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二百二十二話 もう終わっているんだよ……

 シュルクは間違いなく限界だ。

あと一撃でも入れば勝負はつくだろう。

入れば ……だけどな。

ボロボロとはいえ、奴自身の防御力はきっと相変わらず頑強だろう。

動きだって鈍いものの、全く戦えなくなっているわけではない。

何より時間が無さすぎる。


 今、戦えるのは実質アルドとヴィノンの二人ということになるわけだが、正直厳しいだろう。

ヴィノンのブーメランは単純に威力不足でシュルクにダメージを通すことが出来なさそうだ。

アルドの攻撃は敵の防御力に影響されることなく、内部にダメージを与えることが出来る。

一見、勝ち確に見えるがシュルクに対して求められる有効な攻撃は、内部へのダメージではなく、小細工なしに奴の肉体を砕くことだ。

もはやゾンビと変わらないシュルクは心臓が裂かれようと、臓物が切り刻まれようが痛くもないし、お構いなしだろう。

単純に相性が悪すぎる。

直接、剣で奴を切り裂くことが出来れば倒すことも出来るだろうが、そのためには斬撃に相当な威力を持たせる必要がある。


これはきついな……。


 もう一度ゼロ距離で【クリメイション】を食らわせることが出来れば勝負ありだが、今の俺は全裸の丸腰だ。

新しい術式は向こうに脱ぎ捨ててある服やポーチの中だ。

取りに行って戻ってくる間に三分たってしまう。


「アル…… お前が…… 奴にとどめを刺すんだ……」


 もはや虫の息のガル爺がアルにそう告げた。


「お爺ちゃん…… でも…… 私は……」


「わしに構っている…… 暇は…… 無い ……ぞ ……セントールの系譜としての…… 使命を果たして…… 自由な人生を手に入れろ……」


「ううっ…… お爺ちゃん……」


 ガル爺が振り絞った言葉に押し出されるように、アルが突撃槍を持ってゆっくりと立ち上がった。

ふらふらとした足取りでシュルクに向けて槍を構える。

確かにアルの突撃槍の威力ならこれで決着はつくだろう。

だが、あんなに精神的に不安定な状態のアルの攻撃がシュルクに命中するのか?

いくらボロボロの状態とはいえ、相手は語り草になるほどの魔族の猛将だぞ。


 それに、俺の中で引っ掛かってことがある。

本当にこのままアルをシュルクと戦わせて大丈夫なのか?


【あれほどの(けが)れに触れたらあっという間に魂が取り返しつかない程に(けが)れるよ】


 不意にシュルクとの戦端を開く直前に言ったピリカの言葉が頭をよぎった。

シュルクの体から吹き出る(けが)れに汚染された魔力(マナ)に直接触れたのはガル爺と俺だけだ。

ピリカの言葉通りなら、ガル爺の魂はもはや取り返しがつかない程に(けが)れてしまっていることになる。

地球人の俺と精霊であるピリカは(けが)れに触れても、魂が(けが)れることは無いらしい。

だが、このままアルをシュルクと戦わせれば、アルの魂は(けが)れにより汚染されることになるんじゃないのか?

それって本当に大丈夫なのだろうか……。


 俺の直感はアルをこのままシュルクと戦わせてはいけないと判断している。


『ピリカ…… アルの代わりにシュルクを仕留めてくれ……』


 日本語でピリカにそう頼む。

もちろん、シュルクに聞かれても知られないようにするためだ。


『いいよ。ハルトのお願いならピリカはなんでもするから』


 ピリカはふわりとした笑顔で即答する。


『すまない…… こんな危険な事、頼みたくなかったんだが……』


『平気だよ、さっきも言ったじゃない。【当たらなければどうってことは無い】……だよ』


『時間が無い。すぐに動こう、奴の隙は俺が作る』


 ピリカは【はなまるの笑顔】で頷いた。


「アル…… シュルクとは俺が戦う。まだ動くな」


 まずアルがシュルクに突撃するのをやめさせる。


「ハルト…… でもっ……」


「大丈夫だ、なんてったって俺は奴の天敵みたいだからな」


 嘘だけどな。


 俺がシュルクに向けて数歩前に進み出ると、シュルクは俺に対して構えを取って最大限に警戒する素振りをみせた。

まぁ、当然だろうな。

さっきまで俺の存在が全く認識できていなかったんだ。

再び俺が消えても決して見失ったりすまいと集中しているのが丸わかりだ。


 だが残念……。

【MPタンク】が復活しているから消えることは無いし、お前を攻撃するのは俺じゃないんだよな。

俺は事前に仕込んでいた術式を発動させた。

これが正真正銘、俺が切ることのできる最後のカードだ。


「はっ! どこを見ていやがる! こっちだ、ウスノロが!」


 シュルクの左後ろにある岩の影からアルドの声が響く。


 !!


 全く想定していなかった伏兵の出現にシュルクは振り返った。

少し前にいきなり予期しないゼロ距離攻撃を食らったばかりだからな。

そりゃあそういう反応になるだろう。

そしてこの瞬間、俺はシュルクの最期を確信した。


 ザシュッ! ザンッ!


