のお仕事はどうしたのさ?」
「……連盟は、辞めてきました」
「え? 今なんて?」
「辞めてきましたと申し上げています」
オルタンシアさんの返答に、ヴィノンがはぁ~っと深いため息を吐き出した。
「全く、君ともあろうものがなんて早まったマネを…… こんなことで僕の仕事を増やさないで欲しいね」
お前の仕事って…… ホントに意味不明だな。
このチャラ男は……。
「私は連盟に属してはおりましたが、人生の全てをセントールの系譜に捧げてお仕えする家に生まれたものです。今更、他の生き方はできません。連盟が最後のセントールの系譜 ……アルエット様を見限るのであれば、私が連盟にいる意味はございません」
「あのさ、ちょっといいかな? セントールの系譜を支える家ってエーレの村長の所だけじゃなかったのか?」
「セントールの仲間の末裔という意味ではそうだね。でも、セントールはこの国では知らぬ者のいない程の勇者だからね。シュルクを封じて以来、連盟の中でもセントールを支えるためだけの貴族家が選出されたのさ。それが……」
「オルタンシアさんの家というわけか」
「そゆこと」
やはり貴族家のお嬢様だったか。
セラスの拠点を管理していた雇われ管理人とは雰囲気が違っていたからな。
何となくそんな気はしていた。
「それで、こちらのお二人は?」
アルドがオルタンシアさんと共にここに来た二人の事を尋ねる。
「レガロ夫妻…… 代々、私の家に使えてくれています」
二人は俺たちに向かって頭を下げる。
なるほど、オルタンシアさんの生家に使える家令の一族のようなものか。
「ここまで聞けば、君がここに来た目的はなんとなく察しが付くけどさ。一応、直接聞いても良いかい?」
「もちろん、アルエット様をお支えするためです。もはやアルエット様にお仕えするには連盟は足枷にしかならないと思いましたので ……辞めてきました」
うん、俺も何となくそんな気がしていた。
「私たちは旦那様からお嬢様をお支えするように仰せつかっております。アルエット様、アルド様、ヴィノン様、ハルト様 ……どうぞお見知りおき願います」
レガロ夫人がそう言って頭を下げる。
「こちらこそ…… しかし、俺たちは一介の冒険者パーティーに過ぎない。三人の給料を払うだけの余裕がいつまでもないかもしれない」
「そうよね…… シアさん、せっかくの申し出はありがたいのだけれど……」
アルがシアの申し出を断ろうと話を切り出そうとしたところに、すかさず言葉を被せてくる。
「私の家も末端とは言え貴族家に連なる伝統ある家柄です。私共の禄の事は心配無用でございます」
「でも、さすがにそういうわけには……」
実際の所は二つ名持ち勇者であるガルバノの資産は相当のはずだ。
多分、貴族家の家令三人を一生養うくらいは余裕で有ると思うけどな。
「まぁ、そこはシアさんの申し出を素直に受けておきなよ。シアさんの行動は予想外だけどこうなった以上、この状況を最大限に利用させてもらおうじゃないか。シアさんの連盟への復帰の道筋は僕が何とかするからさ」
「ヴィノン様、私は連盟に戻るつもりなんて……」
「全く、普段の君は冷静で頭が良いのにさ。アルの事になると短絡的なところがあるよね。どんだけアルの事好きなんだい?」
「別に、私は何も…… ガルバノ様がお亡くなりになってアルエット様だけが生涯をかけてお仕えする主になったというだけで……」
なるほど ……この人、実はアルの事が好き好きだったのか。
物心つく頃からずっと、セントールの系譜に寄り添っていたとなると、アルの事も赤ん坊の頃から知っていたんだろう。
まさに、主であると同時に大事な大事な妹…… そんな感じといったところか。
「……ああ、今そこはいいからさ。シュルクを討ったセントールの系譜の勇者ガルバノ…… 上位の二つ名持ち勇者がこれだけの功績を残したというのに、戦死したからって【はいさようなら】って連盟が切り捨てると、君は本当に思っているのかい?」
「えっ ……それは……」
俺もそこは思ったよ。
勇者連盟というのは一切の例外も許さず、シビアでクールな決断を下す組織なのか? って……。
でも、俺の印象は絶対にそんなことは無い。
相当に伝統とか格式、面子に拘っている…… この世界の政治と宗教、両方に影響を持つ厄介な内面があるはずだ。
「セントールの支援を止めたのは、単純に連盟の取り決めに従った一時的なものに過ぎないに決まっているじゃないか」
「ならどうして…… 私はこの決定について何も聞かされていません」
「次どうするか決まってから通達するつもりだったんじゃないかな。アルの処遇は意外と判断が難しい側面があるみたいでね」
このチャラ男は何でそんなことまで分かるんだ?
どんどん謎が深まっていくな。
「それは一体どんな……」
「もちろん今、アルがパーティーを組んでいるのがアルドとハルトきゅんだからだよ」
「何? 俺達か?」
アルドはヴィノンの言葉が予想外のようだった。
「そ、シアさんは二人の戦歴は確認済みだよね?」
「もちろんです。アルエット様をお任せするに足る冒険者なのか…… 見極める必要がございましたから」
「ならもう分っているだろう? 幾多の魔獣の討伐実績に加えてこの国ではペポゥの討伐…… この大陸では誰もなし得なかった偉業だ」
「ええ、私も犠牲者ゼロでペポゥ討伐成功の報せを聞いた時は驚きました」
「さらに、ガル爺と共にシュルクと戦い、その討伐に大きく貢献した。こんな人物が一介の冒険者でいいと思っているのかい?」
「なるほど…… 少し連盟の思惑が見えてきました」
「さすがだね。最後のセントールの系譜であるアルと海の向こうからやってきたアルドとハルトきゅん…… こんな面子がパーティーを組んでいるんだよ。連盟としては頭が痛いと思わないかい?」
「それはヴィノン様も含めて…… ですよね?」
オルタンシアさんが最後に意味深な言葉を付け加える。
「いやいや、僕なんかが頭数に入るわけないでしょ」
「わかりました。そういうことにしておきましょう」
オルタンシアさんはもしかして知っているのかもしれない。
この男…… ヴィノンが何者なのか……。
この国の王子様だったり、有力貴族の跡取りだったりしても別に驚きはしないな。
むしろ、異世界漫画なんかだとその方がベタな展開まである。
ただ、その場合は面倒くさいことになる未来しか見えない。
今でさえ、俺のヒキオタライフは結構危ない橋を絶妙のバランスで渡っている自覚はある。
それがあるからこそ、俺の素性は秘匿し通したいわけで……。
「それでは改めまして…… これからは私共がここでアルエット様をはじめ皆様の身の回りのお世話をさせていただきます」
オルタンシアさんとレガロ夫妻が改めて俺達にお辞儀をする。
ひとまずこれで、拠点の維持管理については大幅な負担軽減を期待できそうだ。
週明けにインフル貰って一週間、棒に振りました。
明日から、出勤再開です。
その前に何とか一話だけでも……。
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今後ともよろしくお願いいたします。