 二本の黄緑色の光の筋がシュルクの体に走った。

次の瞬間、シュルクの首がポトリと落ちた。

続いて肩から腰にかけて袈裟懸けに体がずり落ちて、胸から上が体から泣き別れになる。


「んなっ!!  なん…… だとぉ!?」


 ヴオオォンッ……


 独特の電子音を発する黄緑色の光を発する細身の刀身を持つ剣を持ったピリカがシュルクの背後に立っていた。


 フォトンブレード…… やはり完成させていたか。

以前、術式を仕込んだミスリル板の切れ端を電池ケースに仕込んでいたからピリカが腰に差しているあれはもはやただの飾りではなくなっているとは思っていた。

確かにあれなら【ピリカ美利河 碑璃飛離拳(ピリカ ピリピリけん)】と違って奴の汚染された肉体に直接触れなくても物理的な攻撃が出来る。


「!! ちょっ…… ハルトきゅんっ! 何なんだい? 精霊ちゃんのアレはっ! 僕は何にも聞いてないよ!」


 ヴィノンが凄い勢いで喰いついてきた。

いや、そりゃ一言も言ってないからな。


「ピリカのあれは、光の剣なのか? あれは一体……」


 アルド…… お前もか……。


「精霊が武器を持って戦ったなんて話…… 歴史上、ただの一例も確認されてないよっ! 一体どういうことなんだい?」


「どういうことも何も…… 見ての通りだろ」


 えらい勢いでまくし立ててくるヴィノンにそう切り返した。


「しかも、【裂空剛拳】でも破壊しきれないシュルクの体を容易く三枚に(おろ)すなんて……あれは神の遺物(アーティファクト)なのかい?」


「ああ、もううるさいな、今はそんな場合じゃないだろ!」


 騒がしいヴィノンを押しのけてピリカのいる方に向かう。


「ピリカ、無事か?」


「もちろんだよ。ハルトが隙を作ってくれたから…… ピリカは後ろから斬るだけ…… 楽勝だったよ」


 なんでもやってみるものだな。

まさか保険が勝敗を決めることになるとは……。

シュルクの不意を突いたアルドの声は今朝、録音しておいたアルドの音声データを取り込んだ【トーキングカード】の術式だ。

戦闘が始まる前に何枚か貼り付けておいた物の一枚だ。

本気を出せば超音速で移動できるピリカなら、シュルクの注意を一秒でもそらすことが出来れば絶対に止めを決めてくれると信じていた。


「くそっ…… バカな…… この精霊…… これではまるで……」


 うおっ、こいつ…… 首だけでしゃべってるよ。

いや、そもそもこの肉体に五感は無かったか。

実際に話をしているのはこの体に憑依している魂の方だったな。

もっとも、俺に魂なんてものは全然認識できないんだが……。

それでも、なぜか奴の声だけは聞こえる ……さすがは異世界。


「もう終わりにしよう、シュルク…… もう終わっているんだよ…… 何もかも……」


 ピリカがシュルクに諭すようにゆっくり静かに、それでいてはっきりと語りかける。

やはりピリカはシュルクと面識があったのか。


「終わりだと? 命惜しさに人間共に降った腑抜けた木っ端(こっぱ)精霊(ごと)きが…… 何をふざけたことをっ!」


「…………もうピリカの顔も忘れちゃったんだね…… それとも、分からなくなるほど正気を失っちゃったのかな?」


「貴様のような、人間の服を着た精霊など元より知ら……ぬ…… !? ……ま、まさか……」


「……思い出した? ピリカのこと…… 久しぶりだね」


「……貴方は! そんな ……なぜ、人間の味方をする?」


「言ったでしょ? もう終わったんだって…… それに、いくら封印から逃れるためでもね……【それ】はやっちゃダメでしょ」


「‼ ……そうか。 我がラライエの(ことわり)から外れたモノに堕ちたから…… 貴方が我を討つのか……」


「まぁ…… 今となってはそっちはオマケかな。 シュルクがハルトの命を脅かすから…… で、ハルトがシュルクを倒すと決めたからだよ」


「そうか…… しかし解せぬな。終わったとは一体……」


「シュルクが負けた後にね【フェシオス】が討たれたんだよ」


「な…… バカな…… 人間共にか?」


 ピリカは静かに頷いた。

【フェシオス】?

誰だ?

ピリカとシュルク共通の知り合いみたいだが……。


「我が…… 我がセントールに遅れを取ったせい…… なのか?」


「シュルクが敗けたのは痛かったけどね…… それだけじゃないよ。人間達の小賢しさと【フェシオス】の舐めプがピリカたちの斜め上過ぎた ……それだけだよ」


「舐め? ……何だそれは?」


「あぁ、シュルクには分からない言葉だね…… 気にしなくていいよ。【フェシオス】が討たれたのは500年前位、シュルクが封印されてから1000年以上後のことだから」


 ピリカは軽い微笑みをシュルクに向けてそう答えた。


「そうか…… では、もうラライエは……」


「うん、そういうことだよ。だからピリカは好きにさせてもらうことにしたの」


「……それもいいだろう。我はまだ幸せなのかもしれん。救いのない未来を見ずに済むのだからな……。我を終わらせるのが人間どもではなく…… 貴方なのものな……」


「……じゃあね。もう、死んだ後にも救いは無いけどね」


「……ああ、わかっている」


 その言葉を最後にシュルクの全身は黒い粒子になって拡散して消えた。

そこには紫色の拳大の塊が一つ残されているだけだった。



 はぅ…… ブクマが1剥がれました。

一喜一憂するようなものじゃないとはよく言われますが

しちゃいますよねぇ。

また、戻って来てもらえるように頑張ります。


 しかし、三章 ……予想以上に長くなっちゃいました。

ここからエピローグに転がして四章に舵切っていきます。


 良かったら、ブックマーク・評価・いいね下さると嬉しいです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハルトだからできた作戦っていうのがいいですねえ
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